漢方薬「熊胆」の作用機序の解明からC型肝炎治療薬の開発

文献情報

文献番号
201208010A
報告書区分
総括
研究課題名
漢方薬「熊胆」の作用機序の解明からC型肝炎治療薬の開発
課題番号
H22-創薬総合-一般-010
研究年度
平成24(2012)年度
研究代表者(所属機関)
半田 宏(東京工業大学 大学院生命理工学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 今井 剛(東京工業大学 バイオフロンティアセンター)
  • 末松 誠(慶應義塾大学 医学部)
  • 小田 泰子(慶應義塾大学 薬学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 厚生科学基盤研究分野 創薬基盤推進研究(創薬総合推進研究)
研究開始年度
平成22(2010)年度
研究終了予定年度
平成24(2012)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
漢方薬「熊胆」は「熊の胆(くまのい)」とも呼ばれる動物性生薬である。古くから万病の薬として知られ、鎮痛、鎮痙、消炎、鎮静、解毒などの目的に利用されてきた。「熊胆」の主成分であるウルソデオキシコール酸(ursodeoxycholic acid; UDCA)は胆汁酸代謝物の1種であり、利胆作用を示すことから、肝機能改善薬として知られている。最近ではC型肝炎に対する有効な治療薬としても利用されている。本研究ではUDCAの薬理作用機構を分子レベルで解明することを目的に、UDCA標的タンパク質を単離・同定し、培養細胞または実験動物を用いてUDCA標的タンパク質の機能を解析する。本研究の成果によって、漢方薬「熊胆」の有用性に対して科学的根拠を提供できるものと考えている。
研究方法
UDCA以外の熊胆の胆汁酸成分としてデオキシコール酸(deoxycholic acid; DCA)を磁性ビーズに固定化し、アフィニティ精製によりDCA結合タンパク質を探索した。
昨年度までに得られたUDCA結合タンパク質(UDCAbp)のうち、イオンチャネルUDCAbp2に着目し、UDCAbp2遺伝子改変マウスを作製し、UDCAbpの発現解析を行った。また、UDCAbp2遺伝子改変マウスの頭蓋骨初代培養系を立ち上げ、野生型マウスの初代培養細胞と比較することで、UDCAの薬理作用に対するUDCAbp2の関与を調べた。
また、Hep3B細胞(ヒト肝臓がん由来細胞)におけるUDCAbp2結合因子の変化をウエスタンブロッティングで、UDCAで処理されたRAW 264.7細胞(免疫担当細胞)またはHep3B細胞における転写因子NF-κBの活性化状態の変化をレポータージーンアッセイで調べた。
結果と考察
DCA結合タンパク質のアフィニティ精製を試みたが、DCA結合タンパク質は得られたものの、DCAに対する特異性はなかった。DCAは漢方薬「熊胆」の一成分であるが、熊胆が持つ薬理作用に関与している報告はほとんどない。DCA固定化磁性ビーズを用いたアフィニティ精製によって、UDCAが示す薬理作用をサポートするようなDCA結合タンパク質が得られることを期待したが、そのような因子は得られなかった。一方で、文献検索などから、熊胆中のUDCA以外の胆汁酸成分について解析を進めたが、UDCA以外の熊胆に含まれる胆汁酸成分に肝臓保護活性を示すような成分を見出すことができなかったことから、UDCA以外の胆汁酸成分は肝機能改善作用にほとんど関与しないものの、薬理作用を阻害するような成分ではないと推測される。
UDCAbp2強制発現マウスにおけるUDCAbp2の発現を調べたところ、肝実質細胞でのUDCAbp2の強制発現は見られなかったが、骨芽細胞にてUDCAbp2の発現が見られた。よって、UDCAbp2は骨形成などに関与する因子であると考えられる。これまでに得られたラットの肝臓抽出液を用いたアフィニティ精製の結果を踏まえると、UDCAbp2はUDCAが持つ肝機能改善作用に関与する可能性だけでなく、骨形成にも関与する可能性があると推察される。また、UDCAbp2遺伝子改変マウスの頭蓋骨初代培養系を立ち上げ、UDCAbp2遺伝子改変マウスとその兄弟の野生型マウスの初代培養細胞を比較検討し、UDCAの薬理作用にUDCAbp2が関与していることを見出した。
LPS刺激した免疫担当細胞RAW264.7細胞をUDCAで処理すると活性化NF-κBが抑制され、ヒト肝臓がん由来細胞Hep3G細胞において恒常的に活性化されているNF-κBもUDCA処理によっても抑制されたことから、UDCAは活性化NF-κBを抑制する作用を示すと考えられる。また、UDCAで処理したHep3G細胞ではUDCAbp2の結合因子量が細胞質内で上昇した。以上の結果から、UDCA処理された細胞において、UDCAはUDCAbp2結合因子に影響を及ぼし、活性化されたNF-κBを抑制すると考えられる。
結論
磁性ビーズを利用するアフィニティ精製を通じて、DCAに特異的に結合するタンパク質は得られなかった。しかし、DCAはUDCAと異なる作用を有していると考えられることから、アフィニティ精製条件を変えることでDCA特異的結合タンパク質が得られる可能性がある。UDCA以外の漢方薬「熊胆」中の胆汁酸成分は薬理作用を示さない一方で、薬理作用を阻害しないと考えられる。
遺伝子改変マウスを用いた実験から、UDCAbp2が骨形成に関与することが示唆された。また、活性化されたNF-κBがUDCA濃度依存的に抑制されること、細胞質内のUDCAbp2結合因子量がUDCAによって変化することから、UDCAbp2はUDCAの薬理作用に関与するUDCA標的因子であると示唆される。

