筋萎縮性側索硬化症の分子病態解明と新規治療法創出に関する研究

文献情報

文献番号
201231007A
報告書区分
総括
研究課題名
筋萎縮性側索硬化症の分子病態解明と新規治療法創出に関する研究
課題番号
H22-難治-一般-007
研究年度
平成24(2012)年度
研究代表者(所属機関)
長谷川 成人(公益財団法人東京都医学総合研究所 認知症・高次脳機能研究分野 病態細胞生物研究室)
研究分担者(所属機関)
  • 久永 眞市(首都大学東京 理工学研究科 生命科学専攻)
  • 秋山 治彦(公益財団法人東京都医学総合研究所 認知症・高次脳機能研究分野 認知症プロジェクト)
  • 新井 哲明(筑波大学医学医療系 臨床医学域 精神医学)
  • 高橋 均(新潟大学脳研究所 病態神経科学部門 病理学分野)
  • 岡本 幸市(群馬大学大学院医学系研究科 脳神経内科学)
  • 村山 繁雄(東京都健康長寿医療センター研究所 老年病理学研究チーム 神経病理学(ブレインバンク))
  • 吉田 眞理(愛知医科大学加齢医科学研究所)
  • 横田 隆徳(東京医科歯科大学 脳神経病態学)
  • 小野寺 理(新潟大学脳研究所 生命科学リソースセンター 分子神経疾患資源解析学分野)
  • 野中 隆(公益財団法人東京都医学総合研究所 認知症・高次脳機能研究分野 病態細胞生物研究室)
  • 亀谷 富由樹(公益財団法人東京都医学総合研究所 認知症・高次脳機能研究分野 病態細胞生物研究室)
  • 細川 雅人(公益財団法人東京都医学総合研究所 認知症・高次脳機能研究分野 認知症プロジェクト)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 難治性疾患等克服研究(難治性疾患克服研究)
研究開始年度
平成22(2010)年度
研究終了予定年度
平成24(2012)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究班では、ALS患者剖検脳脊髄に蓄積するTDP-43の神経病理、生化学解析から、TDP-43異常蓄積の分子機構を解明すると共に、それをもとに病態を再現する細胞、動物モデルを構築し、ALSにおける分子病態形成機構と運動ニューロン変性機構を明らかにし、異常TDP-43を標的とした新しいALSの予防、診断、治療法を創出することを目標とする。
研究方法
患者脳の病理生化学解析は、ALS, PLS, FTLDなどについて各種抗体で染色を行った。一部の症例については不溶性画分の陽性バンドを切り出してLC/MS/MS解析を行った。培養細胞実験は、全長TDP-43を発現したSH-SY5Y細胞に様々な患者脳より調製した不溶性画分を遺伝子導入試薬と共に添加した。遺伝子解析は、本邦におけるFALS例32例、SALS例279例の血液からDNAを抽出し、SOD1、TARDBP、 FUSの遺伝子解析を行った。マウスの実験は、線維化、あるいは可溶性αシヌクレインを野生型マウス脳の黒質に接種し、一定期間の後、免疫組織、生化学解析を行った。カニクイザルの実験は、サルの第6頸髄利き手側にヒト野生型TDP-43を組み込んだウイルスベクターを注入し,脳の病理組織検査を行った。TDP-43の発現制御の実験は、Hela、HEK293T細胞にTDP-43を発現しmRNA定量解析を行った。
