文献情報
文献番号
199800123A
報告書区分
総括
研究課題名
ヒト腫瘍の発生と増悪に関わる分子病態の解析
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
高橋 利忠(愛知県がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
- 瀬戸加大(愛知県がんセンター研究所)
- 高橋隆(愛知県がんセンター研究所)
- 神奈木玲児(愛知県がんセンター研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
-
研究終了予定年度
-
研究費
18,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
ヒト腫瘍の分子病態の研究は近年急速に進み、造血器腫瘍では転座関連遺伝子が、また、固型がんでは、がん遺伝子、がん抑制遺伝子が既に多く単離されてはいるが、現時点で未知の重要遺伝子の存在も予想されている。また、転移・浸潤に関する研究も進み、接着分子を含む多くの要因の関与が想定されているが、その制御に関する研究は、緒のついた所である。本研究では、ヒト腫瘍の診断・治療の向上を目指し、(a) 造血器腫瘍では (1)乳児白血病の発症に関与するMLL転座関連遺伝子のキメラ遺伝子としての腫瘍発生に於ける役割、及び (2)MALT型粘膜関連Bリンパ腫に見られる18q21染色体転座に関連する遺伝子の単離、(b)肺がんでは(3)17p13.3領域に存在する標的がん抑制遺伝子の単離・同定、(4)TGF-βシグナル伝達系異常の発症・進展における役割の検討、を試みる。(c)浸潤・転移では、(5)がん細胞と血管内皮細胞との接着に関与する新規の糖鎖構造の同定及びその発現に関与する転移酵素の検索と遺伝子単離を試みる。
研究方法
(1) 11q23に位置するMLL転座関連遺伝子の白血病発症における役割:t(9;11)転座により形成されるMLL-LTG9/AF9キメラ遺伝子並びにMLL-N端側(MLL-Zf(-))の誘導発現系を樹立し、MLLノックアウトマウスの解析によりMLLとの関連が示唆されているHox遺伝子群について、誘導前後の発現変化を検討する。(2)MALTリンパ腫にみられるt(11;18)転座関連遺伝子の単離・解析:18q21領域に位置するYACクローンを用いてt(11;18)転座切断点のFISH解析を行い、転座切断点を認識するクローンを同定した後、それを用い転座切断点を認識するPACあるいはBACクローンを同定し、遺伝子単離のための基点とする。さらに、exon trapping法により責任遺伝子の同定を試みる。(3)肺がんにおける17p13.3共通欠失領域の未知のがん抑制遺伝子の単離・同定:17p13.3共通欠失領域内にマップされたRox/Mnt遺伝子の変異検索を行う。また、共通欠失領域内に位置する多数のSTSマーカーを用い、肺がん細胞株におけるホモ欠失の探索を行い、標的がん抑制遺伝子の存在部位の限定化を計る。(4)固型がんの発症・進展におけるTGF-βシグナル伝達系異常の検討:正常肺上皮細胞株においてTGF-β、等の刺激によるSmad遺伝子の発現の変化と細胞生物学的影響との関連性について検討する。また、ヒト肝細胞がんにおけるTGF-βシグナル伝達系の異常について、細胞株を用いて検討する。(5)がん細胞と血管内皮細胞との接着に関与する新規糖鎖の同定及びその発現機序の検索:腫瘍関連抗原に対するマウス単クローン抗体により認識される新規糖鎖抗原を検出するため、純品糖鎖並びに種々の糖転移酵素遺伝子をトランスフェクトした培養細胞に対する抗体反応性を解析する。また、リンパ節高内皮細静脈に発現しているL-セレクチンリガンド糖鎖の発現に関与する転移酵素の同定とその遺伝子のESTクローニングを試みる。
結果と考察
