抑肝散の精神機能障害に対する効能解析への科学的・分子生物学的アプローチ

文献情報

文献番号
201208004A
報告書区分
総括
研究課題名
抑肝散の精神機能障害に対する効能解析への科学的・分子生物学的アプローチ
課題番号
H22-創薬総合-一般-004
研究年度
平成24(2012)年度
研究代表者(所属機関)
遠山 正彌(近畿大学 東洋医学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 掛樋 一晃(近畿大学 薬学部 )
  • 島田 昌一(大阪大学 医学系研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 厚生科学基盤研究分野 創薬基盤推進研究(創薬総合推進研究)
研究開始年度
平成22(2010)年度
研究終了予定年度
平成24(2012)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
抑肝散が認知症、統合失調症はじめ種々の精神疾患に有効であるとの臨床報告が蓄積されつつある。認知症に関してはセンキュウに含まれるフェルラ酸が小胞体ストレスによる神経細胞死機序を抑制すること、また抑肝散が細胞死を抑制するsumoylationを亢進し、その候補生薬がセンキュウであることを示してきた。本研究ではまずセンキュウがsumoylationを抑制することを確立する。次いで、抑肝散が鬱などの他の精神疾患に有効であるとの報告もあり、センキュウがこれを担うか否かを検討した。さらに認知症研究では抑肝散構成生薬サイコがβセクレターゼ活性を阻害することを見出してきた。本研究ではサイコのどの成分がこの役割を担うかも検討した。
一方統合失調症研究では抑肝散中に含有される天然アルカロイド成分のセロトニン受容体やドーパミン受容体に対する影響を調べてきた。H23年度までに、ガイソシジンメチルエーテルがセロトニン(5-HT)1A受容体に対してはパーシャルアゴニストとして、5-HT2A、2C、5-HT7受容体にはアンタゴニストとして、またD2受容体に対してパーシャルアゴニストとして作用することを示した。本年度は、イオンチャネル型のセロトニン受容体である5-HT3受容体について、電気生理学的に抑肝散中の天然アルカロイドがどの様な影響を与えるかを検索した。
研究方法
センキュウが濃度依存性にsumoylationを抑制するか否か検討した。またストレスに対する効果はSGK1発現の有無を指標とした。サイコの熱水抽出物はPLCシリカゲルプレートを用いて分画した。βセクレターゼアッセイは50倍希釈したβセクレターゼ溶液を加え、37℃で60分間酵素反応を行った。1時間後反応を止め、蛍光強度を測定した。
5-HT3受容体は、ヘテロマーから成るイオンチャネルで、ヒトでは5-HT3A、5-HT3B、5-HT3C、5-HT3D、5-HT3Eの5つのサブファミリーが存在している。ヒトの5-HT3A、B、C、D、EのそれぞれのcDNAからキャッピングしたcRNAを合成して、アフリカツメガエル卵母細胞に微量注入し、5-HT3受容体を発現させた。2電極膜電位固定法により、電気生理学的にアフリカツメガエル卵母細胞に発現した5-HT3受容体の特性を解析した。抑肝散に含まれる天然アルカロイドの各種成分をセロトニンと同時投与することによって、5-HT3受容体の応答に影響を与えるアルカロイドを同定した。
結果と考察
抑肝散構成生薬センキュウは濃度依存性に細胞死を抑制する経路であるsumoylationを促進した。一方ストレスを負荷するとオリゴデンドロサイトでSGK1発現が上昇することを我々はすでに報告している。どの構成生薬がその効果を発揮しているかを検討するとセンキュではなくカンゾウ、ブクリョウ、サイコが水浸ストレス負荷によるオリゴデンドロサイトでのSGK1発現の上昇を抑えた。これらの生薬の中にうつ病に有効な成分が含まれていることが示された。アルツハイマー病においてアミロイド線維が沈着することで観察される老人班の原因の一つであるβセクレターゼ阻害活性を示す抑肝散中の成分についても探索を進め、構成生薬のうちサイコの酢酸エチル抽出分画中に高いβセクレターゼ阻害活性を見出した。
イオンチャネル型のセロトニン受容体である5-HT3受容体について解析した。その結果、5-HT3受容体に対してアンタゴニスト作用を有する抑肝散含有の天然アルカロイド成分を6種類同定した。その6種類のアルカロイドを5-HT3A受容体(ホモマー)と5-HT3ABCDE受容体(ヘテロマー)に対する抑制効果の違いによってさらに3通りに分類した。コリノキセインとリンコフィリンは5-HT3A受容体と5-HT3ABCDE受容体に対する抑制効果に、あまり差が認められなかった。一方、ヒルステインやヒルスチンは5-HT3A受容体と比べると5-HT3ABCDE受容体により強い抑制効果を示した。逆にイソコリノキセインとイソリンコフィリンは5-HT3ABCDE受容体よりも5-HT3A受容体に対して高い親和性を示した。最後に、これら6成分を同時投与すると、5-HT3受容体のセロトニン応答に対して強い抑制効果が生じた。これらの複数のアルカロイド成分による相加・相乗効果によると考えられた。このことは複数の生薬より構成される漢方薬の強みを示すものである。
結論
抑肝散の認知症に関する効果は小胞体ストレス抑制作用、sumoylation亢進作用、βセクレターゼ活性抑制作用によることが明らかとされた。一方統合失調症に関してはこれまでの5HT受容体やドーパミン受容体に対する作用に加えて5HT3A受容体にも作用することが明らかとされた。

