遺伝性女性化乳房の実態把握と診断基準の作成

文献情報

文献番号
201231069A
報告書区分
総括
研究課題名
遺伝性女性化乳房の実態把握と診断基準の作成
課題番号
H23-難治-一般-090
研究年度
平成24(2012)年度
研究代表者(所属機関)
生水 真紀夫(千葉大学 大学院医学研究院)
研究分担者(所属機関)
  • 深見 真紀(独立行政法人国立成育医療研究センター)
  • 原田 信広(藤田保健衛生大学 医学部)
  • 横田 千津子(城西大学 薬学部)
  • 花木 啓一(鳥取大学 医学部)
  • 野口 眞三郎(大阪大学 大学院医学系研究科)
  • 碓井 宏和(千葉大学 大学院医学研究院)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 難治性疾患等克服研究(難治性疾患克服研究)
研究開始年度
平成23(2011)年度
研究終了予定年度
平成24(2012)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
遺伝性女性化乳房症の早期診断治療を可能にすることで患者QOLの向上と行政施策に資することを目途として、(1)患者数の把握(継続)、(2)臨床的診断基準(2011年度版)の見直しと評価、(3)細胞遺伝学的診断法の改良とその評価に関する研究を実施した。
研究方法
1. 文献調査:前年度に引き続き、医学文献データベース医学中央雑誌およびPubMedデータベースを用いて国内外症例の調査を行った。2011-12年に新たに報告された女性化乳房症例の報告(検索語: 女性化乳房/TH or 女性化乳房/AL)を検索し、前年度までの調査成績に加えて集計した。
2. 遺伝子解析:これまでの検討から、アロマターゼ遺伝子(CYP19A1)およびその近傍の遺伝子変異(染色体構造異常)が常染色体優性遺伝形式を示す遺伝性女性化乳房症の原因となっていることが判明している。そこで本研究班では、2011年度までにCYP19A1を含む15番染色体の構造異常を系統的に検出するための診断システムの開発を行ってきた。この方法では、15番染色体CGH arrayにより遺伝子量の増減を、5’RACE法により染色体逆位による新規プロモーター出現の有無を検出する。構造異常が検出された場合には、公開ゲノム配列情報に基づいてプローブをデザインしてlong range PCR法を行ってDNA切断端の同定を行う。さらにDNA切断端を含むゲノム配列をプローブとしたFISHあるいはサザンブロットにより直接ゲノム再構成を証明する。
3. 表現型解析:遺伝子解析により診断の確定できた症例、文献等により個別に収集した症例の臨床情報、遺伝子情報を照合して、2011年度に策定した診断基準の妥当性を検討した。
結果と考察
本年度には新たに3家系の本症患者の発生が確認され、これまでの研究結果とあわせて本邦の遺伝性女性化乳房症患者数は30~240名と推定された。また、収集例の臨床情報の詳細な解析を行い、4つの臨床項目、1)タナー分類2度以上の両側性乳房発育、2)発症年齢が20歳以下、3)2次性女性化乳房と思春期一過性女性化乳房症を除外できる、4)家系内発症があるにより、本症がほぼ確実に診断できることを確認した。1-3までを満たした場合を疑い例、1-4までを満たした場合を診断確定例とする。疑い例や臨床的診断例については、その後にCYP19A1近傍の構造異常の有無を細胞遺伝学的に検索して診断を確定することを推奨し、これにより発症前の診断・治療介入が可能となる。
本邦症例を海外報告例と比較した解析では、本邦での発生頻度が海外より若干高い、女性化乳房の程度はやや軽く発症年齢がやや遅いなどの特徴があることなどが明らかとなった。この点については、診断バイアスなどの可能性も含め詳細かつ継続的な調査が必要である。
これまで本疾患の認知度は低かったが、徐々に認知度が上昇していることが示唆された。本研究班の活動もその一因と推察された。本症は、早期診断と治療介入により発症を予防することができる疾患である。これらを踏まえた行政施策の立案が切に望まれる。
今回作成した診断基準は臨床項目のみにより、効率良く本疾患患者を拾いあげることができる点で有用な基準である。系統的細胞診断学的検査と組み合わせることによりさらに効率よく本疾患患者を確定診断することが可能となる。今後、本診断基準の周知をはかり、診断率を上げることで、遺伝相談や発症前診断が可能になると期待される。
本症の責任変異には、CYP19A1の微細遺伝子逆位の他に、CYP19A1の重複や欠失のタイプもあることが示された。また、以前に微細逆位と判定されていた症例が、DNA切断端に欠失や重複をもつ複雑変異の症例であることが初めて示された。このような成果は、常染色体優性遺伝性疾患の発症機序を理解する上で貴重な情報であり、他疾患の解析に資する成果と期待される。また、今回の研究から、これらの遺伝子型と表現型との相関が明瞭に示された。これは、遺伝子解析が治療法の個別化に応用できることを示唆するものであり、ゲノム診断がテーラーメード医療に結びつく一例となる可能性がある。
結論
遺伝性女性化乳房症の症例を集積し、臨床症状の解析を行い、診断の手引き(臨床診断例、疑い例に分類、2012年度版)を作成した。臨床4項目に基づく臨床診断により確度の高い拾い上げを行い、系統的細胞遺伝学的検査により診断を確定する診断フローを提案した。系統的細胞遺伝学的検査により、様々なCYP19A1の構造異常が本症の原因となっていることが明らかとなった。