(1)11q23に位置するMLL転座関連遺伝子の白血病発症における役割:MLL-LTG9とMLL-N端側(MLL-Zf(-))をIPTGで誘導発現が可能な発現ベクターに組み込み、32Dcl3マウス白血病細胞株に導入した。IPTG添加後、約6時間から、蛋白の発現が認められ、48時間後にも発現が維持された。32Dcl3株で発現されているHox遺伝子群はHox-a7, b7, c9であったが、誘導発現後にはHox-a7, b7, c9のいずれも発現が抑制され、これらの遺伝子がMLL遺伝子異常の標的遺伝子であることがあきらかとなった。(2)MALTリンパ腫にみられるt(11;18)転座関連遺伝子の単離・解析:18q21領域に位置するYACクローンを用い、t(11;18)(q21;q21)を有するMALTリンパ腫症例に対
しFISH解析を行い、18q21領域の転座切断点を認識するクローンを同定した。更にBAC及びPAC コンティグを作製し、解析した所、同領域には欠失が認められたので、2症例を追加し、検索した結果、約200kbの共通欠失領域を同定しえた。また、転座切断点を認識するBACクローンも同定した。更に、exon trapping法により部分的な転写単位を明らかにしている。(3)肺がんにおける17p13.3共通欠失領域の未知のがん抑制遺伝子の単離・同定:mycアンタゴニストであるRox/Mnt遺伝子は、我々が同定した共通欠失領域内のマップされ、機能的にも良い候補標的遺伝子である。PCR-SSCP法及びサザン法を用いて肺がん症例について変異検索を行ったが、体細胞変異を認めず、標的遺伝子ではなかった。一方、STSマーカーを用い、肺がん細胞株を検討した結果、微視的ホモ欠失の検出に成功した。(4)固型がんの発症・進展におけるTGF-βシグナル伝達系異常の検討:正常肺上皮細胞株において、Smad3遺伝子の発現がTGF-βによって抑制されること、及びそれが転写レベルの制御による可能性を明らかとした。さらに、TGF-β存在下におけるSmad3の構成的発現が、肺上皮細胞にアポトーシスを誘導することを明らかにした。一方、肝細胞がんにおけるTGF-β抵抗性獲得機序について、Smad遺伝子のRT-PCR-SSCP法による検討を行ったが、体細胞変異を認めなかった。(5)がん細胞と血管内皮細胞との接着に関与する新規の糖鎖構造の検索:NCC-ST-439抗体の認識抗原は腫瘍マーカーとしてすでに臨床応用されているが、長年認識糖鎖が同定できなかった。種々の糖転移酵素遺伝子を用いてのトランスフェクション実験や、純品糖鎖との抗体反応性から、本抗体はNeuAcα2→3Galβ1→4(Fucα1→3)GluNAcβ1→6GalNAcα1→Rと強く反応することが示され、認識抗原はムチン型糖鎖に担れたシアリルLexであることを見い出した。細胞接着実験から、本糖鎖もまたE-セレクチンとの結合性を持つ接着分子であることが明らかになった。(6)セレクチンの糖鎖リガンドの合成発現の調節機構の検索:リンパ節の高内皮細静脈を介したリンパ球のホーミングに関与するL-セレクチンリガンド分子としてシアリル6-スルホLexを同定し、本硫酸化糖鎖の合成に関与する6-スルホトランスフェラーゼ遺伝子を単離した。即ち、ESTデータベースより既知の酵素の相同配列情報を得、マウス7.5日胚cDNAライブラリーよりcDNAクローンを得た。トランスフェクション実験により、その酵素活性を確認している。
