欧米の医療政策動向に関する基礎的調査研究

文献情報

文献番号
199800093A
報告書区分
総括
研究課題名
欧米の医療政策動向に関する基礎的調査研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
松田 朗(国立医療・病院管理研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 小山秀夫(国立医療・病院管理研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
9,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、欧米の医療政策研究の動向を改めて明らかにするとともに、合衆国
のクリントン政権、英国のブレア政権に代表される新公共マネジメント理論(New Public
Management)等を文献的に明らかにするとともに、わが国の医療政策立案にとって重要
な情報や理論を整理し、政策立案者のコンセンサスの形成と政策立案に資することを目的
として実施する。
研究方法
本研究は、以下の手順に従い行なった。
(1)委員会を設置し、必要な文献検索の実施と収集方法の確認、及び以下のことを行な
った。
①英国厚生省の医療制度改革に関するブルーペーパー(1998)の内容紹介文の検討
②合衆国の医療費適正化政策等として1998年から2002年までに113billionドル(約15
兆円)の適正化を議決した連邦議会報告書の紹介文等の作成、クリントン政権及びブレ
ア政権の公共政策理論(行政的サービスの分散、分権化による競走と競走による医療費
矛盾の行政的調整政策)に関する欧米及びわが国における研究動向の調査および解析
③①、②を踏まえ、わが国の医療政策の展開に資する基本的理論のとりまとめ
また、「新公共経営研究会」を開催し、下記テーマについて検討を行なった。
第1回 NEW PUBLIC MANAGEMENT理論とその適用について
第2回 エージェンシー制度の今後のあり方
第3回 わが国の病院に対するNPM(新公共経営論)の応用および介護保険制度におけ
る擬似市場について
第4回 NEW PUBLIC MANAGEMENT(新公共経営論)の欧米・日本における動向
第5回 行政改革問題について
第6回 日本の医療マネジメントの問題
(2)T.J.Litman&L.S.Robins,“HEALTH POLITICS AND POLICY 3RD EDITION"の全文和
結果と考察
本年度の研究結果および考察は以下のとおりである。
研究結果:アメリカ合衆国の公衆衛生、医療管理、経営管理大学院の多くは、医療政策政
治学講座を開講しているが、その最も権威あるテキストがデルマー出版社の「保健医療:
その政治と政策(第三版) -保健医療を政治学的に科学する-」であることは、国際学
会のメンバーが等しく認めるものである。編者のセオドル・J・リトマン教授(ミネソタ
州立大学 医療管理プログラム)とレオナルド・S・ロビンス教授(ルーズベルト大学 公
共管理プログラム)は、この分野の国際的権威である。
この本に収録されている各論文は政治と保健医療の役割に関する研究者としては一流の
グループによって書かれており、政治と政策の歴史的発展のみならず、保健医療における
歴史的背景の中で、公的介入を解明することによって我々の疑問に答えてくれるものであ
る。その価値は、単に個々の論文の総和というより、それ以上のものを持っている。なぜ
なら、各論文は筆者独自の見解に突き動かされながら展開されており、そうしたスタイル
による影響は決して小さくないからだと考えられる。
実際に各パートの概要はつぎの通りである。
パートⅠ:アメリカ独特の環境をふまえて、保健医療、政府、政治に関する解説や焦点的
な手法の起源に触れる。そしてそれを通した全体的概要が記述されているが、マクロから
ミクロに至るまで様々な内容となっている。
パートⅡ:連邦政府の行政、立法部門における個々の役割や、州政府の機能と重要政策な
どに注目した内容である。ただし、政策実施過程や政府の努力などについては触れていな
い。
パートⅢ:政治過程に影響を与える世論やヘルスケア産業界の動向に焦点を当て、異なる
見解や論議の数々は、玉ねぎの皮をひとつひとつはがしていくような手法で検討されてい
る。これによって我々は読者に、抽象から具象へ、理論から実際への推移を提供し、この
章が再び読者へ有益性をもたらすものであろう。
パートⅣ:保健医療政策の課題や対象となる国民層に関してのすでに収得した知識を活用
しながら、9つの「ケーススタディー」が展開される。そういう読者は特定の課題を検討
