新しい日米科学技術に関する研究(アルコール中毒遺伝学)

文献情報

文献番号
199800090A
報告書区分
総括
研究課題名
新しい日米科学技術に関する研究(アルコール中毒遺伝学)
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
白倉 克之(国立療養所久里浜病院)
研究分担者(所属機関)
  • サムザカーリ(米国立アルコール症研究所)
  • ビクターヘッセルブロック(コネチカット大学医学部精神医学教室)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
2,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、遺伝子の相関研究および連鎖研究から、アルコール依存症の発症に関与している遺伝子を同定することをその目的としている。この遺伝子の同定は、アルコール依存症の病態を解明する上で必要不可欠であり、また、これにより将来的には画期的な予防方法、治療方法の確立に発展していくことが期待されている。研究は日米共同で進められてきており、日本側は主に相関研究を、米国側は連鎖解析を行なってきている。今年度日本側は、ADH2、ALDH2遺伝子のアルコール依存症発症における機序をより明確にする目的でこの遺伝子が臨床症状のどの症候群に関与するか検討した。さらに、最近白人で報告されているトリプトファン水酸化酵素(TPH)のアルコール依存症との相関を多数の症例を用いて追試した。米国側は、数年前からアルコール依存症の遺伝負因をもつ家系員の血液から遺伝子を取り出し連鎖解析を行なっているが、今年度はその予備解析を行ない、依存症と連鎖しているいくつかの染色体領域を特定した。
研究方法
これらの研究はすべて、対象者に研究の目的をよく説明し、参加の同意を得た後に行なった。日本側におけるADH2、ALDH2に関する研究は、昨年度からの継続である。当院および駒木野病院の入院アルコール依存症約700症例に対して、面接調査を実施し、Temperament and Character Inventory、Sensation Seeking Scale等の心理テストを実施した。さらに、症例の同意を得た上で採血し、DNAを抽出しADH2、ALDH2の遺伝子型を決定した。昨年度は、変異型ADH2、ALDH2を有する症例とそうでない症例の心理テスト成績を比較検討した。今年度は、Structured Clinical Interview for DSM-Ⅲ-Rで評価した臨床症状、特にアルコール依存および反社会性人格障害、とこれらの遺伝子との関連を検討した。面接は、実際すべての症例で可能であったわけではなく、一部研究参加を拒否された症例もあり、最終的には、544例が解析可能であった。白人を対象に、TPH遺伝子のintron7に存在するA/C多型がアルコール依存症のマーカーになるという報告がある。我々は、アルコール依存症者430症例、性・年齢をマッチングさせた298名の健常者において、この多型の検討を行なった。方法はpolymerase chain reaction-restriction fragment length polymorphism (PCR-RFLP) 法を用いた。米国側の連鎖研究の方法は以下の通りである。アルコール依存症の遺伝負因の濃厚な家系員に対してSemi-Structured Assessment for the Genetics of Alcoholismという評価尺度を用い表現型を同定した。これらの対象者から、血液を採取しDNAを抽出すると同時に、event-related potentialも測定した。今年度は、DNAの予備解析を行なった。解析の対象は、105家系987名であり、全遺伝子領域を291のマーカー(平均13.8cM)を用いてスクリーニングした。統計解析には、non-parametric sib-pair解析を採用し、計算にはASPEX programのSIBPHASE optionを用いた。また、今年度は国立療養所久里浜病院が主催して、アルコールに関する日米共同研究の推進を目的に国際会議を開いた(平成10年11月12日-14日、KKRホテル東京)。アルコール依存症の遺伝に関する研究はその中心的なテーマであった。米国から、Mary Dufour米国立アルコール症研究所副所長、Ting-Kai Li 元インディアナ大学医学部長兼Alcoholism: Clinical and Experimental Research編集主幹をはじめとする11名の各分野をリードする研究者が参加した。我が国からも厚生省の今田障害保健福祉部長をはじめ約200名の研究者が参加した。11月13日のシンポジウムは一般公開で行われた。シンポジ
ウムは、1)アルコール依存症の遺伝学、2)嗜癖の神経生物学、3)アルコール依存症の薬物治療、4)アルコール代謝と臓器毒性、5)アルコールと脳機能、6)アルコール関連問題の疫学、について日米双方の研究の現状が報告された。11月13, 14日の2回に分けて、この6テーマに関連した一般演題(40演題)の発表があった。
結果と考察
研究結果および考察=ALDH2については、我々の既報と同様に変異群と正常群との間で臨床症状に差が認められなかった。しかし、非活性型ALDH2を有する症例の方が、アルコール依存症の発症が遅れる傾向が認められた。ADH2についても、反社会性人格障害の下位項目等でとくに変異型と野生型との間で差は認められなったが、離脱症状の重症度に顕著な統計学的有意差(P<0.0001)を認めた。この結果の生理学的意義は明らかでない.
