新しい日米科学技術に関する研究(循環器疾患に関する研究)

文献情報

文献番号
199800089A
報告書区分
総括
研究課題名
新しい日米科学技術に関する研究(循環器疾患に関する研究)
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
菊池 晴彦(国立循環器病センター総長)
研究分担者(所属機関)
  • 山口武典(国立循環器病センター)
  • 緒方絢(国立循環器病センター)
  • 馬場俊六(国立循環器病センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
2,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我が国のライフスタイルの変化と急速な高齢化により、循環器疾患に対する危険因子の変化と発症率・病態の変化が起こっている。この実態を明らかにして対策を見直し、高齢者における循環器疾患の予防および治療の改善策を打ち出す必要がある。また、近年進歩が著しい分子生物学的手法による循環器疾患の成因と病態の解明が行われている。これらの課題に対してより効果的に対処する目的で循環器疾患に関する日米科学技術協力協定が日米両政府間で1980年に調印され、1981年以来実施されて来た。現在の日米科学技術協力は、1993年に日米両政府間で再度合意調印された「科学と技術の研究と発展への協力」に基づくもので、その後1996年および1998年に本協定を双方が再確認した。
研究方法
馬場俊六(国立循環器病センター集団検診部医長)とRussell V. Luepker(ミネソタ大学公衆衛生学教授)が今年度より循環器疾患の疫学の共同研究を始めた。また、石井寿晴(東邦大学病理学教授)とJack P. Strong(ルイジアナ大学病理学教授)が動脈硬化の共同研究を続けている。平成10年4月2日から4日にかけて、日米合同会議を奈良市にて開催した。日米共同研究のために設定していた研究課題について日本より8名の研究者、米国より7名の研究者が発表し、共同研究に向けて協議を進める方法をとった。本会議においては、日本側は菊池および山口が、米国側はRuth J. Hegyeli(米国公衆衛生院国際部副部長)が司会し、発表成果を総括した。本会議には発表者以外に30名程の研究者が参加し、討論に加わった。
結果と考察
1. 日米共同研究:馬場とLuepkerとの共同研究では、同教室のEyal Shahar助教授が訪問し、共通の調査プロトコールを作成した。石井とStrongが相互訪問して、動脈硬化の病理所見の日米比較を行った。
2. 日米合同会議:発表要旨は次の通りである。
「循環器疾患の疫学」のセッションでは、藤島正敏(九州大学内科学教授)が久山町研究での循環器疾患の発症・死亡・危険因子の推移を報告した。馬場俊六が吹田研究での循環器疾患の危険因子・発症を報告し、脳卒中に比べて心筋梗塞が必ずしも少なくないという日本都市部の現状を報告した。米国側からLuepker がミネソタ心臓研究・脳卒中研究の成果をもとに、米国での循環器疾患の発症・死亡の推移を報告した。
「動脈硬化の危険因子対策」のセッションでは、松澤佑次(大阪大学内科学教授)が循環器疾患の多重危険因子がもたらすシンドロームXなどの病態と分子生物学的分析の成果を報告した。米国側からは、Julie E. Buring (ハーバード大学予防医学助教授)が循環器疾患の危険因子の管理によりある程度の予防効果がみられたが、今後アルコール、女性ホルモン、ビタミンに関する研究が必要であることを報告した。
「循環器疾患の基礎研究」の最近の進歩のセッションでは、錦見俊雄(国立循環器病センター研究所病因部室長)が健常時および循環器疾患におけるアドレノメジュリンの役割とその合成・分解に関する研究の成果を発表した。米国側から、Morton P. Printz(カリフォルニア大学薬理学教授)が、高血圧に関する基礎研究の新たな進歩について報告した。
