がんに伴う遺伝子変化を標的とした治療法の開発

文献情報

文献番号
199800134A
報告書区分
総括
研究課題名
がんに伴う遺伝子変化を標的とした治療法の開発
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
藤 也寸志(国立病院九州がんセンター)
研究分担者(所属機関)
  • 斎藤貴生(佐賀県立病院好生館)
  • 中別府雄作(九州大学生体防御医学研究所)
  • 河野彬(国立病院九州がんセンター)
  • 真柴温一(国立病院九州がんセンター)
  • 井口東郎(国立病院九州がんセンター)
  • 和田守正(九州大学医学部)
  • 森正樹(九州大学生体防御医学研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
13,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
がんは遺伝子の病気であり、その遺伝子異常に基づいた治療戦略や治療法の適用が、治療成績、患者のQOLの向上や経済的・効率的治療の開発につながることは明らかである。本研究の目的は、がんの発生・増殖・進展などその生物学的本質に関わる遺伝子異常や抗がん剤・放射線耐性遺伝子、がん特異的抗原などに着目し、それらを標的とした多角的な新しい治療戦略や治療法の開発を行うことにある。(1) 新たながん免疫療法として、種々の悪性腫瘍にも発現が認められるMAGE抗原を標的としたがんワクチン療法の確立を目指す。(2) 種々のDNA修復遺伝子の発現異常が抗がん剤や放射線に対する感受性をどのように変化させるのかを正確に評価できるモデル動物を樹立する。また臨床検体でのミスマッチ修復遺伝子の異常を解析し、重点的フォローアップ体制の確立などの多重がんの治療戦略に役立てる。(3) 抗がん剤や放射線への新しい耐性因子の同定とその解析を通じて、その発現の抑制に基づくがん治療法・発現の検索による適切な抗がん剤の選択への道を開く。(4) 膵臓がんの発がんや進行に関与するコレシストキニンレセプター(CCKAR) の発現制御に関する研究やチロシンリン酸化を標的とした漢方薬由来物質によるがん増殖の抑制に関する研究、また骨転移成立に特異的な"破骨細胞活性化→骨吸収亢進"過程に関与するサイトカインを明らかにし、それを標的とした治療法の開発を目指す。
研究方法
(1) HLA-A2または-A24の進行再発消化器がん症例に対して腫瘍拒絶抗原MAGE-3の発現陽性例に対しがんワクチン療法を施行した。(2) がんの手術摘出標本に対し蛍光法でmicrosatellite instability (MSI) を検索し、多発・重複がんにおけるミスマッチ修復異常の関与について prospective studyとしての検討を始めた。アルキル化剤と活性酸素によるDNA損傷の修復に関わる種々の修復酵素について機能欠損型の変異を持つマウスを作製し、各マウスの抗がん剤や放射線に対する感受性の変化を個体レベルで解析した。(3) 新規抗がん剤排出ポンプの実体を同定し、排出ポンプが輸送する抗がん剤のスペクトラムを明らかにし、また臨床例における耐性獲得マーカーとしての有効性を検討する。さらに排出ポンプ遺伝子の臨床例における発現亢進機構を明らかにする。大腸がん細胞株に活性酸素消去系酵素Mn-SODのAntisense RNA 発現プラスミドを導入し発現株を樹立し、抗がん剤・放射線感受性の変化を検討した。(4) ラットCCKAR遺伝子のプロモーター領域のメチル化と発現の関係を検討した。EGFレセプターを高発現ヒト癌細胞株を用いて、チロシンキナーゼ阻害活性を有する大黄由来のエモジンとグリチルリチンとの併用による増殖抑制効果をin vivoで検討した。IL-8と骨転移との関連を検討するため 肺がん細胞HARA-BにIL-8遺伝子を導入した IL-8過剰発現細胞を作製し骨転移能を検討した。
結果と考察
(1) 再発胃がん症例6例、再発食道がん1例の7例に対し治療を施行した。食道がん症例で転移リンパ節の縮小、腫瘍マーカーの減少および臨床症状(嗄声)の改善が認められた。Recall 法により治療後のpeptide に対するCTL誘導能の上昇を認めた。現在治療終了 12ヵ月で生存中である。胃がん症例では6例中4例で腫瘍マーカーの減少を認めた。Recall 法を施行した3例中2例で CTL誘導能の上昇を認めた。副作用は全く認められておらず、本治療法の安全性が示唆された。また臨床症状の改善や腫瘍マ
ーカーの低下が見られた症例が多く、ワクチンの投与法や適応症例の選別などにより有効な治療法となりうる可能性が示唆された。
