ウイルス及び宿主転写活性化因子の共働阻害剤によるエイズ発症制御

文献情報

文献番号
199800059A
報告書区分
総括
研究課題名
ウイルス及び宿主転写活性化因子の共働阻害剤によるエイズ発症制御
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
古石 和親(熊本大学薬学部)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
4,950,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ウイルス転写活性化因子HIV-1 Tat及び細胞の転写活性化因子NF-?Bを同時に阻害し、エイズ発症を制御することを目的として、両タンパク質の活性チオール基に注目し、o,o'-bismyristoyl thiamine disulfide(BMT)を創製し、各種HIV-1ウイルス株に対する抗HIV活性を調べ、その作用機序を明確にする。また、臨床応用を指向して、エイズモデル動物を用いて、その抗エイズ作用を検討する。
研究方法
1)BMTのHIV-1臨床単離株に対する抗HIV効果。HIV-1臨床単離株(T-リンパ球指向性株及びマクロファージ指向性株)は、熊本大学エイズ学研究センター 松下修三教授より恵与頂いた。健常人末梢血リンパ球(PBMC)を常法に従い調製後、3日間PHAまたは抗CD3抗体存在下培養した細胞を感染実験に用いた。HIV-1臨床単離株を、あらかじめBMT共存下インキュベーション後、PHA刺激PBMCに感染させた。4~14日間培養後、巨細胞形成、間接蛍光抗体法、p24抗原量、逆転写酵素活性を測定し、ウイルス産生阻害活性を判定した。2)細胞性転写活性化因子NF-?Bに対するBMTの影響。感染細胞核内タンパク質を抽出後、核内NF-?Bをウエスタンブロット分析及びNF-?B結合モチーフを持つオリゴヌクレオチドを用いたElectro mobility shift assayによりDNA結合活性を測定し、NF-?B阻害活性を測定した。3)ウイルス性転写活性化因子HIV-1 Tatに対するBMTの影響。COS-7細胞にアクティベーター(pBC12/HIV/Tat)及びリポーター(pBC12/HIV/SeAP)両プラスミドをLipofection法によりトランスフェクションし、HIV-1 Tatの転写活性を評価した。4)BMTの薬剤学的所見検討。雄性DDYマウスに対し、BMTを腹腔内投与し、投与後7日間観察し、LD50を算出した。また、ラットに1/40LD50のBMTを腹腔投与し、血中濃度、リンパ液中濃度を測定した。5)サルエイズに対するBMTの抗エイズ作用。国立予研筑波霊長類研究センター向井鐐三郎博士の協力により、SIV感染アカゲザルに対するBMTの抗エイズ作用を、BMT(LD50の1/40量)を24時間毎に皮下注射し、3日毎に採血して、血中ウイルス量、CD4-リンパ球数、サル血液の生化学的検査を行い、抗エイズ作用を判定した。
結果と考察
1)BMTのHIV-1臨床単離株に対する抗HIV効果。各種HIV-1ウイルス実験室株に対するBMTの抗HIV作用を、ウイルス感染価及びp24抗原定量により測定した。その結果、CEM/LAV-1細胞から産生される娘ウイルスの感染価(50 % tisuue culture infectious dose, TCID50)は、コントロール群において1 x 106 TCID50/mlであるのに対し、BMT処理群では、ウイルス感染価は著しく減少し(100 ?M、5.0 x 102 TCID50/ml)、最小有効濃度は1?Mであった。また、simian immunodeficiency virus (SIV)持続感染細胞Hut78/SIVmac251細胞(コントロール、1 x 104 TCID50/ml)においても同様に、ウイルス感染価は著しく減少した(100?M、5.0 x 102 TCID50/ml)。また、BMTは、SIV持続感染細胞CEM174/SIVmac251においても、抗ウイルス活性を示し、その50 % 阻害濃度は26.4?Mであった。HIV-1臨床単離株X4 ウイルス(KMT)及びR5ウイルス(KMO)に対するBMTの抗HIV活性をPBMCを標的細胞に用い調べた結果、KMT株に対し、最小有効濃度25?Mで多核巨細胞形成を阻害した。また、同様にMN株に対し、最小有効濃度12.5?Mで多核巨細胞形成を阻害した。KMO株は、primary isolateでありウイルス産生量が少ないためp24抗原量に有意な差が認められなかった。JRFL株では、p24抗原量の顕著な減少を示し、そのIC50は、14.7?Mであった。2)NF-?B活性に対するBMTの影響。PMA刺激以前の細胞において、細胞質全体にNF-?Bが局在している形態が観察された。非処理ACH-2細胞において、PMA刺激4時間後の細胞で、NF-?Bが核に局在している形態が確認された。これに対し、BM