公開日・更新日

公開日
2013-07-11
更新日
-

研究報告書(PDF)

研究報告書(紙媒体)

公開日・更新日

公開日
2013-11-18
更新日
-

文献情報

文献番号
201208010B
報告書区分
総合
研究課題名
漢方薬「熊胆」の作用機序の解明からC型肝炎治療薬の開発
課題番号
H22-創薬総合-一般-010
研究年度
平成24(2012)年度
研究代表者(所属機関)
半田 宏(東京工業大学 大学院生命理工学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 今井 剛(東京工業大学 バイオフロンティアセンター)
  • 末松 誠(慶應義塾大学 医学部)
  • 小田 泰子(慶應義塾大学 薬学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 厚生科学基盤研究分野 創薬基盤推進研究(創薬総合推進研究)
研究開始年度
平成22(2010)年度
研究終了予定年度
平成24(2012)年度
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
漢方薬「熊胆」は「熊の胆(くまのい)」とも呼ばれる動物性生薬である。古くから万病の薬として知られ、鎮痛、鎮痙、消炎、鎮静、解毒などの目的に利用されてきた。漢方薬「熊胆」の主成分であるウルソデオキシコール酸(ursodeoxycholic acid; UDCA)は胆汁酸代謝物の一種であり、利胆作用を示すことから、肝機能改善薬として知られている。最近ではC型肝炎に対する有効な治療薬としても利用されている。本研究ではUDCAの薬理作用機構を分子レベルで解明することを目的に、UDCA標的タンパク質を単離・同定し、培養細胞または実験動物を用いてUDCA標的タンパク質の機能を解析する。本研究の成果によって、漢方薬「熊胆」の有用性に対して科学的根拠を提供できるものと考えている。
研究方法
ポリマー被覆型磁性ビーズをタンパク質精製用担体に用い、ラットの肝臓抽出液からUDCAに対して高い結合能(アフィニティ)を有し、特異的に結合するタンパク質(UDCAbp)を選定し、質量分析によって同定した。組換えUDCAbpを作製し、UDCAに対する結合活性を調べた。
肝炎患者の骨密度が低いという報告を参考に、UDCA処理した骨芽細胞株の骨芽細胞分化活性を測定した。アフィニティ精製によって同定されたUDCAbpを過剰発現、あるいはおよびノックダウンさせた骨芽細胞を作製し、UDCA処理によるタンパク質の変化を調べた。UDCAbpの下流シグナルを調べ、UDCA存在下でUDCAbpを含む複合体の挙動について解析した。
UDCA処理した細胞における炎症性サイトカイン産生に関わる転写因子NF-κBの変化を測定した。また、細胞内で恒常的に活性化されているNF-κBがUDCA処理によってどのように変化するかを調べた。さらに、炎症性サイトカインTNF-αがUDCA処理によってどのように変化するかを調べた。
