不応性貧血の治癒率向上を目指した分子・免疫病態研究

文献情報

文献番号
201231006A
報告書区分
総括
研究課題名
不応性貧血の治癒率向上を目指した分子・免疫病態研究
課題番号
H22-難治-一般-006
研究年度
平成24(2012)年度
研究代表者(所属機関)
小川 誠司(東京大学 医学部附属病院)
研究分担者(所属機関)
  • 直江 知樹(名古屋大学大学院医学系研究科血液・腫瘍内科学 )
  • 中尾眞二(金沢大学医薬保健研究域医学系細胞移植学)
  • 大屋敷一馬(東京医科大学血液内科・呼吸器内科学講座)
  • 高折 晃史(京都大学医学研究科血液・腫瘍内科学)
  • 稲葉 俊哉(広島大学原爆放射線医科学研究所)
  • 泉二 登志子(東京女子医科大学血液内科)
  • 千葉 滋(筑波大学大学院人間総合科学研究科・血液内科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 難治性疾患等克服研究(難治性疾患克服研究)
研究開始年度
平成22(2010)年度
研究終了予定年度
平成24(2012)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
不応性貧血(骨髄異形成症候群MDS)は高齢者に好発する難治性造血器疾患であるが、高齢者に適した根治的治療がなく、急速な少子高齢化による患者数の増加も危惧される。MDSでは形態異常を伴う血球産生異常が共通に認められる一方、一部には免疫抑制療法が有効な自己免疫機序が主体となる病態も存在する。治癒率向上の観点からは、この多様な病態を分子レベルで明らかにし、個々の分子病態に即した治療戦略を構築することが重要である。そこで本研究班では、MDS研究の基盤となる検体集積事業の一層の拡充と、これを用いた先端的なゲノム・エピゲノム解析、免疫病態解析を通じ、MDSの多様な病態とその責任となる分子病態を明らかにすることにより、新規治療薬剤・診断技術の開発の基盤を構築し、MDSの治療成績の向上に資することを目的として研究を行った。
研究方法
参加施設より、検体集積施設(京都大学および獨協医科大学)に患者検体が提供され、抽出されたDNAと細胞が凍結保存された。また、日本成人白血病研究グループとの連携に向けた研究計画の作成など枠組み作りが行われた。新規標的遺伝子の同定を目的に、新たに20例のMDS検体を用いて全エクソームシーケンスを行い、MDS細胞特異的変異を抽出した。また、20番染色体の共通欠失領域内に存在する遺伝子について、次世代シーケンサを用いた解析を行った。末梢血遊離DNAを用いた遺伝子変異・メチル化解析の有用性を、臨床検体を用いて検討した。メチル化阻害剤耐性白血病細胞亜株を樹立し、メチル化解析や遺伝子発現解析を通じて耐性機序を解析した。昨年度までに明らかとした脱メチル化剤の作用機序について、臨床検体や造血幹細胞を用いて検証した。免疫病態の関与が濃厚な骨髄不全症例について、全エクソーム解析を行い、新たな分子マーカーの探索を行った。
本研究で実施された患者検体を用いた遺伝子解析研究は、「ヒトゲノム・遺伝子研究に関する倫理指針」を遵守し、事前に各参加施設の倫理委員会の承認を得、研究対象者からは文書による同意を得て行われた。
結果と考察
平成24年度中に、新たに76検体が集積された。国内最大の造血器研究グループであるJALSGの治療研究と連携をした検体集積事業を行うことになり、患者登録が開始された。MDSの全エクソームシーケンスにより、新たな標的遺伝子としてSTAG2,RAD21,SMC3に代表されるコヒーシン分子変異およびSETBP1変異が同定された。SETBP1変異は、MDSからAMLへの進展過程で獲得され、本変異を有する症例の予後は不良であった。20番染色体長腕欠失の責任候補遺伝子としてNCOA変異が同定された。また同共通領域に存在する遺伝子の発現解析において、5つの遺伝子の発現レベルの低下が、20q欠失を有さないMDS例においても観察された。メチル化阻害剤耐性を獲得した細胞株の遺伝子発現解析から、ピリミジン代謝に関わる遺伝子の発現変化が、耐性の分子機構において重要であることが推測された。MDSにおける遺伝子およびエピジェネティクス異常を低侵襲かつ簡便に、経時的に検討する方法として、末梢血遊離DNAを用いたゲノム・エピゲノム解析法の確立を目的に検討を行い、遺伝子変異の存在割合は骨髄における存在比率を反映する傾向が示唆された。ヒト臍帯血、マウスES細胞、MDS患者由来造血幹細胞を用いて、K562細胞株で示したeEF1aおよびeIF2Bを介した赤芽球系への分化促進機構の検証を行い、同機構を裏付けるデータが得られた。免疫不全病態を有する骨髄不全患者の全エクソン解析により、SLIT1遺伝子変異を見出した。
結論
不応性貧血MDSの治癒率向上につながる分子病態の解明を目的に、様々な解析技術を駆使した研究を推進させた。次世代シーケンサを活用した網羅的な標的分子の探索を通じて、新たに、コヒーシン分子の変異ならびSETBP1変異が同定された。MDSの治療薬として脱メチル化剤が臨床応用されているが、末梢血遊離DNAを使用した評価は有用性が期待され、メチル化阻害薬の作用機序ならびに耐性化の分子メカニズムの解明は、薬剤ならびに使用法の改良に向け、重要な検討である。MDSは自己免疫病態や腫瘍性疾患の側面など様々な分子病態を含む疾患群であるとされ、多数の臨床検体を使用した解析が重要である。本班で行っている検体集積事業は、本研究班の研究目的の達成において基盤となる重要な事業である。JALSGによる治療研究との連携も開始しており、本事業がMDS研究の発展に大きく寄与することが期待される。

