がん諸対策の評価の指標と手法に関する研究

文献情報

文献番号
199800136A
報告書区分
総括
研究課題名
がん諸対策の評価の指標と手法に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
長谷川 敏彦(国立医療・病院管理研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 武藤正樹(国立長野病院副院長)
  • 宮尾克(名古屋大学教授)
  • 馬淵清彦((財)放射線影響研究所疫学部長)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
6,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
今日がんは未だ死亡の第1位を占め国民に恐れられる重要な疾患である。一方近年の予防治療法の発達によりがん克服の可能性が開けつつあり、国民の期待も高まっている。しかしこれらの対策の中には高価なものやインパクトが明確でないものがあり、対策の効果への疑問、資源の無駄遣いが指摘されているものもある。高価でも効果が良好であれば対策として推進されるべきであり、これらの評価が国民的課題となっている。それには指標と手法の確立が必要である。今研究は評価の指標と手法について、従来のものを吟味しへ新たなものを開発し、日本に適用することを目的とした。この研究の成果により、国民の疑問に答え、かつ限られた医療資源をより有効に利用する方策を選定することも目的とした。
研究方法
本年度は前年度の研究成果を踏まえ,早死疾病負担指標,予防治療評価指標,総合指標等の新指標を開発し,さらに情報加工手法,情報分析手法,モデル構築手法など新手法の開発を行った。指標の開発に当たっては人口動態統計の個票1992-1996年まで,国民栄養調査の個票1992-1996年まで,医療施設調査の個票1993年等を使用し,障害調整生存年,早死損失年などの概念に基づいて推計した。新指標の開発に当たっては,マルチデータメタ分析法,マルチデータリンク法,さらにはデータプール法を使用し,情報分析の方法としては,費用対効果分析,コンポーネントクラスター分析,さらにモデル構築としてはマルコフチェーンの応用,システムダイナミックスの手法を試みた。これらの新しく開発された指標や手法を使い,具体的にガン対策の予防・治療・障害・末期ケア等について暫定的に応用を試みた。さらに経済効果や県別ガン対策の進行状況について総合的評価を試みた。
結果と考察
以下のような結果と考察を得た。
1)新指標の開発
① 障害調整生存年(DALY)、早死損失年(PYLL)、区間別死亡確率(LSMR):MurrayによるDALYを用いて日本の疾病負担を推計し、がんによる負担を分析した。部位別にがんのPYLLを時系列で算出し、年齢調整死亡率等の指標の比較を行った。人生のステージ別での生命表と各疾患の寄与率から求めるLSMRを開発した。その結果,標準化されたPYLLで1995年には男女合計でガンがトップであり,12.86年となり,次いで脳卒中の9.11となっていた。区間別死亡確率でも25歳から45歳,45歳から65歳までの早死の中で占める割合はガンが1位であった。
②予防可能死亡割合:リスクごとの人口寄与危険度で重みづけし積算することにより、予防可能ながん死の割合を算出し、喫煙を用いて都道府県別の現状を評価した。日本疫学学会の報告をもとにガンとライフスタイルリスクの要因をレビューし,喫煙と飲酒が食道や肺,肝臓に優位に貢献する危険因子であることを確認し,メタ分析法によりその相対危険度を同定した。国民栄養調査のデータプールより,各県別の飲酒2合以上並びに喫煙者の割合を男女別に求めた。
③ 県別レーダーチャート:上記指標やその他の指標を組み合わせたレーダーチャートによる各都道府県別のがん対策の評価方法を開発した。
2)新手法の開発
①マルチデータメタ分析法及びマルチデータリンク法:医療施設調査、患者調査、社会診療行為別調査などの同種のデータを抽出比較することで、妥当な統計値を推計し、がん手術と末期ケアの現状、医療費を分析する手法を開発した。上記の分析を可能にする手法を開発し、がん診療機能による病院の類型化を試みた。
②1歳階級コホート分析法:コホートを1歳まで細分化することにより、細かな傾向分析が可能となり、世代別に予防の評価を可能にした。
③疾病管理モデル:マルコフ連鎖の状態移行モデルをがんの自然史に応用することにより、各種がん対策の有効性をシュミレーションする方法を開発し、乳がんに応用した。乳ガンでは従来の検診法にマンモグラフィーを追加する戦略が最も死亡数を下げることがシュミレーションより判明した。
