がん関連遺伝子と腫瘍免疫を用いたがんの早期診断と予後の研究

文献情報

文献番号
199800132A
報告書区分
総括
研究課題名
がん関連遺伝子と腫瘍免疫を用いたがんの早期診断と予後の研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
石井 勝(埼玉県立がんセンター)
研究分担者(所属機関)
  • 金子安比古(埼玉県立がんセンター病院)
  • 真船健一(東京大学医学部附属病院)
  • 土屋永寿(埼玉県立がんセンター研究所)
  • 末岡榮三朗(埼玉県立がんセンター研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
12,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
がん関連遺伝子および腫瘍免疫を利用したがんの早期診断法および予後診断法の開発を行う目的で、以下の5点の研究を試みた。①アンドロゲン依存性癌細胞で高発現するアンドロゲン・レセプター(AR)に対する血中AR自己抗体によるアンドロゲン依存性癌の早期診断法の開発、②癌抑制遺伝子異常の分析、EWS融合遺伝子の検出と融合点の分析による診断が困難で予後不良な骨軟部腫瘍の遺伝子診断と治療成績の改善③オルニチン脱炭酸酵素(ODC)遺伝子の発現を指標とする食道癌の予後診断法の開発、④FHIT異常蛋白の発現を指標とした肺癌の早期診断法の開発およびHIC-1遺伝子による予後診断法の開発⑤肺癌関連遺伝子産物hnRNP B1蛋白を指標とした肺癌の早期診断法の開発の以上5点について研究を試みた。
研究方法
①血中AR/a自己抗体によるがん診断:ARのAおよびHドメインの合成ペプタイド抗原(AR/aとAR/h)とその特異家兎抗体(AR/a-Ab,AR/h-Ab)を作製した。この抗体を用い免疫組織染色を行った。血中AR自己抗体の測定はAR/a抗原とビオチン標識AR/a抗原間に血中AR/a自己抗体をサンドイッチする酵素免疫測定法で行った。本法によりアンドロゲン依存性癌症例を含む152例の血中AR/a自己抗体の検出を試みた。前立腺癌、乳癌、肝細胞癌症例の病期別AR/a自己抗体の検討も行った。②骨軟部腫瘍の遺伝子診断と治療成績の改善:1986年~1998年に当施設で分析した骨肉腫24例とEwing肉腫25例についてP53、P15、 P16、P19、FHITの癌抑制遺伝子異常をサザン法、PCR-SSCP法、塩基配列決定法、RT-PCR法にて分析し、Ewing肉腫についてはRT-PCR法にてEWS融合遺伝子を検出し、融合点を分析した。遺伝子異常により分類した患者群の生存曲線をKaplan-Meier法にて求めlog-rank法にて有意差を検定した。③ODC遺伝子による食道癌の予後因子としての有用性:内視鏡下食道生検標本42例についてRT-PCR法でODCmRNAの発現比T/N(癌腫/正常上皮)を検討し、Cox-Mantel法にて予後を検討した。④肺癌のFHIT異常蛋白による早期診断とHIC-1遺伝子による予後診断法の開発:正常FHIT蛋白を認識しないFHIT異常蛋白の特異抗体を作製し、肺癌手術検体で免疫組織染色を行った。HIC-1遺伝子では肺腺癌31例と扁平上皮癌16例の癌部と非癌部のHIC-1mRNA量を測定し、予後との関連を解析した。⑤hnRNP B1蛋白を指標とした早期肺癌診断法の開発:RT-PCR法により肺癌手術検体の癌部と非癌部のhnRNP B1及びhnRNP A2/B1mRNAの発現量を測定した。抗hnRNP B1および抗hnRNP A2/B1抗体を作製し、この抗体を用い肺癌組織の免疫組織学的解析を行った。
結果と考察
①血中AR/a自己抗体によるがん診断:AR/a-Ab,AR/h-Abを用い前立腺、乳腺、肝臓の癌部および非癌部の免疫組織染色を行った。その結果、細胞核内ではAR/aは、非癌細胞より癌細胞において、また、AR/hより発現率が高かった。肝では細胞質に発現する例が多く、AR/hがAR/aより高発現で癌細胞と非癌細胞間に発現強度に差違がなかった。この染色成績から、血中AR/a自己抗体の測定系を開発し、本法にて測定した結果、カットオフ値を30ng/mlに設定した時の陽性率は前立腺癌が82%(37/45)、乳癌が38%(12/32)、肝細胞癌が78%(25/32)、前立腺肥大症は89%(8/9)、良性乳腺疾患は67%(4/6)、良性肝疾患は67%(4/6)で健常人22例(女性10例、男性12例)は全例陰性であった。 前立腺癌および肝細胞癌で高い陽性率を示したが、乳癌の陽性率は低かった。良性疾患での偽陽性率が高く癌特異性は低かった。しかし、早期肝細胞癌での陽性率が82.3%と高く、ARの肝細胞