T処理ACH-2細胞では、PMA刺激4時間において核ではなく細胞質、細胞膜近傍にNF-?Bが局在している形態が観察された。さらに、Electro mobility shift assayにより、BMT処理したHIV-1持続感染細胞CEM/LAV-1の核タンパク質中に含まれるNF-?BのDNA結合活性を測定した結果、BMT処理細胞から得られた核タンパク質のNF-?Bプローブに対する結合活性は、濃度依存的に有意な減少が認められ、500?M以上の濃度では完全に阻害した。3)ウイルス性転写活性化因子Tatタンパク質に対するBMTの影響。HIV-1 Tat転写活性をSeAP法により測定した結果、BMTは、Tatの転写活性化能を100?Mにおいて44.9%、250?Mにおいて95.1%阻害した。Tatタンパク質発現COS-7細胞内のTatタンパク質を検出した結果、BMT処理群、コントロール群においてTatタンパク質が検出され、発現量に差は認められなかった。間接蛍光抗体法を用い、Tatタンパク質の細胞内局在をLSC分析した結果、コントロール群ではTatタンパク質が核に局在する形態が観察されるのに対し、BMT処理群では、Tatタンパク質が核に局在する形態は全く観察されなかった。4)BMTの薬剤学的所見検討。雄性DDYマウス(体重25~30g)に対し、BMTを腹腔内投与し、投与後7日間観察し、LD50を算出した結果、630 mg/kg i.p.、信頼限界は、496~800 mg/kg (p=0.05)であった。マウス及びラットに1/40LD50のBMTを腹腔投与し、血中濃度及びリンパ液中濃度を測定した結果、ともに投与後4時間で最大値を示し、濃度はそれぞれ1.31?M及び2.82?Mであった。5)AIDS動物モデルを用いたin vivo実験を国立感染症研究所との共同研究により、現在進行中である。これまで得られた結果では、BMTをエイズ発症サルに皮下注射(32 mg/kg, 1日2回接種)投与した結果、投与2週間後からCD4陽性細胞の増加と血液中のウイルス量の著しい低下が認められ、投与後3週間目からウイルスは検出限界以下に低下したことから、サルエイズに対して有効であることが示唆された。(考察)BMTは、すでに医薬品として承認されているThiamine disulfide(TDS)にミリスチン酸2分子を導入した化合物で、スーパーコンピューターを用いたMOPAC PM3法による立体構造解析の結果、TDSのジスルフィド結合が、trans formであるのに対し、BMTでは、90度ねじれたcis formをとっていることが予測された。この立体構造により、BMTの酸化還元電位は、NADPH、グルタチオン(GSH)、?-lipoic acidよりも高いことが明かとなっており、ジスルフィド基がより活性の高い状態であると考えられる。従って、BMTは、その活性の高いジスルフィド結合により、チオレドキシンによるNF-?Bのレドックス制御、あるいは直接NF-kBの機能領域にあるシステイン残基に作用し、NF-?B p50のシステイン残基の還元を阻害し、核移行、DNA結合を抑制すると考えられる。同様にBMTは、Tatタンパク質のZn-finger領域のシステイン残基を標的としており、変異株が出現したとしても、この領域のシステイン残基の置換変異は、Tatの転写活性化能の減少をもたらすことが報告されている。BMTのようなTatタンパク質の機能領域であるZn-finger領域システイン残基のチオール基を標的とする化合物は、耐性出現を許容しない難耐性抗HIV剤として期待される。
結論
BMTは、細胞性転写活性化因子NF-?Bの核移行阻害及びHIV-1転写活性化因子Tatの転写活性阻害によりHIV-1プロウイルスの転写を抑制し、種々のHIV-1ウイルス株に対し抗HIV作用を示した。また、SIV感染アカゲザルを用いたin vivo実験により、臨床応用が可能であることが示唆された。しかしながら、本剤は、水に対し不溶性であるため、臨床使用されている他の抗HIV剤と比較して、最小有効濃度が高いことが指摘される。現在、溶解補助剤として、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油(60)を使用していが、有効濃度を低下させるためには、溶解補助剤の検討ならびに新規BMT誘導体の開発を進める必要があると考えられる。また、他の抗HIV剤との併用による相加的・相乗的な抗HIV作用の検討も、今後の重要な課題である。

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