ピロリ菌除菌による胃癌予防の経済評価に関する研究

文献情報

文献番号
201221009A
報告書区分
総括
研究課題名
ピロリ菌除菌による胃癌予防の経済評価に関する研究
課題番号
H22-がん臨床-一般-010
研究年度
平成24(2012)年度
研究代表者(所属機関)
加藤 元嗣(北海道大学 北海道大学病院)
研究分担者(所属機関)
  • 濃沼信夫(東北大学大学院医学系研究科)
  • 菊地正悟(愛知医科大学 医学部)
  • 浅香正博(北海道大学 大学院医学系研究科)
  • 神谷 茂(杏林大学 医学部)
  • 奥田真珠美(兵庫医科大学 医学部)
  • 一瀬雅夫(和歌山大学 医学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 がん臨床研究
研究開始年度
平成22(2010)年度
研究終了予定年度
平成24(2012)年度
研究費
8,847,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国の胃癌予防対策にH. pylori除菌の導入をするためには、除菌の胃癌予防による経済効果の予測が必要である。経済評価の基礎データとして、わが国の小児・成人の最新のH. pylori感染率や胃粘膜の状況を性年齢ごとに求める。これに基づいて、H. pylori除菌による胃癌予防事業についての経済効果を予測することが目的である。同居家族などの感染者を除菌して小児への感染伝搬阻止についても分析する。また、除菌後の経過観察症例を解析して、除菌後の胃癌発症率や除菌後胃癌の特徴を明らかにする。
研究方法
除菌後胃癌のリスクについては全国施設で調査を施行した。除菌後の定期的な経過観察症例、除菌後の観察期間、除菌後胃癌の時期を検討した。 H. pylori除菌による経済効果についての評価については、成人に対して除菌治療を行った場合の費用と、胃癌罹患減少による医療費節約効果を、除菌年齢5歳階級ごとに計算した。出産前世帯に対して、世帯員を対象とした検査と除菌を行い、世帯員と出生児の胃癌罹患減少効果を算出し、除菌費用と、胃癌治療費削減効果を評価した。
結果と考察
除菌後胃癌の発生率では、除菌後経過観察6225例(平均観察期間3.9年)が登録され、186例の除菌後胃癌が認められた。除菌後10年以上でも胃癌の発症を認め、そのリスクは背景疾患によって異なり、早期胃癌の内視鏡治療後、胃腺腫、MALTリンパ腫、胃潰瘍、慢性胃炎、十二指腸潰瘍の順であった。
小児のH. pylori感染率と感染経路の成績から、世帯内に感染者がいなければ子への感染はなく、水平感染がきわめて稀のため、中高校生まで待って除菌しても感染が広がる可能性が低いとした。小児期における経済評価では、第1子出生前に世帯の感染者を除菌する施策の総費用は3,762百万円であった。小児の陽性率が3-8%の時に、小児と世帯成人の胃癌予防効果は6,079-11,260人で、1人の胃癌を予防に必要費用は、334千円から618千円で、1人あたり平均治療費用1,425千円よりかなり低く、費用に見合った十分な予防効果が示された。
成人における経済評価では、15-74歳の5歳階級ごとに、2010年人口の20%を対象に除菌を行った場合の費用と期待医療費削減効果を計算した。予防率は既報よりやや低めに仮定した二つの予防率に設定した。陽性率の高い60歳以上と陽性率の低い20歳未満で予防率を4分の1とした場合で、費用が効果を上回ったがそれ以外は有効であった。救命による経済損失回避は考慮していないため、実際の経済効果はより大きくなると考えられた。
H. pylori除菌の胃癌予防効果が明らかになり、わが国における胃癌撲滅のためには、H. pylori菌除菌による一次予防、胃癌の画像スクリーニングによる二次予防を組み合わせた方法であるTest, Treat, and Screeningが基本となる。本年2月にヘリコバクターピロリ感染胃炎に対して、H. pylori除菌が保険適用になり、H. pylori感染者全員に対して、H. pylori除菌による胃癌の一次予防が一般診療で可能となった。わが国からの胃癌撲滅が実現できる基盤ができたといえる。ただ、除菌治療は胃癌のリスクを下げるだけで、H. pylori除菌後にも胃癌リスクは継続することも明らかである。従って、H. pylori除菌後には胃癌リスクに応じたきめ細かい画像による胃癌スクリーニング、すなわち二次予防が必要となる。除菌によってどのぐらいの割合で胃癌が予防できるかについては,40歳代くらいまでに除菌すれば,90%以上で癌は抑制できると計算され,70歳以上の方も,男性では約40%,女性では約70%の癌が抑制され得る。ゆえに「除菌する時期はできるだけ早期でなければいけない」ということはなく,今回の二次癌の抑制が示されたような70歳代の高齢者においても除菌治療を行う意義は十分にあると考える。しかし、除菌効果は除菌する年齢によって違いがあるので、わが国からの胃癌撲滅のためには、若年者と高齢者を分けて対策をとる必要がある。また、H. pylori感染の伝播は、現在では家族内感染が主である。従って、次世代への感染予防も非常に重要な対策であり、子供のいる家庭では、除菌治療は感染予防の意味合いを持つ。
結論
早急にH. pylori除菌による一次予防、胃癌サーベイランスによる二次予防を組み合わせた胃癌予防策を軌道に乗せることが重要である。また、胃癌予防により十分な経済効果が期待できる。

