細胞周期制御蛋白の発現制御によるヒト造血幹細胞制御技術の開発の研究

文献情報

文献番号
199800051A
報告書区分
総括
研究課題名
細胞周期制御蛋白の発現制御によるヒト造血幹細胞制御技術の開発の研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
浅田 穣(国立小児医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 山田孝之(国立小児医療研究センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
血球の分化、増殖、細胞死におけるp21Cip1/WAF1の役割を明らかにし、これを利用して造血細胞のin vitroにおける増幅系を確立し、バイオ血球などによる骨髄移植系への応用をはかる。
研究方法
末梢血単球の二重染色サイトスピン標本をアセトンで固定し、抗p21ウサギ抗体および抗CD14マウス抗体を同時に反応させた。ビオチン化抗ウサギ・羊IgGを反応させ、次にローダミン標識ストレプトアビジンと反応させた。よく洗った後、内因性アビジン・ビオチンブロッキングキット(ニチレイ)を用いて、フリーのビオチン、アビジンを中和した。その後、ビオチン化抗マウス・ウサギIgGを反応させ、次にFITC標識アビジンと反応させた。染色した標本は、蛍光顕微鏡(オリンパスBH2)により観察した。アポトーシスの解析DNA含量が2倍体より減少した集団をアポトーシスを起こした細胞として評価した。ミトコンドリア膜電位の解析は、細胞を37 ℃、15分間、40nM DiOC6(3)中でインキュベートし、FACSortを使用してフローサイトメイター法により解析した。キナーゼ活性測定
細胞より細胞蛋白質を抽出し、抗SAPK/JNK抗体、あるいは抗ASK1血清をもちいて、免疫沈降を行った。キナーゼ活性の測定は、得られた免疫沈降物を 洗浄液I(500 mM NaCl, 20 mM Tris-HCl pH 7.5, 5 mM EGTA, 1% Triton-X-100, 2 mM DTT, 1 mM PMSF)、次に洗浄液II(150 mM NaCl, 20 mM Tris-HCl pH 7.5, 5 mM EGTA, 2mM DTT, 1 mM PMSF)により洗った後、キナーゼ緩衝液(20 mM Tris-HCl pH 7.5, 10 mM MgCl2, 5 mM MnCl2, 1mM DTT)に懸濁し、50 mM ATPおよび10 mCi g-32P ATPを加え、ATF2(SAPK/JNK)、あるいはGST-MKK6(ASK1)を基質として、30 ℃で30分間反応させた。 
GFP融合p21発現ベクターの作成と発現の解析p21cDNA の種々の部分をPCR法により増幅しpEGFPCベクターにクローニングした。これらのGFP融合p21発現ベクターを293細胞やHeLa細胞にエレクトロポレーションにより導入し、蛍光顕微鏡〔オリンパスBH2〕によりGFP融合p21蛋白の発現および細胞内局在を観察した。アデノウイルスベクターへのp21の挿入pGEM-p21プラスミドを制限酵素Hind IIIにより消化し、p21cDNA断片を調整した。p21cDNA断片はDNA Blunting Kit (Takara)を用いて末端を平滑化し、精製した。コスミドベクターを制限酵素SwaIで完全に消化精製し、精製したp21cDNA断片を加え、エタノール沈殿を行った。p21cDNA断片とコスミドベクターをライゲーション反応により結合させた。産物をエタノール沈殿し、インサートをもたないコスミドの出現を抑えるために再び制限酵素SwaIにより切断した。λパッケージングキットでパッケージングを行ったのち、大腸菌に感染させた。アンピシリンを含む寒天プレートに播き、37 ℃で一晩培養した。得られたコロニーより、コスミドDNAの調整を行った。目的とするp21インサートの入ったコスミドクローンを選択するために'アデノ落としプラスミド'法により、インサートの配列および向きを確認した。アンチセンスp21、NLS欠損p21の入ったコスミドを常法により大量調整した。
結果と考察