公開日・更新日

公開日
2013-06-10
更新日
-

研究報告書(PDF)

文献情報

文献番号
201231006B
報告書区分
総合
研究課題名
不応性貧血の治癒率向上を目指した分子・免疫病態研究
課題番号
H22-難治-一般-006
研究年度
平成24(2012)年度
研究代表者(所属機関)
小川 誠司(東京大学 医学部附属病院)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 難治性疾患等克服研究(難治性疾患克服研究)
研究開始年度
平成22(2010)年度
研究終了予定年度
平成24(2012)年度
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
不応性貧血(骨髄異形成症候群MDS)は高齢者に好発する難治性造血器疾患であるが、急速な少子高齢化による患者数の増加も危惧される。MDSでは形態異常を伴う血球産生異常が共通に認められる一方、一部には自己免疫機序が主体となる病態も存在する。治癒率向上の観点からは、この多様な病態を分子レベルで明らかにし、個々の分子病態に即した治療戦略を構築することが重要である。そこで本研究班では、MDS研究の基盤となる検体集積事業と、これを用いた先端的なゲノム・エピゲノム解析、免疫病態解析を通じ、MDSの多様な病態とその責任となる分子病態を明らかにすることにより、新規治療薬剤・診断技術の開発の基盤を構築し、MDSの治療成績の向上に資することを目的として研究を行った。
研究方法
検体集積事業参加施設より、検体集積施設(京都大学および獨協医科大学)に患者検体が提供され、抽出されたDNAと細胞が保存された。次世代シーケンス技術を活用した新規標的遺伝子の探索研究として、49例のMDS検体を用いた全エクソンシーケンスを行い、MDS細胞特異的変異候補を抽出した。また、20番染色体の共通欠失領域内に存在する遺伝子について解析を行った。エピゲノム異常の解析研究としては、メチル化DNAと結合するMBD2を蛍光色素で標識し、1分子蛍光分析システムを用いてメチル化状態を検出するSMMA法を確立・検討した。末梢血遊離DNAを用いた遺伝子変異・メチル化解析の有用性を検討した。次世代シーケンサを用いた脱メチル化剤の作用機序の解明をおこなった。免疫病態の関与が濃厚な骨髄不全症例について、ゲノムコピー数・LOH解析を行い、共通して観察された6番染色体短腕UPDおよび13番染色体部分欠失と免疫病態との関連を検討した。
本研究で実施される患者検体を用いた遺伝子解析研究は、「ヒトゲノム・遺伝子研究に関する倫理指針」を遵守し、事前に各参加施設の倫理委員会の承認を得、研究対象者からは文書による同意を得た。
結果と考察
検体集積事業は、本研究班期間内に138検体が集積された。本事業の更なる発展を目的に、日本成人白血病研究グループと連携をした集積事業が開始された。MDS49例の全エクソン解析により、461個のタンパクの構造変化を伴う体細胞性変異が同定された。30例にRNAスプライシングに重要な遺伝子群に変異が生じていることが明らかとなり、多数例の解析から、本異常はMDSにおいて高頻度かつ特徴的であることが確認された。他にも新たな標的遺伝子変異として、コヒーシン分子変異およびSETBP1変異なども同定された。20番染色体共通欠失領域における網羅的変異解析を通じて、標的遺伝子候補としてNCOA3が同定された。
メチル化に関する研究では、本事業で開発したSMMA法の実用化に向けた、臨床検体を用いた検討を行なった。末梢遊離DNAを用いた遺伝子変異解析は、骨髄における変異頻度を反映する傾向にあり、メチル化解析も可能であった。K562細胞株では5-azaによりヘモグロビンが増加するが、翻訳効率の増加に由来し、翻訳伸長因子eEF1aと翻訳開始因子eIF2Bが関与していることを明らかとした。
骨髄不全例の末梢血をSNPアレイで解析したところ、6番染色体短腕のHLA遺伝子領域を含むLOHが13%に認められ、HLAアレルの欠失はCTLによる自己免疫からのエスケープを反映すると推測された。また、13q-陽性骨髄不全例は、異形成が乏しく、免疫抑制療法の有効率が高いことが明らかとなった。
結論
不応性貧血MDSの治癒率向上につながる分子病態の解明を目的に、様々な解析技術を駆使した研究を推進させた。全エクソンシーケンス解析を通じて、MDSに高頻度にRNAスプライシング関連分子変異が生じていることを明らかとした。既知の遺伝子異常と異なり、MDSに特徴的な異常であり、本発見を通じて分子病態の理解が大きく進み、新たな治療戦略の開発に寄与することが期待される。MDSの治療薬として脱メチル化剤が臨床応用され、有効性の評価・予測が重要な焦点となっているが、本班研究で開発されたメチル化評価法の臨床応用が期待される。6p-UPDや13q欠失で特徴づけられる症例においては自己免疫機序が強いことが明らかとなり、治療法選択の上で重要なマーカーになると考えられる。MDSは様々な分子病態を含む疾患群であり、多数の臨床検体を使用した解析が重要である。検体集積事業は、研究目的の達成において重要な事業であり、JALSGとの連携も開始され、検体集積の充実によりMDS研究がより一層推進することが期待される。

