臨床分離バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)等の分子遺伝学的研究

文献情報

文献番号
199800097A
報告書区分
総括
研究課題名
臨床分離バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)等の分子遺伝学的研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
荒川 宜親(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 渡辺治雄(国立感染症研究所)
  • 池康嘉(群馬大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我が国では、バンコマイシン(VCM)の注射剤が1991年に認可されて以降広く用いられている。しかし、欧米では、VCMに耐性を獲得した腸球菌が1980年代に出現し、現在、病院の集中治療室(ICU)などで分離される腸球菌の20-50 %がVREと報告され、大きな社会問題となっている。我が国ではVREの検出報告は未だ少なく欧米と状況が大きく異なっている。しかし、VCMやTEICがMRSA感染症の治療薬として用いられており、時間の経過とともに、近い将来、我が国も欧米と同じ状況に立ち至る事が懸念されている。VREによる環境汚染が未だ少ない我が国では、VREが出現したり、それによる感染症が発生した場合、実態を把握し、拡散を防止するための適切な対策を講じる必要がある。そのため、VREの現況に関する科学的情報を得る目的で、国内の医療施設にから分離されるVREが疑われる菌に関し、それらの耐性遺伝子の型別や遺伝学的な解析を行なった。また、鶏肉由来株との遺伝学的比較検討や、VREの迅速・簡便な検出同定法に関しても検討を行った。
研究方法
1. VCM耐性遺伝子の簡易的な識別法の確立 臨床検査室における日常的な業務の中で、PCR法などの特別な装置や試薬を用いることなく、VCM耐性遺伝子の型別をする方法を検討した。具体的にはNCCLSの方式に基づきMH寒天培地に被験菌を塗布した後、VCMとテイコプラニン(TEIC)を含有する感受性ディスク(KB)を置き、一夜培養後、阻止円の径を測定し、vanA、vanB、vanC遺伝子の型別を推定する方法を考案した。
2. PCR法を用いたVCM耐性遺伝子の判別
各地の医療施設から送られてきたVREを疑う菌株について、KBディスクを用いた試験によりvan遺伝子の型を推定した後、KBディスク法による感受性試験で用いたMH寒天培地上の、VCMディスクの近傍の菌をプラスチック製のエーゼで少量採り、滅菌精製水を1.0ml入れたエッペンドルフチューブに入れ10E6~7 CFU/mの程度の濃さに懸濁し、99℃で10分加熱処理した後、15000rpmで5分間遠沈する。
上清を15μl取り、タカラのTaqポリメラーゼを用いて添付のプロトコルに従い50μlの反応系でPCR反応を行います。サーマルサイクラーの設定は、94℃ 2分、94℃1分→53~57℃1分→70~72℃1.5分(30 サイクル)、70~72℃5分、4℃(保存)を用いた。
vanA遺伝子検出用のPCRプライマイーは(5'-gtacaatgcggccgtta-3')(5'-gggaaaacgacaattgc-3')vanB遺伝子検出用のPCRプライマイーは(5'-gatttcgttcctcgacc-3')(5'-atgggaagccgatagtc-3')vanC遺伝子検出用のPCRプライマイーは(5'-ggtatcaaggaaacctc-3')(5'-cttccgccatcatagct-3')を用いた。
3. 16S リボゾームRNAによる菌種の推定
PCR法によりvanA、vanB、vanC遺伝子いずれも陰性の株に対しては、16S リボゾームRNAの菌種特異的な領域の塩基配列を決定することで菌種を推定した。PCRプライマーは、Van de Peer らの方法により細菌の16Sリボゾームに共通した領域を増幅する2種類のプラーマーと、種特異的な領域を増幅する2種類のプラーマーの2組を用い、dye terminator 法により塩基配列の決定を行った。
4. van遺伝子領域の解析
臨床分離されたvanA型VREの中に、VCMには耐性を示すものの、TEICには低感受性を示すという非典型的な薬剤耐性を示す株が数株認められたため、その原因を解明する目的で、van遺伝子領域の塩基配列を解析した。
5. TaqMan PCRによるVREの型別
VREを臨床検体からスクリーニングし、遺伝子型別を行うことを目的とした検査法(TaqMan VRE) 法などを開発した。また、ddl遺伝子の同時検出を併用することで、類似の生化学的性状を示すE. faeciumとE. gallinarum との識別を迅速かつ簡便に行うことを試みた。
結果と考察
1. VCM耐性遺伝子の簡易的な判別法の確立
特別な試薬や装置を用いることなく、細菌検査室の日常の業務の中でvanA、vanB、vanC遺伝子の型別を推定する方法として、VCMとTEICの2種類のKBディスクを組み合わせる方法を確立した。
この方法によれば、vanA型のVREは、両方のディスクの周囲に阻止円が形成されない。vanB型のVREの場合は、VCMのディスクの周囲に阻止円が形成されないものの、TEICのディスクの周囲に阻止円が形成されなる。vanC型のVREの場合は、両方のディスクの周囲に阻止円が形成される。但し、臨床分離株や鶏肉由来のvanA型VREの一部に、VCMに耐性を示すもののTEICに低感受性を示す株が存在し、一見vanB型VREと類似の耐性パターンを示すものがありその場合は、PCRによる鑑別が必要となる。