しかし、ADH2の活性に関するin vitro実験の結果から、離脱症状の重症度は、血液中のアルコールの消失速度が遅い方がより重症化することが予想される。白人の結果と異なり、アルコール依存症群と健常群との間でTPHのA/C allele頻度に差を認めなかった。この頻度は、ALDH2の活性型 vs 非活性型で分類しても、発症年齢(<40 vs 40<=)で分類しても両群で差は認められなった。TPHはセロトニン神経系の神経伝達物質である5-HT合成系の律速酵素である。神経生物学研究によるアルコール依存症発症におけるセロトニン神経系の関与は明らかである。TPH遺伝子の変異による機能的変化がアルコール依存症の発症に関与しているという仮説を今回の我々の研究結果は支持しなかった。TPHについては、さらに追試が必要であることは言うまでもないが、この神経系を構成する別の要素(受容体など)の検討が必要であることを日本側の研究結果は示唆しているようである。一方、上記研究方法で米国側は予備解析を行い、4つの染色体領域に連鎖または連鎖の可能性を同定した。まず、1番染色体のD1S532およびD1S1588の近傍に連鎖を認め、LODのピーク値として2.93を示していた。また7番染色体のD7S1793の近傍にも、3.49というLOD値を認めた。さらに、2番染色体のD2S1790の近傍に弱い連鎖を認めた。一方、4番染色体のADH3マーカーの近傍にアルコール依存症の抑制に関係した連鎖を認めた。アルコール依存症のような、1)有病率が非常に高く、2)疾病境界があいまいであり、3)疾患異質性が高く、4)多くの遺伝子が環境要因と複雑に関係しながら発症に至る疾病の遺伝子連鎖解析は非常に困難である。米国側の連鎖解析の研究対象は主に白人であるが、これとは別に、米国のnative Americanを対象とした連鎖研究プロジェクトが進行している。対象は32家系152名で、全遺伝子領域で517マーカー(平均6.9 cM)を用いている。その結果連鎖が確認されたのは、4番染色体のD4S3242の近傍および11番染色体のD11S1984近傍の2ヵ所であった。また、アルコール依存症の発症抑制に4番染色体のADHの近傍に連鎖を認めた。対象は異なるが、2つのプロジェクトで、同じ領域に連鎖が確認されれば、候補領域としては非常に有力になる。その意味で、ADHの依存症抑制効果は、2つの連鎖解析および多数の相関研究で確認され、まず間違いのないものと思われる。しかし、残念ながら、発症促進に関係している領域では重なる部分が同定されなかった。この違いは、2つのプロジェクトにおけるアルコール依存症の表現型の決定方法の違いに関係しているかもしれない。米国側はその後も対象家系数、家系員数を増やしており、現在予備解析対象数の約10倍に達している。これらの対象を解析することにより、さらに信頼性のある領域の同定と領域の狭小化が可能になるもと期待される。遺伝を含め、アルコール依存症研究の飛躍的な進歩のためには、共同研究が重要である。日米共同ワークショップにおいてもこの点が確認された。今後、複数のレベルで共同研究が新たに展開されるものと思われる。
結論
本研究は、遺伝子の相関研究および連鎖研究から、アルコール依存症の発症に関与している遺伝子を同定することをその目的としている。この共通の目的に向かって日米共同研究を展開してきており、日本側は主に相関解析、米国側は連鎖解析の手法を用いている。日本側の今年度の研究目的は、1)アルコール依存症との関与が証明されているADH2、ALDH2遺伝子がいかなる機序でいかなる症候群に関与しているのかを明らかにする、2)アルコール依存症の疾患脆弱性に影響を与えうる新たな遺伝子を同定することにあった。その結果、以下の結論を得た。1)アルコール離脱症状の重症度にADH2遺伝子が関与している可能性がある。2)TPH遺伝子はアルコール依存症の発症に関与していない。今年度、米国側は収集した家系サンプルの一部を用いて、連鎖の予備解析を行なった。その結果、連鎖または連鎖の可能性が、染色体の1番、2番、7番に同定された。また、アルコール依存症の発症抑制と4番染色体のADH近傍との連鎖も示唆された。その後さらに対象サンプル数が増
えており、これらを解析することにより、より信頼性の高い候補領域の同定とその狭小化が可能になると期待される。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-