動物実験としてUDCAbp強制発現マウスを作製し、遺伝子改変マウスの表現型を解析した。
結果と考察
過剰量のUDCAを用いた薬剤溶出実験や結合阻害実験などを含むUDCA固定化磁性ビーズを用いたアフィニティ精製により、ラット肝臓の抽出液からUDCAbp1(酵素)とUDCAbp2(イオンチャネル)を単離・同定することに成功した。UDCAbp2はUDCAに対して結合活性を有していたことから、UDCAbp2はUDCA標的タンパク質である可能性が高いと考えられる。
骨芽細胞株をUDCAで処理すると濃度依存的に骨芽細胞分化促進活性が上昇し、UDCAbp2を強制発現、またはノックダウンさせた骨芽細胞において骨芽細胞マーカーが有意に変化したことから、UDCAbp2は骨芽細胞分化促進因子でもあると考えられる。UDCAbp2とその下流シグナル因子からなる複合体を解析したところ、UDCAbp2を含む複合体形成がUDCAによって変化することが分かった。
UDCA処理した細胞においてNF-κBの活性化が抑制されていたことから、活性化されたNF-κBの抑制にUDCA標的タンパク質が関与していると考えられる。炎症性培養細胞においてUDCAbp2相互作用因子が存在すると、UDCAによってTNF-α産生抑制が解除されたことから、炎症性培養細胞内にUDCAに応答するUDCAbp2シグナルが存在すると考えられる。
マウスを用いた動物実験では、UDCAbp2遺伝子改変マウスは野生型マウスに比べて高い骨密度を有し、UDCAbp2強制発現マウスの骨芽細胞にてUDCAbp2が発現していたことがわかった。
以上の実験結果から、UDCAbp2がUDCA標的タンパク質として機能し、UDCAの薬理作用を制御していると考えられる。UDCAbp2は肝機能改善作用に関与しているだけでなく、骨形成にも関与しているのではないかと推察される。
結論
UDCA固定化磁性ビーズ用いたアフィニティ精製により、ラットの肝臓抽出液から2つのUDCA特異的結合タンパク質(UDCAbp1、UDCAbp2)を単離・同定した。そして、培養細胞を用いた実験(in vitro 解析)、遺伝子改変マウスを用いた実験(in vivo 解析)から、UDCAbp2はUDCA標的タンパク質であると強く示唆される。UDCAbp2はUDCAが持つ薬理作用(肝機能改善作用など)に関与する標的タンパク質であるだけでなく、骨形成にも強く関与している因子であるとも考えられる。このことは、UDCAの作用点が複数存在していることを示唆している。本研究にて、熊胆の主成分であるUDCAの標的因子を見出したことは、熊胆の薬理作用機構を解明する上で重要な一歩(鍵)であると考えている。

公開日・更新日

公開日
2013-07-11
更新日
-

研究報告書(PDF)

