細胞性・体液性免疫を誘導するアジュバント設計と感染症に対する新規予防・治療戦略の開拓

文献情報

文献番号
199800057A
報告書区分
総括
研究課題名
細胞性・体液性免疫を誘導するアジュバント設計と感染症に対する新規予防・治療戦略の開拓
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
堤 康央(大阪大学薬学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 中川晋作(大阪大学薬学研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年猛威を奮っている新興・再興感染症に対する治療戦略として、ワクチン療法が特に注目されている。しかし、従来までの単なる抗原投与によるワクチン療法では、抗原がendocytosis経由によりendosome内に取り込まれ、外来性抗原として認識されてしまい、体液性免疫しか誘導できないため、自己感染細胞を効率よく排除することは困難であった。そのため現在のワクチン戦略により、エイズなどの新興・再興感染症を予防・治療しようとすることは、現状が物語っているように殆ど不可能と言える。一方生体の自己病態細胞排除機構を担う細胞障害性T細胞を介した細胞性免疫は、抗原提示細胞質内に存在する抗原が内在性抗原として、MHCクラスIと共に提示されることで誘導される。従って新興・再興感染症の予防・治療を目的とした次世代ワクチン療法を開発するためには、まず細胞を傷つけることなく、100%の効率で細胞質中に抗原分子を直接導入でき、かつ抗原分子を内在性抗原として細胞に認識させ得るデバイスの開拓が要求されてくる。即ち体液性免疫のみならず、強力な細胞性免疫をも同時に誘導し得るアジュバンドの設計が必須となってくる。この点最近我々が先駆けて開発した膜融合リポソームは、全ての細胞内に安全かつ効率よくいかなる物質でも直接導入できることから、最も理想的な細胞内物質導入法を考えた場合、現存する唯一のデバイスである。以上本研究は、膜融合リポソームをアジュバントとして粒子設計することで、種々感染症に対する次世代の予防・治療戦略を提示しようとするものである。
研究方法
膜融合リポソームの細胞質内への物質送達能は、ジフテリアトキシンA鎖をマ-カ-蛋白質として評価した。膜融合リポソームのワクチン用アジュバントとしての有用性評価は、OVA特異的CTLの誘導、OVA特異的抗体誘導などを指標に検討した。
結果と考察
サブユニット/ペプチドワクチンは、外来性抗原であるが故に細胞性免疫の誘導能に乏しいという致命的欠点を有している。特に、ペプチドワクチンはMHC分子に結合することのできる抗原エピトープのみを用いているため、エンドサイトーシス経路で取り込まれた際、エンドソーム内で未知の分解をごくわずかでも受けてしまった場合には、MHC class I 分子を介した抗原提示は著しく減少してしまうことになり、CTLを誘導するようなワクチン効果は殆ど期待できない。本研究では、この問題を解決すべく、封入物質を効率よく細胞質中に直接導入することができる膜融合リポソームのワクチンへの応用を試みた。その結果、膜融合リポソームにより細胞質中に導入された抗原は、MHC class I 分子を介して抗原提示されることが判明した。さらに、膜融合リポソームによる抗原のMHC class I 抗原提示経路への送達は、膜融合リポソームの膜融合活性に依存しており、膜融合により直接抗原を細胞質内に導入するというプロセスが重要であることも確認された。in vivo におけるアジュバント効果についても、in vitro における結果を反映して、本リポソームが陰電荷脂質を構成脂質としているにも関わらず、CFAをも上回るCTL誘導能が確認された。このように外来性抗原をMHC class I 分子を介して抗原提示させるアプローチは、抗原結合ラテックスビーズ、抗原を発現させた大腸菌、pH感受性リポソームなど、このほかにも多くの報告があるものの、その殆どがエンドサイトーシス経路を経た抗原提示であるため、抗原としてペプチドを用いた際においては、エンドソーム内での未知の分解が懸念される。また in vitro において浸透圧法やエレクトロポレーション法を利用して、抗原を直接細胞質中に導入する方法も存在
