文献情報
文献番号
199800128A
報告書区分
総括
研究課題名
小児がんの遺伝的・発生生物学的要因の解明と診断への応用
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
恒松 由記子(国立小児病院)
研究分担者(所属機関)
- 佐伯守洋(国立小児病院)
- 宮内潤(国立小児病院)
- 水谷修紀(国立小児病院小児医療研究センター)
- 藤本純一郎(国立小児病院小児医療研究センター)
- 東みゆき(国立小児病院小児医療研究センター)
- 谷村雅子(国立小児病院小児医療研究センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
19,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
小児期における発がんの遺伝的・体質的要因を主として臨床疫学的・基礎生物学的方法で研究することにより、一般のがんや小児がんの発生・進展の機構の理解を深め、その成果を新しい診断法の開発、がんの一次・二次予防、ならびに治療へ応用することである。これらの研究を行う場合、または遺伝子診断をがん対策に取り入れるには、がん易罹患性の診断に関連した多くの倫理問題がクリアされなけらばならない。とくに被験者が小児の場合の倫理課題を研究することが本研究班のもう一つの課題である。今年度も昨年度に引き続き、中心研究課題を遺伝的体質についてはAtaxia teleangiectasia(AT)におき、免疫と発生生物学的研究については神経芽腫に集中させた。
研究方法
1)材料登録とアンケート調査:われわれは3年前から、国立小児病院のがん患者の腫瘍組織と正常組織を保存し、家族歴等の病歴とリンクさせて、遺伝学研究に役立ちうる病院ベースのがん材料登録を行ってきた。その中に、多重複がんや異常ながん家族集積を示し、遺伝的背景因子の関与が考えられる症例が蓄積している。国立小児病院のがん患者とその家族に郵送自記式調査を行い、がん登録、保存材料の利用に関する意識調査とくに患者材料を遺伝的背景の検査に用いることを調査した。2) 小児がんにおけるMSI: 小児がんのあとで二次性発がんとして成人のがんを発生した患者や、がん多発家系の中の小児がん患者で腫瘍組織において、microsatellite marker instability(MSI) をスクリーニングして、陽性の患者の正常組織におけるミスマッチ修復遺伝子の異常の有無を検査した。3) AT、ATキャリアの診断法:患者より採血したヘパリン加末梢血より単核球を分離し、EBウイルス産生細胞株B95-8培養上清存在下て株化した。固定細胞をPropidium iodide (PI)により染色し、細胞周期はFACScanによりLysis IIプログラムを用いて解析した。細胞への放射線量は基本的には5 Grayとした。アポトーシス細胞の算定はFACScanによりsubdiploid分画を算定した。 4)わが国のL-Fraumeni 症候群(LFS):わが国のLFSとP53germ line mutation の報告者による会議を開き、その後のがん発生の状況、調査研究の今後の方向性を討議した。5)神経芽腫における細胞周期遺伝子:生検または手術切除組織のパラフィン切片標本を用い、各臨床病期および各組織型を含む計22例について、モノクローナル抗体を用いたABC法による免疫組織化学にて、p27、p16、p21の局在を解析した。6) 小児の抗腫瘍免疫:培養神経芽腫細胞株IMR32およびSK-N-SHにヒトCD80遺伝子を導入し、細胞表面高発現クローンを樹立した。それぞれのクローンの細胞障害活性発現に関わる表面抗原発現をフローサイトメトリーにて解析した。7) 小児がんの遺伝疫学的研究:小児がんの発生要因の検索をしている内に、肝芽腫のリスクとして低出生体重があげられている。その原因を究明するために小児がん全国登録から肝芽腫の生下時体重との関連、奇形の合併について二次調査を行った。
結果と考察
小児がんの遺伝的な背景の研究は小児期特有のがんの研究を中心に行われてきた。しかし、一般的ながんの易罹患性と言う観点から、成人がんも包括して小児のがん易罹患性を研究する必要がある。この視点も含めて、各研究の結果とその意義を考察する。1)材料登録に関するアンケート調査でみる倫理課題:小児がん患者とその家族130人から回答を得た。検査や手術で余った材料の保存、研究
利用については、「自分(自分の子ども)に役立てばかまわない」95%、「がん研究のためならよい」95%であったが、同時に「これらを利用することを説明し同意をとるべき」が85%であった。通常の採血時に研究用に余分に採血することについても同程度の回答であった。保存材料を利用したがん遺伝研究については、「利用に際して説明し許可を得てほしい」が91%、「そうした研究に協力してもよい」71%であり、協力してもよい、もしくはわからないとした人のうち74%が「結果を知りたい」と答えた。がんの遺伝研究においては患者への協力を求めるには、研究段階にあるのものでも、インフォームド・コンセントを行うことが必要であり、癌の遺伝研究についての社会の理解が必要であることがわかった。