結果と考察
秋山らは、FTLD-FUSを免疫組織学的に解析した結果、本邦では西欧諸国に比べてaFTLD-Uが少なくBIBDが症例の過半数以上を占めるという特徴が見られた。高橋らは原発性側索硬化症(PLS)の特徴を示した2剖検例について、TDP-43の病理、生化学解析を行った結果、PLSはUMN症状を初発・主症状とする臨床病理学的にユニークなTDP-43異常症と位置づけた。岡本らはTDP-43陽性封入体を有する孤発性ALS 12例の脊髄ミラー切片をpTDP-43抗体と抗FUS抗体で免疫染色した結果、異常TDP-43の蓄積がFUSの局在に影響を及ぼしている可能性が示された。吉田らは、三重県北勢部3病院のALS剖検15例中7例について免疫組織学的検討を行ったが、C9ORF72変異例に特徴的なubiquilin陽性封入体は認められなかった。村山らは、高齢者ブレインバンク連続登録例の海馬・第三側頭回、延髄、腰髄についてTDP-43免疫染色を行った結果、133例中、脊髄陽性例42例、延髄陽性例35例、海馬側頭葉陽性例47例を認めた。亀谷らはALS患者脳に蓄積したTDP-43のLC-MS/MS解析を行った結果、リン酸化部位を含む翻訳後修飾、切断部位を明らかにした。新井らは、本邦におけるFALS例32例、SALS例279例の遺伝子解析を行った結果、SOD1変異が8例、TARDBP変異が3例、FUS変異が3例に同定された。野中らは病型の異なる剖検脳の不溶化TDP-43をシードとして細胞に導入した結果,導入したシードのC末端断片のパターンとほぼ同じパターンを有するTDP-43の蓄積が培養細胞内において認められた。細川らは、TDP43-TgマウスとPGRN-KOマウスを交配し、G298S/PGRN +/-, M337V/PGRN+/-を作製した。横田らは、カニクイザル第6頸髄利き手側にヒト野生型TDP-43を発現させた結果、外因性TDP-43が対側の大脳皮質一次運動野にも認めた。長谷川らは、線維化したヒト及びマウスαシヌクレインを野生型マウス脳の黒質に接種した結果、わずか90日でマウス内在性αシヌクレインが異常に変換され、蓄積することを明らかにした。久永らは、TDP-43のC末端側の欠損変異体を細胞に発現させて、その凝集に必要な配列の同定を行った。小野寺らはTDP-43がエクソン6内のスプライシングを介したナンセンス依存性mRNA分解機構によってmRNA量を調整することを明らかにした。
結論
患者脳の解析から、蓄積する異常TDP-43が病型ごとに異なること、FUS異常を伴うALSやFTLDはそれぞれ特徴的病理を示すこと、PLSはALSとは異なる特徴的なTDP-43病理を示すこと、高齢者連続剖検例においてTDP-43の蓄積は側頭葉にのみ認められtype A型蓄積であること、蓄積するTDP-43はリン酸化をはじめとする異常翻訳後修飾を受けていることを明らかにした。また患者脳に蓄積する異常TDP-43は、正常なTDP-43を異常な構造に変換する能力を有することが明らかとなった。本邦では家族性ALSの25%、9.4%、9.4%をそれぞれSOD1, TARDBP, FUSの異常が占めることが判明した。野生型マウスに異常αシヌクレインを接種すると内在性のαシヌクレインが異常となり、病変が広がることが証明された。

