移植患者におけるHHV-8感染のリスク評価に関する研究

文献情報

文献番号
199800107A
報告書区分
総括
研究課題名
移植患者におけるHHV-8感染のリスク評価に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
寺岡 慧(東京女子医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 佐多徹太郎(国立感染研究所)
  • 林 浩(日本臓器移植ネットワーク)
  • 森 達郎(日本臓器移植ネットワーク)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
6,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
腎移植後のカポジ肉腫の発生率は0.45~5.3%と報告されており、致死的ではないが、移植後いったん発症すると免疫抑制剤の減量ないしは中止を余儀なくさせられ、拒絶反応を誘発したり、またカポジ肉腫が患者のQuality of Life (QOL) を阻害する。近年カポジ肉腫の発症にHHV-8感染が関与していることが解明されたが、HHV-8感染者にすべてカポジ肉腫が発症するわけではなく、HHV-8感染に免疫不全、あるいは免疫能低下が伴うと発症すると考えられている。したがって移植後のカポジ肉腫の発症には、移植前からHHV-8持続感染者であった者が移植後免疫抑制を契機に発症する場合と、ドナーより移植片を介して感染が成立し発症する場合が想定される。本研究の目的は一般のpopulationにおけるHHV-8抗体陽性者率を調査することにより、臓器提供により感染が成立する確率がどの程度ありうるのかを検討すること、またはこれを防止するためにいかなる施策が必要であるかを検討すること、さらに移植待機者におけるHHV-8抗体陽性者の頻度と移植後免疫抑制療法の導入によるカポジ肉腫発症の頻度を検討し、その発症の機序と発症の予防法を検討することである。とくに臓器移植によって移植片を介して新たな感染が成立し、それによって新たな疾患が発症することは可及的に回避すべであり、移植医療を定着させる上で不可欠といえよう。また移植を受ける患者に対するインフォームド・コンセントの観点からも、不可欠と考えられる。
研究方法
1.国立感染症研究所感染症情報センター内に設置されている血清銀行の1,004検体を用いて、わが国における一般健常者のHHV-8抗体の陽性率を検討した。検査法は、佐多らが開発した複数の組換え抗原を用いたELISA法、およびLANA抗原による蛍光抗体法を用いた(佐多)。
2.わが国における透析患者のHHV-8抗体の陽性率を検討した。対象は東京女子医科大学腎臓病総合医療センターにおいて血液透析を行っている、感染性合併症のない維持透析患者72人とし、年齢は16歳~72歳(平均48.6±14.6歳)であり、性別は男性44人、女性28人、透析導入より平均164.3±79.4月(8~327ヵ月)を経過していた。検査法は、佐多らが開発した複数の組換え抗原を用いたELISA法、およびLANA抗原による蛍光抗体法を用いた(寺岡、佐多)。
3.わが国における腎移植患者のHHV-8抗体の陽性率を検討した。対象は東京女子医科大学腎臓病総合医療センターにおいて腎移植を行った、感染性合併症を有さない患者137人とし、その年齢は8歳~64歳(平均39.5±12.3歳)であり、性別は男性90人、女性47人で、腎移植を受けてから平均67.1±57.0月(1~201ヵ月)を経過していた。検査法は、佐多らが開発した複数の組換え抗原を用いたELISA法、およびLANA抗原による蛍光抗体法を用いた(寺岡、佐多)。
4.わが国の腎移植患者におけるカポジ肉腫発症の有無を移植施設へのアンケート調査により調査した。調査内容は当該施設における腎移植症例数(生体腎移植、死体腎移植)、腎移植後カポジ肉腫発症の有無、発症例が存在する場合は年令、性別、生体腎あるいは死体腎の別、移植後発症までの期間、発症部位、免疫抑制剤、拒絶反応の有無および回数、転帰、治療内容、免疫抑制剤の減量ないし変更の有無、抗ウイルス剤の使用の有無およびその種類、HHV-8抗体、EBV抗体、HIV抗体の検査の有無とその結果等とした。調査票を全国腎移植施設260施設(内ネットワーク登録施設173施設)に送付し、回収した調査票を集計しその結果について検討した。172施設(登録施設145施設)より調査結果を回収し(回収率66.1%、登録施設84.3%)、解析対象数は1964年以来実施された生体腎移植8,380例、死体腎移植3,188例、総計11,568例であった(寺岡、林、森)。
5.過去10年間におけるわが国の腎移植後のカポジ肉腫発生に関連する論文を検索した(寺岡)。
結果と考察
わが国における一般健常者のHHV-8抗体陽性率は1.4%であり、男性では1.8%、女性では1.0%であった。他方、血液透析患者のHHV-8抗体陽性率については2.8%と、一般健常者の2倍の陽性率を示したが、統計学的な有意差は認められなかった。