しFISH解析を行い、18q21領域の転座切断点を認識するクローンを同定した。更にBAC及びPAC コンティグを作製し、解析した所、同領域には欠失が認められたので、2症例を追加し、検索した結果、約200kbの共通欠失領域を同定しえた。また、転座切断点を認識するBACクローンも同定した。更に、exon trapping法により部分的な転写単位を明らかにしている。(3)肺がんにおける17p13.3共通欠失領域の未知のがん抑制遺伝子の単離・同定:mycアンタゴニストであるRox/Mnt遺伝子は、我々が同定した共通欠失領域内のマップされ、機能的にも良い候補標的遺伝子である。PCR-SSCP法及びサザン法を用いて肺がん症例について変異検索を行ったが、体細胞変異を認めず、標的遺伝子ではなかった。一方、STSマーカーを用い、肺がん細胞株を検討した結果、微視的ホモ欠失の検出に成功した。(4)固型がんの発症・進展におけるTGF-βシグナル伝達系異常の検討:正常肺上皮細胞株において、Smad3遺伝子の発現がTGF-βによって抑制されること、及びそれが転写レベルの制御による可能性を明らかとした。さらに、TGF-β存在下におけるSmad3の構成的発現が、肺上皮細胞にアポトーシスを誘導することを明らかにした。一方、肝細胞がんにおけるTGF-β抵抗性獲得機序について、Smad遺伝子のRT-PCR-SSCP法による検討を行ったが、体細胞変異を認めなかった。(5)がん細胞と血管内皮細胞との接着に関与する新規の糖鎖構造の検索:NCC-ST-439抗体の認識抗原は腫瘍マーカーとしてすでに臨床応用されているが、長年認識糖鎖が同定できなかった。種々の糖転移酵素遺伝子を用いてのトランスフェクション実験や、純品糖鎖との抗体反応性から、本抗体はNeuAcα2→3Galβ1→4(Fucα1→3)GluNAcβ1→6GalNAcα1→Rと強く反応することが示され、認識抗原はムチン型糖鎖に担れたシアリルLexであることを見い出した。細胞接着実験から、本糖鎖もまたE-セレクチンとの結合性を持つ接着分子であることが明らかになった。(6)セレクチンの糖鎖リガンドの合成発現の調節機構の検索:リンパ節の高内皮細静脈を介したリンパ球のホーミングに関与するL-セレクチンリガンド分子としてシアリル6-スルホLexを同定し、本硫酸化糖鎖の合成に関与する6-スルホトランスフェラーゼ遺伝子を単離した。即ち、ESTデータベースより既知の酵素の相同配列情報を得、マウス7.5日胚cDNAライブラリーよりcDNAクローンを得た。トランスフェクション実験により、その酵素活性を確認している。
結論
本研究では、(a)造血器腫瘍と(b)肺がんにおける遺伝子異常のがん発生に於ける役割、並びに(c)がん浸潤・転移における細胞接着分子の役割を明らかにするため研究を進めている。本年度の主たる成果は以下の様である。 (a)(1)IPTG発現誘導ベクターを用い、白血病型キメラMLL遺伝子産物であるMLL-LTG9/AF9を誘導発現できるマウス白血病細胞株を樹立し、Hox遺伝子群が標的遺伝子の一つであることを明らかにした。(2)MALT型リンパ腫に認められるt(11;18)転座の18番q21の転座切断点領域を約200kbまで限定した。また、同領域から部分的な転写単位を得ることができた。(b)(3)肺がんにみられる17p13.3共通欠失領域の標的がん抑制遺伝子の単離・同定を試み、肺がん株に微視的ホモ欠失を見出し、その存在部位の限定化に成功した。(4)正常気道上皮細胞及び肝細胞がんにおけるアポトーシス誘導にSmad3遺伝子が関わっていることを示唆する結果を得た。(c)(5)腫瘍マーカーであるNCC-ST-439抗体の認識抗原が、特殊なムチン型糖鎖に担われたシアリルLexであり、E-セレクチンとの結合能を持つ細胞接着糖鎖であることを示した。本糖鎖は血行性転移に関与する可能性が示唆された。(6)リンパ球のホーミングの際に働く、リンパ節高内皮細静脈の血管内皮のL-セレクチンリガンドが、シアリル6-スルホLexであることを見出し、更に本糖鎖を合成する6-スルホトランスフェラーゼ遺伝子を単離した。本糖鎖はリンパ球系腫瘍のリンパ節浸潤に関与する可能性が考えられた。
公開日・更新日
公開日
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