公開日・更新日

公開日
2013-06-10
更新日
-

研究報告書(PDF)

行政効果報告

文献番号
201231006C

成果

専門的・学術的観点からの成果
MDSにおいて報告のあるゲノム異常は、MDS以外の造血器疾患でも観察をされ、MDS病態を説明し得る分子病態は不明であった。本研究班で行った全エクソンシーケンス研究により、世界に先駆けて明らかとしたRNAスプライシング分子変異は、MDSにおいて高頻度かつ特徴的に観察される遺伝子異常であり、本発見を通じて、MDSの分子病態の理解が進むことが期待される。また、本成果により次世代シーケンス技術を用いた網羅的ゲノム解析研究は難治性疾患における原因遺伝子の探索にも有用であることも示された。
臨床的観点からの成果
MDSの治癒率の向上には、背景にある多様な分子病態を理解し、分子病態に即した治療法の開発が必要と考えられてきたが、RNAスプライシング分子異常の同定は、新規治療法の開発研究に寄与し得る発見である。また、自己免疫病態の存在する病型を示唆する分子マーカーが明らかになったことは、免疫抑制療法を選択する際に、重要な指標となり得る。メチル化阻害剤投与に際し、治療効果のモニタリングとして新たなメチル化測定方法を開発し、今後の臨床応用が期待される。
ガイドライン等の開発
本研究期間内にガイドラインの策定には至らなかったが、①RNAスプライシング変異はMDSを特徴づける異常であり、特にSF3B1変異は、RARS病型の診断において有用である。②6番染色体短腕のコピー数を伴わないLOHまたは13番染色体の単独の部分欠失症例は免疫抑制療法の有効性が期待できる。③SETBP1変異を有する症例は生命予後が不良であり、移植など積極的な治療法を検討すべきこと。など、ガイドライン策定上、有用な知見が本研究班で明らかとなった。
その他行政的観点からの成果
MDSは高齢者に多く、患者数は増加の一途にある。治癒が期待できる治療法は造血幹細胞移植のみであり、適応が難しい高齢のMDS例は頻回の輸血など医療依存度の高い状況を強いられている。この状況は、医療経済や輸血行政において深刻な問題である。本研究班で明らかとした知見は、治療成績の向上に寄与し、新薬の開発など経済効果も期待できる。また本研究班で推進した検体集積事業は今後のMDS研究の基盤となる大きな資産となり得る。
その他のインパクト
MDSにおけるRNAスプライシング分子異常の発見は、平成23年9月8日厚生労働省にて記者会見を行い、新聞やTVなど多くのマスメディアにより報道された。

