血管増殖眼疾患における新しい血管新生機構の解明と診断法・遺伝子治療への応用

文献情報

文献番号
199800062A
報告書区分
総括
研究課題名
血管増殖眼疾患における新しい血管新生機構の解明と診断法・遺伝子治療への応用
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
高木 均(京都大学大学院研究科視覚病態学)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
増殖糖尿病網膜症や加齢性黄斑変性症などの眼内血管増殖疾患では病的血管新生が起こり、新生血管からの出血、透過性亢進、新生血管膜収縮による牽引性網膜剥離が主病態である。このような眼内血管新生のメカニズムとして虚血や血管内皮増殖因子(Vascular endothelial growth factor; VEGF)による調節が重要であることが明らかとなってきた。また、従来、眼内における血管増殖は既存の隣接血管内皮細胞の増殖、遊走、管腔形成によりおこるangiogenesisとされてきたが、最近、成人の末梢血中に血管前駆細胞が存在し、虚血性血管新生部位において胎生期と同様なvasculogenesis typeの血管新生に寄与していることが報告された。本研究ではこのような虚血性・VEGF依存性血管新生を調節する分子機構を解明するとともに、これを用いたより限局的な抗血管新生遺伝子治療法を可能とするために眼内血管増殖疾患患者眼においてvasculogenesisを応用した遺伝子導入が可能であるか検討した。VEGF依存性血管新生を調節すると考えられるレニン・アンジオテンシン機構やアンジオポイエチン(Ang)の網膜微小血管系における調節機構を明らかにすることを第一の目的とした。さらに、血管増殖のメカニズムがあまり理解されていない老人性黄斑変性症においてVEGF・Angやこれらを調節するサイトカインによる脈絡膜血管新生の詳細な分子機構を解明することを目的とした。このようにして明らかになった分子機構を応用して眼内血管増殖疾患患者血管新生部位に限局的に治療を行うためにvasculogenesisが実際の眼内血管増殖疾患で存在するかどうかを摘出脈絡膜新生血管膜と増殖性糖尿病網膜症の血管増殖膜を用いて検討した。
研究方法
(1)培養ウシ周皮細胞を用いて、アンジオテンシン-II(AII)刺激によるVEGFの分泌増加をNorthern blot解析や免疫沈降法などの分子生物学的手法にて検討し、またAII刺激に反応するVEGFのpromoter 領域をルシフェラ-ゼアッセイにより同定した。
(2)培養ヒトRPEを用い、炎症性サイトカインIL-1bやTNF-a刺激によるVEGFの分泌増加をNorthern blot解析にて検討し、摘出脈絡膜新生血管膜にてIL-1bやTNF-aの分泌細胞を二重染色法にて同定した。
(3)培養ウシ血管内皮細胞を用い、VEGF刺激や低酸素によるAng-Tie2系の発現制御をNorthern blot解析、免疫沈降法により検討した。さらに低酸素刺激による発現制御をin vivoで検討するため、マウス虚血性網膜血管新生モデルを作成し、in situ hybridization法を行った。
(4) アンジオポイエチン-1(Ang-1),アンジオポイエチン-2(Ang-2)とTie2の発現部位を脈絡膜新生血管膜で免疫組織化学的に検討した。
(5)眼内血管新生疾患において循環血液中の血管内皮前駆細胞が血管新生に関与する可能性を検討するため、血管内皮前駆細胞が発現する細胞マ-カ-が新生血管組織中の血管内皮細胞に発現されているかを検討した。増殖性糖尿病網膜症、老人性黄斑変性症近視性新生血管黄斑症、特発性新生血管黄斑症、網膜色素線条を対象疾患とし、硝子体手術で摘出したこれら疾患の血管新生膜組織について、内皮細胞のマ-カ-であるCD34, CD31 (PECAM-1), von Willbrand factor, Flk-1, VE cadherinに対する各抗体で免疫組織化学的染色を行った。
結果と考察
(1)AIIは周皮細胞のVEGF分泌を刺激し、この作用はVEGFのpromoterのAP-1領域を介するものであった。この転写調節機構を制御することにより内皮細胞にパラクラインに働くVEGFを抑制し血管増殖治療法となる可能性が示唆される。
(2) IL-1bとTNF-aはともにin vitroでRPEのVEGF分泌を刺激し、摘出脈絡膜新生血管膜ではマクロファ-ジとRPEがこれら炎症性サイトカインを分泌していた。マクロファ-ジが分泌するIL-1bやTNF-aがRPEでVEGFを誘導するメカニズムが示唆され、虚血眼内血管新生疾患と異なり、低酸素誘導が主因ではない老人性黄斑変性症においてはこれらの炎症性サイトカインを抑制する治療法が有効がある可能性が示唆された。
(3)血管内皮細胞では、VEGF刺激と低酸素がともにAng-Tie2系の中でAng-2のみを選択的に発現増強させた。また、in vivoではマウスモデルを用いた虚血性網膜血管新生において、Ang-2の著明な発現増強が確認された。これらの条件下において、Ang-2が血管新生に関与する可能性が示唆された。
(4)摘出脈絡膜新生血管膜においてRPEはAng-1よりもAng-2を強く発現していた。新生血管では殆どの血管細胞がAng-2を発現するのに対し、Ang-1は一部の血管細胞でしかみとめられなかった。Ang-2がAng-1に対して相対的に優位な状況が脈絡膜血管新生疾患の背景にあると考えられ、Ang-2を抑制することにより、これら疾患における血管新生を抑制出来る可能性が示唆された。
(5)硝子体手術により摘出した眼内血管新生膜組織における血管内皮細胞マ-カ-の検討では、抗CD34抗体は抗von Willbrand factor抗体とほぼ同様に多くの新生血管を検出した。しかし、抗CD31抗体、抗Flk-1抗体、抗VE cadherin 抗体は前2者と比較し検出された新生血管数が減少した。循環血液中のCD34陽性血管内皮前駆細胞は分化に従い、他の内皮細胞マ-カ-を発現増強することが報告されている。したがって今回検討した組織の中でCD34陽性内皮細胞群の中でFlk-1, CD31, VE cadherinが陽性あるいは陰性の血管が観察できたことは、内皮細胞の分化程度の相異を示唆するものであり、これはすなわち眼内血管増殖組織における内皮細胞in situな分化過程を表していると考えられる。
結論
以上の研究より糖尿病網膜症においては周皮細胞でAIIにより誘導されるVEGFが血管新生に関与する可能性が示唆され、その転写調節領域を制御することにより血管新生を抑制できる可能性が示された。脈絡膜血管新生疾患においては主としてマクロファ-ジが分泌する炎症性サイトカインであるIL-1bやTNF-aの抑制、またRPEから分泌されるAng-2の抑制を図ることにより、血管新生が抑制される可能性が示された。虚血性網膜血管新生においては、低酸素やVEGF刺激下で発現増強するAng-2を抑制することにより血管新生を抑制しうる可能性が示された。血管内皮前駆細胞が脈絡膜新生血管膜や増殖性糖尿病網膜症の血管増殖膜で見出されたことは、循環血液中のCD34陽性血管内皮前駆細胞に上述のサイトカインを抑制する遺伝子を導入することによりin vivoに高い特異性で選択的に新生血管をtargetとした血管新生抑制治療が可能となりうることを示唆していると考えられる。

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