がんの浸潤・転移に関する病理学的及び分子生物学的研究

文献情報

文献番号
199800127A
報告書区分
総括
研究課題名
がんの浸潤・転移に関する病理学的及び分子生物学的研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
原田 昌興(神奈川県立がんセンター臨床研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 高橋和秀(神奈川県立がんセンター臨床研究所)
  • 松隈章一(神奈川県立がんセンター臨床研究所)
  • 菊地慶司(神奈川県立がんセンター臨床研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
6,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ヒトがんにおける浸潤・転移性がんの動的病態を知るためには、実際の臨床例の病理学的解析は不可欠である。代表的なホルモン依存性がんである前立腺がん、乳がんは欧米においては以前から発生率、死亡率ともにきわめて高く、その克服は重要な課題とされている。進行性前立腺がん個々症例の臨床経過は同一分化度、同一病期症例でも一様ではなく、治療反応性あるいは再燃予知に関わる的確な指標の確立が望まれている。また、前立腺がん死の主要要因である骨転移の機構についても未だ不明な点が少なくない。がん細胞の浸潤・転移性獲得過程においては、細胞間ないし細胞基質間接着分子機構の異常が重要な要因であると想定され、ヒトがんにおける細胞間接着分子カドヘリン・カテニン系と浸潤・転移性との関連についてはかなり研究が進展しているが、上皮細胞系のがん進展過程における細胞基質間接着分子の動態、細胞増殖シグナル伝達との関連についての知見は未だ乏しい。がんの浸潤・転移に関わる分子機構の解明は難治性がん制御法開発のために重要な課題となる。また、がんの進展過程では無限増殖能の獲得とともに細胞死の抑制、アポトーシス過程の失調が関与していると想定される。上皮細胞においてアポトーシス過程に重要なカスパーゼの発現について、悪性化進展との関連のもとに系統的に解析し、細胞間ないし細胞基質間接着性喪失とアポトーシス耐性獲得との関連についての分子機構を解明することは、この分子機構を応用した新たながん転移抑制法開発への展開が期待される。がんの浸潤・転移形質の獲得過程に伴う遺伝子変異の集積にはゲノム不安定性が関与すると想定され、近年ミスマッチ修復遺伝子異常によるマイクロサテライト不安定性に由来すると想定されるがん関連遺伝子蛋白コード領域のフレームシフト型変異の存在することが知られてきた。ヒトがんにおけるマイクロサテライト変異とがん関連遺伝子変異の関連を解析することは、がん細胞の遺伝子不安定性獲得の実態を知る上で重要であるのみでなく、悪性化進展あるいは化学療法後の再発予知の指標等として有用であり、新たながん制御法開発の道筋にも寄与するものと考えられる。 本研究は、主要なヒトがんである上皮性悪性腫瘍、特に近年本邦でも増加傾向の著しい前立腺がん、乳がんなどのホルモン依存性がんを視点に据え、浸潤転移性がんの特性、悪性化進展過程に関わる要因について病理学的並びに細胞・分子生物学的に解析し、個々症例における的確な診断指標、新たな治療方策の開発に資する知見の集積を目指す研究である。
研究方法
浸潤・転移性前立腺癌の特性を解析する目的で、前立腺癌診断時の組織材料を用いテロメレース活性の測定、組織化学的E-カドヘリン、Bcl-2蛋白の発現およびKi-67標識率の検索を行い、組織分化度、WHO組織型の構成率および進行度との関連のもとに検討し、併せて内分泌療法施行後の予後解析を行い、検索項目の予後指標としての意義を検討した。浸潤・転移に関わる分子機構について、乳腺上皮及び乳癌培養細胞系を用い、基質接着に関与するインテグリンの同定、発現量について免疫沈降法、ウエスタン分析、フローサイトメトリー法などによる比較検討を行い、併せて増殖シグナル伝達系について、各酵素阻害剤、特異抗体を用いたウエスタン分析、免疫沈降蛋白による酵素基質のリン酸化活性の測定により解析した。正常、HPV16型DNA導入による不死化頚管上皮及び子宮頚癌細胞株を用い、非足場依存性増殖モデル・浮遊培養系におけるアポトーシス誘導
