がん発生に関与する遺伝子産物の機能の把握とゲノム不安定性解明に関する研究

文献情報

文献番号
199800137A
報告書区分
総括
研究課題名
がん発生に関与する遺伝子産物の機能の把握とゲノム不安定性解明に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
寺田 雅昭(国立がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 中釜斉(国立がんセンター研究所)
  • 田原榮一(広島大学医学部)
  • 押村光雄(鳥取大学医学部)
  • 勝木元也(東京大学医科学研究所)
  • 三輪正直(筑波大学基礎医学系)
  • 矢崎義雄(東京大学大学院医学研究科)
  • 江角浩安(国立がんセンター研究所支所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
220,930,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
複数のがん遺伝子やがん抑制遺伝子の変化の蓄積があって臨床的に問題となるがんが発生し、この発がん過程でゲノムの不安定性が発がん、がんの悪性化に極めて重要な働きをすることも明らかとなった。しかし、がんの発生・進展に必要な遺伝子は未だ未知のものが多く、既知のがん関連遺伝子の機能やゲノム不安定性の機序も不明な点が多い。本研究では、がん発生・進展に必要にして十分な遺伝子変化を同定し、それらの遺伝子の産物の機能を把握し、さらにゲノム不安定性の分子機序を明らかにする。その結果、がんの新しい診断法、治療法の開発に役立て、さらには新しい予防法の確立に役立てる。
研究方法
ゲノム不安定性の代表例として遺伝子増幅がある。種々ながんで組織特異的に増幅している11q13、17q12及び10q26の増幅ユニットの特徴をすでに明らかにしてきた。本年度は11q13の増幅ユニットの全塩基配列を決定し、さらには17q12と10q26の増幅ユニットの構造を追求した。食道がんで高頻度に見出したStreptococcus anginosusの外国の食道がんでの存在の有無と細菌の培養を試みた。11q13上のHST1遺伝子を増殖因子のモデルとしてその個体レベルにおける機能を把握する方法の開発を目指した。また、この遺伝子の発現をin situハイブリダイゼーションにより追求した。ミニサテライト(MN)変異またBUB1遺伝子変異の有無を消化器がんで検索した。オカダ酸で起きたNIH3T3細胞のMN変異の機序について追求した。またがんでテロメラーゼの触媒サブユニットであるhTERTの発現とテロメラーゼ活性を測定した。正常染色体導入実験により、テロメラーゼ活性制御遺伝子の存在する遺伝子の同定を試みた。またトリpre-B細胞を用いて、染色体の微細領域の細胞への導入法を追求した。N-、H-、K-ras遺伝子欠損マウス、これらの遺伝子の二重、三重欠損マウスを作製して、ras遺伝子の機能を追求した。ショウジョウバエ成虫複眼特異的プロモーターにポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼ(PARP)遺伝子をつなぎ、ショウジョウバエに導入し、PARPの機能の解明を行った。GHやプロラクチン受容体とEGF受容体群の情報伝達のクロストークの有無を追求した。一酸化窒素NOによりVEGFの誘導が起きることを明らかにしたが、誘導に必要な転写機序を追求した。抗がん剤などによるアポトーシスをNOが抑制したが、その機序についても研究を発展させた。
結果と考察
11q13の増幅ユニット600Kbの約90%の塩基配列を決定した。17q12の増幅ユニットにはc-erbB-2が存在する。このc-erbB-2の新しいプロモーターと新しいエキソンを発見した。新しい転写産物の意義はまだ不明である。10q26の増幅ユニットに存在するK-samは増幅に際してしばしば3'末端が欠損して活性化することを見出した。量的のみならず質的にも増幅に際して変化することが多いことを示した。Streptococcus anginosusは我国の食道がんのみならず中国、欧米のものでもしばしば検出された。また食道がんからのこの菌の培養にも成功した。11q13上に存在するHST1の生理的機能の一つとして以前に肢芽発生の重要な増殖因子であることを示したが、今回in situハイブリダイゼーションで精巣、脳・神経で発現していることを明らかにした。現在、発現している細胞を同定している。HST1の薬理的作用としては、アデノウイルスに組み込んでコラーゲンゲルに入れて投与すると、抗がん剤、放射線による骨髄機能低下、特に血小板の減
