ヒトがんの発生ならびに転移を抑制する遺伝子の解析

文献情報

文献番号
199800122A
報告書区分
総括
研究課題名
ヒトがんの発生ならびに転移を抑制する遺伝子の解析
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
崎山 樹(千葉県がんセンター研究局)
研究分担者(所属機関)
  • 尾崎俊文(千葉県がんセンター研究局生化学研究部)
  • 中川原章(同生化学研究部)
  • 竹永啓三(同化学療法研究部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
がんの発生ならびに転移に対して抑制的に関与する遺伝子を単離し、その構造解析、産物の機能を解明する。これら遺伝子の発現や存在様式をがんの組織型や悪性度との関連で把握することにより、各遺伝子産物の役割を明らかにし、それらを指標にして、がんの診断、治療、予後の判定や転移の予知や抑止をすることを最終目的とする。10年度の具体的な目的は以下の通りである。1) 細胞の増殖ならびにがん化を抑制する機能を持った分泌蛋白質であるDANの役割を分子レベルで詳細に検討する。2)DAN ノックアウトマウスを作成し、その表現型を解析する。3) DAN結合タンパク質を酵母のtwo-hybrid法を用いて検索する。4) 神経芽細胞腫をはじめとする数多くのがんで複数のがん抑制遺伝子が多数存在することが推測されている1番染色体短腕遠位領域(1p34-pter)におけるLOH 検索を神経芽細胞腫、大腸がん、肝がん、乳がん等について行い、共通欠失領域の狭小化を試みる。5) 1p36.3にマップされた、p53 ホモログであるp73の転写活性化能を検討する。p73遺伝子の発現量やインプリンティングでの解析神経芽細胞腫、大腸がん、乳がん、肝がん等について行う。6) 低転移及び高転移性がん細胞間でのVEGF産生の分子機構およびアポトーシス誘導刺激に対する抵抗性について解析する。
研究方法
1) 骨軟部腫瘍由来の細胞培養株(Saos-2)にサイトメガロウイルスのプロモーターの下流でDAN cDNAを強制発現させ、その増殖への影響や細胞周期制御遺伝子の発現を調べた。また、非分泌型DANを作成し、その生物活性を調べた。2) マウスDAN 遺伝子のゲノムのクローニングとターゲッテイングコンストラクトを作成した。3)全鎖長DAN cDNAをbaitとして 酵母two-hybridスクリーニングを行った。4) 1p34-pter 領域の 16ヶの主にマイクロサテライトマーカーを用いて、神経芽細胞腫、大腸がん、肝がんについてLOH検索を行い、共通欠失領域のコンティグ作成を行った。5)野生型p73ならびに神経芽細胞腫で見い出された変異体p73の転写活性化能を酵母および培養細胞の系で 測定した。また、胃がん、大腸がん、乳がん、肺がんなどにおけるp73の発現量を検索した。6)マウスLewis肺がんより樹立した低転移性(P29)および高転移性(A11)細胞株の、低酸素下での培養をgas packを用いて行った。アポトーシスを抗Fas抗体添加またはグルコース除去により誘導した。VEGF遺伝子のプロモーター領域(1.5kb)をクローニングし、ルシフェラーゼ遺伝子をリポーターとする系を作成した。
結果と考察
1) ヒト骨軟部腫瘍由来の培養細胞におけるDAN 遺伝子の発現は、Saos-2, NOS-1, ASPS-KY 細胞で顕著に抑制されていた。Saos-2 細胞でDAN 遺伝子を強制発現させると、DAN は細胞外へ分泌されるとともに、細胞増殖・コロニー形成能の著しい抑制が観察された。一方、非分泌型DAN を用いた同 様の実験では、細胞増殖抑制は観察されなかった。興味深いことに、DAN 強制発現によるSaos-2 細胞の増殖抑制の場においては、p21waf1 の発現誘導は認められなかった。これらの事実は分泌されたDAN がp53 とは異なる経路を介して細胞増殖を抑制する可能性を示唆している。昨年度、DANはBMP-2に対して阻害的に働きアフリカツメガエルの背側化因子となり得る事が報告された。Saos-2細胞におけるBMP-2の発現を調べたところノーザンレベルでは検出できずできなかったが、BMP-4の中等度の発現が見られた。今後、DANのBMPファミリーへの 関与を詳細に検討する必要がある。2) マウスのDAN 遺伝子を含むゲノム断片 (約12kb) をライブラリースクリーニングによりクロ