発表件数

原著論文(和文)
1件
原著論文(英文等)
56件
その他論文(和文)
0件
その他論文(英文等)
0件
学会発表(国内学会)
39件
学会発表(国際学会等)
30件
その他成果(特許の出願)
0件
その他成果(特許の取得)
0件
その他成果(施策への反映)
0件
その他成果(普及・啓発活動)
0件

特許

特許の名称
詳細情報
分類:
特許番号: 2010-167412
発明者名: 大屋敷一馬
権利者名: 大屋敷一馬
特許の名称
詳細情報
分類:
特許番号: 2010-275878
発明者名: 中尾眞二
権利者名: 中尾眞二
特許の名称
詳細情報
分類:
特許番号: 2011-169662
発明者名: 小川誠司
権利者名: 小川誠司

主な原著論文20編(論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限る)

論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限ります。

原著論文1
Yoshida K, Sanada M, Kato M
A nonsense mutation of IDH1 in myelodysplastic syndromes and related disorders.
Leukemia , 25 (1) , 184-186  (2011)
原著論文2
Mori N, Yoshinaga K, Tomita K
Aberrant methylation of the RIZ1 gene in myelodysplastic syndrome and acute myeloid leukemia.
Leuk Res , 35 (4) , 516-521  (2011)
原著論文3
Akiyama N, Miyazawa K, Kanda Y
Multicenter phase II trial of vitamine K2 plus 1a-hydroxyvitamine D3 combination therapy for low-risk myelodysplastic syndrome.
Leuk Res , 34 , 1151-1157  (2010)
原著論文4
Yoshida K, Sanada M, Shiraishi Y
Frequent pathway mutations of splicing machinery in myelodysplasia.
Nature , 478 , 64-69  (2010)
原著論文5
Iriyama C, Tomita A, Hoshino H
Using peripheral blood circulating DNAs to detect CpG global methylation status and genetic mutations in patients with myelodysplastic syndrome.
Biochem Biophys Res Commun , 419 , 662-669  (2012)
原著論文6
Katagiri T, Sato-Otsubo A, Kashiwase K
Frequent loss of HLA alleles associated with copy number-neutral 6pLOH in acquired aplastic anemia.
Blood , 118 , 6601-6609  (2011)
原著論文7
Umezu T, Ohyashiki K, Ohyashiki JH
Single molecular methylation assay: A new technology for quantifying global DNA methylation by fluorescence correlation spectroscopy.
Analytical Biochemistry , 415 (2) , 145-150  (2011)
原著論文8
Okada M, Suto Y, Hirai M
Microarray CGH analyses of chromosomal 20q deletions in patients with hematopoietic malignancies.
Cancer Genet , 205 (1-2) , 18-24  (2012)
原著論文9
Shiraishi Y, Sato Y, Chiba K
An empirical Bayesian framework for somatic mutation detection from cancer genome sequencing data.
Nucleic Acids Res  (2013)
原著論文10
Ueda T, Sanada M, Matsui H
EED mutants impair polycomb repressive complex 2 in myelodysplastic syndrome and related neoplasms.
Leukemia , 26 (12) , 2557-2560  (2012)
原著論文11
Hosokawa K, Katagiri T, Sugimori N
Favorable outcome of patients who have 13q deletion: a suggestion for revision of the WHO 'MDS-U' designation.
Haematologica , 97 , 1845-1849  (2012)
原著論文12
Katagiri T, Kawamoto H, Nakakuki T,
Individual hematopoietic stem cells in human bone marrow of patients with aplastic anemia or myelodysplastic syndrome stably give rise to limited cell lineages.
Stem cells  (2013)
原著論文13
Seiki Y, Sasaki Y, Hosokawa K
Increased plasma thrombopoietin levels in patients with myelodysplastic syndrome: a reliable marker for a benign subset of bone marrow failure.
Haematologica  (2013)
原著論文14
Kawabata H, Doisaki S, Okamoto A
A case of congenital dyserythropoietic anemia type 1 in a Japanese adult with a CDAN1 gene mutation and an inappropriately low serum hepcidin-25 level.
Intern Med , 51 , 917-920  (2012)
原著論文15
Ozaki Y, Matsui H, Asou H
Poly-ADP ribosylation of Miki by tankyrase-1 promotes centrosome maturation.
Mol. Cell , 47 , 694-706  (2012)

公開日・更新日

公開日
2013-06-10
更新日
-

収支報告書

文献番号
201231006Z