緊急被ばく医療に係る救急体制,診断・治療法ならびに医療支援体制についての現状把握ならびにガイドライン作成に関する研究

文献情報

文献番号
199800095A
報告書区分
総括
研究課題名
緊急被ばく医療に係る救急体制,診断・治療法ならびに医療支援体制についての現状把握ならびにガイドライン作成に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
長瀧 重信((財)放射線影響研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 前川和彦(東京大学医学部)
  • 鈴木元(科学技術庁放射線医学総合研究所放射線障害医療部)
  • 松田朗(国立医療病院管理研究所)
  • 大谷美奈子(広島大学医学部)
  • 山下俊一(長崎大学医学部附属原爆後障害医療研究施設分子医療部門)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我が国では原子力産業のみならず、工業、医療等広い分野で原子力が利用されている。しかし、被ばく医療体制は原子力災害の枠組みの中で議論されることが多く、緊急被ばく医療ならびにその医療支援体制の整備は遅れていると言わざるをえないのが現状である。そこで、緊急被ばく医療に係わる救急体制、 診断・治療法ならびに医療・研究支援体制について各方面から現状把握を試みるとともに、その適切な在り方についてのガイドラインを作成することを目的として本研究を企画した。
研究方法
緊急被ばく医療に係わる救急体制、 診断・治療法ならびに医療・研究支援体制について各方面から現状を把握するために、救急医療現場や国立病院を対象にアンケート調査を実施し、また原子力発電所で現地聞き取り調査を試みた。 前川は原子力発電所、実験用原子炉、再処理施設等が設置されている道府県の救命救急センター、および被ばく二次医療機関、原子力施設関連医療機関を対象に、救急医療の現場での放射線医療事故に対する準備状況を調査するため、アンケート票を作成した。さらに厚生省、科学技術庁、原子力安全研究協会、電気事業連合会等より入手した資料を参考に調査対象医療機関を拾い出しアンケート票の郵送を行った。松田は原子力発電所、実験用原子炉、再処理施設等の原子力関係施設の被ばく二次医療機関に指定されいる国立病院、国立療養所を拾い出し、また原子力関係施設の設置道府県の国立病院、国立療養所についてリストを作成した。この中から医療機関を選択し、放射線医療事故に対する認識を把握するために前川と同様のアンケート調査票を用いて調査を行う。また、放射線被ばく医療について国立病院、国立療養所の担うべき役割について提言する。鈴木は福島原発(福島)、島根原発(島根)、美浜原発、大飯原発(福井)、伊方原発(愛媛)、玄海原発(佐賀)、女川原発(宮城)、泊原発(北海道)の8カ所の原子力発電所で現地聞き取り調査を行った。調査では発電所の医療施設の実態と医療水準、および周辺医療施設との提携状況を尋ね、特に放射線物質に汚染された患者が発生した場合の体制について重点的に調査した。聞き取り調査をもとに事故医療の準備状況、事故医療の水準、契約病院の有無、患者の搬送について結果をまとめた。山下は原発事故における周辺住民へのヨウ素剤投与に関する過去の本邦における緊急時医療対策技術調査を検証し、国際放射線防護委員会IAEAや世界保健機構WHOのガイドラインなど既存のマニュアルを検討し、本邦の過去の対策指針の問題点を明らかにした。また、欧米諸国における予防的ヨウ素投与ガイドラインが、そのまま日本に適用可能か否かについても検討した。緊急時被ばく医療では原子力発電所や再処理施設における事故のみでなく、その他の放射性物質や放射線による障害に対応しなければならない。大谷は放射線事故に伴うさまざまな熱傷患者の症例を検討し、救急医療と緊急被ばく医療の類似点、相違点を明らかにし、熱傷患者治療における医療活動を円滑且つ適切に実施するためのマニュアルの作成を試みた。 主任研究者長瀧を中心に、現在までに原子力安全委員会、科学技術庁、放射線医学総合研究所を中心に作成されたマニュアルを収集して内容を整理し、問題点について検討した。 さらに研究協力者として、原発周辺の医療機関から医師の参加を依頼し、現場の医療の現状と問題点につい
て聴取した。これらの分析結果に基づき、さまざまな規模と種類の事故を想定して対応策を討議した。また、原子力発電所、再処理施設以外の被ばく事故対策も考慮に入れ、放射線事故に対する現実的な体制の整備に繋がるよう、新規マニュアルを作成した。
結果と考察