公開日・更新日

公開日
2013-05-30
更新日
-

研究報告書(PDF)

文献情報

文献番号
201231069B
報告書区分
総合
研究課題名
遺伝性女性化乳房の実態把握と診断基準の作成
課題番号
H23-難治-一般-090
研究年度
平成24(2012)年度
研究代表者(所属機関)
生水 真紀夫(千葉大学 大学院医学研究院)
研究分担者(所属機関)
  • 深見 真紀(独立行政法人国立成育医療研究センター)
  • 原田 信広(藤田保健衛生大学 医学部)
  • 横田 千津子(城西大学 薬学部)
  • 花木 啓一(鳥取大学 医学部)
  • 野口 眞三郎(大阪大学 大学院医学系研究科)
  • 碓井 宏和(千葉大学 大学院医学研究院)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 難治性疾患等克服研究(難治性疾患克服研究)
研究開始年度
平成23(2011)年度
研究終了予定年度
平成24(2012)年度
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
遺伝性女性化乳房症は、乳房増大・低身長・不妊から男性のQOLを著しく低下させる遺伝性疾患である。女性にも発症する。本疾患が独立した疾患であることが明らかにされてからの歴史は浅く、いまだ十分な診療体制が整っていない。そこで、本邦における本症の診療の現状を明らかにし、早期診断・治療体制の整備を目途として診療の実態把握と診断基準の策定、系統的細胞遺伝学的検査方法の開発研究を実施した。
研究方法
1. 文献調査:Pubmed・医学中央雑誌データベースを用いて、女性化乳房症例を収集した。
2. 国内患者の実態調査:2010年に全国の医育機関・研修指定病院を対象にアンケート調査(一次調査)を行った。その結果を基に、2011~2012年に追加個別調査(二次調査)を実施した。協力の得られた症例については、細胞遺伝学的診断を実施した。
3. 遺伝子解析:アロマターゼ遺伝子(CYP19A1)およびその近傍の遺伝子構造を検出するために、15番染色体CGH array(遺伝子欠失・重複の検出)と5'RACE法(逆位によって生じる新規のプロモーターの検出)を組み合わせた系統的検索法を新たに開発した。検出された構造異常例には、ゲノム情報を参考に個別にプローブをデザインしてlong range PCR法によりDNA切断端の同定を行い、シークエンス・FISH・Southern blottにより切断端の同定と構造異常の視覚的確認を行った。
4. 表現型解析:細胞遺伝学的に診断の確定できた症例を中心にその臨床症状や内分泌所見を解析し、臨床的診断基準と診断の手引きを策定した。
結果と考察
1. 2010年の全国調査により把握できた症例は20名であったが、その後の調査で毎年少しずつ増加した。思春期発症例は小児内分泌科を受診していたが、成人期に初めて外科や乳腺外科を受診している患者も比較的多かった。また、本研究班のホームページを見て初めて本症の存在を知り、相談をよせてくる成人例も数例あり、医療機関を対象とした調査でも把握できていない家系・患者が存在した。これらの結果を踏まえて、本邦における現時点の患者数を、30~240名、15~30家系程度と推定するのが最も妥当と思われた。人口比あたりのわが国の患者数は海外からの文献報告例数に比較して多いこと、わが国患者は女性化乳房症の程度が比較的軽く発症年齢が遅い傾向にあることが明らかとなった。実際に罹患率が高いのか、それとも診断バイアスによるものかは今後検討する必要があると考えられた。
2. 全国調査とその後の個別詳細調査により、本症であることがほぼ確実と考えられた症例26例のうち、協力の得られた患者についてアロマターゼ遺伝子(CYP19A1)の検索を行った。その結果、遺伝子重複(蛋白コード領域、プロモーター領域)・欠失が新たな責任変異として同定された。遺伝子型-表現型には相関が認められた。微細逆位により、新規プロモーターがリクルートされたタイプでは、血中のエストロゲン上昇と女性化乳房症状がもっとも強く、発症も前思春期と早期であった。CYP19A1近傍の微細欠失によりDMRT1プロモーターがリクルートされたタイプでは、エストロゲン値の上昇と女性化乳房症はやや軽く、発症は思春期であった。CYP19A1の部分的重複では、エストロゲン上昇と女性化乳房症は最も軽微で、CYP19A1プロモーターによる生理的調節が残っているためと考えられた。
3. 臨床的項目 1)タナー分類2度以上の両側性乳房発育、2)発症年齢が20歳以下、3)2次性女性化乳房と思春期一過性女性化乳房症を除外できる、4)家系内発症があるの4つからなる臨床的診断基準を策定した。3項目で疑い例、4項目で臨床的確定例とし、細胞遺伝学的検査によりCYP19A1変異を同定して確定診断とする。この臨床診断基準は、内分泌検査などを必要としないが、感度特異度共に優れたスクリーニング基準となっていることが確認された。遺伝子検査は、発症前の確定診断を可能にするとともに、重症度を予測して治療の個別化を図るための有用な情報を与える可能性がある。
結論
本邦には30名以上の患者がいると推定されるが、早期診断・治療は行われていない。今回作成した診断基準と遺伝子検査法により、効率よく発症前に確定診断を行うことができる。遺伝子診断は、発症前診断だけでなく治療の個別化にも応用できる可能性がある。本研究成果を臨床応用して早期診断治療を行い、早期介入の治療効果を評価し、QOLの改善を実証することで、適応外使用などの課題に取り組み、行政施策へ反映させていくことが望まれる。

