ヒト癌ウイルスによる発癌の分子機構と免疫系による癌細胞排除機構の解明

文献情報

文献番号
199800125A
報告書区分
総括
研究課題名
ヒト癌ウイルスによる発癌の分子機構と免疫系による癌細胞排除機構の解明
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
松田 道行(国立感染症研究所感染病理部研究員)
研究分担者(所属機関)
  • 西連寺剛(国立感染症研究所)
  • 松倉俊彦(国立感染症研究所)
  • 葛西正孝(国立感染症研究所)
  • 牧野正彦(国立感染症研究所)
  • 山本三郎(国立感染症研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
20,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ウイルスの関与する癌は、ウイルス学的、免疫学的手法により、予防および治療法の確立が可能である。本年度は胃癌の7%にも及ぶとされるEBウイルス(EBV)関連胃癌においてEBVがどのような役割を果たしているかを検討するために、培養胃癌細胞とマウスに移植した胃癌細胞とにおけるEBVの存在様式の違いを明らかにする。また、子宮頚癌の原因ウイルスと考えられるパピローマウイルス群の全貌を明らかにするために、新たなパピローマウイルスの同定を行う。次に、ヒト成人型白血病ウイルス(HTLV)の治療を目指して、HTLV感染患者におけるHTLV感染樹状細胞の活性化を試みる。一方、癌ウイルスが癌化を起こす基礎的メカニズムを研究するために、癌遺伝子産物Crkの下流因子C3Gの活性化機構、ならびに、転座部位に結合するトランスリン蛋白の機能解析を行う。最後に、新しい抗腫瘍剤として注目を集めている細菌由来オリゴヌクレオチドによるT細胞活性化機構の解析を行う。
研究方法
1.胃癌におけるEBウイルス感染に関する研究。2名からの胃癌摘出組織より樹立されたEBV感染上皮系細胞株GT38とGT39について染色体をGバンド法で解析した。腫瘍原性はSCIDマウスでの造腫瘍性で調べた。EBV-encoded RNA (EBER)の検出はin situ hybridization法、EBV-DNAの検出はその末端繰り返し配列(terminal repeat)をプローブとしたサザンブロット法、EBV蛋白の検出はウエスタンブロット法を用いた。腫瘍組織観察はHE染色にて行った。2. 婦人科腫瘍とヒト乳頭腫ウイルス遺伝子型。PBM-58法により、婦人科領域の各種腫瘍性病変の生検材料に存在するHPVの検索を試みた。その際、未知のHPV型と考えられる2例を認めたので、全長遺伝子をプラスミドベクターにクローニングした。3.成人T細胞性白血病の発症機序解明と治療法開発に関する研究。正常健常者およびHAM/TSP患者各5名より末梢血の供与を受け、リンパ球を分離した後DCを分化誘導した。HTLV-IのDCへの感染は、未成熟DCへウイルスをパルスした後、DC細胞表面へのHTLV-Igag抗原の発現をFACScanを用いて検索した。 5.アダプター型癌遺伝子Crkによる発癌機構。C3GおよびCrkの発現ベクターをCOS細胞に導入し、48時間後に32P正リン酸で標識する。Rap1を回収して、GTPおよびGDPをTLCで展開して、その量比を測定する。次に、C3Gのさまざまな変異体を作成して、C3Gのどの領域がCrk依存性活性化に必要かを明らかにする5. 染色体脆弱化と転座の分子機構。クローニングした遺伝子(ヒト、マウス、トリのトランスリン)を大腸菌を用いて発現させた。トランスリンのDNA結合活性に及ぼす8量体構造の役割を解析するために、C末端のロイシンジッパー構造のロイシンをプロリンに置換した。また、トランスリンのDNA結合ドメインを決定するために、2箇所の塩基性領域のアミノ酸、K, R, H(N末端から56-64番目)をN, Q, Nに、R, H, H(N末端から86-97番目)をT, N, Nに置換した。6. オリゴDNAの有する抗癌作用。健常者由来のPBMCを磁気ビーズ結合の各種抗体で標識し、磁場にセットしたカラムを用いて抗体標識細胞と非標識細胞を分画した。分画した細胞をMY-1あるいは合成オリゴDNAと共に培養し、培養上清中のIFN-_力価を抗ウイルス活性を指標としたバイオアッセイ法で測定した。