原子力発電所等の緊急時の医療活動については国の原子力防災対策の指針が示され、緊急被ばく医療体制の充実、強化が図られるとともに、行政機関等により緊急被ばく医療に関するマニュアルが作成されてきた。実際には原子力関連施設内で発生する放射能汚染を伴った救急患者は現行の救急医療体制の枠内にある医療機関を受診することになるが、被ばく医療は我が国の救急医療体制の中では充分議論されておらず、救急医療関係者における認識も高いとは言えない。放射線事故に対する準備状況に関するアンケート調査を集計し、結果を分析することにより、提言をまとめる。平成11年度末において、原子力関係施設の設置された28市町村にある厚生省所管の国立病院または国立療養所は、同一市町村内には4施設、同一二次医療圏には15施設にすぎない。現在、厚生省においては国立病院、国立療養所の再編成を推進中であるが、国立病院、国立療養所の担うべき役割の一つに放射線被ばく事故に対する医療を加えることが望ましい。次に原子力発電所の聞き取り調査の結果を示す。 原子力関連の各事業所は、緊急被ばく医療のマニュアルを作成しており、毎年救急医療訓練、除染訓練などを施行している。平成10年度には島根原発および美浜原発において周辺の医師を巻き込んだ総合的な緊急被ばく医療訓練が行われた。各事業所は、管理区域内に除染施設を持っているほか、除染と簡単な医療が行える緊急被ばく医療施設を設置している。しかし、大部分の事業所は健康管理と放射線医学的管理のための非常勤の嘱託医がいるのみであり、嘱託医の専門は内科が多く、常勤の医師とりわけ外科の医師がいる事業所(大飯を除く)は少ない。看護婦は1-2名常勤でいるが、主たる目的は日常的な健康管理である。夜間の医療体制は準備されておらず、事故医療は基本的に周辺の医療機関にゆだねられている。労災事故は各事業所とも年間1―3件の発生で、除染後も汚染が残った患者は、幸い過去には存在しなかった。患者の治療に関して周辺の医療施設と契約を結んでいる事業所は少ない。原子力関連施設は僻地に立地しており、もっとも近い消防本部ないし分室から車で20分から30分離れている。また、一般に地元自治体の救急車の数も2台程度と少ないため、大部分の事業所では自前の救急車を1台準備している。その場合の搬送は特別な医学的訓練を受けていない総務部の職員が担当することになっている。汚染が無い限り地元の消防組合は搬送を拒否していないが、軽度の汚染であっても汚染がある場合には大部分の地域で消防による搬送が拒絶されている。ヘリポートを準備している事業所が約半数ある。一般に外科的処置や夜間の医療体制は不十分で、速やかに外部医療機関に搬送することならびに医療機関の連帯体制を整備することが肝要であろう。非汚染患者に関していえば、地域の医療サービスを享受できているが、軽度であっても汚染を伴った患者の搬送が拒絶されたり、周辺医療機関で診療を拒絶する風潮があることは問題であり、消防や周辺医療機関に対する系統的な教育体制の整備が望まれる。放射線事故の統計によると、放射線事故は工業用放射線装置の線源や実験用核種よる事故など原子力関連施設以外の場所で起こっていることが多く、医療関係者が放射線被ばくによる傷病を認識し、必要な知識を持って対応しなければならない。しかし、実際には医師が放射線事故を経験する事は少なく、専門知識も必要とされることから、事故者の処置に際しては心理的に躊躇しがちになることも想像される。被ばく医療の基礎知識を医学教育に盛り込むことが必要であろう。傷病の種類とその対応に関しては、救急医療と緊急被ばく医療の類似点、相違点を明らかにし、医療活動を円滑且つ適切に実施するためのマニュアルの作成が必要である。放射線熱傷の治療では、被ばく
野の広さ、線量、線量率に留意し、特に感染症や播種性血管内凝固症候群(DIC)の併発に配慮して、早期治療を行なうことが重要である。ヨウ素の取り扱いに関しては具体的な事故が想定されておらず、緊急時の情報伝達の手段やヨウ素処方の実際応用における適切な管理、指導等が不明瞭であることなど問題点があり、我が国の実情に合わせた指針作成のための方針を決定する必要性がある。ヨウ素剤の投与対象、投与量、投与期間についての結論を導くためには、我が国におけるヨウ素摂取を把握、甲状腺被ばく線量のリスク評価、原子力発電所事故を想定した環境モニタリングのシュミレーションの応用などに関してさらに検討が必要である。原子力関連の事業所や二次医療機関での実態を把握し、救急医療の現場での準備状況を明らかにし、過去のマニュアルを整理分析して新規のマニュアルを作成することは、我が国の放射線事故に対する現実的な体制の整備に繋がるものと期待される。
結論
緊急被ばく医療に係わる救急体制、 診断・治療法ならびに医療・研究支援体制について現状を把握するため、原子力発電所で現地聞き取り調査、救急医療現場や国立病院を対象にアンケート調査ならびに原発周辺の医療機関での事例の検討を行った。また、現在までに原子力安全委員会、科学技術庁、放射線医学総合研究所を中心に作成されたマニュアルを収集して既存のマニュアルの内容を整理し、新規マニュアル作成のための課題について検討した。これらの分析結果に立脚して作成したマニュアルは、我が国の放射線事故に対する現実的な体制の整備に繋がるものと期待される。

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