アレルギーにおけるIgE受容体発現制御に関する研究

文献情報

文献番号
199800065A
報告書区分
総括
研究課題名
アレルギーにおけるIgE受容体発現制御に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
山口 正雄(東京大学)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
4,700,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
気管支喘息をはじめとするアレルギー疾患は、世界的に罹患率が増加傾向にある。特に気管支喘息は、発作性の呼吸困難を生ずるのが特徴で、医療費及び、社会的にも問題となっており、その病態解明が急務となっている。気管支喘息の過半を占める、原因抗原が判明しているアトピー型においては、IgEとマスト細胞が症状発現に深く関与している。IgEと1対1で結合する高親和性IgE受容体(Fc_RI)は、マスト細胞がIgE依存性のアレルギー反応を惹起するのに必須な分子であるにも関わらず、その発現の機序に関心が持たれるようになったのはごく最近のことである。近年、IgE或はIL-4がマスト細胞の表面Fc_RI発現量を制御することが明らかになった。さらに、IgE やIL-4による Fc_RI 発現増加はマスト細胞の機能増強にもつながることが報告された。この知見は、IgE 依存性反応に於て、IL-4などを介したIgE産生→Fc_RI発現増加およびFc_RIにより保持されるIgEの増加→抗原刺激時のマスト細胞のメデイエーター遊離増強(或は感受性亢進)→反応の増悪(或は発症)および遊離増加したIL-4によるIgEの更なる産生亢進、という、今まで看過されていた増悪ループの存在を示している。このループは、決してself-limitingとはいえない喘息発作の経過ともよく合致している。本研究は、このような増悪ループを引き起こす因子(IgE、IL-4)の各々の作用機序を検討するとともに、増悪ループの途中の段階がアレルギー治療におけるtargetとなりうるかを検討するものである。
本研究では以下の2点を明らかにすることを狙った。(1)マスト細胞の表面Fc_RI発現量の増加を引き起こしうる因子として判明した免疫グロブリン(IgE)、サイトカイン(IL-4)は、まったく異なるカテゴリーの分子であり、そのFc_RI発現増加作用は異なる機序で発揮されると予測される。このような機序の多様性を明らかにする。(2)前項で提示されたアレルギー増悪ループのうちで、近年新たに判明した2段階、すなわちIgEによるFc_RI発現増加および、Fc_RI発現の増加したマスト細胞の機能増強が、様々な因子(サイトカインや免疫抑制剤など)によりどのように修飾されうるかを明らかにする。本研究により、増悪しつつあるアレルギー反応(特に、反応を惹起させるIL-4とIgEがすでに存在して、増悪ループに入りつつある状態、たとえば喘息発作を想定)のメカニズムを明らかにするとともに、増悪ループを対象とした新たな治療戦略を開くことが期待される。また、既に行われつつある方法、すなわち、IgEの産生を抑制してアレルギー改善をねらうアプローチとの組合せにより、強力なアレルギー治療戦略の確立を目標としている。
研究方法
細胞は、マウスの腹腔マスト細胞(PMC) および骨髄由来培養マスト細胞(BMCMC)を主に用いる。Fc_RI発現は、IgEで感作後、FITC-抗IgE抗体を結合させ、flow cytometryを用いて半定量的に測定する。flow cytometryを用いた測定は既に我々が確立している。・IgE,IL-4のFc_RI発現増加作用の比較。各種マスト細胞をIgE,IL-4の組み合わせで培養してから表面Fc_RI発現を検討する。・Fc_RI発現をステロイド剤が制御しうるかを検討する。ステロイド剤がFc_RI発現を減少させる場合には、それがmRNA発現抑制によるのかをRT-PCRで検討する。・ステロイド剤がFc_RI発現を低下させる場合、それがin vivoでも誘導しうる現象であるかをマウスにステロイド剤を投与して検討する。・Fc_RI発現量の異なるマスト細胞機能の制御。BMCMCをIgE、IL-4の存在下あるいは非存在下で培養したのちに刺激して、ヒスタミンとサイトカイン遊離を測定する。これらの検討で何らかの変化を認めた際には、ステロイド剤などの免疫抑制剤の影響も検討する。
