癌抑制遺伝子産物Rap1を標的とした動脈硬化の遺伝子治療

文献情報

文献番号
199800046A
報告書区分
総括
研究課題名
癌抑制遺伝子産物Rap1を標的とした動脈硬化の遺伝子治療
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
松田 道行(国立国際医療センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 望月直樹(国立国際医療センター研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
低分子量GTP結合蛋白質Rasに拮抗的に作用するRap1の活性化機構特に活性化因子C3Gと非活性化因子rap1GAPIIによるRap1調節機構を検討し、動脈硬化症におけるRap1の制御を試み、血管平滑筋・内皮細胞の過増殖抑制を試みる。
研究方法
(1) CrkI依存性C3Gの活性化機構の解明 [プラスミド] pCAGGS-CrkIは野生型のCrkIを発現するプラスミドである。CrkI-R38V変異体とW169L変異体は、それぞれSH2及びSH3ドメインの機能消失型の変異があるCrkIである。PCAGGS-C3GおよびpCAGGS-C3GFは野生型および膜移行シグナルを付加したC3Gを発現するベクターである。PEBG-Rap1とpEBG-C3GはGSTタグをつけたRap1およびC3Gを発現するベクターである。PCAGGS-His-C3G-d61, d-390, d-579はそれぞれ、N末のアミノ酸61番目まで、390番まで及び579番目までを削除した変異体である。また、チロシンをフェニルアラニンに置換した変異体もPCRを用いて作製した。[抗体、細胞培養およびトランスフェクション] CrkおよびC3Gに対する抗体は、当研究室で作成した。抗Crkモノクローナル抗体およびペルオキシダーゼ標識抗リン酸化チロシン抗体RC20は、Transduction Labより購入した。 COS1, 3Y1,SR-3Y1, HR-3Y1はJCRBおよびATCCより購入した。 [グアニンヌクレオチド交換活性の測定] COS細胞に発現DNAをDEAEデキストラン法により導入した。48時間後に50mCiの32P正リン酸で2時間標識した。GSTタグ付きRap1をグルタチオンセファロースで回収する。Rap1に結合しているグアニンヌクレオチドを薄層クロマトグラフィーで分離した。標識されたグアニンヌクレオチドはMolecular Imager(Bio Rad)で検出・定量化した。(2)C3Gの試験管内での酵素活性測定法の樹立 [酵素C3G、基質Rap1の精製] pGEX-C3G, pGEX-Rap1を大腸菌AD202株に導入する。IPTG添加後培養を続け集菌した後Triton-Xを含む緩衝液で可溶化する。GSTタグ付きとして産出されたRap1はグルタチオンセファロースのビーズで回収した。[試験管内でのグアニンヌクレオチド交換活性の測定] Rap1は3.2mM 3H-GDP, 1mM MgCl2, 20mM EDTA, 100mM NaCl, 10mM 2-merucaptoethanol, 5% glycerol, 1mg/ml BSA中で5分間30℃で反応させアイソトープ標識する。ここに、MgCl2を30mMになるように加え、さらにGTPとC3Gを入れて交換反応を30℃で20分行う。Rap1はニトロセルロース膜で回収し液体シンチレーションカウンター存在下でRap1に残っている3H-GDPを測定した。(3)rap1GAPIIの活性化によるMAPキナーゼ活性化機構の解明 [プラスミド] pCXN2-Flag-Rap1はRap1にpCXN2-Flag-Ras はRasにそれぞれFlagタグが付いた細胞発現ベクターである。pEBG、pEBG-rap1GAPII、はそれぞれ、GSTとrap1GAPIIの融合蛋白質発現ベクターである。ムスカリン受容体(M2型)発現ベクターはpEF-M2を使用した。[細胞培養およびトランスフェクション] HEK293T細胞、NIH3T3細胞を用いた。トランスフェクションは293T細胞にはリン酸ルシウム法、NIH3T3細胞にはSuperfect(Bohelinger社)を用いた。[抗体とWesternブロット法] rap1GAPII、Rap1、Rasの発現確認はそれぞれ、anti-GST, anti-Flagを用いた。抗リン酸化MAPキナーゼ抗体,抗Flag, 抗His抗体はそれぞれ、New England Biolab社Sigma社、Bohelinger社より購入した。 [活性化型Rap1の測定] 細胞を可溶化で溶解後、GST-ralGDS-RBD (Ras binding domain)ビーズと混和することによりGTP結合型Rap1と結合させ、SDS-サンプルバッファーで溶出しSDS-PAGE後PVDF膜にトランスファーし、抗Rap1抗体あるいは抗Flag抗体を用いて検出した。(4)rap1GAPIIの試験管内での水解反応活性の測定系の確立 [試験管内GAP活性の測定] 基質Rap1は大腸菌から精製
した。Rap1GAPIIはバキュロウイルスを昆虫細胞に感染させ精製したものを用いた。Rap1は最終濃度0.1mg/mlで、15mM EDTA、1.5 mM g-32P-GTP (40-80 Ci/mmol)の存在下30℃で5分間交換反応を行なった。標識されたRap1溶液とrap1GAPII溶液を5mM MgCl2存在下で混合、30度で反応し、経過時間毎のカウントをシンチレーターで測定した。氷上で放置したものを100%とし、カウントの減少分をGAP activity(水解反応活性)とした。(5)Cre/LoxPシステムを用いたアデノウイルスによる細胞での一過性rap1GAPII発現:核DNA(細胞・個体)に恒常的に挿入されたrap1GAPIIをCre recombinaseという酵素を発現させるアデノウイルスを感染させることにより一過性に発現させる。
