原因不明の中毒事故における情報提供体制のあり方と発生初期の分析法に関する研究

文献情報

文献番号
199800102A
報告書区分
総括
研究課題名
原因不明の中毒事故における情報提供体制のあり方と発生初期の分析法に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
吉岡 敏治(財団法人日本中毒情報センター常務理事)
研究分担者(所属機関)
  • 斉藤行生(国立医薬品食品研究所副所長)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
9,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
和歌山県での毒物混入事件では、混入毒物の確定が遅れたことに批判が集中した。この研究の第一の目的は、中毒症状や異常臨床検査結果から不明の起因物質を臨床現場で絞り込める可能性を追求するものであり、そのためのシステムを開発することと、毒劇物専門家と双方向の情報交換行えるようにすることである。第二の目的は、臨床現場でも行える簡易スクリーニングテストの見直しと、定量分析法に関しては、事件等で重要な位置を占める中毒起因物質について、飲料物や生体試料等の資料形態を考慮して、簡便性、迅速性を具備した中毒発生初期の分析法を検討することである。
研究方法
1.診断補助システム(症状別データベース)の構築に関する研究
不明の起因物質の推定確率をあげるために、無数にある化学物質の全てを対象にするのではなく、毒物・劇物中の全身毒性の強いものに、過去の事件に用いられた物質や解毒剤の存在する物質のみを加え、75物質群、488種類を対象とした。これら対象薬毒物について、現在中毒情報センターが保有するデータに収載されている全ての中毒症状および異常臨床検査値を抜粋し、同義語、類義語、経過によって変化する症状、同一症状の軽重等を考慮して、症状や検査の索引用語を定めた。この膨大な一覧表を基に、中毒起因物質検索システムを構築する。パターン認識に関しては、入力した症状や検査項目に対し、総当たり接近法による標本照合を採用した。
2.中毒起因物質別毒劇物専門家登録データベースの構築に関する研究
基礎の各分野にわたる専門家の発掘は、診断補助システムで対象とした75物質群の薬毒物名をkey wordとした文献調査を行った。一方、中毒関連学会の有識者の推薦を得た人物をリストアップし、文献調査との照合を行った。さらに、専門家リストの偏りを避けるため、医育機関名簿で中毒を研究分野としている法医学、公衆衛生学等の専門家と、8カ所の高度救命救急センターセンター長からの推薦者を加え、149名を対象に、連絡先、緊急時連絡方法、これまで分析した経験のある物質や研究対象とした物質、代表的な関連論文をアンケートにて調査した。
3.解毒剤の再検討:とくにわが国で入手困難な解毒剤とその取り扱いについて
諸外国の中毒専門書や論文調査により有効とされる解毒剤・拮抗剤の中から、わが国で保有すべき解毒剤を選別する。さらに、わが国で未承認の解毒剤については、用法・用量、使用上の注意等をまとめた使用手引書を作成する。
4.簡易スクリーニングテストの見直しと有用性に関する研究
国内外で市販されている26種類の分析検査キットと臨床現場で行い得る既存の簡便検査について、既知量の中毒物質を用いて、簡便性、迅速性、確実性を検討した。いずれも事件等の状況を考慮し、サンプルは飲料物や生体試料等を含めたものとした。
5.原因不明の中毒事故における発生初期の定量分析法に関する研究
事件等に際し、重要な起因物質となる医薬品(睡眠剤等約20種)、有毒植物成分(アコニチン等10成分)、農薬(有機リン系農薬等53種)、神経毒性ガス(サリン等5種)、カビ毒(アフラトキシン等4種)、シアン、メタノール、エチレングリコール、重金属(水銀等13種)の定量分析法を文献から選定し、必要に応じて改良を加え、簡便性、迅速性を具備した分析法として提示する。分析法としては、薄層クロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー(GC)、液体クロマトグラフィー、GC-質量分析法、ICP発光分析法、炎光分析法等である。
結果と考察
1.診断補助システム(症状別データベース)の構築に関する研究
ピックアップした500を越える臨床症状を100種類余の検索用語にまとめ、異常臨床検査値も同様の作業を経て、約50種類を検索用語とした。これら検索用語の見出し語として、中枢神経症状や呼吸器症状等の12の大項目を設定した。
