日米共同による原子爆弾被曝線量再評価に関する研究

文献情報

文献番号
199800076A
報告書区分
総括
研究課題名
日米共同による原子爆弾被曝線量再評価に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
藤田 正一郎(放射線影響研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 星正治(広島大学原爆放射能医学研究所)
  • DalePreston(デール・プレストン)(放射線影響研究所)
  • 清水由紀子(放射線影響研究所)
  • 早川式彦(広島大学原爆放射能医学研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
原爆被爆者の被曝線量の評価には、1986年に日米合同の委員会によってまとめらたDS86(1986年線量評価体系の略)が現時点における最良のものとされ、国際放射線防護委員会(ICRP)の基準の根拠として用いられるなど、世界の放射線防護の基本的資料となっている。一方、厚生行政においても、広島・長崎における原子爆弾による放射能や熱線等に起因する病気やけがについて、全額国庫負担での医療給付を受けるためには厚生大臣の認定を受ける必要があり、この認定の過程でもDS86は個々の申請者の被曝線量評価に用いられている。しかしこのDS86に対しては、被爆者等を中心に不信や不満の声がある。そこで本報告書は一般向けの簡単な解説書の作成などを通じてDS86の背景やその問題点を記述することを目的とする。
研究方法
DS86が必ずしも被爆者等の信頼を得ていない理由の背景として次のようなものがあると考えられる。(1)DS86の内容が余りにも専門的であるため、一般国民にはその内容が理解できないこと。(2)DS86は、極めて信頼できる線量評価体系であるが、中性子のデータの計算値と実測値との一部不一致、ガンマ線量推定の計算値と実測値との若干の不一致、などに問題点があること、(3)これらの不一致をもって、DS86の線量評価体系全体が根本から間違っているかのような説明がなされていること、 (4)不一致問題については、その評価を含め線量評価体系全体への影響を検討するため、平成元年に日米双方で委員会を設けて研究を継続しているが、このことがDS86の線量評価体系全体が根本から間違っているためであるかのような印象を与えていること、などである。
そこで、本研究班は、上記のような問題点や背景に対応するために、次のような調査研究を行った。(1)DS86について、一般向けの簡単な解説書を作成した。(2)日米共同でこれまで行ってきたDS86及びその再評価の結果について、科学者による一定の中間評価を行った。(3)DS86線量変更の可能性について検討し、その程度とそれに伴うリスクの変化の程度に関して考察した。(4)DS86線量体系の問題点に関する文献収集し要約した。(5)被爆者二世について平成元年から平成10年の10年間の検診結果を解析した。
結果と考察
研究方法の項で述べた5つの調査研究の各々について、以下に要約する。
1)DS86の一般向け解説書:原爆被爆者の被曝線量を評価するシステムDS86は、日米原爆線量再評価検討委員会報告書として、本文460頁、付録650頁(すべて英文)から成り、数名の日米専門家により書かれたもので、その内容は高度に専門的であり全体を理解することは容易でない。そのために、本研究はその内容をいくらかでも理解が容易になるように記述したものである。1970年代に放射線のリスク評価に用いられた線量評価するシステムT65Dは、長崎型によるネバダでの実験データに基づいて構成されているが、一方DS86は、現代核物理学の理論に基づいてスーパーコンピュータにより計算されたもので、被爆者の被曝線量は被曝距離(被曝時の位置)のみならず、周囲の放射線を遮る建造物、被曝時の向きや体位などが考慮され、原爆放射線推定のあらゆる側面について膨大な再評価の結果構成された体系である。
