転写因子の欠損による疾患モデルマウスの作製と解析

文献情報

文献番号
199800045A
報告書区分
総括
研究課題名
転写因子の欠損による疾患モデルマウスの作製と解析
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
前川 利男(理化学研究所)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
4,900,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ヒトの疾患の治療法を検討するためには、疾患モデル動物の開発は大変有用である。最近の遺伝子ターゲッテイング技術の確立により、特異的遺伝子欠損マウスの作製が可能となり、種々の変異マウスの作製・解析がようやく可能となってきた。そして種々の疾患のモデル動物となる変異マウスは、発症メカニズムの解析や治療法の検討のための研究用材料として、多くの研究者にとって、ますます重要になりつつあるが、その作製・解析技術の高度化もまた研究の基盤として大変有用なものになると期待される。CRE (cAMP response element) と呼ばれる特異 DNA 配列は種々の遺伝子の転写制御領域内に存在するが、この配列に結合する転写因子はCREBファミリーとCRE-BP1(ATF-2 とも呼ばれている)ファミリーの二つのファミリーに分けられる。CRE-BP1は私達が世界で最初に同定したもので、がん遺伝子産物 Junとヘテロダイマーを形成してCREに結合して転写を活性化する。CRE-BP1ファミリーのメンバーとしては他にCRE-BPaとATFaが存在する。これらの転写因子の活性は細胞内のcAMP濃度とは関係なく、ストレスに応答するJun キナーゼ(JNK)で直接リン酸化されることによって活性化される。このようにCRE-BP1ファミリーメンバーは細胞内シグナル伝達に重要な役割を果たしているので、その生理的な役割を理解するために、本研究ではCRE-BP1 変異マウスの作製・解析を行うと共に、CRE-BP1と構造の類似する2つの転写因子CRE-BPa, ATF-aの欠損マウスの作製・解析を行うことを目的とした。
研究方法
ノックアウトマウスの作製は常法通り ES 細胞での相同組み換え法を用いて行った。また、変異マウスの解析は病理学的手法や組織学的手法を用いて行った。
結果と考察
CRE-BP1 ノックアウトマウスは出生直後に肺に空気が入らず、ヒト新生児の死因の大きな割合を占める胎便吸引症候群と同様の症状によって生後すぐに死亡することが分かった。従って、この変異マウスはヒト胎便吸引症候群のモデル動物と成り得る。CRE-BP1変異マウスは胎生 18.5 日目において胎盤トロホブラスト細胞の増殖が抑制され、胎児が低酸素状態となり、このため胎児が胎便を含む羊水を吸引することが示された。トロホブラスト細胞の増殖抑制が起こるメカニズムを解明するために転写因子CRE-BP1 の制御下にある下流の標的遺伝子を同定することを試みた。具体的には野生型と変異体の胎盤からmRNA を精製して cDNAを作製し、サブトラクション法を用いて標的遺伝子を検索した。その結果、トロホブラスト細胞の増殖因子 PDGF の受容体遺伝子が同定された。実際にPDGF の受容体遺伝子の発現をin situ 法を用いて野生型と変異体の胎盤でを比較検討すると、明らかに変異体の胎盤においてこの遺伝子の発現レベルが低下していることが確認された。また、CRE-BP1 が直接PDGF 受容体遺伝子のプロモーター活性を活性化していることを分子生物学的手法を用いた実験により確認した。これらの結果から、CRE-BP1 変異マウスにおいてはトロホブラスト細胞の増殖に重要なPDGF 受容体遺伝子の発現レベルが低下し、胎盤の形成が不全となり、その結果胎児が低酸素状態となり、胎便を含む羊水を吸引することが明らかにされた。ヒトの胎便吸引症候群の中には、これと同様なメカニズムにより生じる症例がある可能性があり、この研究成果はこの疾患の診断・治療に役立つと考えられる。また、CRE-BP1 変異体は体重・形態形成などは野生型と全く変わらない。これは異常が胎生の非常に後期に生じるためと考えられる。したがって、出生直前の低酸素状態を緩和することができれば、胎児の胎便吸引を防ぎ、変異マウスをレスキューすることができると考えられる。胎生後期に種々の呼吸抑制剤を様々の条件で投
与することにより、治療法の検討を行った。しかし、本年度の実験においては胎児の胎便吸引を完全に防ぐことのできる薬剤を見いだすことはできなかった。将来、さらに種々の条件を検討する必要がある。一方CRE-BPa KO マウスは胎生17日目から出生後24時間の間に死亡することが分かった。メカニズムを明らかにするため詳細な病理学的解析を行った。その結果、胎盤および肺の形成に異常があり、その結果呼吸不全のため致死となることが明らかとなった。さらに、ATFa KO マウスは正常なマウスと一見変わらないことが示された。ATF-aの発現レベルは脳の海馬で高いので記憶や学習といった脳の高次機能と関係している可能性が有る。そこで一連の行動解析を行った結果、音に対して異常に反応することが突き止められた。そして、CRE-BP1ファミリー全体の生理的役割を解析するため、CRE-BP1, CRE-BPa, ATF-a の3種類の遺伝子のトリプルノックアウトマウスを作製・解析した。その結果、胎盤・肺の形成が著しい異常が観察され、胎児は11日目の段階で致死となった。この結果から、CRE-BP1ファミリーの3つのメンバーは胎盤・肺の形成において、重要な役割を果たしていることが示された。
結論
CRE-BP1 ノックアウトマウスは出生直後に肺に空気が入らず、ヒト新生児の死因の大きな割合を占める胎便吸引症候群と同様の症状によって生後すぐに死亡することから、この変異マウスはヒト胎便吸引症候群のモデル動物と成り得る。本研究において、CRE-BP1 変異マウスでは胎盤のトロホブラスト細胞の増殖に重要なPDGF 受容体遺伝子の発現レベルが低下し、胎盤の形成が不全となり、その結果胎児が低酸素状態となり、胎便を含む羊水を吸引することが明らかにされた。ヒトの胎便吸引症候群の中には、CRE-BP1 ノックアウトマウスと同様なメカニズムにより生じる症例がある可能性がある。従って、本研究において得られた成果はこのような疾患の診断・治療に役立つと考えられる。CRE-BP1 ノックアウトマウス変異体は、異常が胎生の非常に後期に生じるため体重・形態形成などは野生型と全く変わらない。従って、胎生後期に種々の呼吸抑制剤を投与する条件を検討するなどにより、治療法の検討をうことができる。 一方、CRE-BP1と構造の類似する2つの転写因子CRE-BPa, ATF-aの欠損マウスの作製・解析も行った。CRE-BPa KO マウスは胎生17日目から出生後24時間の間に死亡した。一連の病理学的解析の結果、胎盤および肺の形成に異常があり、その結果呼吸不全のため致死となることが明らかとなった。また、ATFa KO マウスは正常なマウスと一見変わらないが、一連の行動解析を行った結果、音に対して異常に反応することが突き止められた。そして、CRE-BP1ファミリー全体の生理的役割を解析するため、CRE-BP1, CRE-BPa, ATF-a の3種類の遺伝子のトリプルノックアウトマウスを作製・解析した。その結果、胎盤・肺の形成が著しい異常が観察され、胎児は11日目の段階で致死となった。これらの結果から、CRE-BP1ファミリーの3つのメンバーは胎盤・肺の形成において、重要な役割を果たしていることが示された。

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