での局在の検討、免疫組織染色結果との違いの解明が必要であった。②骨軟部腫瘍の遺伝子診断と治療成績の改善:骨肉腫、Ewing肉腫についてP53,P15, P16, P19, FHITの癌抑制遺伝子異常を分析した結果、P53異常の頻度は骨肉腫で高くEwing肉腫では低かった。P53異常を示す骨肉腫患者の予後はP53異常を示さない骨肉腫患者の予後より不良であり、P53異常のある骨肉腫患者に対して,十分強力な化学療法を行うことが重要で有り,末梢血幹細胞移植も試みられるべき治療法であると考えられた。また、Ewing肉腫について融合点を分析した結果、EWS exon 7とFLI1 exon 6の融合したtype I患者の予後が良好な傾向を示した。Ewing肉腫ではtype I融合遺伝子の検出が予後因子として役立つことを証明したが、さらに症例数を増やし、観察期間を延長して検討を行う必要があった。③ODC遺伝子による食道癌の予後因子としての有用性:内視鏡下食道生検標本42例の癌腫(T)と正常上皮(N)のODCmRNA発現比(T/N)を検討した結果、36例(86%)が正常上皮に比較して癌腫で高い発現を認めた。その42例のうち食道癌切除症例21例について臨床病理学的因子との相関を検討した。その結果、高発現群(T/N>3)に高進行度(StageⅢ、Ⅳ)、リンパ節転移陽性、血管侵襲陽性症例が有意に多く認められ、生検標本でも切除標本と同様にODCmRNAが食道癌の予後あるいは転移を予測する因子として役立つことが示唆された。今後、生検標本による早期(表在)癌、異型上皮などの遺伝子変化も容易に検討可能となり、扁平上皮の発癌過程におけるODCの関与は今後の重要な検討課題と考えられた。④肺癌のFHIT異常蛋白による早期診断とHIC-1遺伝子による予後診断法の開発:肺癌組織で異常FHITmRNAの検索および異常FHIT蛋白抗体を用いた免疫組織染色の結果、FHITmRNAの出現頻度、構造では正常肺組織と差はなかったが、異常FHIT蛋白の発現が肺癌組織で確認され、FHIT異常蛋白を指標とした肺癌の早期診断に役立つ可能性が示唆された。また、7番染色体上の HIC-1遺伝子の発現抑制が肺癌の5年生存率と密接に関係し、肺癌の予後因子として有用と考えられた。今後、手術や生検材料に用いるための実用化には同遺伝子産物に対する抗体を作製する必要があると考えられた。⑤hnRNP B1蛋白を指標とした早期肺癌診断法の開発:肺癌組織では癌部が非癌部に比べ1.4 から4倍hnRNP B1mRNAの発現亢進を認めた。また、hnRNP B1蛋白を特異的に認識する抗体を用いた免疫組織染色により、hnRNP B1蛋白質の過剰発現が原発性肺癌、とりわけ早期肺扁平上皮癌に高率に認められ、hnRNP B1蛋白が肺扁平上皮癌に対する早期診断の指標として役立つ可能性が示唆された。現在、肺の前癌病変と考えられる扁平上皮化生や微小肺癌症例に対する診断の有用性について検討中であり、今後、抗hnRNP B1抗体を用いた肺癌細胞の同定法を、喀痰細胞診や術後の気管内視鏡検査による細胞診に応用して行きたい。
結論
①血中AR/a自己抗体の高感度測定法を開発し、血中AR/a自己抗体を測定した結果、前立腺癌および原発性肝癌症例で高い陽性率を示し、特に早期肝細胞癌で高い陽性率であった。しかし、良性疾患で偽陽性率が高い短所がみられ、この点の改善のために癌特異性の高いAR抗原決定基についての研究を行う必要があった。②骨肉腫ではP53およびFHIT異常の頻度が高かった。P53異常を示す骨肉腫患者はP53異常を示さない患者より予後が不良で、P53異常が骨肉腫の予後因子として役立つことが判明した。他の抑制遺伝子の異常の有無と予後は無関係であった。Ewing肉腫では融合遺伝子type I患者の予後が良好な傾向を示した。③生検標本でも切除標本と同様にODCmRNAが食道癌の予後あるいは転移を予測する因子として役立つことが判明した。④異常FHIT蛋白の発現が肺癌組織で確認され、肺癌の早期診断に対する指標として役立つ可能性が示唆された。また、HIC-1遺伝子の発現抑制が肺癌の5年生存率と密接に関係し、肺癌の予後因子として有用と考えられた。⑤hnRNP B1蛋白の過剰発現が原発性肺癌、とりわけ早期肺扁平上皮癌に高率に認められ、hnRNP B1蛋白が肺扁平上皮癌に対する早期
診断の指標として役立つ可能性が示唆された。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)