国民のQOL向上の推移を評価できる健康寿命等の総合指標の開発

文献情報

文献番号
199800113A
報告書区分
総括
研究課題名
国民のQOL向上の推移を評価できる健康寿命等の総合指標の開発
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
近藤 健文(慶應義塾大学医学部)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 統計情報高度利用総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
4,150,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
今日の高齢社会に対応するための我が国の健康政策に活用できる生活の質を考慮に入れた新しい健康に係わる総合指標を開発する。
研究方法
WHO、欧米先進諸国等においてActive Life Expectancy、 QALE(Quality Adjusted Life Expectancy)、DALY(Disability Adjusted Life Years) 等の指標が開発され、保健医療政策の立案、公衆衛生活動の評価、最適な治療技術の選択支援等に適用されている。研究班を組織し2年計画でこれ等の健康寿命に関する指標の開発及び適用状況について調査し、総合的健康指標として我が国におけるその適用の可能性について研究する。研究班員が分担してこれらの指標についてわが国のデータを使用して試算すると共に問題点を明らかにし、また不足するデータがあればそれを補う方法を検討する。
結果と考察
1)Active Life Expectancy(活動的平均余命)
昨年度は、長野県佐久市のコホート研究のデータからRogers法によりわが国の在
宅高齢者の活動的余命の算出を試みたが、本年度は、①属性の違いによる活動的余命の比較、②Rogers法とSullivan法、Katz法との比較をおこなった。①配偶者、子供との同居の有無、学歴による活動的余命の差異を検討したところ、(1)配偶者と同居している男性はそうでない場合に比べて明らかに活動的余命が長いが、女性ではこのような差ははっきりしない、(2)男女とも、子供と非同居の者は同居群と比較して活動的余命がやや長い傾向がある、(3)男女とも、高学歴群は低学歴群と比較して活動的余命がやや長い傾向がある。家族構成や学歴と活動的余命との因果関係は今後の検討課題であると思われる。②三法による活動的余命の比較をおこなったところ、(1)障害の改善を仮定しないKatz法が最も短い、(2)Rogers法とSullivan法はほぼ同様であるが、前者のほうがやや長い傾向がある、(3)ADLとIADLとを比較すると、改善の確率の高いIADLでは三法間の差が顕著である。(1)と(2)は米国での研究結果とほぼ同様であり、計算のもとになったデータセットが三法で若干異なってはいるものの、測定の容易なSullivan法が特にADLを障害の定義とする計算では比較的正確であることが確認された。一方、IADLのような改善の確率の高い指標の場合、Sullivan法でも過小評価の傾向がある。今後、障害の定義や活動的余命の適切な算出方法についての検討がさらに必要であると考えられる。
2)Quality Adjusted Life Expectancy (QALE)
既存の厚生統計資料を活用し、全国規模での総合的健康指標による健康状態の評価を行うための基礎資料作成を企図した調査を行った。国民生活基礎調査の健康票(自覚症状、診断名)とQOL質問票である日本語版EuroQolとを同時に用いた調査を江刺市の還暦イベントに参加した男女387名を対象に実施した。上記結果を解析し、国民生活基礎調査の健康票(自覚症状、診断名)から、健康関連QOLスコア(0-1換算)を予測するための換算ロジックの開発を試みた。健康関連QOLスコアとしてEuroQolの結果をもとに、英国の換算タリフ(TTOタリフ)を参考にしたもの(以下、タリフQOL)とVAS(Visual Analogue Scale)による測定値(以下、VAS-QOL)の2種類作成した。国民生活基礎調査の健康票の「自覚症状(44項目)」と「疾病名(47項目)」の項目のグループ化を、変数クラスター分析による方法と内容による分類方法の2種類とした。グループ化したものごとに、自覚症状あるいは傷病名がある場合には1点を、ない場合には0点を与えスコア化した。分析対象者は196名で、男性43%、女性53%、不明4%であった。年齢は59歳から61歳までの各年齢が約3割づつで、その前後は若干名であった。タリフQOLもVAS-QOLも右上がりの分布で、特にタリフQOLは中央値が1になり、極度に右に偏った分布となった。「自覚症状」と「傷病名」による健康関連QOLスコアの予測は、ステップワイズ重回帰分析によった。調整済みR2は、タリフQOLを目的変数とし、(1)「自覚症状」および「疾病名」をグループ化せずに、全項目個別に投入した場合は0.5901、(2)変数クラスター分析によりグループ化したものを投入した場合は0.4624、(3)内容によりグループ化したものを投入した場合は0.4393となった。VAS-QOL を目的変数としたR2は、(1)の場合は0.3347、 (2)の場合は0.2395、(3)の場合は0.2813となった。全般的に、タリフQOLを目的変数としたR2が、VAS-QOLを目的変数としたR2よりも高く、VAS-QOLに比して、タリフQOLが国民生活基礎調査データを用いた健康関連QOLスコアの予測には適していると考えられた。調整済みR2の数値は健康関連QOLスコアの予測、さらには各地域の健康余命の推計を行うにあたって充分な値とは言えないが、調査項目の重複の印象を与えることから今回は調査項目に入れなかったもの(日常生活動作の問題など)を含めることで、予測精度の改善の可能性があるものと考えられた。
3)Potential Years of Life Lost (PYLL)
PYLLは若年死亡損失の指標であり、死亡を余命損失により重みづけした健康結果
の評価方法である。65歳をend pointとして老人保健法による癌検診の対象となっている胃癌、肺癌、大腸癌、乳癌、子宮癌について1985年と1995年のPYLLを比較した。男性では胃癌が33.8%減少したのに対して、肺癌は3.4%、大腸癌は2.4%増加した。女性では、胃癌が男性と同様に37.1%減少した。また子宮癌も11.5%減少している。一方、肺癌は19.2%、乳癌は28.8%増加している。大腸癌は男性の増加に反し、女性では4.6%減少していた。胃癌検診及び子宮癌検診の受診率とPYLLとの関連について都道府県別に検討したが、PYLLと検診受診率との有意な相関はなく、若年死亡抑制について癌検診の寄与は明確にはできなかった。
4)新しい指標の開発
疾病特異的重篤度(DSSW:Disease Specific Severity Weight)についての指標の開発の可
能性を引き続き検討している。DSSWは疾病特異的で自覚的臨床症状と客観的症状を含めた、臨床医の視点から見た患者のQOLの客観的定量指標ともいうべき構造であり、昨年に続いて大動脈疾患患者を対象に研究を進めた。大動脈疾患患者(425症例)に術前後でDSSW、McMasterHUI(Health Utilities Index)およびVAS(Visual Analogue Scale)を用いてHealth Statusの評価を行った。上記3指標のうち、術前・術後で有意に改善を示したのはVAS(p<0.01)のみであった。HUIは改善を示したが有意でなく、DSSWは有意でないが悪化を示した。各指標の相関性を検討した結果、術後でVASとHUIは有意な相関を見せたが、DSSWとHUI及びVASとの相関は低かった。これは臨床医の判断に基づく評価と主観的指標の乖離を示すものと思われる。高齢の大動脈疾患に対する侵襲的治療は健康効用値やHealth Statusの向上よりも患者の主観的健康感向上に寄与する。これは切迫した死の危険の回避にあるのではないかと思われる。手術部位、弓部再建等の侵襲度合を示す臨床指標が大きいほどQOL予後は悪くなる。
結論
平均寿命に代わる総合的健康指標についてわが国における適用の可能性と問題点を明らかにすべく、わが国のデータを使用し試算した。解決すべき問題点も多く、実現性のある有効な指標開発には更なる研究の進展が必要と考えられる。

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