公開日・更新日

公開日
2013-09-03
更新日
-

研究報告書(PDF)

文献情報

文献番号
201208004B
報告書区分
総合
研究課題名
抑肝散の精神機能障害に対する効能解析への科学的・分子生物学的アプローチ
課題番号
H22-創薬総合-一般-004
研究年度
平成24(2012)年度
研究代表者(所属機関)
遠山 正彌(近畿大学 東洋医学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 掛樋 一晃(近畿大学 薬学部)
  • 島田 昌一(大阪大学 医学系研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 厚生科学基盤研究分野 創薬基盤推進研究(創薬総合推進研究)
研究開始年度
平成22(2010)年度
研究終了予定年度
平成24(2012)年度
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
 高齢化が著しく進む現在、アルツハイマー病などの認知症の治療法の開発はまさに急務である。本研究で取り上げる抑肝散は認知症の問題行動(BPSD)に効果を示すことが、BPSD動物モデルを用いた研究から明らかにされていると共に認知症の予防、進行防止にも有効との結果も報告されている。そこでまず我々は、アルツハイマー病を含めた認知症に対する抑肝散の効果について、成分レベルでの研究を進めた。抑肝散構成生薬の抽出物について、小胞体ストレスによる神経細胞死抑制効果およびβセクレターゼ活性の阻害成分の探索を行った。
  認知症と並んで抑肝散の著明な効果が認められる疾患は統合失調症である。統合失調症ならびにBPSDには非定型方抗精神病薬が効果的であることも知られている。これらの結果は、非定型抗精神病薬と類似した成分を含有し、統合失調症に有効な成分をも含むことを示している。本研究では抑肝散中に含有される天然アルカロイド成分のセロトニン受容体やドーパミン受容体に対する影響を検討した。
研究方法
 抑肝散の小胞体ストレス誘導による神経細胞死の抑制効果については、各構成分の小胞体ストレスに対する防御機序をSK-N-SHヒト神経芽細胞腫、Neuro2aマウス神経芽細胞腫で検討した。ヒト神経芽細胞腫細胞を用いるアポトーシス抑制効果の評価では、WST-1で測定した。センキュウ熱水抽出物分画や抑肝散構成生薬のメタノール抽出物の調製を行い、アポトーシス抑制活性測定やβセクレターゼ阻害活性測定を行った。抑肝散処理におけるsumoylationの変化をSK-N-SH細胞で検討した。
 統合失調症研究では、抑肝散のアルカロイド成分が、脳のドーパミン受容体やセロトニン受容体の各サブタイプに対してどの様に作用するかを検討した。これら受容体の応答をアッセイするのに細胞内Ca2+イメージング法を用いて解析した。2電極膜電位固定法により、アフリカツメガエル卵母細胞に発現した5-HT3受容体の特性を電気生理学的に解析した。抑肝散に含まれるアルカロイドの各種成分をセロトニンと同時投与することによって、5-HT3受容体のセロトニン応答に影響を与えるアルカロイドを同定した。
結果と考察
 抑肝散を構成する7種の生薬、それぞれが小胞体ストレスにより惹起される神経細胞死を抑制するか否かをNeuro2AあるいはSK-N-SH細胞を用いて検討した。その結果センキュウが神経細胞死を抑制、サイコも弱いものの抑制効果を示した。神経細胞家族性アルツハイマー病の原因遺伝子変異産物である変異Presenilin1 (PS1)(⊿PS1)を発現させた神経細胞での検討では抑肝散前処理により細胞死を引き起こす神経細胞が減少した。さらにセンキュウ単独でも濃度依存性に同様の効果が見られた。この機構としてGRP78発現が非前処理群に比して高く、CHOP発現は逆に非前処理群に比して低かった。カスペース4の活性化も抑制されていた。
センキュウ熱水抽出物では92%、抑肝散では87%へと細胞生存率が回復し、センキュウ熱水抽出物および抑肝散中の成分が小胞体ストレス誘導によるアポトーシスを抑制することがわかった。このセンキュウ中に含まれるFerulic acidに細胞死抑制効果の可能性が見出された。Ferulic acid前処理により検討したところ、濃度依存に神経細胞死抑制効果を示した。また、サイコ中にはβセクレターゼに対し阻害活性を示す成分が含まれ、その活性成分が脂溶性成分であると考えられた。一方、抑肝散処理におけるsumoylationの変化をSK-N-SH細胞で検討したところ抑肝散投与群でSUMO化タンパク質の増強が見られた
 統合失調症研究では、抑肝散に含まれる成分の中から、非定型抗精神病薬と類似した薬理作用を示す単体のアルカロイドの同定を目指した。その結果、ガイソシジンメチルエーテルが5-HT1A受容体に対してはパーシャルアゴニストとして、5-HT2A、2C、5-HT7受容体にはアンタゴニストとして作用し、D2受容体に対してはパーシャルアゴニストとして作用した。抑肝散の副作用が少ない理由として、5-HT3受容体の阻害作用が関与している可能性を示唆した。
結論
 抑肝散の認知症に関する効果は小胞体ストレス抑制作用、sumoylation亢進作用、βセクレターゼ活性抑制作用によることが明らかとされた。一方、統合失調症研究では抑肝散に含まれる成分の中から、非定型抗精神病薬と類似した薬理作用を示す単体のアルカロイドを同定し、統合失調症に有効な新しい薬剤を開発することを目的とした。抑肝散の天然アルカロイド成分の中でも、ガイソシジンメチルエーテルはパーシャルアゴニストなどの作用を示した。統合失調症の治療薬の開発にこれらのアルカロイドが役立つと考えられた。

