アルツハイマー病予防効果をもつ漢方薬とその有効成分の同定

文献情報

文献番号
201208009A
報告書区分
総括
研究課題名
アルツハイマー病予防効果をもつ漢方薬とその有効成分の同定
課題番号
H22-創薬総合-一般-009
研究年度
平成24(2012)年度
研究代表者(所属機関)
垣塚 彰(京都大学 京都大学大学院生命科学研究科)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 厚生科学基盤研究分野 創薬基盤推進研究(創薬総合推進研究)
研究開始年度
平成22(2010)年度
研究終了予定年度
平成24(2012)年度
研究費
17,850,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究では、約1600種類の漢方薬エキスの中からAβの産生を抑制する活性をもつ植物エキスとして同定したヒシュカエキスを我々が独自に作製した家族性アルツハイマー病の原因遺伝子を発現させたアルツハイマー病モデルマウスに長期間経口投与し、アルツハイマー病の予防効果を詳細に解析することを目的とした。
研究方法
我々が作製したアルツハイマー病モデルマウス(APPマウス)を2群に分け、その内の1群には、ヒシュカエキス2gを1リットルの水に加えたものを離乳後より自由摂取させ、もう1群には、エキスを加えない水を自由摂取させた。また、対象として週齢の一致する野生型マウスを用いた。これらの3群のマウスに対し、体重と飲水量の測定を行った。また、定期的にOpen field試験、Morris水迷路試験等の行動・学習試験を行った。さらに、生後16ヶ月時で脳組織でのAβの沈着を解析した。さらに、国内外で育成されている約20種類のヒシュカに対し、水で抽出したエキスとエタノールで抽出したエキスを作製し、γセクレターゼの阻害活性に違いがあるかどうかの検討を行った。
結果と考察
野生型マウス、水飲水APPマウス、ヒシュカ飲水APPマウスについて、月齢18ヶ月までに渡って解析を行った。この間、3群の間で体重及び飲水量に有意な差は観察されなかった。また、ヒシュカの飲水によってトランスジーンのmRNAレベルにも変化は認められなかった。Open fieldテストにおいて、これら3群のマウスの活動量に有意な差は認められなかったが、18ヶ月齢において、水飲水APPマウスにのみ、側壁から離れて中央部分に滞在する時間の有意な上昇が認められた(不安感情の欠如)。記憶・学習能力を測定するMorris水迷路試験では、生後6ヶ月において、水面下のプラットフォームにたどり着くまでの時間に野生型マウスと水飲水APPマウスの間に差が見え始め、9ヶ月齢及び12ヶ月齢では水飲水APPマウスで、有意に遅延した。これらの月齢においてヒシュカ飲水APPマウスでは、プラットフォームにたどり着くまでの時間は、野生型マウスとほぼ同等であった。一方、水面下のプラットフォームの位置を記憶しているかどうかを検証するプローブテストにおいても、9ヶ月齢及び12ヶ月齢において、野生型マウスと水飲水APPマウスの間で、有意な差を認めたが、ヒシュカ飲水APPマウスと野生型マウスとに差は認められなかった。生後16ヶ月に3群のマウスの脳を組織学的に解析した。結果、水飲水APPマウスの大脳皮質頭頂部において顕著なAβの沈着を認めた。このAβの沈着はヒシュカ飲水APPマウスでは有意に低下していた。また、水飲水APPマウスにおいてのみ大脳血管壁へのAβの沈着が認められた。
今後著しい患者数の増大が予測されるアルツハイマー病に対して、有効な薬剤を用意することは極めて重要な課題である。家族性アルツハイマー病の研究から、これまでに同定されたほぼ全ての原因遺伝子の変異によってAβ(特にAβ42)の産生亢進が引き起こされていることが示され、孤発性のアルツハイマー病においてもAβの産生抑制が有効な治療戦略になるであろうと推測されている。長期に渡る治療が想定されるアルツハイマー病の治療薬には、副作用が少なく安全であることが極めて重要である。その視点から、我々は漢方薬に着目し、Aβの産生に重要な働きをすると考えられているγセクレターゼを阻害する漢方薬(植物)エキスとして、ヒシュカエキスを同定した。また、同じヒシュカでも品種によって含まれるγセクレターゼの阻害活性に大きな差があることが判明し、このγセクレターゼの阻害活性は、水での抽出エキスには、ほとんど検出できないことが明らかとなった。本研究によって、γセクレターゼの阻害活性を持つヒシュカエキスの長期にわたる経口投与は、Aβの蓄積のみならず、アルツハイマー病モデルマウスの記憶・学習能力の低下と情緒異常を有意に抑制し、アルツハイマー病の予防効果を有することが判明した。
結論
我々が同定したγセクレターゼの阻害活性を持つ漢方薬の植物エキスの内、ヒシュカエキスの長期にわたる経口投与は、アルツハイマー病モデルマウスの記憶学習能力の低下と情緒異常を有意に抑制し、また、大脳皮質や血管壁へのAβの沈着も有意に抑制した。したがって、γセクレターゼの阻害活性を持つヒシュカエキスは、全く新しいアルツハイマー病の治療・予防薬として極めて有望であると考えられた。

