家族性卵巣がん関連遺伝子の分離と遺伝子診断による早期診断法の確立

文献情報

文献番号
199800124A
報告書区分
総括
研究課題名
家族性卵巣がん関連遺伝子の分離と遺伝子診断による早期診断法の確立
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
田中 憲一(新潟大学医学部教授)
研究分担者(所属機関)
  • 木下盛敏(大塚アッセイ研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
上皮性卵巣癌は罹患数および死亡数ともに増加傾向を示し、その原因究明、治療成績の向上は癌克服のための重要課題の1つと言える。家族性卵巣癌は全卵巣癌の5%-10%程度を占めるものと推測されている。家族性卵巣癌に関連する遺伝子としてBRCA1、BRCA2遺伝子が相次いで同定されたが、これまでの我々の研究から、家族性卵巣癌家系におけるBRCA2の関与は検索した範囲で認められず、BRCA1遺伝子の関与の割合は30%前後に過ぎず、残りの家系および孤発例の卵巣癌に関連する遺伝子は依然不明である。これまでに遺伝性疾患を対象とした連鎖解析法にて、BRCA1をはじめ多くの原因遺伝子や遺伝子座が同定されてきているが、いずれの場合にも患者が多く存在する家系を用いたパラメトリック連鎖解析の手法を用いている。本邦での卵巣癌の罹患頻度が欧米に比し低いことや、癌登録制度および疫学的調査が不十分なこと、さらには死亡率の高さなどから連鎖解析に適した家系を集積するのは非常に困難である。しかし、ノンパラメトリック連鎖解析法の確立により、家系内に患者が2名存在すれば連鎖解析が可能となり、家族性卵巣癌においても全染色体領域についてノンパラメトリック連鎖解析を行った。
本研究の目的は、家族性卵巣癌を対象としてBRCA1、2遺伝子以外の関連遺伝子を同定分離し、1次予防および2次予防に貢献することにある。
研究方法
(1)BRCA1遺伝子異常の解析:姉妹・叔母姪などの血縁者に2名以上の上皮性卵巣癌患者が存在する家系を集積した。患者を含め同意の得られた家系構成員(両親、同胞)より末梢血もしくは唾液を採取しDNAを抽出。死亡症例の場合は、ホルマリン固定パラフィン包埋切片の正常組織よりDNAを抽出した。このうち末梢血を採取できた患者についてBRCA1遺伝子の解析を行った。BRCA1遺伝子のexon11を3領域に分けPTT (protein truncation test)を行い、陽性となった場合は該当領域を直接シークエンス法にて解析し異常を確認した。陰性の場合はexon11を含め全ての翻訳領域を直接シークエンス法にて解析した。(2)モノクローナル抗体を用いたパラフィン包埋切片におけるBRCA1遺伝子異常の検出法の確立:BRCA1遺伝子異常の有無が判明している卵巣癌患者(異常あり21例、異常なし14例)と20例の孤発例のパラフィン包埋切片について、BRCA1蛋白のC末端側に対するモノクローナル抗体を用いて免疫組織染色を行い、BRCA1遺伝子異常を検出できるか否か検討した。(3)連鎖解析によるポジショナルクローニング:BRCA1遺伝子に異常が認められなかった家系のうち姉妹発症もしくは叔母姪発症の23家系について、全染色体を網羅するように選択した340個のマイクロサテライトDNA多型マーカー(FITCラベルもしくはCy5ラベル)を用いてPCR(Polymerase Chain Reaction)を施行。PCR産物の長さの多型性をオートシークエンサーにて検出。この多型を基にGENEHUNTER,MAPMAKERSIBSおよびSIBPALの3つの解析ソフトによりノンパラメトリック連鎖解析を行った。(4)ヘテロ接合性消失(LOH:Loss of Heterozygosity)解析:腫瘍からDNAが抽出可能であった症例については、連鎖解析に使用したものと同じマイクロサテライトマーカーを使用し、正常DNAと腫瘍DNAの両者をPCR法にて増幅。オートシークエンサーにて検出した。腫瘍DNA由来の一方の対立遺伝子のバンド強度が、正常に比し50%以上の減弱が認められた場合をLOHと判定した。(5)分離分析:多施設における卵巣癌孤発例の家系調査にて家族構成、年齢などのデータを収集し、連鎖解析を行った23家系の集団遺伝学的解析を行い、遺伝性の有無、遺伝形式の推測を行った。患者同胞における相対危険度,分離比を計算すると共に、分離分析用のソフトCOMDSを用い解析を行った。
結果と考察