2)原爆線量再評価の過去10年と今後の問題:原爆線量評価体系DS86は、日米の共同作業で作られ、主として日本側は被曝試料の測定を行い、アメリカ側はスーパーコンピュータを使った計算を行い、1986年に完成した。1989年に、特に広島において測定値とDS86からの計算値とが一致しないことがはじめて発表され、それ以降の日本側の活動を中心に要約している。中性子のうちでも熱中性子で生成されたEu-152, Co-60が測定され、この測定値とDS86計算値との違いは大きく、1.5kmで3-10倍も測定値のほうが大きい。しかし、原爆被爆者の被爆線量は速中性子(1MeV前後のエネルギーの中性子)の方が寄与が大きく、そのまま被爆者の被曝線量を変えるものとはならないが、その原因を明らかにする試みが行われている。この問題は、原因を考えるという科学的興味だけではなく、被爆者の線量評価が放射線の人への健康リスクを求めることに直結しているため大切である。
3)DS86線量推定値変更の可能性に関する考察:被爆者の健康影響は線量の変更により変化せず、また、爆心地からの距離の関数としてのがんリスクは当然ながら線量の変更とは無関係である。放射線の健康影響は、特にがんのリスクに関しては、放射線影響研究所の研究を基礎としており、個人線量の増加は単位放射線量のがんリスクを減少させ、放射線防護基準に影響を与える。DS86の再評価に直接関わるいずれのグループもDS86にとって代わる線量体系を提案していない。そこで、本考察では、過去10年の線量再評価活動を要約し、特に、測定値とDS86計算値の関係を精査した上で、考えられ得る3つDS86変更モデル(ガンマ線量は3つとも10%の増加、中性子線量の変更は、1.ストラウメ論文による変更、2.ストラウメ論文による変更を30倍で切り捨て、3.ストラウメの半分の変更かつ切り捨て、の3つ)に基づいて、放射線影響研究所の寿命調査対象者の個人修正線量を計算した。線量は距離と共に急速に減少するが、5ミリグレイから50ミリグレイ(炸裂点からの距離で1,900mから2,600m)の範囲の線量に対応する距離の変化は、1番目のモデルで80m増加し、他の2つのモデルでは30mの増加しかなく、がんのリスクの増減に殆ど関係しない。リスクと距離の関係は、2km以内では線量に依存して増加するが、遠距離では距離との相関は高くない。
4)DS86線量の物理学的および社会学的問題に関する文献収集およびその要約に関する研究:原爆放射線量の推定方式として、DS86線量体系が1986年に確立されたが、その後、遠距離では、実測値の方が推定値よりも大きいことが示唆された。原爆症認定判断の根拠としてDS86線量が参考とされたため、DS86線量の正確性が社会的問題となった。そこで、DS86線量体系確立後に発表された物理的な問題点に関する文献、および社会的な問題点に関する資料を収集し要約した。さらにDS86線量体系が修正された場合の健康影響評価に及ぼす影響についての文献も収集した。
5)被爆者2世健康診断受診結果の解析:広島原爆障害対策協議会健康管理・増進センタ-(以下原対協と略す)では、広島の委託を受け、広島市に在住の被爆者二世に対する、いわゆる被爆者二世健康診断を行ってきている。原対協においては被爆者二世検診の受診記録を保存しており、本解析では平成元年から平成10年の10年間の検診結果の解析を報告している。解析方法は、被爆者二世検診が希望者のみであるため被爆者二世の全体を代表している資料でないことを考慮して分割表を用いた解析とした。毎年、2,000~2,500人の受診者があり、この10年間の実二世被爆者受診者は、9,315人(男3,398人、女5,917人)であった。10年間の平均年齢は、36.9歳(男36.3、女37.2歳)であった。各種の検診項目の中で、心電図検査所見、高血圧症、胸部X線検査、要検診・要治療の精度を対象項目とした。
結論
DS86は、基本的には今日の科学的知見からみて最良のものであるものの、被爆者等を中心に不信や不満の声があり、本研究班は、その問題点や背景に対応することこととして、DS86についての一般向けの簡単な解説書の作成、科学者によるDS86再評価の中間報告、DS86線量変更の可能性の程度とそれに伴うリスク変化の考察、DS86線量体系の問題点に関する文献収集とその要約、被爆者二世についての検診結果の解析、を行った。前述のような背景の中で、本報告は関係する諸機関への情報提供資するものと考えられる。また、その成果は世界の放射線防護対策にも影響を与えるものと考える。

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