公開日・更新日

公開日
2017-06-05
更新日
-

研究報告書(PDF)

文献情報

文献番号
201208009B
報告書区分
総合
研究課題名
アルツハイマー病予防効果をもつ漢方薬とその有効成分の同定
課題番号
H22-創薬総合-一般-009
研究年度
平成24(2012)年度
研究代表者(所属機関)
垣塚 彰(京都大学 京都大学大学院生命科学研究科)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 厚生科学基盤研究分野 創薬基盤推進研究(創薬総合推進研究)
研究開始年度
平成22(2010)年度
研究終了予定年度
平成24(2012)年度
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、アルツハイマー病の新規治療・予防法として、アルツハイマー病発症の最初のイベントであるAβの産生を担うγセクレターゼの阻害活性を有する漢方薬エキスを同定し、その有効成分の構造を決定すること、さらに、同定したエキスのアルツハイマー病に対する治療・予防効果をアルツハイマー病モデルマウスを用いて検証することを目的とした。
研究方法
本研究では、以下の実験を行った。
1.γセクレターゼ活性を簡便に検出するアッセイ系の構築
 γセクレターゼ活性をルシフェレース活性として測定できる簡便なアッセイ系の構築を行った。
2.γセクレターゼ阻害活性を持つ漢方薬エキスのスクリーニング
 構築した上記アッセイ系を用い、漢方薬の現在料となっている植物エキスを中心に約1600種類の植物エキスをスクリーングした。
3.γセクレターゼ阻害活性を持つ漢方薬エキスに含まれる主要成分の精製と構造決定
 スクリーニングによって同定した植物エキスに含まれるγセクレターゼの阻害活性を示す主要成分を精製し、NMRによって構造の決定を行った。
4.アルツハイマー病原因遺伝子を導入したトランスジェニックマウスの作製
 神経特異的エノラーゼ遺伝子のプロモーターを用い、家族性アルツハイマー病の原因となる家族性アルツハイマー病の原因となるIndiana変異(V717F)をもつ変異APP遺伝子を導入したトランスジェニックマウス(APPマウス)の作製を行った。
5.アルツハイマー病モデルマウスに対するヒシュカエキスによる治療効果の解析
 APPマウスを2群に分け、1群には、ヒシュカエキス2gを1リットルの水に加えたものを離乳後より自由摂取させ、もう1群には、エキスを加えない水を自由摂取させた。また、対象として週齢の一致する野生型マウスを用いた。これらの3群のマウスに対し、体重と飲水量の測定を行った。また、定期的にOpen field試験、Morris水迷路試験等の行動・学習試験を行った。さらに、生後16ヶ月時で脳組織でのAβの沈着を解析した。
結果と考察
初年度(H22)は、γセクレターゼの活性を簡単に測定できるアッセイ系を構築し、このアッセイ系を用いて、約1600種類の漢方薬(植物)エキスをスクリーニングし、ヒシュカとライコウトウエキスにγセクレターゼの阻害活性が含まれることを明らかにした。続いて、ヒシュカエキスに含まれるγセクレターゼの阻害成分を約2mg精製し、その分子量と構造をそれぞれ416、C25H36O5と決定した。また、これらのエキスのアルツハイマー病に対する発症予防・治療効果を判定するために家族性アルツハイマー病の原因遺伝子を発現するトランスジェニックマウスの作製を行った。次年度(H23) は、ライコウトウエキスに含れるγセクレターゼの阻害成分を約13mg精製し、その分子量と構造をそれぞれ632、C32H40O13と決定した。また、初年度に作製した家族性アルツハイマー病の原因遺伝子を発現させたトランスジェニックマウスの解析を行った。本マウスは生後9ヶ月及び12ヶ月で、Morris水迷路試験で記憶・学習能力の有意な低下が観察された。生後18ヶ月では、不安行動の抑制が有意に観察された。また、生後16ヶ月で脳の病理像を解析したところ大脳皮質、脳内の血管壁に顕著なAβの沈着を認めた。本年度(H24)は、γセクレターゼの阻害活性を持つヒシュカエキスを我々が独自に作製した家族性アルツハイマー病の原因遺伝子を発現させたAPPマウスに投与し、発症に対する予防・治療効果の解析を行った。その結果、γセクレターゼの阻害活性を持つヒシュカエキスの長期にわたる経口投与は、アルツハイマー病モデルマウスの記憶・学習能力の低下と情緒異常を有意に抑制し、また、大脳皮質や血管壁へのAβの沈着も有意に抑制した。本研究によって、γセクレターゼの阻害活性を持つヒシュカエキスの長期にわたる経口投与は、Aβの蓄積のみならず、アルツハイマー病モデルマウスの記憶・学習能力の低下と情緒異常を有意に抑制し、アルツハイマー病の予防効果を有することが判明した。
結論
我々は、γセクレターゼの阻害活性を持つ漢方薬植物エキスとしてヒシュカ及びライコウトウエキスを同定し、それぞれの主要有効成分の同定に成功した。ヒシュカエキスの長期にわたる経口投与は、新たに作製したアルツハイマー病モデルマウスの記憶学習能力の低下と情緒異常を有意に抑制し、また、大脳皮質や血管壁へのAβの沈着も有意に抑制した。したがって、γセクレターゼの阻害活性を持つヒシュカエキスは、全く新しいアルツハイマー病の治療・予防薬として極めて有望であると考えられた。