2. PCR法を用いたVCM耐性遺伝子の判別
国内の延べ23施設から分離された65株のVREを疑う菌について上記の方法なびにPCR法を用いて遺伝子の解析を行った結果、3施設3株は、vanA型VRE、2施設13株は、vanB型VRE、8施設21株は、vanC型VREと判定された。その他の株は、VCMに低感受性や耐性を示したが、vanA、vanB、vanC遺伝子は全て陰性であり、腸球菌以外のVCMに生来耐性を示す菌種であると考えられ、16Sリボゾームの塩基配列の解析を行った。
3. 16S リボゾームRNAによる菌種の推定
PCR法によりvanA、vanB、vanC遺伝子が陰性と判定された株について、16Sリボゾームの塩基配列を部分的に決定し、DNAデータベースと照合したとこ
ろ、それらは、Lactobacillus属やPediococcus属、Leuconostoc属に属するVCM生来耐性菌であることが示唆された。
4. van遺伝子領域の解析
3株のvanA型VCM耐性、TEIC低感受性のVREの塩基配列を解析したところ、センサー蛋白であるVanSをコードするvanS遺伝子内の3箇所に、共通した点変異が認められた。この変異は、輸入鶏肉から分離されたVCM耐性、TEIC低感受性のvanA型VREにも共通に存在しており、患者由来株が輸入鶏肉に由来する可能性が強く示唆された。
5. TaqMan PCRによるVREの型別
VREを臨床検体からスクリーニングし、遺伝子型別を行うことを目的とした検査法(TaqMan VRE) 法などを開発した。その結果、従来の方法による結果と十分な一致が得られ、しかも、ddl遺伝子の同時検出を併用することで、類似の生化学的性状を示すE. faeciumとE. gallinarum との識別を迅速かつ簡便に行うことが可能となった。
考 察
1991年にMRSA感染症に対し点滴静注によるVCMの使用が認可されるようになってから、8年が経過した。欧米では、VCMの使用量の増加に伴い、VREの分離数や分離率が増大し、大きな問題となっている。我国では、平成9年に厚生省がVREに注意を喚起する「通達」を出して以来、VREに対する医療関係者の関心も高まりつつあるが、今回の調査では、臨床分離されたVREの大半がvanC型であり、vanA型やvanB型のVREは、未だ少数となっている。この事実は、国内のvanA、vanB型VREによる汚染状況は欧米と比べても著しく低い事を示唆しており、VREの蔓延を防止する上で、現時点での有効な対策が重要となっている。したがって、我が国の医療機関は、CDCのガイドラインの中で、VREが未だ検出されていない医療施設における対策法に基づき、的確な院内感染対策等を実施する必要があろう。
輸入鶏肉の一部にvanA型VREによって汚染されているものがあることが、1998年の池らの調査で判明している。今回の調査・研究により臨床分離株の一部に、輸入鶏肉由来のVREと同じ複数の点変異を持つ株が存在する事が明らかとなった。この事実は、我が国で臨床分離されるvanA型VREの一部が、輸入鶏肉と密接に関連する可能性を強く示唆しており、輸入鶏肉における、VREの検査の充実を急ぐ必要がある。また、汚染が確認された場合は、輸出国に対ししかるべき対策を求め、VREによるこれ以上の国内環境の汚染の進行を未然に防ぐ必要がある。
今回、各地の医療施設から検査依頼のあったVRE疑いの菌の中に、少なからずLactobacillusやLeoconostocなどの生来VCM耐性菌が散見された。これは、市販されているVREスクリーニング用培地を用いた場合、これらの菌種も同時に選択してしまうという、検査法の限界を示している。Enterococcusの菌種の精確な同定やLactobacillusやLeoconostocなどとの判別には、かなりの知識と経験が必要であることから、(社)日臨技などの学術・職能団体による制度管理のための技術講習会などを検討する必要があろう。
平成11年4月からの法律の施行にともない、各施設の検査室においてVREの検出と同定を行い、VREが分離された場合は、報告が求められている。PCR法を用いることなく、簡便にvan遺伝子の型を推定する方法を考案したが、国内でVCM耐性、TEIC低感受性という、vanB型の耐性パターンを示すvanA型VREが複数の施設から分離されている事もあり、鑑別のためにはTaqMan PCRによるVREの型別や、ddl遺伝子の同時検出を行う検査法なども有用と考えられる。しかし、日常の検査業務の中で実施するためには、検査コストの引き下げ等の改善が必要であろう。
結論
国内の各地の医療施設で分離されたVREを疑う菌について、PCR解析を実施しvan遺伝子型を判定した。その結果、国内におけるvanA, vanB型の分離は、稀であることが確認された。したがって、VREが分離された場合、CDCの「VREが未だ検出されていない医療施設における対策」に準じて対応する必要がある。
ヒトから分離されたテイコプラニン低感受性のvanA型VREにみられる変異が、輸入鶏肉に見られた変異と一致することが明らかとなり、アジア地域から輸入される鶏肉の検査耐性を充実する必要があることが示唆された。

公開日・更新日

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