(1)今年度新たに21家系の家族性卵巣癌家系を集積。このうち8家系に遺伝子異常が認められた。(2)BRCA1蛋白のC末端側に対するモノクローナル抗体(GLK-2)を用いて、ホルマリン固定パラフィン包埋切片に対して免疫染色を行った。結果、正常卵巣上皮では核の染色が認められるが、BRCA1のexon11に異常が確認されている15例中14例で細胞質のみに染色が確認された。残りの1例では全く染色が認められなかった。また、exon11以外にBRCA1の異常が確認されている6例の切片では全例で染色が認められなかった。一方BRCA1に異常を認めない家族性卵巣癌症例14例中12例で、核内に染色を認め、孤発例20例中17例でやはり核内に染色を認めた。細胞質の染色はBRCA1のexon11を欠いたスプライスバリアントに由来する蛋白のためと推測される。すなわち、今回解析したexon11に異常を有する症例は全例蛋白の中断を来すような異常であり、GLK-2の抗原部分が翻訳されず染色性を欠くが、exon11を欠いたスプライスバリアントでは核内移行シグナルが欠如するために細胞質に留まり、GLK-2で細胞質の染色として観察されるものと考えられた。BRCA1蛋白のN末端に対するモノクローナル抗体Ab-2では、exon11に異常を有する15例中13例で核と細胞質の両者に染色性が認められた。Ab-2の抗原部分に相当するexon11より上流に異常が存在する3例では染色が認められず、exon11より下流の異常の場合には核内にのみ染色が確認されている。これらの事実はGLK-2の染色結果と矛盾せず、BRCA1の遺伝子異常の多くが蛋白の中断を来すような異常であることを考慮すれば、GLK-2による免疫染色により比較的容易にBRCA1
のスクリーニングが可能となる。かつ、パラフィン包埋切片での検索が可能であり、Ab-2と組み合わせることで異常部位の推測も可能であるなどの利点を有すると考えられた。(3)これらの解析によりこれまでに集積した家系のうちBRCA1遺伝子に異常を認めない卵巣癌家系23家系(姉妹発症19家系、叔母姪発症2家系、従姉妹叔母姪発症1家系、母娘姉妹発症1家系、患者合計48人、健常者17人)で25組の患者対を対象として、340個のマイクロサテライトマーカーを用いて常染色体全領域を検索した。解析にはノンパラメトリック連鎖解析のGENHUNTER,MAPMAKERSIBSおよびSIBPALの3つのソフトを使用した。結果、multipoint analysisの前2者では全てのマーカーでスコアが3以下であったが、two point analysisのSIBPALで、p<0.05以下のマーカーが37個認められた。さらにこのうちp値が最小を示したD15S206(p=2x10-5)と、D1S200(p=0.0049),D2S138(p=0.0041), D3S1603(p=0.0022),D5S636(p=0.0015),D10S591(p=0.0031)の7つのマーカーでp値が0.005以下を示し、これらの領域が家族性上皮性卵巣癌関連遺伝子の候補領域と推測された。本解析法は、少なくとも患者が2名存在すれば解析可能であり、原因遺伝子が複数存在する場合でも検出可能な反面、家系数が少ない場合、両親もしくは健常同胞のデータが無い場合には、false positiveもしくはfalse negativeが問題になる。更なる原因遺伝子領域の限定には健常血縁者のデータを解析すると共に家系の集積が必要と考えられる。(4)連鎖解析にてp値が最小を示したD15S206とその近傍のマーカーについてLOH解析を行った結果,D15S206とそのセントロメアよりのD15S1041では50%、そのテロメアよりのD15S152では55.2%とLOHが高頻度に認められ、癌抑制遺伝子の可能性が示唆された。(5)BRCA1遺伝子に異常を有する家系では、1家系あたりの患者数が多く、母娘発症が多くみられ、常染色体優性遺伝形式をとることが解っている。しかし、今回解析した23家系は、核家系内に卵巣癌患者が2ないし3人のみの小さな家系であり、真に遺伝的要因が存在するか否か、また遺伝形式については判定が困難である。そこで、多施設における孤発例の家族構成、年齢などを調査し、昨年度我々が実施した全国アンケート調査結果とあわせ解析家系についての分離分析を行った。結果、患者同胞の相対危険度(relative risk)=76.6、分離比p=0.553±0.158となり、優性遺伝形式の遺伝的要因が示唆された。また、分離分析用のソフト(COMDS)でも優性遺伝形式の存在が示唆された。さらに優性遺伝と仮定した場合の疾患浸透率は0.570であった。
結論
新たに21家系の上皮性卵巣癌家系を集積し、そのうち8家系にBRCA1の異常を認めた。また、BRCA1に対するモノクローナル抗体を用いた免疫染色によりBRCA1のスクリーニングが比較的簡便に行えることが示された。これらの解析によりBRCA1遺伝子に異常が認められない23家系を対象とした連鎖解析を行い、D15S206,D1S200,D2S138,D3S1603,D5S636,D10S591及びD19S425の7つのマーカー領域で候補遺伝子の存在が示唆された。さらに、原因遺伝子は浸透率の低い優性遺伝形式を示す可能性が示唆された。

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