少と小腸粘膜の損傷を抑えることが出来た。さらにHST1 cDNAにプロモーターをつけ、ウイルスベクターなしにコラーゲンのミニペレットに入れて投与する方法を開発した。この方法では一定のDNAが棒状の製剤になり、また筋肉内に投与すると2ヶ月以上にわたって血中HST1を上昇させ、血小板を上昇させることができた。大腸がんの56%、胃がんの25%にMNの変異を認めた。しかし予後、組織型、進行度との関係は見出せなかった。オカダ酸処理によりMNが不安定化し造腫瘍性をもつNIH3T3細胞ではp53、DNA-PK、PARP、ミスマッチ修復酵素の異常は認められなかった。DNA-PKのないSCIDマウスはCB17マウスに比べアゾキシメタンによる大腸発がんが多く、DNA-PK欠失が感受性を高くしていることを示した。この際ACF形成は両系統で差がなく、感受性の差はACF形成以後の大腸発がん過程にあることを強く示唆する。マウスMNの構成成分である(GGCAG)12について三次構造の特徴を明らかにした。これらの反復配列に結合する6種の蛋白質を精製し、その遺伝子を分離した。L130蛋白質、EBNA-2、P-100蛋白質、mRNA familyに属する蛋白質であることがわかった。肝がん、食道がん、胃がん、大腸がんの大部分の腫瘍細胞の核にhTERTが局在し、一般的にhTERTとテロメラーゼ活性はよく相関していた。細胞周期M期の紡錘体形成チェックポイント遺伝子の一つであるBUB1遺伝子が胃がん8株中4株でミスセンス変異を起こしていることを見出した。染色体導入により染色体3、5及び10番染色体にテロメラーゼ活性抑制に関わる遺伝子が存在することを明らかにした。またトリのpre-B細胞DT40細胞中にヒト3番染色体を入れ、この染色を改変して種々の染色体を断片化、導入する技術の開発に成功した。詳細な遺伝子マッピングや遺伝子クローニングのための有効な方法と考える。K-sam(-/-)のみが胎生期致死で心筋が菲薄化し、心臓の機能に著しい異常が推定され、神経系にもアポトーシスが多く認められた。ショウジョウバエ成虫複眼でPARPを強制発現することができた。その結果PARPの過剰発現がアクチンセンイの重合阻害を伴う細胞・組織の極性及び形態異常を引き起こすことを明らかにした。ヒト乳がん病理標本72例のうちErbB2発現の見られる51例は発現の見られない21例に比べて細胞増殖能が亢進して、発現の見られるうちでプロラクチンの発現の見られるものは増殖能も高く、予後も不良であった。その他の実験結果も明らかにErbB2とプロラクチン受容体からの2つの情報伝達系にクロストークのあることを示している。NOは転写因子HIF-1を活性化し、VEGF遺伝子のプロモーターにあるHREに結合することにより転写活性化することを明らかにした。またその他にHIF-1 binding site ancillary sequenceがあることがわかった。抗がん剤によるアポトーシスはカスペース3に依存して起こり、NOはこのカスペース3の活性化を阻害することを明らかにした。
結論
ゲノム不安定性の結果起きる変化の代表例である遺伝子増幅について、その一般的な特徴と構造のほぼ全体を明らかにした。MN不安定性の機序について研究が進展した。Streptococcus anginosusは我国のみでなく欧米、中国の食道がんからも同じように高率に見出された。遺伝子の機能を個体レベルで追求するための種々な方法を開発してきたが、今回HST1 cDNAそのものをコラーゲンのミニペレットに封入した製剤を開発し、この製剤を直接筋肉内投与で長期間血中の増殖因子濃度を上昇させることが可能となった。機能を知るためのみならず、遺伝子治療にも用いられる。MNの変異については、その変異に関与する分子の分離・同定などが行われた。BUB1遺伝子の変異が胃がんに高かった。また染色体導入法を用いてのテロメア活性の制御領域を特定することが可能となった。プロラクチン受容体とEGF受容体系の情報伝達にクロストークがあることを見出し、この事実が臨床的にも意義があることを示す結果を得た。NOのがんにおける血管増生やアポトーシス阻止の分子レベルの機序について研究が進んだ。

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