ウイルス発がんにおける細胞のがん化機構解明に関する研究

文献情報

文献番号
199800139A
報告書区分
総括
研究課題名
ウイルス発がんにおける細胞のがん化機構解明に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
加藤 宣之(国立がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 小原道法(東京都臨床医学総合研究所)
  • 徳久剛史(千葉大学)
  • 下遠野邦忠(京都大学ウイルス研究所)
  • 林紀夫(大阪大学)
  • 小池克郎(癌研究会癌研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
42,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ウイルスの感染が重要な発がんの因子となると考えられているがんの中で、特にわが国において発症者数が急激に増加している肝臓がんに焦点をあて、発がんの分子機構の解明とがん発症を抑制する手段の開発を目的とする。わが国における肝臓がんによる死亡者数は臓器別では第3位であり、そのうちの9割にはC型肝炎ウイルス(HCV)或いはB型肝炎ウイルス(HBV)の感染が認められる。したがって、感染者からがんの発生を抑えることができれば、肝臓がんの発生は激減するものと考えられる。そのためにはウイルスの感染機構や増殖機構並びに発がん機構を解明し、感染者からのウイルスの排除及びがん発生を予防する手段の開発が必要である。本研究を効率良く遂行するためには実験室レベルでのウイルスの感染増殖系の開発・確立が必要である。それと同時に肝炎及び肝がんの動物モデルの開発も必要である。一方、ウイルスによる発がん機構の解明には、ウイルス遺伝子及びその産物を指標にして、細胞側の遺伝子変化を追及することができるという利点がある。肝臓がん、特に、HCVの関与するものに関しては微少がんにおいても、既知のがん遺伝子やがん抑制遺伝子の異常がほとんど報告されていないことから、本研究より、細胞がん化に関与する新たな遺伝子が同定される可能性がある。ウイルスと細胞との相互作用を理解することにより、細胞からのウイルスの効率の良い排除法の開発を目指す。現在、唯一有効な抗HCV薬としてインターフェロンが用いられているが、30%の患者に対してしか効果がなく、副作用も強く、より安全で有効な薬剤の開発が必要とされていることから、インターフェロン以外の有効な抗HCV薬を早急に開発する必要がある。また、最近、HCVは肝炎や肝細胞がんばかりでなく、リンパ増殖性疾患にも関与している可能性が示されていることら、HCVの細胞指向性の機構を明らかにすることにより、HCVの病原性を解く糸口を得ることを目的とする。
研究方法
(1) PH5CH8細胞を用いて、HCV感染時における幾つかの抗ウイルス剤候補の抗HCV活性の評価を行った。薬剤存在下において、細胞にHCVを感染させ、8日間培養した後、RT-PCR法によりHCVゲノムの検出を行った。
(2)PH5CH8細胞にラクトフェリンを添加、或いはHCVにラクトフェリンを添加することによりラクトフェリンがHCV感染のどの段階で作用しているかを解析した。
(3)ヒト肝臓由来のクローン化PH5CH1、PH5CH7及びPH5CH8細胞とヒトT細胞由来のクローン化MTー2A、MTー2B及びMTー2C細胞にHCVを感染させ(HCV陽性血清1Bー2)、増殖してくるHCV分子種の経時的変化を解析した。HCV分子種の分子マーカーとしてHCV遺伝子の超可変領域1(HVR1; 81ヌクレオチド)を解析した。また、PH5CH7細胞とMT-2C細胞で増殖しているHCVゲノムの構造領域(約3.4 kb)をlong RT-PCR法により増幅し、それぞれ数個のcDNAクローンを得た。それぞれ3個ずつの塩基配列を決定した。
(4)HCVゲノムの複製中間体であるマイナス鎖RNAをRT-PCRで特異的に効率良く検出することのできるシステムを種々の酵素を用いて条件検討を行った。
(5)HCV陽性血清より得られたHCVゲノムの全長(約9600塩基)を組み込んだcDNAクローンの構築を行い、肝細胞内に導入した後に起こると予想されるHCVゲノムの複製機構を解析した。
(6)C型肝炎の患者の治療において、インターフェロンとサイクロスポリンAとの併用により著効率が2倍(約50%)になることが示されていることから、HCVの複製増殖におけるサイクロスポリンAの作用機序について解析した。