結果と考察
研究結果=(1)CrkI依存性C3Gの活性化機構の解明1.C3G-F(膜移行シグナル型)もC3G野生型と同様に、CrkIの存在下で活性化を受けることが明らかになった。イムノブロットで確認したところ、C3GはCrkIの発現によりチロシンリン酸化をうけることがわかった。2.CrkIの変異体を用いた実験により、SH2及びSH3の変異体では、C3Gの活性化を誘導できないことがわかった。3.V-Crkおよびv-Src癌遺伝子を発現した細胞(3Y1)ではC3Gが顕著にリン酸化されていた。4.様々な欠失変異体C3Gを用いた検討で390番まで欠失したものではリン酸化が保たれていたが、579番目まで欠失したものではチロシンリン酸化を受けないことがわかった。5. C3Gの390番から579番のアミノ酸領域にC3Gの酵素活性を負に制御する領域があり、これが、チロシンリン酸化により脱制御を受けることが示唆された。6.390-579番のなかのチロシンのすべてをフェニルアラニンに置換した変異体を用いた検討により、504番のチロシンリン酸化がC3Gの酵素活性の上昇に必須であることを見出した。(2)C3Gの試験管内での酵素活性測定法の樹立1.C3G精製の至適条件の決定を行ったところ、37℃では非可溶性画分に回収されたが、25℃でIPTGの濃度を0.1mMに下げたところ可溶性画分に回収される量が増加し、実験に使用するのに充分な量を確保することができた。2.大腸菌で精製したC3GはRap1上の3H-GDPをGTPに置換することがわかった。つまり、C3GのRap1に対するグアニンヌクレオチド交換活性を測定することが試験管内で可能となった。(3)rap1GAPIIの活性化によるMAPキナーゼ活性化機構の解明 1.M2型ムスカリン受容体は三量体GTP結合蛋白質Gi活性化しさらにrap1GAPIIの活性化を起こすことが明らかになった。2.血栓形成時に血小板から分泌されると考えられるLPA刺激によるGTP結合型Rap1の変化について検討した。LPA受容体(Edg-2)は、ほとんどの細胞で発現しているため、NIH3T3細胞をそのままLPAで刺激することによりRap1の変化をみることが可能である。無血清培地で48時間培養後LPA添加により速やかにGTP結合型Rap1が減少しこの作用は1時間続いた。3.rap1GAPII発現によるMAPキナーゼ活性化への影響をしらべたところ、rap1GAPIIを発現した細胞でMAPキナーゼの有意な活性化が認められたことから、Rap1のrap1GAPIIによる抑制によりMAPキナーゼの活性化がおこることが明らかとなった。(4)rap1GAPIIの試験管内での水解反応活性の測定系の確立 1.大腸菌で精製したRap1に対してバキュロウイルスから精製したrap1GAPIIが水解反応を促進することがわかった。今後、この反応を充分に行えるだけの基質・酵素の精製ができた。2.今後、rap1GAPIIの水解反応を制御する薬剤の開発に応用できる至適条件の設定ができた。(5)Cre/LoxPシステムを用いたアデノウイルスによる細胞での一過性rap1GAPII発現 1.NIH3T3細胞・Hela細胞にlox-neo-lox rap1GAPII DNAを恒常的に導入した。この遺伝子はCreを発現すさせるアデノウイルスを感染させることでrap1GAPIIを一時的に発現させることができた。2.同様な方法でトランスジェニックマウスを作成した。今後アデノウイルス感染により臓器・組織でrap1GAPIIの発現を確認する予定である。
考察=本研究でRap1の活性化機構が明らかになった。特にC3Gにおいては、様々なアミノ酸の置換体・変異体を用いた詳細な検討により、C3Gのアミノ末端に負の調節領域が存在しチロシン504がリン酸化されることによりこの制御が解除されC3Gの活性化が生ずることがあきらかとなった。このような、負の活性領域が存在することは他のグアニンヌクレオチド交換因子でも明らかにされてきており、様々な外来刺激によりこの負の制御が解除されることで酵素の活性化がおきることがわかった。Rap1GAPIIは当研究室で新たに同定された分子で非常に興味深い制御をうけることがわかった。Rap1は低分子量GTP結合蛋白質であるが、この分子が三量体GTP結合蛋白質Giにより制御をうけるということが明らかになった。特に動脈硬化巣や血栓形成部位で活性化されている血小板から分泌されるLPA(リゾフォスファチジン酸)受容体の刺激によりrap1GAPIIが活性化されMAPキナーゼ活性化と引き続く細胞増殖刺激になっていることが示唆された。このことから、rap1GAPII制御により動脈硬化における細胞の過増殖をrap1GAPII抑制により調節する可能性も示唆された。C3Gのグアニンヌクレオチド交換活性の測定法・rap1GAPIIの試験管内での水解反応活性の測定系の確立によりそれぞれの活性化薬剤・非活性化薬剤のスクリーニングを行うことも今後可能となった。C3Gの活性化により、Rap1を活性化しRasに対する拮抗作用の増強を図る治療方法或いはrap1GAPIIを抑制することでRap1の活性化を維持しRasに対する拮抗作用を維持する治療方法など今後のスクリーニングに期待される。NIH3T3細胞・Hela細胞にlox-neo-lox rap1GAPII DNAを恒常的に導入した。この遺伝子はCreを発現すさせるアデノウイルスを感染させることでrap1GAPIIを一時的に発現させることができた.以上から動脈硬化巣においてrap1GAPII或いはC3Gを一時的に発現することによりRap1を制御できる可能性が示唆された。
結論
Rap1活性化因子C3GはCrkI依存性リン酸化を受け、Rap1の水解促進因子rap1GAPIIは三量体GTP結合蛋白質Giにより制御をうけることが判明した。また、それぞれの活性測定方法を確立したので、今後Rap1制御薬の開発が可能となった。

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