公開日・更新日

公開日
2017-06-05
更新日
-

研究報告書(PDF)

行政効果報告

文献番号
201208009C

成果

専門的・学術的観点からの成果
新規にγセクレターゼの活性を測定するアッセイ系の構築に成功した。
ヒシュカとライコウトウエキスがγセクレターゼの阻害活性を有することを見いだした。
新規に2種類のアルツハイマー病のモデルマウスの作製し、熊本大学の生命資源研究支援センター動物資源開発研究施設(CARD)にデポジットした。
ヒシュカエキス及びライコウトウエキスをアルツハイマー病のモデルマウスに長期経口投与することによって、抗アルツハイマー病効果が得られることを見いだした。
臨床的観点からの成果
漢方薬エキスとして使用されているヒシュカエキスおよびライコウトウエキスが全く新しいアルツハイマー病の治療・予防薬として極めて有望であることを示した。
アルツハイマー病予防のための製品化をめざして、製薬企業と共同研究を継続中。「アルツハイマー病予防薬」として特許が査定された(第6009498号)
ガイドライン等の開発
該当無し
その他行政的観点からの成果
該当無し
その他のインパクト
読売、毎日、朝日、日経、中日、日刊工業等の平成26年1月29日の夕刊で紹介された。平成26年9月13日に京都大学時計台ホールで開催された京都大学春秋講義で本研究成果の発表を行った講演で、約500名が入場可能な会場に観客が入りきらないほどの関心を集めた。
本成果を発表した論文(10.1371/journal.pone.0087185)の閲覧回数が5,200回を超えた(H28年5月10日現在)

発表件数

原著論文(和文)
0件
原著論文(英文等)
12件
その他論文(和文)
1件
その他論文(英文等)
0件
学会発表(国内学会)
44件
学会発表(国際学会等)
21件
その他成果(特許の出願)
2件
その他成果(特許の取得)
0件
その他成果(施策への反映)
0件
その他成果(普及・啓発活動)
11件

特許

特許の名称
アルツハイマー病予防薬
詳細情報
分類:
特許番号: 特願2011-19043
発明者名: 垣塚 彰、笹岡紀男、兼森祥子、坂本めぐみ、竹本佳司、塚野千尋。
権利者名: 国立大学法人京都大
出願年月日: 20110901
国内外の別: 国内
特許の名称
アルツハイマー病予防薬
詳細情報
分類:
特許番号: 特願2014-129478
発明者名: 垣塚 彰、笹岡紀男、兼森祥子、坂本めぐみ、竹本佳司、塚野千尋。
権利者名: 国立大学法人京都大
出願年月日: 20140624
国内外の別: 国内