するが、これらの方法は生体内に投与する方法としては非現実的であり、いずれも冒頭で示した問題を解決し得るアプローチではない。従って膜融合リポソームは、現在のところ抗原を直接細胞質中に導入し、MHC class I 抗原提示させ、CTLを誘導し得るアジュバントとなり得る唯一の候補であると言えよう。今後は、ペプチドを用いた際の効果の検討や膜融合リポソーム自身の副作用の検討など、未解決な問題を抱えてはいるものの、センダイウイルスがヒトに対して病原性を示さないことや、膜融合リポソームが完全に不活化処理をしたセンダイウイルスを用いて作製していることなどから、副作用なくCTLを誘導できるアジュバントとして、その臨床応用が今後大いに期待されるところである。さて、センダイウイルスやインフルエンザウイルスなどのウイルスのエンベロープ蛋白質は、高い免疫原性を有していることが知られているが、これらは効率よくAPCに取り込まれていることに起因していると予想される。これは、センダイウイルスのエンベロープ蛋白質を有する膜融合リポソームが、通常のリポソームよりもAPCに取り込まれやすく、体液性免疫をも増強し得る可能性を示唆している。事実、本研究において膜融合リポソームは、未修飾リポソームと比較して高い体液性免疫誘導能を示した。また、その効果は膜融合リポソームに封入されていることが必要不可欠であることから、本効果は、抗原の生体内挙動を膜融合リポソームによって制御することにより得られたことが示唆された。膜融合リポソームによる体液性免疫誘導増強の作用機序は明かではないが、膜融合リポソームに封入することにより、本リポソームが陰電荷脂質を構成脂質としているにも関わらず、抗原がAPCに取り込まれ、効率よくMHC class II分子と共に抗原提示された結果、体液性免疫が誘導されたものと推測される。この際の抗原提示機構については少なくとも二つの可能性が考えられる。1つ目は、従来から知られているStandardな経路によるMHC class II 抗原提示が効率よく行われた結果、体液性免疫が誘導されるというものである。すなわち、膜融合リポソームの膜表面に存在するセンダイウイルス由来のHN蛋白質は、細胞表面上のシアル酸を認識・結合することから、in vivo おいても、膜融合リポソームがAPCに積極的に結合し得ることが予想される。そのため、抗原封入膜融合リポソームがAPCのファゴサイトーシスによる取り込みが上昇し、Standardな経路によるMHC class II 抗原提示が効率よく行われた可能性が考えられる。一方、StandardなMHC class II 抗原提示経路によらない抗原提示の影響も考慮する必要がある。一般に、細胞質中に存在する内在性抗原はMHC class I 分子によって補足され、外来性抗原はライソゾーム酵素によって分解されてMHC class II 分子によって補足されることで、抗原提示されると考えられている。しかし近年、MHC class II 分子を介する抗原提示は、外来性抗原のみならず、内在性抗原についても行われることが明らかとなってきた。この事実は、膜融合リポソームの「封入抗原を細胞質中に直接導入する」という機能が、効率よく内封抗原をMHC class II 抗原提示経路に送達した結果、体液性免疫誘導増強につながった可能性を示唆するものである。しかしながら、これら抗原提示経路については、未だ不明な点も多く、今後そのメカニズムを詳細に検討する必要がある。最後に膜融合リポソームのimmunomodulatorとしての機能を検討した。感染能を失ったセンダイウイルスやセンダイウイルスのエンベロープ蛋白質は、各種免疫担当細胞に対し、immunomodulatorとして作用し得ることが知られている。その事実を反映して、膜融合リポソームはリンパ球増殖促進作用があることが確認された。従って、膜融合リポソームのアジュバント効果には、自身のimmunomodulatorとしての機能もその一端を担っている可能性が示唆された。
結論
膜融合リポソームは、in vitro において直接封入抗原を細胞質中に導入し、MHC class I 抗原提示経路に送達することが可能であった。また in vitro における膜融合リポソ
ームの抗原送達能を反映して、膜融合リポソームはフロイント完全アジュバントよりも強い細胞傷害性T細胞誘導能を示した。さらに膜融合リポソームは、細胞傷害性T細胞のみならず抗体産生の誘導能をも示した。本効果が、抗原を膜融合リポソーム中に封入した際においてのみ誘導されたことから、リポソームにセンダイウイルス由来のエンベロープ蛋白質を付与し、センダイウイルスの生体内挙動を模倣させること、すなわち抗原の生体内挙動を制御することが重要であることが示唆された。

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