公開日・更新日

公開日
2013-05-30
更新日
-

研究報告書(PDF)

行政効果報告

文献番号
201231069C

成果

専門的・学術的観点からの成果
わが国における本疾患患者数を30~240名と推定し、分析試料の入手が可能な症例について細胞遺伝学的手法による確定診断を行った。これにより、新たなCYP19A1変異(微細領域の遺伝子重複、欠失)が本症の原因となっている症例の存在を明らかにした。また、遺伝子(変異)型と表現型(臨床症状、内分泌所見)とに相関があることを明らかにした。CYP19A1変異の系統的検出方法を開発し、その有用性を明らかにした。
臨床的観点からの成果
本疾患は認知度が低く診断法が確立していない疾患であり、早期診断治療が行われていない現状にあることが明らかとなった。今回、効率のよい臨床診断のための「診断の手引き」(診断基準とその解説、内分泌検査の取り扱いを含む)を策定した。これと細胞遺伝学的診断法を組み合わせることにより、感度・特異度とも良好な診断システムを世界に先駆けて構築できた。
ガイドライン等の開発
一般臨床医による本症の診断を可能にするために「診断の手引き」を開発した。診断基準は、4つの臨床項目のみよりなり臨床的確定例と疑い例とを効率よく拾いあげ、細胞遺伝学的確定診断法を適用すべき症例であるかを見分けることができるようになっている。特徴的な内分泌検査所見を参考所見として記載しており、内分泌専門医による詳細な鑑別診断にも役立つものとなっている。
その他行政的観点からの成果
本症は、早期診断により発症前介入により発症を予防できる可能性のある疾患である。しかしながら、疾患の認知度が低い、本疾患を専門とする医療者がいない、細胞遺伝学的確定診断ファシリティーがないことから、現状では、患者は適切な医療を受けられていない現状が明らかになった。積極的な介入により患者QOLの改善がみこまれることから、今後の積極的な行政的介入(診断支援、治療効果の評価を含む研究支援)の根拠が明らかとなった。
その他のインパクト
本疾患の診断支援の依頼が海外からも寄せられている。世界的に見ても、他に本疾患の細胞遺伝学確定診断が可能な施設はない。
複数の学会や診療科が関連する領域の疾患であり、患者の診療にあたってはこれらの間の連携が必要である。研究班での活動を通じて班員および関連学会のネットワークの形成の手がかりができた。

発表件数

原著論文(和文)
23件
原著論文(英文等)
80件
その他論文(和文)
0件
その他論文(英文等)
0件
学会発表(国内学会)
29件
学会発表(国際学会等)
12件
その他成果(特許の出願)
0件
その他成果(特許の取得)
0件
その他成果(施策への反映)
1件
診断基準の手引き作成
その他成果(普及・啓発活動)
0件

特許

主な原著論文20編(論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限る)

論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限ります。

原著論文1
Maki Fukami, Makio Shozu, Sinzaburo Noguchi, et al.
Lack of genomic rearrangements involving the aromatase gene CYP19A1 in breast cancer
Breast Cancer , (4 pages)-  (2013)
10.1007/S12282-013-0471-5
原著論文2
Fukami M, Shozu M, Ogata T.
Molecular Bases and Phenotypic Determinants of Aromatase Excess Syndrome
Int J Endocrinol. , 584807-  (2012)
10.1155/2012/584807
原著論文3
深見真紀、花木啓一、生水真紀夫、緒方勤, et al.
アロマターゼ過剰症6家系の分子遺伝学的/臨床的解析:新たな遺伝疾患発症機序とホルモン調節機構の解
ホルモンと臨床 , 59 , 27-32  (2012)
原著論文4
Fukami M, Shozu M, et al.
Aromatase Excess Syndrome: Identification of Cryptic Duplications and Deletions Leading to Gain of Function of CYP19A1 and Assessment of Phenotypic Determinants
J Clin Endocrinol Metab , 96 , E1035-1043  (2011)
10.1210/jc.2011-0145

公開日・更新日

公開日
2013-06-09
更新日
-

収支報告書

文献番号
201231069Z