公開日・更新日

公開日
2013-05-17
更新日
-

研究報告書(PDF)

文献情報

文献番号
201231007B
報告書区分
総合
研究課題名
筋萎縮性側索硬化症の分子病態解明と新規治療法創出に関する研究
課題番号
H22-難治-一般-007
研究年度
平成24(2012)年度
研究代表者(所属機関)
長谷川 成人(公益財団法人東京都医学総合研究所 認知症・高次脳機能研究分野 病態細胞生物研究室)
研究分担者(所属機関)
  • 野中 隆(公益財団法人東京都医学総合研究所 認知症・高次脳機能研究分野 病態細胞生物研究室)
  • 亀谷 富由樹(公益財団法人東京都医学総合研究所 認知症・高次脳機能研究分野 病態細胞生物研究室)
  • 秋山 治彦(公益財団法人東京都医学総合研究所 認知症・高次脳機能研究分野 認知症プロジェクト)
  • 細川 雅人(公益財団法人東京都医学総合研究所 認知症・高次脳機能研究分野 認知症プロジェクト)
  • 新井 哲明(筑波大学医学医療系 臨床医学域 精神医学)
  • 高橋 均(新潟大学脳研究所 病態神経科学部門 病理学分野)
  • 岡本 幸市(群馬大学大学院医学系研究科 脳神経内科学)
  • 村山 繁雄(東京都健康長寿医療センター研究所 老年病理学研究チーム 神経病理学(ブレインバンク))
  • 吉田 眞理(愛知医科大学加齢医科学研究所)
  • 久永 眞市(首都大学東京 理工学研究科 生命科学専攻)
  • 横田 隆徳(東京医科歯科大学 脳神経病態学)
  • 小野寺 理(新潟大学脳研究所 生命科学リソースセンター 分子神経疾患資源解析学分野)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 難治性疾患等克服研究(難治性疾患克服研究)
研究開始年度
平成22(2010)年度
研究終了予定年度
平成24(2012)年度
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
筋萎縮性側索硬化症 (ALS) や前頭側頭葉変性症 (FTLD)の患者脳、脊髄の変性細胞内には核蛋白質の一種であるTDP-43の異常病変が認められ、その病変の広がりと臨床症状の密接な関係が示されている。本研究班では、ALSやFTLDの患者の脳、脊髄に蓄積するTDP-43の神経病理、生化学解析から、TDP-43異常病変が生じる分子機構を解明すると共に、病態を再現する試験管内、細胞、動物モデルを構築し、新しいALSの予防、診断、治療法を創出することを目標とする。
研究方法
患者脳の病理、生化学解析は、病型の異なるTDP-43異常を伴う剖検例(Type A, B, C、あるいはALS, PLS, FTLDなど臨床診断された症例)について、各種抗体の免疫組織、及び生化学解析を行った。また一部は不溶性TDP-43のバンドを切り出し、ゲル内消化後、LC/MS/MS解析を行った。培養細胞実験は、種々の部分欠損体や変異を導入したTDP-43、また全長TDP-43を発現させたSH-SY5Y細胞に、様々な患者脳より調製した不溶性画分を遺伝子導入試薬と共に添加し、組織、生化学解析を行った。遺伝子変異は、本邦におけるFALS例32例、SALS例279例の血液からDNAを抽出し、SOD1、TARDBP、FUSの遺伝子解析を行った。マウスの実験は、線維化αシヌクレイン、可溶性αシヌクレイン、患者脳不溶性画分を野生型マウス脳黒質に接種し、一定期間の後、免疫組織、生化学解析を行った。
結果と考察
FTLD-TDP 19例(Type A 6例,Type B 8例,Type C 5例)について、不溶性TDP-43を抽出し、TDP-43のC末断片を比較、またプロテアーゼ耐性TDP-43のバンドパターンの違いを検討した結果、そのいずれもが、神経病理学的分類(Type A~C)に一致して、区別されること、病型によりTDP-43の重合様式が異なることが明らかとなった。また、病型の異なる剖検脳から不溶化TDP-43を調製し、シードとして細胞に導入した結果,導入したシードのC末端断片のパターンとほぼ同じパターンを有するTDP-43の蓄積が培養細胞内においても認められた。すなわち,導入したシードを鋳型として,それと同様な構造を有するTDP-43凝集体が培養細胞内において再現されることが判明した。このTDP-43のプリオン様性質はプロテアーゼ耐性であり、また一部は熱安定性を示した。TDP-43と類似の細胞内蓄積を起こして神経変性に関わるαシヌクレインについて、線維化したヒト及びマウスαシヌクレインを野生型マウス脳の黒質に接種した結果、わずか90日でマウス内在性αシヌクレインが異常に変換され、蓄積することが明らかとなった。また患者脳由来の異常αシヌクレインでも効率は低いものの同様の結果が得られた。この方法はTDP-43にも適用可能と考えられ、今後の異常TDP-43病変をおこすモデル動物作製が期待される。遺伝子解析では、本邦におけるFALS例32例、SALS例279例の遺伝子解析を行った結果、SOD1変異が8例、TARDBP変異が3例、FUS変異が3例に同定された。
結論
剖検脳に蓄積する異常TDP-43の解析から異常TDP-43は病型ごとに異なる異常構造を有していること、それぞれの異常TDP-43は正常TDP-43を自身と同じ異常構造に変換するプリオン様特性を有しており、それらはプロテアーゼ耐性であることが明らかとなった。また、野生型マウスに線維化したαシヌクレイン、患者脳に蓄積する異常αシヌクレインを接種すると、内在性マウスαシヌクレインが異常に変換されて細胞内に蓄積し、その病変が時間経過と共に脳内で広がることが証明された。今後、TDP-43についても同様のモデルの構築が期待される。

公開日・更新日

公開日
2013-05-17
更新日
-

研究報告書(PDF)