2)小児がんにおけるMSI: Wilms 腫瘍(3歳)が26歳で二次がんとして大腸がんを発症した患者で、大腸がん組織ばかりでなく、Wilms腫瘍の組織にも著明なMSIが6種類の microsatellite で認められた。この患者の家系はHNPCCで認められる子宮がんを含むがん家系であった。 しかし、末梢血や正常組織で得られたDNA samples で hMSH2, hMLH1など5つのmismatch-repair genesの変異を検索したが変異はなかった。まだ発見されていないミスマッチ修復遺伝子の変異である可能性がある。3)AT、ATキャリアの診断法:ATM遺伝子異常ヘテロキャリアーに関する検討ではいずれも正常の50%程度の発現を認めた。これらのヘテロ株ではDNA障害に対し、G0/G1アレスト誘導能に欠陥が認められるものと認めないものが存在した。また、放射線照射96、144時間の時点でヘテロ細胞の2株においてに顕著なMitotic/Spindleチェックポイントの障害を認めた。一方放射線照射による細胞死の誘導能についてはヘテロの株全てにおいて等しく障害を認めた。細胞死や細胞周期制御機構の障害がATのみならず、AT異常の保因者で認められることを初めて明らかにした。ATMたんぱくの発現量の低下あるいは変異たんぱくによるドミナントネガティブ効果がヘテロ株の生物学的特徴の決定に大きく寄与していることが考えられた。保因者について、成人のがんや小児がんの高危険群の候補者としての意義を解明する必要があると考えられた。4)わが国のLi-Fraumeni 症候群:わが国の24家系では、胃癌と小児の肝腫瘍が著明に多かった。わが国で、保因者のサーベーランスの可能性を討議してLFSの登録を行う方向となった。国立小児病院の症例で、発端者は肝肉腫(5才)、父親が胃癌(36才)で両者ともP53のgerm-line mutation があった。わが国でのがんの種類が欧米とことなることが興味深い。これらの患者支援のためには、わが国独自のがん高危険群を支援するサーベイランスのプログラムを作成する必要がある。5)神経芽腫における細胞周期遺伝子:p27は未熟な腫瘍では核内に局在し、神経節細胞への分化に伴って細胞質と核内に発現し、成熟すると核内のみに限局した。p16は未熟な腫瘍で核内に発現し、成熟すると著しく減弱化した。p21の発現は花冠細線維型の少数の症例に限られてみられ、分化型腫瘍には陰性であった。細胞内局在の変化がこれらの分子の機能にどのような意味をもつか、今後の解析が必要である。6)小児の抗腫瘍免疫:ヒトCD80遺伝子を高発現したIMR32およびSK-N-SHクローンを3クローンづつ樹立した。細胞障害活性発現に関係するCD54, MHC class I およびMHC class II発現に各クローン間および親細胞間で差は認められなかった。 健常成人PBMCは、CD80+IMR32あるいはCD80+SK-N-SHとの共培養により、親株IMR32あるいはSK-N-SHに対する細胞障害活性を示し、この障害活性は抗CD3Fab、CD8, あるいはMHC class I 抗体添加により20-40%阻害されたことより、非特異的障害活性だけではなく、確かに抗原特異的なCTLが誘導されている。ことが示された。小児癌患者PBMCにおける神経芽腫特異的CTL誘導能成人と比べ明らかに劣っていた。7)肝芽腫中の低出生体重率はその他の小児がん患者や一般集団に比して、過去26年間ずっと高く、極低出生体重率は1988年以降に急増していた。
利用については、「自分(自分の子ども)に役立てばかまわない」95%、「がん研究のためならよい」95%であったが、同時に「これらを利用することを説明し同意をとるべき」が85%であった。通常の採血時に研究用に余分に採血することについても同程度の回答であった。保存材料を利用したがん遺伝研究については、「利用に際して説明し許可を得てほしい」が91%、「そうした研究に協力してもよい」71%であり、協力してもよい、もしくはわからないとした人のうち74%が「結果を知りたい」と答えた。がんの遺伝研究においては患者への協力を求めるには、研究段階にあるのものでも、インフォームド・コンセントを行うことが必要であり、癌の遺伝研究についての社会の理解が必要であることがわかった。2)小児がんにおけるMSI: Wilms 腫瘍(3歳)が26歳で二次がんとして大腸がんを発症した患者で、大腸がん組織ばかりでなく、Wilms腫瘍の組織にも著明なMSIが6種類の microsatellite で認められた。この患者の家系はHNPCCで認められる子宮がんを含むがん家系であった。 しかし、末梢血や正常組織で得られたDNA samples で hMSH2, hMLH1など5つのmismatch-repair genesの変異を検索したが変異はなかった。まだ発見されていないミスマッチ修復遺伝子の変異である可能性がある。3)AT、ATキャリアの診断法:ATM遺伝子異常ヘテロキャリアーに関する検討ではいずれも正常の50%程度の発現を認めた。これらのヘテロ株ではDNA障害に対し、G0/G1アレスト誘導能に欠陥が認められるものと認めないものが存在した。また、放射線照射96、144時間の時点でヘテロ細胞の2株においてに顕著なMitotic/Spindleチェックポイントの障害を認めた。一方放射線照射による細胞死の誘導能についてはヘテロの株全てにおいて等しく障害を認めた。