行政効果報告

文献番号
201208010C

成果

専門的・学術的観点からの成果
利胆作用を示す漢方薬「熊胆」の主成分である胆汁酸代謝物ウルソデオキシコール酸はC型肝炎治療薬として利用されていおり、注目を集めている。本研究課題では、分散性磁性ビーズ用いたアフィニティ精製によってウルソデオキシコール酸に結合するタンパク質群を単離・同定し、培養細胞やマウスを用いた生化学的な解析により、この結合タンパク質の1つがウルソデオキシコール酸の薬理作用に関与する標的タンパク質であると可能性を明らかにした。
臨床的観点からの成果
本研究課題にて漢方薬「熊胆」の主成分ウルソデオキシコール酸の標的タンパク質を見出すことができたことから、標的タンパク質を機能解析する基礎研究によって、これまでブラックボックスであった生体内における漢方薬「熊胆」の薬理作用機構を科学的に理解できるようなると考えられる。そして、これら基礎研究によって得られる知見が漢方薬「熊胆」を臨床的に利用する上で重要な情報になると考えられる。
ガイドライン等の開発
本研究課題で得られる研究成果(漢方薬成分の標的タンパク質の単離・同定、及び機能解析による漢方薬の生体内薬理作用機構の解明)から、将来的に薬理作用の科学的理解に基づく漢方薬の有効利用に関するガイドラインが策定されることを期待する。
その他行政的観点からの成果
血液凝固因子製剤の投与によるC型肝炎の感染被害は薬害肝炎として広く知られていることから、国の責任でC型肝炎に対する新しい治療法を開発する必要がある。利胆作用を示す漢方薬「熊胆」の主成分ウルソデオキシコール酸は近年、C型肝炎ウイルス治療薬して利用されている。それ故、標的タンパク質の機能解析に基づくウルソデオキシコール酸の生体内作用機構の解明は、漢方薬「熊胆」の薬理作用機構の理解だけでなく、C型肝炎ウイルスの治療薬開発にもつながると期待される。
その他のインパクト
これまで、漢方薬が示す薬理作用を分子レベルで理解する上で、漢方薬成分と相互作用する因子はほとんど知られていなかった。それ故、本研究課題にて分散性磁性ビーズを利用するタンパク質のアフィニティ精製技術により、漢方薬「熊胆」の主成分ウルソデオキシコール酸の標的タンパク質を効率的に単離・同定できたことは、漢方薬の薬理作用機構を解析する起点を明確に提示できた点で非常に意義があると考えている。

発表件数

原著論文(和文)
0件
原著論文(英文等)
79件
関連研究を含める
その他論文(和文)
0件
その他論文(英文等)
0件
学会発表(国内学会)
0件
学会発表(国際学会等)
102件
国内・国際学会を合わせた数。関連研究を含める
その他成果(特許の出願)
0件
その他成果(特許の取得)
0件
その他成果(施策への反映)
0件
その他成果(普及・啓発活動)
0件

特許

主な原著論文20編(論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限る)

論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限ります。

原著論文1
Hotta, K.; Nashimoto, A.; Yasumura, E. et al.
Vesnarinone suppresses TNFα mRNA expression by inhibiting valosin-containing.
Mol. Pharmacol.  (2013)
原著論文2
Karasawa, S.; Azuma, M.; Kasama, T. et al.
Vitamin K2 Covalently Binds to Bak and Induces Bak-Mediated Apoptosis.
Mol. Pharmacol.  (2013)
原著論文3
Ito, Y.; Ito, T.; Karasawa, S. et al.
Identification of DNA-dependent protein kinase catalytic subunit (DNA-PKcs) as a novel target of Bisphenol A.
PLoS ONE  (2012)
原著論文4
Ito, T.; Handa, H.
Deciphering the mystery of thalidomide teratogenicity.
Congenit. Anom.  (2012)
原著論文5
Sakamoto, S.; Hatakeyama, M.; Ito, T. et al.
Tools and methodologies capable of isolating and identifying a target molecule for a bioactive compound.
Bioorg. Med. Chem.  (2012)
原著論文6
Enomoto, T.; Kukimoto I.; Kawano, M.-A. et al.
In vitro reconstitution of SV40 particles that are composed of VP1/2/3 capsid proteins and nucleosomal DNA and direct efficient gene transfer.
Virology  (2011)
原著論文7
Kitai, Y.; Fukuda, H.; Enomoto, T. et al.
Cell selective targeting of a simian virus 40 virus-like particle conjugated to epidermal growth factor.
J. Biotechnol.  (2011)
原著論文8
Hatakeyama, M.; Kishi, H.; Kita, Y. et al.
A two-step ligand exchange reaction generates highly water-dispersed magnetic nanoparticles for biomedical applications.
J. Mater. Chem.  (2011)
原著論文9
Maekawa, N.; Hiramoto, M.; Sakamoto, S.
High performance affinity chromatography method for identification of 15-deoxy-Δ12,14-prostaglandin J2 interacting factors using magnetic nanobeads.
Biomed. Chromatogr.  (2011)
原著論文10
Kume, K.; Iizumi, Y.; Shimada, M. et al.
Role of N-end rule ubiquitin ligases UBR1 and UBR2 in regulating the leucine-mTOR signaling pathway.
Genes Cells  (2010)

公開日・更新日

公開日
2015-05-27
更新日
2017-06-21

収支報告書

文献番号
201208010Z