行政効果報告

文献番号
201231007C

成果

専門的・学術的観点からの成果
神経難病のALSや若年性認知症の一種であるFTLDの神経細胞やグリア細胞内に認められるTDP-43の異常病変と臨床病型が密接に関係すること、異常TDP-43タンパク質は、病型ごとにその構造が異なることが示された。また、異常構造をとったTDP-43が自身を鋳型に正常TDP-43を異常に変換しながら、増殖することにより、病気が進行する可能性が示された。
臨床的観点からの成果
プリオン病が「プリオン株」の違いによって病型の分類がなされるように、異常TDP-43タンパク質の構造の違いにより、臨床病型が分類されると考えられる。またTDP-43異常病変の広がりや分布を検出することにより、進行のステージ分類や診断につながる可能性がある。
ガイドライン等の開発
特になし
その他行政的観点からの成果
特になし
その他のインパクト
1.2012年9月Brainでの論文発表について、東京都広報部よりプレスリリースすると共に、東京都医学総合研究所のHPにて成果の概要を掲載。日本経済新聞掲載。2.2013年3月Brainでの論文発表について、東京都広報部よりプレスリリースすると共に、東京都医学総合研究所のHPにて成果の概要を掲載。日経産業新聞掲載。3.「筋萎縮性側索硬化症の分子病態解明と新規治療法創出に関する研究班」(代表 長谷川成人)のシンポジウムを2012年9月21日に東京都医学総合研究所で開催。

発表件数

原著論文(和文)
0件
原著論文(英文等)
29件
その他論文(和文)
23件
その他論文(英文等)
0件
学会発表(国内学会)
35件
学会発表(国際学会等)
12件
その他成果(特許の出願)
7件
その他成果(特許の取得)
4件
その他成果(施策への反映)
0件
その他成果(普及・啓発活動)
23件

特許

特許の名称
ブロムヘキシン塩酸塩等を含む神経変性疾患の治療及び/又は予防用医薬組成物
詳細情報
分類:
発明者名: 山下 万貴子、野中 隆、秋山 治彦、長谷川 成人
権利者名: 公益財団法人東京都医学総合研究所
出願年月日: 20130329
国内外の別: 国内
特許の名称
レチノイン酸等を含む神経変性疾患の治療及び/又は予防用医薬組成物
詳細情報
分類:
発明者名: 山下 万貴子、野中 隆、秋山 治彦、長谷川 成人
権利者名: 公益財団法人東京都医学総合研究所
出願年月日: 20130329
国内外の別: 国内
特許の名称
ニフェジピン等を含む神経変性疾患の治療及び/又は予防用医薬組成物
詳細情報
分類:
発明者名: 山下 万貴子、野中 隆、秋山 治彦、長谷川 成人
権利者名: 公益財団法人東京都医学総合研究所
出願年月日: 20130329
国内外の別: 国内
特許の名称
ミトタンを含む神経変性疾患の治療又は予防のための医薬組成物
詳細情報
分類:
発明者名: 山下 万貴子、野中 隆、秋山 治彦、長谷川 成人
権利者名: 公益財団法人東京都医学総合研究所
出願年月日: 20130329
国内外の別: 国内
特許の名称
神経変性疾患治療用物質のスクリーニング方法
詳細情報
分類:
特許番号: 4948845
発明者名: 野中 隆、増田 雅美、長谷川 成人
権利者名: 公益財団法人東京都医学総合研究所
出願年月日: 20060208
取得年月日: 20120316
国内外の別: 国内
特許の名称
タンパク質重合体の重合核となりうるタンパク質又はその重合体が導入された細胞及びその製造法
詳細情報
分類:
特許番号: 1964918
発明者名: 野中 隆、渡辺 小百合、増田 雅美、長谷川 成人
権利者名: 公益財団法人東京都医学総合研究所
出願年月日: 20061206
取得年月日: 20111005
国内外の別: 国外

主な原著論文20編(論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限る)

論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限ります。

原著論文1
Masuda-Suzukake M, et al.
Prion-like spreading of pathological α-synuclein in brain
Brain , 136 (4) , 1128-1138  (2013)
10.1093/brain/awt037
原著論文2
Tsuji H, et al.
Molecular analysis and biochemical classification of TDP-43 proteinopathy
Brain , 135 (11) , 3380-3391  (2012)
10.1093/brain/aws230
原著論文3
Tsuji H, et al.
Epitope mapping of antibodies against TDP-43 and detection of protease-resistant fragments of pathological TDP-43 in amyotrophic lateral sclerosis and frontotemporal lobar degeneration
Biochem Biophys Res Commun. , 417 (1) , 116-121  (2012)
10.1016/j.bbrc.2011.11.066

公開日・更新日

公開日
2016-05-26
更新日
-

収支報告書

文献番号
201231007Z