(7)HCV由来の構造蛋白質をコードしている遺伝子(C980やCore)をマウスのクラス1主要組織適合抗原遺伝子(H-2K)やB型肝炎ウイルスpX遺伝子のプロモーターの支配下に組み換える。これらの組み換え遺伝子をC57BL/6マウス由来の受精卵に導入してトランスジェニックマウス(HCV-Tg)を作製した。これらのマウス肝細胞の抗Fas抗体に対する感受性を解析した
(8)HCVコア蛋白質やNS5A蛋白質を発現するプラスミドを作成し、培養細胞に導入した。一過性の蛋白質の発現をウェスタンブロットにて確認し、コア蛋白質やNS5A蛋白質の細胞の増殖に及ぼす影響を調べた。特に、コア蛋白質に関してはアポトーシスとの関連を中心に解析し、NS5A蛋白質に関してはリン酸化の状態を中心に解析した。
(9)HCV NS5A蛋白質と二本鎖RNAにより活性化される蛋白質キナーゼ(PKR)を培養細胞に別途に発現させ、それらの相互作用とPKRの機能変化を解析した。
(10)肝切除による肝再生モデルを用いて、Fasを介した肝細胞死とその制御機構を解析するために、2/3肝切除を行ったBalb/cAマウスにJo2抗体を静注し、生化学的検討及び肝の組織学的検討を行った。
(11)ヒト培養肝細胞(HepG2など)にHBVのX遺伝子とp53遺伝子を発現させ、免疫蛍光二重染色法を用いて、X蛋白質やp53蛋白質の細胞内の局在を解析した。
(12)ヒト培養肝細胞(HepG2など)を用いて、ミトコンドリアとX蛋白質の相互作用及びそれによる細胞内器官(特に、核とミトコンドリア)の形態変化を詳しく解析した。
結果と考察
1)幾つかの物質の抗HCV活性を調べた結果、初乳中に豊富に存在し、ミルク蛋白質の一つであり鉄のトランスポーターファミリーの一員であるラクトフェリンがHCVのPH5CH8細胞への感染を完全に阻害することを見い出した。この抗HCV活性は同じファミリーのトランスフェリンや他のミルク蛋白質には認められないことから、かなり特異性のあるものと考えられた。
2)HCV感染前に前もってラクトフェリンを培地に加えた場合にはHCVの感染は成立したが、前もってラクトフェリンとHCV陽性血清を混合させるとHCVの感染が阻害されることが分かり、ラクトフェリンによるHCV感染阻害はHCVへの直接的相互作用によるものであることが示唆された。
3)3種類のHVR1タイプ(I, II, III)を含むHCV陽性血清をMT-2A、MT-2B、MT-2C、PH5CH1、PH5CH7及びPH5CH8細胞に添加して経時的に増殖してくるHCVのHVR1タイプを解析した結果、MT-2クローンでは感染後3週間でタイプ I が主要な分子種となるのに対してPH5CHクローンではタイプ II が主要な分子種になることを見い出した。MT-2C細胞とPH5CH7細胞で増殖しているタイプ I とII のHCV ゲノムの構造領域の塩基配列を決定して比較した結果、1008アミノ酸中37アミノ酸異なることがわかり、エンベロープ蛋白質の一つであるE2蛋白質における違いが最も顕著であった。
4)RT-PCRの条件を検討した結果、Superscript IIとAmpliTaq Goldの組み合わせが最も効率良く、特異性も高いことが分かった。この条件では少なくとも50コピーのマイナス鎖RNAを検出することができ、100倍以上の量のプラス鎖RNA共存下でも感受性の低下は見られなかった。HCV陽性肝臓組織由来のRNAからも特異的にマイナス鎖RNAを検出できた。
5)HCV全長cDNAクローンを肝細胞に導入後におこるHCVの複製をRT-PCR法を用いて解析した結果、HCVゲノムの複製中間体と考えられるマイナス鎖RNAの存在が同定され、HCV RNAが複製している可能性が示唆された。HCVゲノムの3'末端に存在する98塩基配列の有無制御している可能性が示された
6)サイクロスポリンAをヒト肝細胞(IMY)を用いたHCV感染培養系に添加し、抗ウイルス効果を検討したところ、100ng-1000ng/mlの濃度下においてHCV複製に対して50-70%の抑制効果を示した。
7)HCV-Tgでは抗Fas抗体刺激により肝細胞のアポトーシスが増強された。正常マウスやHCV-Tgに少量の抗Fas抗体を反復投与しておくと、致死量の抗Fas抗体を投与しても肝細胞はアポトーシスを起こさなくなった。正常マウスでは、この抗Fas抗体刺激に対する感受性の低下からの回復に24週間必要であったが、HCV-Tgでは、その回復が著しく早まった。これらの事実から、HCV-コア蛋白質は肝細胞におけるFasの感受性を維持することによって肝炎の慢性化に関与していることが示唆された。
