ミトコンドリアからみた薬剤性感音難聴の発症機構、予防の研究

文献情報

文献番号
199800060A
報告書区分
総括
研究課題名
ミトコンドリアからみた薬剤性感音難聴の発症機構、予防の研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
大島 猛史(東北大学)
研究分担者(所属機関)
  • 菊地俊彦(東北大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
4,700,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
シスプラチンは抗ガン剤として広く使用されているが、その副作用として感音難聴が治療後のQOLに大きな影響を及ぼしている。薬剤性難聴の副作用の機序は不明であるが、その解明、治療、予防はトピックスであり、国内外で精力的に研究されている。今回の研究は、薬剤投与によるミトコンドリア機能異常に着目し、難聴へと至る過程を解明することを目的とする。
研究方法
シスプラチンを投与した動物および正常対照動物(ラット、スナネズミ)で聴性脳幹反応、歪成分耳音響放射を用いて聴力の低下を確認した後、以下の点について検討した。
(1)シスプラチンによる蝸牛ミトコンドリア遺伝子障害の有無
シスプラチン4mg/kg/dayを5日間投与後の翌日、蝸牛、骨格筋、血液を採取しDNAを抽出した。加齢、ある種の遺伝性難聴に伴って出現する約5kbpの欠失変異をPCR法で検出を試みた。検出できた場合、競合的PCRで定量することとした。
(2)蝸牛組織でのアポトーシス関連蛋白の発現の変化とDNA断片化
動物(シスプラチン4mg/kg/dayを5日間投与)を4%パラホルムアルデヒドで潅流固定後、内耳を脱灰しパラフィン切片を作製した。抗Bcl-2, Bax抗体で染色し、ラセン神経節、コルチ器、血管条の染色性を正常動物と比較検討した。アポトーシスの一つの指標となるDNA断片化はTUNEL法で行い、陽性細胞数を計測した。
次に難聴患者末梢血からのミトコンドリア遺伝子変異(難聴と関連があるA1555G, A3243G変異)の有無を検討した。薬剤性難聴を含む難聴患者、聾唖者を対象とした。PCRで増幅したDNA断片を制限酵素で消化し、その切断の有無で変異の有無をスクリーニングした。
シスプラチン以外の薬剤(アミノグリコシド、利尿剤)の内耳に対する影響を組織学的に検討した。
結果と考察
シスプラチンを投与されたスナネズミの蝸牛でまずTUNEL法によるDNA断片化を検討した。TUNEL陽性細胞は外有毛細胞、内有毛細胞、およびその周辺の支持細胞にみられたほか、血管条、ラセン神経節にも認められた。同時に抗Bcl-2, Bax抗体で染色性を正常対照動物と比較したところ、シスプラチンを投与された動物では、Bcl-2の発現量が減少し、Baxの発現量が増加することがわかった。シスプラチン投与により蝸牛では外有毛細胞だけでなく広汎にアポトーシスが引き起こされ、これが難聴の原因となっていることが推察された。アポトーシスとミトコンドリアは密接な関係があることが知られているが、これがミトコンドリアの遺伝子レベルで関係しているのかどうかを約5kbpの欠失変異の出現をみることにより検討した。シスプラチン4mg/kg/dayを5日間投与後の翌日では、蝸牛、骨格筋、血液いずれからも欠失変異は検出できなかった。このことから、少なくともシスプラチンの短期間の曝露ではそれにより難聴をきたしたとしても、ミトコンドリア遺伝子に明らかな障害を与えないと考えられる。
東北大学附属病院耳鼻咽喉科外来の両側性感音難聴患者100例の中から3例にA3243Gが見いだされた。聾唖者46例の中からA1555Gが5例に見つかった。この中でも2例はその病歴からアミノグリコシド投与による難聴と考えられ、ミトコンドリア遺伝子と薬剤性難聴との関連を示す所見であった。
シスプラチン投与により主に外有毛細胞が脱落することは多くの研究から明らかな事実である。しかし、シスプラチン投与により蝸牛が広汎にアポトーシスをきたすことから、シスプラチンが外有毛細胞に直接的に働くのではなく蝸牛内の他の部位の障害により2次的にコルチ器の障害が起きる可能性も十分に考慮する必要があると考えられる。
結論
シスプラチンをはじめとする薬剤性難聴は蝸牛組織のアポトーシスを伴う機能低下によることが明らかとなった。今後は、耳毒性薬剤によりアポトーシスを誘導する機序を解明していかなければならない。そのとき、ミトコンドリアの機能異常が非常に大きく関わってくるのではないかと考えている。この研究が薬剤性難聴の治療、予防に繋がっていくと期待される。

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