以上の起因物質別・症状別データベースを搭載した診断補助システムは検索画面と検定画面からなる。検索画面は上部に大項目が表示され、その部をクリックするとその大項目に含包される検索用語が表示される。それぞれの項目横にあるボタンをクリックすることにより「不明」→「あり」→「なし」→「不明」…、と順次切り替わり、情報の得られる範囲で入力を進める.検索ボタンをクリックすると同一画面左に絞り込まれた毒物リストがその誤答数とともにdeviationとして表示される。したがって単なる推定順位ではなく、1位と2位のdeviationの差が大きければ、ほぼひとつの物質に絞り込めたことになる。検定画面には、deviationの最も小さな毒物の中毒症状がその物質に特徴的な順に表示される。オペレーターがその表示された症状を現場の医師にさらに確認することによって、短時間で一層絞り込みの確率が向上するように構築されている。本システムは米Microsoft社製の開発言語であるVisual Basic 6.0を使用して開発した。
Windows95またはWindows98の動作するコンピュータ上にインストールして実行することができる。なお、検索システムと、中毒起因物質、症状、検査項目のデータ部分を切り離しており、原因物質や症状項目数の追加にも容易に対応できるようになっている。推定はデータベースとして採用された物質に限るが、それでも現在までに開発された同時定性分析法の対象の10倍をカバーするものであり、ヒット率も高いので、重症者の発生する事件等では極めて有用である。
2.中毒起因物質別毒劇物専門家登録データベースの構築に関する研究
対象の選択法により、アンケート回収率、登録の承諾率はともに大きく異なるが、総対象の回収率は58%(86名/149名)で、そのうち登録承諾者は60名であった。回収した調査表に基づき、60名の中毒起因物質別毒劇物専門家データベースを構築した。基礎学者の登録内容は所属施設や緊急連絡法とともに、研究分野、関連文献等である。なお、臨床家については、連絡先と治療経験のある複数の毒劇物のチェックにとどめた。診断補助システムで絞り込まれた毒物の専門家をこのデータベースから選択し、情報交換と、分析が同時に進められることになる。このことによって推定確率はさらに向上し、確定診断に到る時間も短縮されることになる。
3.解毒剤の再検討:とくにわが国で入手困難な解毒剤とその取り扱いについて
わが国で既に市販されている解毒剤に、未市販ではあるが、WHOのIPCS(The International Programme on Chemical Safety)、解毒剤評価班により有効性の確認されている解毒剤加えて、中毒起因物質毎に解毒剤を選定した。これらのうち、解毒剤以外の目的で、日常使用される薬剤(アトロピンやビタミンK等)を除き、備蓄すべき解毒剤を市販、未市販に分類して提示した。さらに未市販の解毒剤については、資料を入手し、用法・用量、使用上の注意等を中心に使用手引書を作成した。なお、この使用手引書は、厚生省もしくは(財)日本中毒情報センターのホームページで公開する予定である。
4.簡易スクリーニングテストの見直しと有用性に関する研究
16薬毒物群を対象として、26種の検査キットならびに簡易定性検査法の検証を行った。いずれの薬毒物も、致死量に相当する高濃度で混在していれば、検出可能であった。しかし、生体中に微量しか存在しない、あるいは生体中の妨害を受けやすいシアン化合物、ヒ素化合物を簡易検査では検出困難であった。極めて有用ではあるが、一長一短があり、さらに高性能の分析機器により、確認分析を行うことが重要である。なお、5種類の検査方法については、本研究の過程で開発ならびに適用範囲の拡大が図られた。
5.原因不明の中毒事故における発生初期の定量分析法に関する研究
選定した分析法に、必要に応じて改良を加え、簡便性、迅速性を具備した分析法として提示し、使用の便を考慮してチャート形式で示した。分析対象が有機化合物の場合には、主として薄層クロマトグラフィーまたはGCにより同時分析法を実施し、分析対象が無機物質の場合にはICP発光分析法を用いることにより、迅速・確実に原因物質の同定が可能であった。
結論
毒物・劇物を中心に、75系列、488種類を対象にして、中毒症状や異常臨床検査値から中毒起因物質を絞り込むシステム(診断補助システム)と起因物質別専門家データベースを構築した。最小限の備蓄すべき解毒剤を明らかにし、そのうちの未市販解毒剤については、使用手引き書を作成した。簡易スクリーニングに関しては、簡便性、迅速性、確実性が明らかになった。定量・同時同定分析法に関しては、重要な起因物質を中心に操作手順のチャートが作成された。本研究の成果が活かされれば、起因物質が不明の毒物混入事件等でも、効率的な医療展開が可能となった。

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