主な原著論文20編(論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限る)

論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限ります。

原著論文1
Okamoto A, Koike M, Yasuda K, et al.
Maintaining ATP levels via the suppression of PERK-mediated rRNA synthesis at ER stress.
Biochem Biophys Res Commun , 394 (1) , 42-47  (2010)
10.1016/j.bbrc.2010.02.065
原著論文2
Koike M, Fukushi J, Ichinohe Y, et al.
Valosin-containing protein (VCP) in novel feedback machinery between abnormal protein accumulation and transcriptional suppression.
J Biol Chem , 285 (28) , 21736-21749  (2010)
10.1074/jbc.M109.099283
原著論文3
Manno A, Noguchi M, Fukushi J, et al.
Enhanced ATPase activities as a primary defect of mutant valosin-containing proteins (VCPs) that cause inclusion body myopathy associated with Paget disease of bone and frontotemporal dementia (IBMPFD).
Genes Cells , 15 (8) , 911-922  (2010)
10.1111/j.1365-2443.2010.01428.x.
原著論文4
Muguruma K, Nishiyama A, Ono Y, et al.
Ontogeny recapitulating generation and tissue integration of ES cell-derived Purkinje cells.
Nat Neurosci , 13 (10) , 1171-1180  (2010)
10.1038/nn.2638
原著論文5
Takeshita Y, Fujinaga R, Kokubu K, et al.
Interaction of ataxin-3 with huntingtin-associated protein 1 through Josephin domain.
Neuroreport , 22 (5) , 232-238  (2011)
10.1097/WNR.0b013e32834505f4
原著論文6
Nakano N, Ohashi-Ikeda H, Hangai M, et al.
Longitudinal and simultaneous imaging of retinal ganglion cells and inner retinal layers in a mouse model of glaucoma induced by N-methyl-D- aspartate.
Invest Ophthalmol Vis Sci , 52 (12) , 8754-8762  (2011)
10.1167/iovs.10-6654.
原著論文7
Ohyama K, Yasuda K, Onga K, et al.
Spatio- temporal expression pattern of the NatB complex, Nat5/Mdm20 in the developing mouse brain: implications for co- operative versus non-co-operative actions of Mdm20 and Nat5.
Gene Expr Patterns , 12 (1-2) , 36-45  (2012)
10.1016/j.gep.2011.11.001
原著論文8
Muraoka Y, Ohashi-Ikeda H, Nakano N, et al.
Real-Time Imaging of Rabbit Retina with Retinal Degeneration by using Spectral-Domain Optical Coherence Tomography.
PLoS ONE , 7 (4) , e36135-  (2012)
10.1371/journal.pone.0036135
原著論文9
Takata T, Kimura Y, Ohnuma Y, et al.
Rescue of growth defects of yeast cdc48 mutants by pathogenic IBMPFD-VCPs.
J. Str. Biol. , 179 (2) , 93-103  (2012)
10.1016/j.jsb.2012.06.005
原著論文10
Sakurai H, Sakaguchi Y, Shoji E, et al
In vitro modeling of paraxial mesodermal progenitors derived from induced pluripotent stem cells.
PLoS ONE , 7 (10) , e47078-  (2012)
doi: 10.1371/journal.pone.0047078
原著論文11
Murakami K, Ichinohe Y, Koike M, et al
VCP Is an Integral Component of a Novel Feedback Mechanism that Controls Intracellular Localization of Catalase and H2O2 Levels. Long-term oral administration of Hop flower extracts mitigates Alzheimer phenotypes in mice.
PLoS ONE , 8 (2) , e56012-  (2013)
10.1371/journal.pone.0056012
原著論文12
Sasaoka N, Sakamoto M,Kanemori S, et al.
Long-term oral administration of Hop flower extracts mitigates Alzheimer phenotypes in mice.
PLoS ONE , 9 (1) , e87185-  (2013)
10.1371/journal.pone.0087185

公開日・更新日

公開日
2015-05-27
更新日
2017-06-06

収支報告書

文献番号
201208009Z