我々は単球が細胞周期阻害因子p21を細胞質に発現しており、さらに細胞質に細胞周期阻害因子p21を発現すると細胞がアポトーシス抵抗性を獲得することを世界で初めて示した。前年度の我々の実験結果から細胞分化を誘導するためには細胞周期阻害因子p21Cip1/WAF1が核において発現することが必要であることを示した。核においてp21Cip1/WAF1はサイクリン/CDK複合体と結合してG0/G1細胞周期停止を来す。それでは、細胞質p21はどのようなメカニズムでアポトーシスを阻害するのだろうか。p21Cip1/WAF1を細胞質に発現している分化したU937細胞は、過酸化水素、セラミド、およびTNFといった酸化的ストレスに対してアポトーシス抵抗性を示した。様々な刺激により細胞にアポトーシスが誘導される際、最初のスイッチは、それぞれの刺激の特異性により異なっており、プライベート経路とよばれている。しかし、アポトーシスは、最終的には共通の経路をたどり、細胞質凝縮、DNAの断片化、細胞膜変化を遂げる。過酸化水素の刺激は細胞内で活性酸素産生、 SAPK/JNKの活性上昇といった、プライベート経路をたどり、ミトコンドリアの膜透過性亢進、caspaseの活性化という共通経路に入りアポトーシスを誘導すると考えらる。p21Cip1/WAF1によるアポトーシスの抑制は、 SAPK/JNKやcaspaseの活性化阻止、ミトコンドリアの膜透過性亢進抑制、といったメカニズムで説明できるが、p21Cip1/WAF1の細胞内局在とSAPK/JNK活性化の有無とよく相関していた。これらの結果は、細胞質局在p21Cip1/WAF1がSAPK/JNKの活性化を阻害することが、p21によるアポトーシスの抑制機構である、ということを示唆している。細胞質p21Cip1/WAF1によるアポトーシスの制御を直接、実験にて解明するために、細胞質に特異的に発現するように核移行シグナルを欠いたp21Cip1/WAF1をU937細胞およびHT1080細胞に導入したところ、これらの細胞はいずれもアポトーシス抵抗性を示した。これらの結果から細胞質局在p21Cip1/WAF1が、強力なアポトーシス阻害作用を持つことが判明した。また、U937/CB6-DNLS-p21細胞において、DNLS-p21を発現させても細胞周期停止および細胞分化が誘導できなかったことより、細胞周期停止、および細胞分化にはp21Cip1/WAF1が核に発現することが必須であり、アポトーシス抑制には細胞質に発現するp21Cip1/WAF1が機能すると考えられた。U937細胞の過酸化水素によるプロアポトーシスシグナルを解析しところ、SAPK/JNK活性化は刺激後1時間めから観察されたが、ミトコンドリアの膜電位低下、DEVD感受性caspaseの活性化はSAPK活性化より1-2時間遅れて観察された。また、ボンクレキック酸というミトコンドリア膜透過性阻害薬により、ミトコンドリア膜電位低下を阻害すると、アポトー
シスは抑制したが、SAPK/JNK活性化は起こった。これらの結果は、細胞質p21Cip1/WAF1がSAPK/JNKの活性化を阻止しミトコンドリアの膜電位を保持する、というアポトーシス阻害機構を示している、と考えられた。これらの結果を裏付けるように、SAPK/JNKの活性化を上流にて制御しているASK-1とp21Cip1/WAF1が複合体を作り、その活性を抑制していた。p21Cip1/WAF1はMAPKKKであるASK-1の機能を抑制することにより、アポトーシスを促進するMAPキナーゼカスケードを働かせないようにしていると考えられた。アポトーシスを促進するMAPキナーゼカスケードは、ポジティブフィードバックループをつくる可能性が示唆されており、p21Cip1/WAF1はその経路をも作働させないようにしていると考えられる。我々は、単球分化の過程においてp21Cip1/WAF1が核から細胞質に移行してくることを示したが、そのメカニズムに関しては現在のところ不明である。少なくともHeLa細胞においては、p21の特異的な核外移行受容体の存在に否定的な結果となった。現在、我々は単球にp21特異的な核外移行受容体が存在することを想定した実験、ならびに分化した単球においてはp21の核内移行シグナルになんらかの修飾(リン酸化や結合蛋白質の存在)が起きている可能性を探っている。蛋白質の核内移行、核外移行に関与するシステムが分化の過程で制御されていることが明らかになるとその生物学的意義ばかりでなく、臨床医学への応用という点からも大きな進歩になると考えられる。今回我々は、アンチセンスp21アデノウイルスベクター、NLS欠損p21アデノウイルスベクターを作製した。アンチセンスp21アデノウイルスにより、ビタミンDによるU937細胞の分化誘導が阻害された。この結果は、細胞周期阻害因子p21Cip1/WAF1の細胞内発現をp21アデノウイルス用いて制御できることを示唆しており、今後アデノウイルスの応用実験を推進する予定である。
結論
p21Cip1/WAF1は細胞周期阻害因子として同定されたが、細胞内局在がその機能の決定に重要であり、造血細胞の分化や細胞生存因子として重要な役割をはたしていることが明らかになった。細胞周期阻害因子p21Cip1/WAF1の細胞内発現をp21アデノウイルス用いて制御できる基礎を築いた。

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