8)ヒト肝細胞株であるHepG2細胞を用いてFasによるアポトーシス誘導にコア蛋白質がどのような働きをするかについて解析した結果、HepG2細胞においては抗Fas抗体により翻訳反応阻害剤の存在下にアポトーシスが誘導されるが、コア蛋白質を産生させる事によりアポトーシスが抑制される事を見い出した。その際にNFkBの活性化も生じる事が分かった。NFkBの活性化がアポトーシスの抑制に重要な事はNFkBの活性化抑制因子であるIKBを共発現させるとアポトーシス感受性になる事からも示された。NS5A蛋白質のNS4A蛋白質依存的なリン酸化に関して、これまで研究がなされていたHCV-1b型と最も遠縁にあたるHCV-2a型のNS5A蛋白質のリン酸化状態を調べた結果、NS4A蛋白質依存的なリン酸化は起こらないことが分かった。遺伝子型による機能の違いが示唆された。
9)NS5A蛋白質が培養細胞で内在的に発現しているPKRと結合することをこれまでに明らかにしていたが、さらに、NS5A蛋白質の中でPKRと結合するのに重要な領域を明らかにし、また、NS5A蛋白質に会合しているPKRは不活性型であることを明らかにした。その結果、PKRの下流のシグナル伝達がNS5A蛋白質により抑制されることが示唆された。
10)肝切除後Balb/cAマウスにJo2抗体を投与すると、sham手術を行ったマウスに比べ、肝細胞はアポトーシスの現が遅延し、有意に生存時間の延長が見られた。再生肝ではJo2抗体投与後のcaspase-3の活性化は有意に抑制されていた。この実験系にTNF-αをあらかじめ無処置のマウスに静注すると、Jo2抗体による致死効果が消失し、肝臓でのcaspase-3の活性化とアポトーシスは顕著に抑制された。これらの結果から、肝再生過程においてはFasレセプター後のシグナル伝達機構が抑制されており、その一部にTNF-αが関与していることが示された。
11)HBV X遺伝子とp53遺伝子を同時に発現させるとX蛋白質はミトコンドリアに局在し、p53蛋白質の核移行が阻害されることが分かり、さらに詳しく解析した結果、X蛋白質はミトコンドリアに結合していることを明らかにした。
12)X蛋白質がミトコンドリアに結合すると、ミトコンドリアの凝集が起こり、その機能に著しい変化(チトクロームCの放出、膜電位の低下など)が生じることを明らかにした。さらに、細胞の膜変化(ブレビング)、DNA鎖切断及びアポトーシスが起こることを観察した。
結論
ヒト培養細胞を用いて開発した抗ウイルス剤の評価系を用いてミルク蛋白質の一つであるラクトフェリンがHCVの肝細胞への感染を完全に阻害することを見い出した。
ラクトフェリンによるHCV感染阻害はHCVへの直接的相互作用によるものであることを明らかにした。
In vitro HCV感染培養細胞由来のHCVゲノムの解析からHCVの細胞指向性を規定していると考えられる領域を明らかにした。
HCVゲノムの複製中間体であるマイナス鎖RNAを効率良く検出する新たな方法を開発した。
HCV全長cDNAを肝細胞に導入した結果、HCVゲノムの複製が示唆される結果を得た。
HCV感染細胞培養系においてサイクロスポリンAがHCV複製を阻害することを見い出した。
HCVのコア蛋白質を過剰発現するトランスジェニックマウスを作製した結果、コア蛋白質は肝細胞におけるFasの感受性を維持することによって肝炎の慢性化に関与していることが示唆された。
ヒト肝がん細胞におけるFasによるアポトーシスがHCVのコア蛋白質により抑制されることを見い出した。この抑制にはNFκBの活性化が必要であった。
HCVのNS5A蛋白質のリン酸化がHCVの遺伝子型により異なることを見い出した。
NS5A蛋白質の中でPKRと結合するのに重要な領域を明らかにし、NS5A蛋白質に会合しているPKRは不活性型であることを明らかにした。
肝再生過程においてはFasを介したapoptosisが抑制されており、TNF‐a により制御されることが明らかとなった。
HBVのX蛋白質はミトコンドリアに結合し、p53蛋白質の核移行を阻害することを明らかにした。
HBVのX蛋白質のミトコンドリアへの結合によりミトコンドリアが凝集し、その機能に著しい変化(チトクロームCの脱離、膜電位の著しい低下)が生じ、加えて、細胞の膜変化(ブレビング)、DNA鎖切断及びアポトーシスが起こることを明らかにした。

公開日・更新日

公開日
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研究報告書(紙媒体)