ーニングした。制限酵素地図から、得られたクローンはDAN 遺伝子の全長の ORF を含むエクソン II, III, IV を持つことが判明した。そこで、翻訳開始コドンを含む領域を欠損させるターゲツテイングコンストラクトを構築した。 次年度には、DANノックアウトマウスの表現型の検討から、生体内におけるDAN の生理的機能が明らかになるものと期待される。3) ラット正常肺由来の cDNA ライブラリーから 酵母のtwo- hybrid スクリーニング法により単離された DAN結合タンパク質のひとつはヒトBAT3 に対応するラットホモログをコードしていることが判明した。BAT3 遺伝子の発現は、v-mos, v-Ha-ras でトランスホームされたラット繊維芽細胞 (3Y1) で抑制されていた。 BAT3 は、アクチンとの相互作用を通して細胞骨格の再編成に関与していることが想定されている。したがって、DAN は細胞内においてはBAT3 との結合を介して細胞のがん化に伴う細胞骨格の再編成を制御し得る可能性が示唆された。4) 前年度の神経芽細胞腫 214 例に加え、本年度は大腸がん96例、肝がん84例につき1p34-pter領域のLOH解析を行った。その結果、大腸がん、肝がんではそれぞれの38%、30%でLOHを認めた。大腸がんと神経芽細胞腫のそれは良く合致し、3ヶ所の共通欠失領域を同定することができた。それらは(A)1p36.3領域(約2-3Mb)、(B)1p36.2-p36.3領域(約1Mb)および(C)1p35領域(約10Mb)である。これらの内、(B)については約1Mbのコンテイグ作成を完了させ、現在、そのDNAシークエンスと候補遺伝子の単離を行っている。この領域からこれまでに4ヶのcDNAをクローニングした。肝がんのLOHは、上のふたつとは異なり、その88%はterminal deletionであった。 神経芽細胞腫、大腸がんにおける1p34-pterのLOH解析から、両者のそれはほぼ一致し、想定されるがん抑制遺伝子も共通したものである可能性が示唆された。現在単離されているcDNAを含めて今後得られる各遺伝子について、がんにおける変異や欠損の有無の検索と同時に、実験的に腫瘍形成を抑制するかどうかを検討するシステムの確立が求められきた。5) p53には存在せず、p73に特異的に存在するC末端側の領域(アミノ酸380-513)が酵母および培養細胞を用いたレポーターアッセイにより転写活性化能を持つこと、神経芽細胞腫で見い出された変異はその活性の低下を引き起こすことが判明した。また、胃がん、大腸がん、乳がん、肺がんなどにつき、p73のインプリンテイングの有無を検討したが、インプリンテイングはこれらのがんで稀であること、ならびにインプリンテイングの消失は起こっていないことを明らかにした。さらに、p73の発現量は正常組織に比べ、で有意に高いことが明らかとなった。 p73はp53のホモログとして報告された遺伝子であり、1p36.33にマップされるが、p73遺伝子の変異は極めて稀であり、KnudsonのTwo-hit理論に合致するがん抑制遺伝子はないと考えられる。p73は正常組織に比べがん組織で有意に高く発現しており、今後はp53との相互作用という観点から研究を進める必要性が生じてきた。
6)マウスLewis肺がん細胞に由来する低転移性細胞P29と高転移性細胞A11のVEGF遺伝子のプロモーター活性は、A11細胞では、常酸素下、低酸素下ともに上昇していることが判った。また、A11細胞ではHIF-1の発現量が亢進していることを見い出した。一方、低グルコース濃度によるアポトーシスの誘導に対してもA11細胞は高い抵抗性を示した。 低転移性がん細胞では低酸素下でVEGFプロモーター活性が抑えられている事実は転移巣での腫瘍増殖能の低下を部分的には説明できる。さらに、p29、A11両細胞ともに、細胞が密に存在している皮下腫瘍組織内および実験的に細胞凝集塊を作った状況ではアポトーシスを起こしにくいことが判明した。凝集状態から解除されるとp29細胞のみが抵抗性を消失することから、高転移性の細胞は単細胞の状態でもアポトーシス抵抗性を維持しており、この現象は転移に有利に働くと考えられた。また、細胞凝集塊形成時の低転移性細胞のアポトーシス抑制はWortmanninにより阻害されることから、PI3キナーゼの関与が考えられた。
結論
DAN 遺伝子産物はp53機能を欠くSaos-2細胞で顕著な細胞増殖抑制能を示した。DANの機能解析のために重要な意味を持つと考えられるDANノックアウトマウス作成の準備を完成した。神経芽細胞腫における1p34- pter の LOH 解析から、本領域には少なくとも3ヶ所に共通欠失領域が存在することが示唆され、大腸がんにのLOHもほぼ同領域に合致した。1p36.2-p36.3領域(1Mb)のコンテイグを作成することができた。p53のホモローグであるp73のC末端側に転写活性化能のあること、その活性は神経芽細胞腫で検出された変異体で低下することを見い出した。がん細胞の遠隔転移を規定する因子としてVEGF転写活性の亢進と単細胞におけるアポトーシス抵抗性が重要であることが示唆された。

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