蓄積遺伝子異常の網羅的把握によるがんの特徴の解明と診療への応用

文献情報

文献番号
199800138A
報告書区分
総括
研究課題名
蓄積遺伝子異常の網羅的把握によるがんの特徴の解明と診療への応用
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
関谷 剛男(国立がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 阿部達生(京都府立医科大学)
  • 大木操(国立がんセンター研究所)
  • 口野嘉幸(国立がんセンター研究所)
  • 田矢洋一(国立がんセンター研究所)
  • 林崎良英(理化学研究所ライフサイエンス筑波研究センター)
  • 山田正夫(国立小児病院小児医療研究センター)
  • 菅野康吉(国立がんセンタ-中央病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
-円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ヒトがんの形成には複数個のがん遺伝子、がん抑制遺伝子における変異の蓄積が必要である。これらは、ジェネティックと、塩基配列変化を伴わないエピジェネティックなDNA異常でもたらされる。個々の患者のがんに蓄積している異常遺伝子を網羅的に把握すること、この網羅的把握のための技術を開発することを目的とする。同種のがんでも、蓄積している異常遺伝子の組み合わせは患者によって異り、それぞれのがんの特徴付
けをしている。異常遺伝子の網羅的な把握は、患者それぞれのがんの実体の理解、よりきめ細かな診断、より適切で合理的な治療を行うために必要な重要事項である。
研究方法
ジェネティックなDNA異常の把握:(1)既知遺伝子を標的とした場合、塩基配列変化の検出のために開発したsingle-strand conformation polymorphism(SSCP)解析が有用である。蛍光標識の導入などで臨床研究に応用する。(2)標的既知遺伝子の数を増やすことが重要である。新規がん関連遺伝子を明らかにするため、loss of heterozygosity(LOH)解析だけでは単離に到達できないがん抑制遺伝子を、yeast artificial chromosomes(YAC)クローン等をヒトがん細胞へ導入し、その造腫瘍性の抑制活性を指標に追跡する。(3)既知遺伝子産物の機能から類推される別の遺伝子も異常解析の標的となる。染色体転座による融合遺伝子、アポトーシスに関連したがん遺伝子、p53遺伝子、WT遺伝子などの産物の機能の解明を行う。(4)標的を設定せずに、あらゆる遺伝子異常を網羅的に把握できる可能性のある技術として、arbitrarily primed PCR(AP-PCR)フィンガープリント法、spectral karyotyping(SKY)法、comparative genomic hybridization (CGH)を検討する。
エピジェネティックなDNA異常の把握:(1)CpGアイランドに由来するDNA断片を簡便に単離するために開発したsegregation of partly melted molecules(SPM)法の遺伝子探索技術としての有効性を検討する。(2)アフィニティーカラムクロマトグラフィーによるメチル化DNA断片の網羅的な単離を検討する。(3)これら二つの技術を組み合わせて、肺がんで特異的にメチル化されるCpGアイランドの網羅的単離を検討する。(4)Restriction landmark genomic scanning(RLGS)法により、発がんモデルマウスに生じた肝臓がんにおける、がん特異的なDNAメチル化を検討する。
結果と考察
ジェネティックなDNA異常の把握:(1)既知塩基配列における異常の把握は、臨床研究に重要であるが、蛍光標識を使用したブラントエンドRCR-SSCP法による多型解析により、尿や膵液中のがん細胞DNAでの遺伝子欠失を感度よく検出し、遺伝子診断に応用可能であることを示した。(2)ヒト肺非小細胞がんの染色体11q23欠失領域に関し、一連のYACクローンをヌードマウスに腫瘍を作るヒト肺がん細胞株へ導入し、1個のクローンがこのがん細胞の造腫瘍性を抑制する活性を示すことを明らかにし、さらに、活性を示す130キロ塩基対のDNA断片を得て、その全塩基配列を決定した。がん抑制遺伝子単離におけるLOH解析の限界を乗り越える一手段として、遺伝子産物の生物活性を指標とすることが有効であった。(3)急性骨髄性白血病におけるt(8;21)転座で形成されるAML1-MTG8融合遺伝子の産物は、G-CSF存在下好中球へ分化するマウス骨髄性細胞中で発現させると、分化せずに増殖を続けることを明らかにした。AML1の機能を抑制することにより分化を阻害し、白血病発症に導くと考えられた。