(2) 187例に対してMSIの検索を行った。 5loci 中1locus以上でMSIを認めたものは、大腸癌15.4%、胃癌11.5%、肺癌8.0%、膵癌25%、肝癌0%であった。一方 2 loci 以上でも MSIを認めた症例は全体で4.8%であった。重複・多発がん症例では14.3%であったのに対して、単発がん症例では11.9%と差はなかった。しかし、2loci 以上でもMSIを認めた症例に限ると重複・多発がん症例では10.7%であったのに対して、単発がん症例では3.8%と、重複・多発がん症例で多い傾向が見られた。各臓器の症例数は必ずしも充分ではなく、また術後経過の短い症例が大部分である。今後より多症例の検討、またMSI陽性症例の重点的フォローアップを行っていくことで 本検査法の臨床的意義が明らかになっていくと考えられる。
アルキル化剤 によるDNA損傷の修復酵素MGMT遺伝子の欠損マウスを作製し、その解析からMGMT欠損マウスはACNU などのアルキル化剤に高感受性で、特に骨髄抑制が顕著であることを明らかにした。酸化的DNA損傷の修復酵素群(MTH1、OGG1、MYH) について解析を進め、機能欠損変異遺伝子を持つマウスを樹立に成功した。各ヒト修復酵素に対する特異的な抗体の作製に成功し、現在特異的かつ定量的な発現スクリーニング系の確立を進めている。MGMT発現レベルとACNU に対する骨髄抑制の関連の解析を進めるために、脳腫瘍患者 100 名以上から末梢リンパ球を収集した。MTH1、OGG1、MYH遺伝子欠損マウスは、放射線や抗がん剤に対する感受性決定にDNA修復遺伝子群がどのように寄与しているかを明確に評価できる系と期待される。さらに、がん患者でのこれらの修復酵素の発現レベルと放射線あるいは抗がん剤に対する応答を詳細に比較解析することで、より安全で効率的な治療法の開発が期待される。
(3) シスプラチン耐性がん細胞から、新規ABCカセット遺伝子であるヒトMRP2/cMOAT 遺伝子を初めて単離した。MRP2/cMOAT遺伝子の細胞導入実験により、MRP2/cMOATは MRP1と同様、グルタチオン抱合体を輸送しうることを明らかにした。このことからMRP2/cMOATは、シスプラチンや CPT-11などのようなグルタチオンやグルクロン酸抱合される抗がん剤を排出する可能性が示された。今後臨床がんでの発現状況を検討し、臨床での抗がん剤耐性に関与を明らかにすることが必須である。ヒトMDR1遺伝子の発現亢進機構について、プロモーター部位のメチル化と遺伝子発現が逆相関することを培養細胞系、さらにacute myeloblastic leukemiaの検体を用いて明らかにした。このメチル化状態の解析によりMDR1 遺伝子の発現予測、ひいては耐性獲得予測が行える可能性が考えられた。
大腸がん細胞のアンチセンスMn-SOD RNA発現株を複数樹立した。これらは、Doxorubicin 、放射線に対する感受性に対する感受性が有意に増強しており(いずれもp<0.05)、アポトーシスに陥る細胞が増加していた。大腸がんにおいて、Mn-SOD の発現抑制がアポトーシス誘導に基づいた抗がん剤・放射線の効果を増強させ、Mn-SOD が治療耐性克服のための遺伝子治療の標的となりうる可能性が示唆された。
(4) CCKAR遺伝子のプロモーターが胎児膵で完全にメチル化されており、出生後緩やかに脱メチル化され出生後21日でほぼ脱メチル状態はピークになった。遺伝子発現量はプロモーターの脱メチル化と相関していた。ラット膵由来のCCKAR を発現するがん細胞でもメチル化と発現は逆相関した。今後臨床検体での膵がんとCCKAR 遺伝子のメチル化の相関が興味あるところであり、抗体や阻害剤などによる膵がん治療の標的分子になりうる可能性がある。A431癌細胞のin vivoでの増殖はエモジンとグリチルリチンを併用することにより抑制された。漢方薬由来物質によるシグナル伝達系の阻害によるがん治療は、臨床応用が可能と思われる。HARAに比較してHARA-BでPTHrP産生の増加およびIL-8産生の低下が認められた。IL-8 を過剰発現させた HARA-B 細胞は全く骨転移をおこさなかった。IL-8は、破骨細胞に対して抑制的に作用するため、HARA-B細胞自信が産生する大過剰のIL-8により破骨細胞の活性化がおこらず、骨皮質への浸潤にまでは至らなかったと考えられる。
結論
MAGE-3ペプチドを用いたDCワクチン療法は、実際に臨床試験が開始され、進行再発消化器癌症例に対する安全ながん特異的免疫療法となる可能性が示唆された。DNA 修復遺伝子の異常に関する研究では、がん切除例のMSI の検索を行いフォローする prospective study を開始した。種々の DNA修復遺伝子の欠損マウスの樹立に基づく基礎的解析と特異的抗体の作成の成功に基づく個体レベルでの種々の DNA 修復能の定量法の確立は、抗がん剤や放射線の適応や投与量の決定などに大きな進歩をもたらすものと思われる。 Mn-SODや新規 ABCトランスポーターを新しい抗がん剤や放射線の新しい耐性因子として捉え、これらが遺伝子治療や治療感受性の予知などの標的遺伝子となりうる可能性を示し、今後の臨床応用への道が開かれたものと考えられる。

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