結果と考察
1.胃癌におけるEBウイルス感染に関する研究。GT38または、GT39を接種したSCIDマウスでそれぞれ接種後56日目、45日目に腫瘍が認められた。腫瘍は、未分化の腫瘍でその核型よりヒト細胞であると断定された。両腫瘍と
も親細胞株同様の環状EBV DNAを持ち、EBER, LMP-1, EBNA-2分子が検出された。SCIDマウスでの腫瘍ではlatency Ⅱ型 (EBNA-1及びLMP-1が発現、しかしEBNA-2の発現がない)に類似していたことから、EBVの遺伝子発現は細胞の増殖環境(in vivo, in vitro)で変化することが示唆された。2.婦人科腫瘍とヒト乳頭腫ウイルス遺伝子型。新たにHPV81及び82型を同定した。HPV81型は軽度及び中度膣異形成病変各一例に、一方、HPV82型は軽度及び中度頚部異形成病変各一例に検出された。3. 成人T細胞性白血病の新しい免疫学的・遺伝子学的治療の開発に関する研究。正常健常者より得たDCに生HTLV-I粒子をパルスすると、DCは細胞表面にHTLV-Igagを発現し、DCはin vitroにおいてHTLV-Iに感染することが判明した。HTLV-I感染DCはin vitroで比較的長時間生存し、この間アポトーシスあるいはシンシチウムを形成するDCは存在しなかった。ウイルス感染DCの抗原提示能を自己のT細胞と混合培養することで検索すると、T細胞は経時的に活性化し、かつDCにパルスした抗原の量に依存して増殖した。従って、HTLV-I感染DCはin vivoにおいて重要な抗原提示細胞として働いていると考えられ、ATLに対するワクチンおよび治療に極めて有用であると考えられた。 4.アダプター型癌遺伝子Crkによる発癌機構の解析。Crkの主たるエフェクター分子であるC3Gの活性化機構を解析するために、C3GによるRap1活性化に及ぼすCrkの影響を調べた。その結果、Crk存在下でC3Gの活性が著明に上昇することを見出した。さらに、Crk存在下においてC3Gのチロシンリン酸化が誘導されていることを見出した。さまざまな変異体を用いて解析したところ、チロシン504番がリン酸化部位であり、Crk依存性の活性化に必要であることがわかった。C3Gのリン酸化は、細胞接着や増殖因子刺激のほか、癌化した細胞でも認められるので、C3Gのリン酸化が癌化のシグナルを伝達している可能性が大きい。5.染色体脆弱化と転座の分子機構の解明。数多くの臨床例における染色体切断部位に共通する塩基配列を明らかにした。その数は、リンパ球系腫瘍に多く知られ、その他の腫瘍においても報告例が年々増加している。更に、この塩基配列特異的に結合するDNA結合蛋白トランスリンが、リング状8量体構造を形成してDNAに結合することを生化学的解析、電子顕微鏡解析および蛋白結晶構造の解析によって明らかにした。塩基性領域のアミノ酸が組み合わさって、トランスリンのリング状8量体構造の内腔にDNA結合ドメインが形成されていることが示唆された。6.オリゴDNAの有する抗癌作用。ヒトPBMC中CD3()CD64()の細胞群にIFN-_産生が認められ、その細胞群の中でもCD4を弱く発現している細胞群PBMC中に0.2程度存在が高いIFN-_産生能を示した。これらの細胞は5_-ACGT-3_オリゴDNAの2塩基置換体5_-CCGG-3_オリゴDNA刺激ではほとんどIFN-_を産生しなかった。すなわち細菌由来DNAおよび5_-ACGT-3_オリゴDNAに反応しIFN-_を産生する細胞はヒトPBMC中の分化段階早期の単球樹状細胞であることが示唆された。
結論
胃癌におけるEBウイルスの関与は、現在のところ肯定も否定もできない。試験管内での結果と、個体レベルでの結果との比較を今後も続ける必要がある。 ヒトパピローマウイルスの新しい型を二つ同定した。HTLV感染患者における樹状細胞の活性化を明らかにした。癌遺伝子産物CrkがC3Gグアニンヌクレオチド交換因子をチロシンリン酸化により活性化することを示した。転座に関連するトランスリン蛋白の構造を明らかにした。細菌由来オリゴDNAがT細胞を活性化する機構を明らかにした。

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