公開日・更新日

公開日
2013-07-25
更新日
-

研究報告書(PDF)

文献情報

文献番号
201221009B
報告書区分
総合
研究課題名
ピロリ菌除菌による胃癌予防の経済評価に関する研究
課題番号
H22-がん臨床-一般-010
研究年度
平成24(2012)年度
研究代表者(所属機関)
加藤 元嗣(北海道大学 北海道大学病院)
研究分担者(所属機関)
  • 濃沼 信夫(東北大学大学院医学研究科)
  • 菊地 正悟(愛知医科大学医学部)
  • 浅香 正博(北海道大学大学院医学研究科)
  • 神谷 茂(杏林大学医学部)
  • 奥田 真珠美(兵庫医科大学医学部)
  • 一瀬 雅夫(和歌山県立医科大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 がん臨床研究
研究開始年度
平成22(2010)年度
研究終了予定年度
平成24(2012)年度
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国の胃癌予防対策にH. pylori除菌を導入するには、除菌の胃癌予防による経済効果の予測が必要である。経済評価の基礎データとして、わが国の小児・成人の最新のH. pylori感染率や胃粘膜の状況を性年齢ごとに求め、これに基づいてH. pylori除菌による胃癌予防についての経済効果を予測することが目的である。同居家族などの感染者を除菌して小児への感染伝搬阻止についても分析する。また、除菌後の経過観察症例を解析して、除菌後の胃癌発症率や除菌後胃癌の特徴を明らかにする。
研究方法
全国各地域の健診における血清抗H. pylori抗体および血清ペプシノゲン値を集積して、成人での性別年齢別の感染率、胃萎縮の程度を検討した。小児では、幼稚園児、保育園児、小学生は便中抗原、中学生は血清を用いて検討した。家族の協力を得て、糞便検体や菌株の複数遺伝子をターゲットにMLSTデータベースを用いて遺伝子タイプを決定した。除菌後の胃癌リスクにつちえは全国調査を行った。経済評価については、成人に対して除菌治療の費用と、胃癌減少による医療費節約効果を、年齢5歳階級ごとに算出した。出産前世帯に検査と除菌を行い、胃癌罹減少効果を除菌費用と医療費節約効果を比較した
結果と考察
成人のH. pylori感染率および胃萎縮分布
全国21,688名の出生年代別感染率とpepsinogen法陽性率は、1930から50年代は45%前後で、現時点でのわが国における感染者は3546万人と推定された。

小児のH. pylori感染率と感染源
0-12歳の便中抗原による感染陽性率では5%を越えず、同胞間での感染はきわめて希で、経過観察で新たな感染を認めなかった。MLST解析では、感染源は母親と考えられた。

除菌後胃癌の発生率と特徴
除菌後経過観察6225例(平均観察3.9年)から、186例の除菌後胃癌が認められ、除菌後胃癌リスクは背景疾患によって異なった。

小児期における感染防止策の経済評価
第1子出生前に世帯の感染者を除菌する施策の総費用は3,762百万円であった。小児の陽性率が3-8%の時に、小児と世帯成人の胃癌予防効果は6,079-11,260人で、1人の胃癌を予防に必要費用は、334千円から618千円で、1人あたり平均治療費用1,425千円よりかなり低く、費用に見合った十分な予防効果が示された。

成人における胃癌予防の経済評価
15-74歳の5歳階級ごとに、2010年人口の20%を対象に除菌を行った場合の費用と期待医療費削減効果を計算した。予防率は既報よりやや低めに仮定した二つの予防率に設定した。陽性率の高い60歳以上と陽性率の低い20歳未満で予防率を4分の1とした場合で、費用が効果を上回ったがそれ以外は有効であった。救命による経済損失回避は考慮していないため、実際の経済効果はより大きくなると考えられた。