「高血圧の遺伝子分析」のセッションでは、並河徹(島根医大臨床検査医学助教授)が高血圧の責任遺伝子について、動物モデルからヒトにいたるまで分析結果を報告した。米国からBeatriz I. Rodriguez(ハワイ大学内科学助教授)が行っているSAPPHIRsと称する研究(スタンフォードとアジアにおける高血圧とインシュリン抵抗性の研究)の成果を報告した。この研究では日本人を含む多民族の高血圧の家系調査に基いた遺伝子分析を行っている。アジア人にシンドロームXが多いことが報告された。
「循環器疾患危険因子の遺伝子疫学」のセッションでは、門脇孝(東京大学内科学講師)が循環器疾患の多重危険因子がもたらす病態のうち、特に肥満とインシュリン感受性低下に関わるβ3アドレナリン受容体の変異などの遺伝子分析の成果を報告した。米国側から、Melissa A. Austin(ワシントン大学公衆衛生学教授)が低比重リポ蛋白のサブクラスの冠動脈疾患への影響について、日系米国人と白人との差異を報告した。
「新しく発見された動脈硬化に関連する遺伝子」のセッションでは、浜口秀夫(筑波大学医学専門群基礎医学系遺伝医学教授)が血清コレステロール値に影響をもたらす遺伝子について、多数の家系を用いた研究成果を報告した。米国側から、James E.Hixson(テキサス南東部医学研究所、遺伝学教授)がSAFHSと称する研究で行っている動脈硬化、肥満、糖尿病に関する全遺伝子スクリーン法により、責任遺伝子を同定した成果を報告した。
「循環器疾患の医療経済」のセッションでは、長谷川敏彦(国立医療・病院管理研究所・医療政策研究部長)が厚生省・労働省の調査資料をもとに循環器疾患と悪性疾患の治療費の動向について報告した。米国側からKevin Weiss(シカゴ健康サービス研究所、内科学助教授)が循環器疾患の治療と予防に関する経済学の最近の進歩について報告した。
共同会議で発表された報告の要約:
(1)日米両国において循環器疾患は国民の健康問題の主体をなす。日本では脳卒中、米国では冠動脈疾患が最も深刻であるが、日本では近年糖尿病が劇的に増加していることが問題となっている。(2)内臓および皮下への脂肪貯留の循環器疾患および糖尿病に対する臨床的意義付けがなされた。(3)高血圧動物モデルの研究の進歩により、遺伝および環境因子の血圧への影響がより正確に分析されるようになった。(4)ヒトの大規模疫学調査と遺伝子分析の進歩は、循環器疾患への遺伝的かかり易さおよび遺伝子の部位について新しい解釈をもたらした。(5)医療経済の分析では、循環器病発生率の変化とそれに要する経費の正確な予測が必要であることが判った。
日米双方が同意した今後の共同研究課題:
(1)循環器疾患の疫学動向の日米比較。(2)遺伝子マッピングのための動物モデルおよびヒトの循環器疾患の表現型診断法の統一化。(3)循環器疾患の成因究明の基礎研究.。(4)循環器疾患の研究・予防・治療を促進するための医療経済学的分析。
この日米共同研究は、1981年から始まり、今日まで続けられて来たもので、日本在住の日本人・日系米国人・米国白人の比較研究など、数々の比較研究の土壌となった。
近年の遺伝子分析技術の格段の進歩により、循環器疾患の発症と危険因子が遺伝子レベルで分析される時代となった。また、近年糖尿病に罹患する日本人が多いことが注目されているが、この点に関して遺伝子レベルの分析が進められており、この病態に関する日米比較が待たれる。日米の比較研究は今日益々意義深いものとなり、本共同研究はこの目的に沿った研究を促進し、実現する最高の場を提供している。
結論
我が国のライフスタイルの変化は循環器疾患の危険因子を増加させている。同時に高血圧の関与も依然として大きいことが判った。危険因子に対する対策は極めて重要である。高齢者における心血管系合併症の発症には従来からいわれてきたもの以外の危険因子の関与の可能性も考えられ、解明が必要となっている。日米合同会議では分子生物学・遺伝子疫学など新しい手法による病因・病態の解明により得られた知見を循環器疾患の予防および治療に積極的に応用する必要があることが確認された。

公開日・更新日

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