している他の章だけを読んだ方がいい。
だが、政治や医療の問題、そして保健医療政策に関する相互の関連性を検討するというこ
とは、(エイズなどの)特定の課題が持つ範囲を超えて拡大している影響や効果を理解で
きるという意味があると言う結論を得た。
考察:わが国からみた場合の、米国のヘルスシステムは数多くの劇的な変化を成し遂げて
きたように思う。最も重要なものとしては、①サービスにかかわる財政と提供の問題を解
決するものとしての自由競争市場の拡大への支持、②それとは逆説的だが、メディケアに
導入された病因支払いシステムとしてのDRG/PPSのように、レーガン政権が実施したヘ
ルスシステム史上、最も侵略的な現制コントロール策、③保健医療における連邦政府の潜
在的な主導性を保ちつつ、連邦の会計と予算を削減する、④クリントン政権の最初の2年
間に行われた国民医療改革の実現へ向けた国民無理解、⑤1994年に共和党が両議会の多
数はを占めたことによって、過去60年間に積み上げてきた社会福祉立法が解体してしま
ったこと、などである。
アメリカ合衆国の医療政策は、政治過程の一部分としての政界が決定するという傾向を強
く持っている。またそうした決定を行うには、保健と医療の相対的な関連性の範囲内にあ
る過程や内容を理解しよう、という方向にもあるといえる。
ところで、保健医療分野の政治に特化した研究を行っている政治科学者の間では、ここ数
年保健医療の政治課題について、分析としてもユニークな政治科学的展望がいくつか出て
おり、それらは鋭い知的討議を伴ったものではないにしても、より深く練られた思索とな
っている。例えば、保健医療における政治は、好ましい政治情勢の中で管理運営されるの
が普通である。保健医療の概念はポピュラーなものであり、それは健康な人も病気の人も
含め全ての国民が、保健医療の促進とその維持のために医学が有効性を発揮するというこ
とを確信し、疾病の減少や長寿を可能にする未来型医学の発展を信じるというものである。
この結果、保健医療の全分野、特にバイオメディカル研究その医療サービスに対して、強
力な財政援助が一般化する。唯一の重大な圧力は、国民が明らかに増税を望まず、国家財
政の収支バランスが悪化することも望まない、という財政上の問題だけである。
保健医療と異なり他の分野では、それらが政治の舞台に登場した場合、あまり幸運に恵ま
れてはいない。例えば、福祉だが、支出についていえば、税金や支出が不利な結果を招く
可能性があるからといって反対する国民はあまりいないのだが、そもそも福祉への支出そ
のものに反対であるという国民が存在していることが重要な部分である。国民は、福祉を
受ける一部の人々に怠惰と依存を助長するだけだから、福祉が何かを行うということが、
何もしない以上に悪いことだと信じていると考察できる。このような考え方は、わが国や
ヨーロッパ諸国では決して一般的ではないと考えられる。それは、医療や福祉がその国の
文化を背景とした歴史的社会的制度体系であるからにほかならない。国民皆保険を追求し
つつ、アメリカ社会の政治的反対により、それを断念せざるをえなかったクリントン政権
が、1998年からの2年間で約15兆円(13billionドル)の医療費適正化策を打ち出す一
方で、英国のブレア政権は国民保健サービスに民間活力を導入することによって、ファー
ストクラスの医療を追求しようとする姿勢を明確にしたことは対照的である。
このような英米の対比は、一方では対立的と読み取れることができるが、そもそもの出発
点自体が両極端に位置していたことを理解する必要があるとともに、その両極端のいずれ
にも政策的な判断が可能なわが国の政策政治学的風土の存在と、医療を取りまく政策政治
学的研究の欠如を指摘することもできるのである。
結論
今年度の研究における結論は、以下の通りである。
本研究では、欧米の医療政策研究の動向を改めて明らかにするとともに、合衆国のクリン
トン政権、英国のブレア政権に代表される新公共マネジメント理論(New Public
Management)等を文献的に明らかにすることによって、今後のわが国の医療政策立案に
とって重要な情報を整理し、政策立案者の参考に資することが可能になったと考える。ま
た、最近の単純な規制緩和が経済発展に資するという論調に対して、規制緩和の弊害を、
つまり市場経済の失敗を調整し、新しいマネジメント手法により行政の企画立案と行政組
織の再組織を進めるという新しい行政マネジメント理論が欧米の医療改革の中心的課題で
あることを、わが国の関係者に対して理解させることも可能であると考える。

公開日・更新日

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