ras遺伝子の発現が、悪性脳腫瘍や胃がん細胞においては、アポトーシスとは異なるプログラム細胞死を誘導することを見いだした。p53の13箇所の推定リン酸化部位のそれぞれを特異的に認識する抗体を全て作成し、15位セリンが、Ataxia telangiectacia原因遺伝子の産物であるATMタンパク質で直接リン酸化されることを明らかにした。DNAに障害が起こると、p53は、この位置も含めたp53 N-末端領域のリン酸化で、MDM2タンパク質が結合しなくなり、分解を免れて安定化して、細胞周期をG1期で停止させるか、アポトーシスに導く機能を果たすと考えられた。ウイルムス腫瘍遺伝子WTの転写が、近接するPAX6遺伝子の発現で促進され、その変異で」進作用が消失する、相互作用の存在を明らかにした。がんで異常を示す遺伝子の産物と相互作用する相手のタンパク質の遺伝子も、遺伝子異常の網羅的把握における解析対象となるものと考える。(4)特定の標的遺伝子を設定せずに、AP-PCRフィンガープリンティング解析を行い、検出したがん特異的に異常を示すDNA断片の染色体位置を、ラジエーションハイブリッド解析で同定することにより、肺がんにおける10q24領域の欠失、縦隔繊維肉腫におけるMDM2遺伝子、神経膠芽腫におけるサイクリンD3遺伝子の増幅を見いだした。ゲノム上の遺伝子配列決定の進行に応じて、該当遺伝子をたちどころに言い当てることが可能であると考えられた。また、G染色とSKY法を組み合わせたdual karyotype法を工夫し、骨髄異形成症候群の染色体異常を解析した結果、異常染色体の染色体起源、転座切断点の決定が可能であり、染色体レベルでの異常の網羅的把握が可能と考えられた。
エピジェネティックなDNA異常の把握:(1)主要な異常としてのCpGアイランドのメチル化の解析には、その単離が必須であることから、簡便な単離技術、SPM法を開発した。第11染色体長腕の一領域を解析し、存在が想定されるCpGアイランドのほとんどを同定し、遺伝子単離技術としても有効であった。(2)肺がんDNAで高度にメチル化されているDNA断片をアフィニティーカラムクロマトグラフィーで分画し、ライブラリーを作成した。(3)このライブラリーに含まれる3 x 105個のクローンのうち1 x 103個をSPM法で解析した段階で、9個のCpGアイランド断片を同定した。8個はインプリンティング遺伝子と考えられたが、1個は肺がんで特異的にメチル化されていた。このライプラリーには、3ゲノム相当のクローンが含まれることから、肺がん組織にはゲノムあたり900個のメチル化CpGアイランドが存在し、そのうちの100個ががん特異的にメチル化されるCpGアイランドと算定された。対応する遺伝子の同定でDNAメチル化で不活性化するがん抑制遺伝子の網羅的な把握が可能と考えられた。(4)マウス遺伝子の発現制御領域を結合したSV40T抗原遺伝子を持つトランスジェニックマウスのF1雑種を肝臓がんモデルマウスとして使用し、生じた腫瘍のDNAをRLGS法で解析した。染色体上の位置がわかっている575個のDNA断片に関し、高頻度にメチル化の起こっている領域14箇所を同定した。14個のDNA断片に対応する遺伝子として、p53、a4-integrin、mac25遺伝子、ならびに、いくつかの未知遺伝子cDNAを明らかにした。
結論
ジェネティックなDNA異常の把握において、既知遺伝子の異常の把握は、SSCP解析等ですでに十分可能である。したがって、既知遺伝子の数を増やすことが、一つの方策であるが、従来のLOH解析等によるがん抑制遺伝子の追求には限界がある。これを克服する手段として、該当遺伝子に想定される生物機能を指標とする解析が極めて有効であった。また、がん関連遺伝子の産物の機能と関連して、相互作用に関わる相手のタンパク質の遺伝子も網羅的な異常遺伝子の把握の標的になる。標的遺伝子を設定することなしに、異常を知ることが最も望ましいが、AP-PCRフィンガープリンティングが可能性を示した。しかし、異常の網羅的な把握には、ほど遠く何か奇抜なアイディアが必要である。その点、SKY法を基盤とした解析は、染色体レベルでの異常の把握に有効であった。
エピジェネティックなDNA異常は、CpGアイランドのメチル化、あるいは、脱メチル化による遺伝子発現の変化の寄与が大きいと考えられている。メチル化DNA断片を分画するMBDカラムクロマトグラフィーと、CpGアイランドに由来するDNA断片を単離するSPM法を組み合わせたアプローチは、高度にメチル化されているCpGアイランドを網羅的に単離し、該当する遺伝子を明らかにすることが可能と考えられた。また、RLGS法は、発がんモデルマウスのがんにおけるメチル化異常を網羅的に把握でき、がんにおけるDNAメチル化異常の関与を理解する多くの情報を与えるものと期待される。

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