H. pylori除菌の胃癌予防効果が明らかになり、胃癌撲滅のためには、H. pylori除菌による一次予防、胃癌の画像スクリーニングによる二次予防を組み合わせた方法であるTest, Treat, and Screeningが基本となる。以下に年齢別による胃癌予防対策を記す。
40歳以降:1. ヘリコバクターピロリ感染胃炎の精査で専門病院を受診する。2. 内視鏡検査で胃炎の確診後、H. pylori感染診断を行う(保険診療)。3. 感染陽性者に除菌治療を施行する。4. 胃癌リスクによって1-3年ごとに画像スクリーニングを行う。5. 陰性者は任意型検診へ。
20から39歳:1. 胃部症状があればヘリコバクターピロリ感染胃炎の精査で専門病院を受診する。2. 内視鏡検査で胃炎の確診後、H. pylori感染診断を行う(保険診療)。3. 胃部症状がなければ、検診健診でH. pylori感染診断、陽性なら内視鏡検査後に除菌治療する。4. 除菌後は胃癌リスク(鳥肌胃炎など)あれば画像スクリーニングを行う。5. 陰性者は任意型検診へ。
13-20歳:1. 中高校在学中や成人式にH. pyloriのtest and treatを行う。2. 無症状の場合、内視鏡は原則的に不要。
小児:何かの機会で判明した感染小児は安全に除菌できる年齢(12-15歳)まで待って除菌する。
次世代への感染防止:1. 陽性.の母親は第1子妊娠前または出産直後に除菌する。2. 他の世帯員は第1子出生前に検査して陽性なら除菌する。
結論
胃癌死亡と発症を減らすには、早急にH. pylori除菌による一次予防、胃癌サーベイランスによる二次予防を組み合わせた胃癌予防策を軌道に乗せることが重要で、胃癌予防により十分な経済効果が期待できる。

公開日・更新日

公開日
2013-07-25
更新日
-

研究報告書(PDF)

研究報告書(紙媒体)

公開日・更新日

公開日
2014-03-10
更新日
-

行政効果報告

文献番号
201221009C

成果

専門的・学術的観点からの成果
H. pylori除菌による胃癌予防について、現時点のわが国の状況に則した信頼性の高い経済評価が得られた。 (1)出産前世帯の感染率を0にする施策が十分な費用対効果をもつこと、(2)感染者に対してはtest and treatが基本的な対策で、若年者になるほど費用対効果が高くなること、(3)中高齢者では除菌後に発見される胃癌への対策として、胃癌リスクに応じた除菌後の画像による経過観察が必要であり、除菌後にtest, treat, and screeningが適切であることが判明した。
臨床的観点からの成果
次世代への感染の伝播を防止する戦略については実施すべきである。小児・学生は、全国レベルで中・高校生の時点でのH. pylori感染チェックと感染者に対する除菌対策を構築すべきである。成人では、感染者の拾い上げに加えて、保険診療でのH. pylori除菌や除菌後の経過観察を含めたシステム的な胃がん死防止策を構築する必要がある。これらの胃癌予防対策によって、わが国における胃癌者数、胃癌死亡者数の急激な減少がもたらされ、医療費の削減と伴に胃癌大国としての汚名を返上できる。
ガイドライン等の開発
日本ヘリコバクター学会のヘリコバクターピロリ感染の診断と治療ガイドラインにおいて、2016年に改訂されるが、この研究成果が引用されている。
その他行政的観点からの成果
今後、この研究の成果を反映した胃癌予防対策が行政において施行されると考えている。
現在 若年者における胃がん予防対策が検討され、複数の自治体では中高校生に対するH. pylori検査と除菌治療のが行われている
その他のインパクト
日本ヘリコバクター学会が一般人および一般医師にむけたパンフレットや書籍において既にこの研究の成果が引用されている。中高校生へのH. pylori感染診断と除菌治療についてはマスコミでも話題となっている。

発表件数

原著論文(和文)
3件
原著論文(英文等)
40件
その他論文(和文)
21件
その他論文(英文等)
4件
学会発表(国内学会)
29件
学会発表(国際学会等)
28件
その他成果(特許の出願)
0件
その他成果(特許の取得)
0件
その他成果(施策への反映)
0件
その他成果(普及・啓発活動)
0件

特許

主な原著論文20編(論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限る)

論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限ります。

原著論文1
Takako Osaki,Masumi Okuda,Junko Ueda, et al.
Multilocus sequence typing of DNA from faecal specimens for the analysis of intra-familial transmission of Helicobacter pylori
Journal of Medical Microbiology , 62 , 761-765  (2013)
10.1099/jmm.0.053140-0
原著論文2
間部克裕、石垣沙織、鈴木美櫻、他
早期胃癌に対するEMR/ESD後胃の診療はどう変わったか?
Helicobacter Research , 15 (6) , 528-532  (2011)
原著論文3
Ueda J, Gosho M, Inui Y, et al.
Prevalence of Helicobacter pylori Infection by Birth Year and Geographic Area in Japan
Helicobacter , 19 (2) , 105-110  (2014)
doi: 10.1111/hel.12110.
原著論文4
Osaki T, Okuda M, Ueda J, et al.
Multi locus sequence typing for the analysis of intra-familial transmission of Helicobacter pylori by using feacal specimens
J Med Microbiol , 62 (5) , 761-765  (2013)
原著論文5
Okuda M, Kamiya S, Booka M, et al.
Diagnostic accuracy of urine-based kits for detection of Helicobacter pylori antibody in children.
Pediatrics Internal , 55 (3) , 337-341  (2013)

公開日・更新日

公開日
2015-04-28
更新日
2016-06-06

収支報告書

文献番号
201221009Z