結果と考察
マウスのマスト細胞としてBALB/cおよびC57B6マウスから採取した腹腔マスト細胞を用いて、IgE、IL-4、およびステロイド剤を添加し、細胞表面のFc_RI発現を検討し、次の結果を得た。IgEは、既に報告したように、マスト細胞のFc_RI発現を増加させるが、IgEの非存在下では腹腔マスト細胞の培養経過中、Fc_RI発現は徐々に減少する。それに対し、IL-4は、Fc_RI発現に与える影響はIgEに比べて少ない。IL-4単独ではFc_RI発現をほとんど変化させず、IgEとの共存下ではじめてIgE単独と比べてFc_RI発現をやや増加させるにとどまる。
一方、ステロイド剤dexamethasoneを添加すると、マウス腹腔マスト細胞のFc_RI発現は抑制される。Dexamethasoneの作用は、時間および濃度依存的である。Dexamethasoneの存在下で1日の培養でFc_RI発現減少は明らかとなり、2日間培養後にはFc_RI発現はほぼ半減する。また、Fc_RI発現減少をもたらすdexamethasone濃度は、10 nMあるいはそれ以上の濃度であり、この濃度は、dexamethasoneがアレルギー性炎症細胞である好塩基球の脱顆粒や遊走を抑制する濃度とほぼ一致している。
マウス骨髄由来培養マスト細胞を用いた結果として、dexamethasone 10および100 nMを添加するとFc_RI発現が抑制される。腹腔マスト細胞と比べると、dexamethasoneの作用発現は急速で、16時間培養後に既にFc_RI発現は半減した。
dexamethasoneがin vivoでマスト細胞、好塩基球のFc_RI発現を制御するかを検討した。Dexamethasone 2 mg/体重kg/日を2日間投与し、翌日腹腔マスト細胞および骨髄好塩基球のFc_RI発現を検討したところ、両細胞ともに、Fc_RI発現の減少傾向を認めた。なお、この実験においては、dexamethasoneが細胞への直接作用としてFc_RI発現を減少させる以外に、血液中のIgEやサイトカインの濃度を変化させることで、間接的にFc_RI発現を制御することも想定されるので、直接作用と断定することはできないにしろ、ステロイド投与が短期間にFc_RI発現をin vivoで抑制することが示された。。
マウス骨髄由来培養マスト細胞において、dexamethasoneがFc_RI発現を減少させるメカニズムを調べるため、RT-PCRによる検討を現在行っているところである。Fc_RI_,_,_各鎖のPCRプライマーを既に決定したところであり、純度の高い培養マスト細胞を調整中(細胞の培養に必要なIL-3の調整に手間取ったためまず前々項の実験を先に施行した)である。
Fc_RI発現変化やステロイド処理を行ったマスト細胞の機能を検討する実験は、前項よりもさらに多数の細胞を必要とするので、細胞が調整できた時点で、前項の実験と同時に行う予定である。
結論
本研究により、マスト細胞のFc_RI発現を制御する因子としてIgEが最も重要であることを確立するとともに、ステロイド剤がマスト細胞のFc_RI発現を抑制するとの知見を得た。これらはアレルギー疾患の病態の理解に重要であるとともに、Fc_RI発現がアレルギーの治療のターゲットとなりうることを示すものである。今後ステロイド剤によるFc_RI発現抑制がいかなる機序でもたらされるか、およびFc_RI発現がステロイド剤だけでなくどのような因子または薬剤によって制御調節されうるかを明らかとすることは、アレルギー疾患の治療の新たな戦略の開発のために重要と考えられる。また、ステロイド剤が臨床的にアレルギー治療において有効である機序の1つとしてFc_RI発現に対する抑制作用が関与しうることが推定された。

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