細胞死や細胞周期制御機構の障害がATのみならず、AT異常の保因者で認められることを初めて明らかにした。ATMたんぱくの発現量の低下あるいは変異たんぱくによるドミナントネガティブ効果がヘテロ株の生物学的特徴の決定に大きく寄与していることが考えられた。保因者について、成人のがんや小児がんの高危険群の候補者としての意義を解明する必要があると考えられた。4)わが国のLi-Fraumeni 症候群:わが国の24家系では、胃癌と小児の肝腫瘍が著明に多かった。わが国で、保因者のサーベーランスの可能性を討議してLFSの登録を行う方向となった。国立小児病院の症例で、発端者は肝肉腫(5才)、父親が胃癌(36才)で両者ともP53のgerm-line mutation があった。わが国でのがんの種類が欧米とことなることが興味深い。これらの患者支援のためには、わが国独自のがん高危険群を支援するサーベイランスのプログラムを作成する必要がある。5)神経芽腫における細胞周期遺伝子:p27は未熟な腫瘍では核内に局在し、神経節細胞への分化に伴って細胞質と核内に発現し、成熟すると核内のみに限局した。p16は未熟な腫瘍で核内に発現し、成熟すると著しく減弱化した。p21の発現は花冠細線維型の少数の症例に限られてみられ、分化型腫瘍には陰性であった。細胞内局在の変化がこれらの分子の機能にどのような意味をもつか、今後の解析が必要である。6)小児の抗腫瘍免疫:ヒトCD80遺伝子を高発現したIMR32およびSK-N-SHクローンを3クローンづつ樹立した。細胞障害活性発現に関係するCD54, MHC class I およびMHC class II発現に各クローン間および親細胞間で差は認められなかった。 健常成人PBMCは、CD80+IMR32あるいはCD80+SK-N-SHとの共培養により、親株IMR32あるいはSK-N-SHに対する細胞障害活性を示し、この障害活性は抗CD3Fab、CD8, あるいはMHC class I 抗体添加により20-40%阻害されたことより、非特異的障害活性だけではなく、確かに抗原特異的なCTLが誘導されている。ことが示された。小児癌患者PBMCにおける神経芽腫特異的CTL誘導能成人と比べ明らかに劣っていた。7)肝芽腫中の低出生体重率はその他の小児がん患者や一般集団に比して、過去26年間ずっと高く、極低出生体重率は1988年以降に急増していた。
結論
Ataxia teleangiektasia(AT)における細胞死や細胞周期制
御機構の障害がATのみならず、AT異常の保因者で認められることを初めて明らかにした。保因者が小児がんや成人がんの遺伝的高危険群である可能性がある。昨年作成した抗ATM抗体でスクリーニングすることも可能となったとき、その診断的意義を明らかにする必要がある。また、大腸がんを二次がんとして小児がんが多彩なHNPCC家系における腫瘍のコンポーネントとして存在している可能性もある。わが国ではLi-Fraumeni 症候群のコンポーネントとなるがんが欧米と異なっているので診断基準も変える必要がある。しかし、一見正常にみえる個人を遺伝的発がん高危険群として識別する検査を行うかどうかの倫理問題がある。本研究では、小児がんの遺伝的・発生生物学的研究において、患者や家族とのコミニュケーションを重要視して研究を行ってきた。今回のアンケートでは患者や家族は遺伝研究に協力するが、研究段階にあるのものでも、インフォームド・コンセントを行うことを求めている。われわれはATの保因者の検査を「研究段階にあって意義が不明な検査」としてきたが、意義がどれほど明らかになれば、どのように説明していくかが問題である。全国登録より、わが国に多く発生する小児肝がんについて、低出生体重と関連することが判明した。今後は、本研究も本登録のデータ利用を申込み全国規模で小児がんの発生生物学的機構の解明に寄与したい。
御機構の障害がATのみならず、AT異常の保因者で認められることを初めて明らかにした。保因者が小児がんや成人がんの遺伝的高危険群である可能性がある。昨年作成した抗ATM抗体でスクリーニングすることも可能となったとき、その診断的意義を明らかにする必要がある。また、大腸がんを二次がんとして小児がんが多彩なHNPCC家系における腫瘍のコンポーネントとして存在している可能性もある。わが国ではLi-Fraumeni 症候群のコンポーネントとなるがんが欧米と異なっているので診断基準も変える必要がある。しかし、一見正常にみえる個人を遺伝的発がん高危険群として識別する検査を行うかどうかの倫理問題がある。本研究では、小児がんの遺伝的・発生生物学的研究において、患者や家族とのコミニュケーションを重要視して研究を行ってきた。今回のアンケートでは患者や家族は遺伝研究に協力するが、研究段階にあるのものでも、インフォームド・コンセントを行うことを求めている。われわれはATの保因者の検査を「研究段階にあって意義が不明な検査」としてきたが、意義がどれほど明らかになれば、どのように説明していくかが問題である。全国登録より、わが国に多く発生する小児肝がんについて、低出生体重と関連することが判明した。今後は、本研究も本登録のデータ利用を申込み全国規模で小児がんの発生生物学的機構の解明に寄与したい。
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