3)評価への暫定応用
①予防:食事や喫煙など、がんのリスク要因の全国と県レベル時系列変化と予防可能ながん死との相関を分析した。北海道等のように喫煙が多い県,青森のように飲酒の多い県,徳島のように両方少ない県の存在があり,バラツキが判明した。
② 診療:クラスター分析の結果、日本の病院は6種に分けることが可能で、各種がんの最適施設での診療状況を評価した。日本では高度のがん専門施設が17,専門的施設が166,比較的よくガン診療を行っている施設が1910,がん患者が来院するが治療には他施設を紹介している通過的施設が1959,末期を中心にする施設が89,ガン診療をほとんど行っていない施設が5500あることが判明した。手術の日数や医療圏外からの患者の受診行動を分析した結果、診療機能の充実が認められた。がん診療の経済的効果では,がん治療費の推計の結果、治療費が最大である胃がんを腸がんが追っているが、1回入院当費用の伸びはなかった。ガン死亡を3年間に出した罹患数で割り返した数字でえられる近似的生存率の変化でみると,血液がんや肺がんは10%台で1979年から1991年までの改善はあまり認められなかった。子宮がんや乳がんにおいては近似的生存率が高く70%台で近年,伸びが止まっている。胃がん・腸がんはこの間の改善が著しく,30%台から60%近くにのぼっている。
③障害:手術を受けた生存者数を推計し、がん患者へのアンケートや専門科による障害度を測定することで、各種がんの障害による負担を検討した。1994年の生存者推計は230万人で85年の100万人,90年の180万人から約5年間に50万人の増加を認めている。このまま単純に時系列で推計すると99年時点では約300万人が生存しており,ほとんどが手術の既往があると考えられ,直腸や乳房の手術等で障害を抱えている患者がかなりの数存在すると考えられる。
④末期ケア:末期入院患者は平均在院日数の減少により、84年から93年の間に大きく減少し、在宅死は73年の28.7%から93年の6.7%に低下していた。緩和ケア病床は入院者の1.3%にすぎなかった。疾病でみると,過去20年間に渡ってほとんどが施設で死亡していた血液がんを除くと,全ガンとも70年代には数十%の在宅死亡率があり,近年それが低下の傾向にある。年齢階級で見ると,75歳以上はかつて半数以上が在宅で死亡していたが,近年でも10%以上が在宅死している。一般に高齢者ほど在宅死が多いが,75歳以上では在宅死は極めて低い数字となっている。末期ケア入院患者を患者調査退院票より推計すると約5万人で全入院患者の40%を占めている。しかし緩和ケア病棟の病床数は1993年240であったものが,1996年に783と増加しているものの,全末期ケアの入院患者のうち極めて少数を占める。がん末期患者の平均在院日数をみると近年低下傾向にある。
⑤総合指標:Bailarと同様に若年層の死亡率を用いて日本のがん死亡を分析した結果、肝がんと肺がんで死亡率の低下が認められ、これらのがん対策の効果の可能性が示唆された。死亡数・1,2次予防・治療・末期ケア・資源6分野12指標を用い,都道府県毎にがん対策を評価したところ、県間で格差が認められた。費用対効果分析をみると全がんで典型的な投入対効果低減が認められる。しかし主要がんに分解して分析してみると,投入は増加しているが産出が変わらない乳・子宮,投入が増加しないにもかかわらず近似値生存率が高くなっている胃・腸が認められた。岡山・長野が上位,青森・佐賀が下位に位置づけられた。
結論
以下のような結論を得た。
1.新手法及び新手法
各種新指標,新手法を開発,あるいは外国にて開発されたものを本邦で初めて使用した。これらはがん対策の諸側面を浮き彫りにし,有効かつ有用と考えられた。
2.暫定的応用
評価に暫定的に応用したところ,治療政策の改善が示唆されたが,それが急激な生存者,障害者を生んでいること,末期ケアは在院日数は低下しているものの,施設死亡はむしろ増加していることが明らかになった。全がん医療費は急増しているものの,入院1回当たり医療費は減少の傾向を認め,治療の費用対効果の改善が示唆された。予防は今後の可能性が考えられるものの,進展は明らかでなかった。県別のがん対策には大きなばらつきが認められた。
今後の展望としては,新手法の確立,がん対策の適正な評価には本格的な応用研究が必要である。

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