またわが国における腎移植患者のHHV-8抗体陽性率については0.7%と、血液透析患者の陽性率と比較して統計学的有意差はないものの低い傾向を示した。これについては透析中に陽性であったものが移植後に陰性化することを示すのか、あるいは検査法に起因する問題なのか、不明である。今後透析中から移植後にかけて継時的に検査を行えばこの点が明確になるものと考えられる。いずれにせよ移植後、免疫抑制下においてHHV-8が増殖する危険性については、それを否定しうる知見が得られたものと考えられる。しかしこの点についても継時的な検査による検討が必要と考えられる。
腎移植後におけるカポジ肉腫の発生については、全国260施設(登録施設173施設)の内172施設(登録施設145施設)から回収した(回収率66.1%、登録施設84.3%)調査結果では、1964年以来実施された生体腎移植8,380例、死体腎移植3,188例、総計11,568例の内、カポジ肉腫の発症例は認められなかった。同様にわが国における過去10年間の腎移植に関する文献の検索で、腎移植後カポジ肉腫の発生に関する論文は皆無であった。
移植患者の悪性腫瘍の国際統計によると臓器移植後におけるカポジ肉腫発生頻度は、腎移植患者にもっとも多く現在までに356例が報告されている。平均年齢は43歳で、男女比は3:1と男性に多く発症するとされている。心・肝など腎移植以外の臓器移植では少なく、骨髄移植では稀とされている.イタリアにおける腎移植例では1.6%に、サウジアラビアにおける腎移植例では4.7~5.3%に、イスラエルにおける腎移植例では2.4%にカポジ肉腫が発症したと報告されている。フランスの統計では全移植患者の0.52%にカポジ肉腫が発症し、肝移植で1.24%、心移植で0.41%、腎移植で0.45%とされている。またシクロスポリンを用いた患者に相対的に多く発症し、シクロスポリン非使用例では相対的に発症頻度は少ない。
近年カポジ肉腫の発症にHHV-8感染が関与していることが解明されたが、HHV-8感染者にすべてカポジ肉腫が発症するわけではなく、HHV-8感染に免疫不全、あるいは免疫能低下が伴うと発症すると考えられている。したがって腎移植におけるカポジ肉腫発症については、透析中にHHV-8に感染し腎移植後に発生する場合と、腎移植時に移植腎を介して感染しその後に発症する場合が考えられる。1998年11月スイスの研究グループから、このHHV-8が腎臓提供者から移植患者に伝幡しカポジ肉腫を発生したことが報告された。さらに透析患者においては免疫能、とくに細胞性免疫が低下しているため、透析中あるいは透析導入前にHHV-8に感染し、透析中にカポジ肉腫がsubclinicalに発生し、移植後顕在化する可能性もありうると考えられる。
したがってわが国における腎移植後のカポジ肉腫発症を検討する場合、まず透析患者のHHV-8抗体陽性率および腎移植患者のHHV-8抗体陽性率を検討し、次いで腎提供者としての一般健常者のHHV-8抗体陽性率を検討する必要があると考えられる。わが国における一般健常者のHHV-8抗体陽性率は1.4%であり、腎提供者にHHV-8抗体検査が実施されない場合、腎移植に際してHHV-8感染が成立する確率は1.4%と考えられる。他方、血液透析患者のHHV-8抗体陽性率については2.8%と、一般健常者の2倍の陽性率を示した。したがって確率論的に検討すると、HHV-8陽性ドナーから陰性患者への腎移植の確率は1.36%であり、この確率でHHV-8新規感染が成立する可能性がある。また陽性ドナーから陽性患者への腎移植が実施される確率は0.04%ということになり、陰性ドナーから陽性患者への移植の確率は2.76%となる。これらのそれぞれの組み合わせにおける継時的な検討が行われれば、さらに詳細な移植前陽性者および移植時感染者における免疫抑制下のHHV-8の動態とその臨床上の意義が明確になると考えられる。
結論
1.わが国における一般健常者のHHV-8抗体陽性率は1.4%であり、男性では1.8%、女性では1.0%であった。
2.血液透析患者のHHV-8抗体陽性率については2.8%と、一般健常者の2倍の陽性率を示したが、統計学的な有意差は認められなかった。
3.わが国における腎移植患者のHHV-8抗体陽性率については0.7%と、血液透析患者の陽性率と比較して統計学的有意差はないものの低い傾向を示した。
4.腎移植後におけるカポジ肉腫の発生については、全国260施設(登録施設173施設)の内172施設(登録施設145施設)から回収した(回収率66.1%、登録施設84.3%)調査結果では、1964年以来実施された生体腎移植8,380例、死体腎移植3,188例、総計11,568例の内、カポジ肉腫の発症例は認められなかった。同様にわが国における過去10年間の腎移植に関する文献の検索で、腎移植後カポジ肉腫の発生に関する論文は皆無であった。
5.HHV-8陽性ドナーから陰性患者への移植、陰性ドナーから陽性患者への移植、陽性ドナーから陽性患者への移植、これらのそれぞれの組み合わせにおける継時的な検討が行われれば、さらに詳細な免疫抑制下のHHV-8の動態とその臨床上の意義が明確になると考えられる。

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