の有無とこれらの細胞系に発現するカスパーゼの3'-RACE法による同定、およびRT-PCR法によるmRNAレベルおよびウエスタン解析による蛋白レベルの発現についての解析を行い、併せて胃癌細胞株、乳癌細胞株についてのカスパーゼ蛋白発現についても検討した。ヒト胃がん臨床外科材料を用い、13遺伝子座のマーカーによりマイクロサテライト変異の有無を検索し、併せて遺伝子蛋白コード領域に単純塩基繰り返し配列を含むミスマッチ修復遺伝子hMSH3、がん関連遺伝子BAX、TGFbRIIの変異をPCR法により検出し、遺伝子変異の塩基配列決定による変異様式についての解析を行った。
結果と考察
代表的ホルモン依存性がんである前立腺がん臨床例の病理学的検索により、転移性前立腺癌ではテロメレース高活性、Ki-67標識率高値例が高率で,E-カドヘリンの発現低下等異常の頻度、Bcl-2蛋白発現例も高率であることを見出した。転移陽性群の中でもBcl-2発現例におけるKi-67標識率は有意に高値を示し,その予後はBcl-2陰性例に比して明らかに不良であり,特にE-カドヘリン発現異常及びBcl-2蛋白発現の複合例はきわめて予後不良であることが示され、接着分子異常、アポトーシス抵抗性とがんの多段階的進展過程、進行癌の関連が示唆された。がん細胞の浸潤性獲得に重要な基質接着性と細胞増殖の関連をヒト乳腺上皮及び乳癌細胞系を用いて検討した結果、培養乳癌細胞MCF-7ではインテグリンb4の発現量の低下及びインテグリンb1の細胞表面における発現が正常細胞の10%に低下していることを見出した。また、基質接着喪失状態のがん細胞では、増殖刺激IGF-1に応答するDNA合成はPI-3Kの特異的阻害剤のみでなくMAPKK(MEK)の阻害剤によっても阻害を受け、増殖因子刺激のPI3Kへの伝達後、PBK/Aktの活性化経路とともにMEKの活性化を介するERKの活性化によるシグナル伝達が関与している可能性が示唆された。即ち、非足場依存性増殖能を有するがん細胞では基質接着分子インテグリンの発現状態の変化とともに、正常ないし基質接着性増殖細胞に比して増殖に有利な増殖シグナル伝達系の活性化が生じている可能性がある。がん細胞のアポトーシス抵抗性獲得過程に関わる遺伝子蛋白の発現動態について、子宮頚管上皮の HPV16 遺伝子導入による不死化および頚癌細胞系を用い、非足場依存性増殖モデル実験系としての浮遊培養系により検索した結果、基質接着喪失状態でもアポトーシス抵抗性を示す頚癌細胞ではさらにアポトーシス実行系遺伝子蛋白カスパーゼ4の発現の減弱ないし消失していることを見出した。このカスパーゼ4の消失は胃癌細胞系及び乳癌細胞系MCF-7においても確認され、がん細胞のアポトーシス抵抗性に関わる要因として、昨年度報告したアポトーシス調節系の変調とともにカスパーゼ失調の関与が強く示唆された。がんの悪性化進展過程に関与すると想定される遺伝子不安定性要因について、マイクロサテライトDNA反復配列の複製修復異常(RER)を指標とするヒト胃がん臨床例におけるマイクロサテライト変異とがん関連遺伝子変異の関連を検索した結果、マイクロサテライト13遺伝子座位の50%以上にマイクロサテライト異常を示す症例では同時にBax, TGFbRII,hMSH3遺伝子にフレームシフト型変異が見出され、2種の遺伝子の複合変異例も高率であることが見出された。この結果はがんの進展過程における遺伝子変異の集積にマイクロサテライト不安定性も関与している可能性を示唆するものと考えられる。また、これら3遺伝子を含む候補遺伝子における変異の有無を検索する事により、マイクロサテライト不安定性を高率に示す症例群を簡便に選別し得る可能性を示す。これらの結果から、ヒトがんの浸潤・転移性獲得要因として細胞増殖活性の増大,接着分子機構の失調,アポトーシス耐性の獲得が重要であり,マイクロサテライト不安定性のこれらの過程への関与が示唆された。
結論
ヒトがんの進展に関わる要因としてテロメレース高活性化,増殖周期細胞率の増大等による細胞増殖活性の増大,E-カドヘリン発現異常,インテグリン発現低下などの細胞間及び細胞基質間接着分子の失調,およびBcl-2発現の増大,Bax発現低下,さら
にカスパーゼ4の発現低下消失などによるアポトーシス耐性の獲得等の関与が示唆される。非足場依存性増殖能を獲得したがん細胞においては正常ないし足場依存性増殖細胞とは異なる増殖刺激シグナル伝達系が活性化されている可能性も想定される。また、細胞増殖活性の増大あるいはアポトーシス耐性獲得にはマイクロサテライト不安定性に関連したTGFbRII遺伝子変異ないしBax遺伝子変異等も関与している可能性が示唆される。

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