公開日・更新日

公開日
2013-09-03
更新日
-

研究報告書(PDF)

行政効果報告

文献番号
201208004C

成果

専門的・学術的観点からの成果
本研究では抑肝散の構成生薬のセンキュウに含まれるフェルラ酸が小胞体ストレスによる神経細胞死を防ぐことを明らかとした。抑肝散構成生薬チョウトウコウは各種天然アルカロイドを含む。天然アルカロイド成分のうちガイソシジンメチルエーテルなど7種の天然アルカロイドがセロトニン(5-HT)受容体、ドーパミン受容体の機能を制御する機能を有していることが明らかとなった。以上の結果は抑肝散の統合失調症の治療薬としての科学的証左を与えるものである。
臨床的観点からの成果
漢方薬、とりわけ抑肝散の認知症、統合失調症に対する有効性の科学的証左を得た。また、統合失調症においては複数のアルカロイドの効果が相乗効果を示すことも明らかとなり、漢方薬の有用性も指摘された。また認知症、統合失調症に効果的な分子が解明され、今後の新たな創薬標的となった。
ガイドライン等の開発
漢方薬は副作用も少なく種々の臨床の治療で用いられているが、「なぜ有効であるか」の科学的証左を欠くことより治療薬としての地位を確立しているとは言い難い。しかしながら、漢方薬が有効出るとの臨床的知見が積み重なっているのも事実である。漢方薬の科学的効能が科学的に裏打ちされ、どの分子が有効であるかの結果まで得られれば、漢方薬の治療薬としての地位を確立するのみならず新規創薬の有力なシーズとしてガイドライン開発の一助になる。
その他行政的観点からの成果
抑肝散はBPSDの精神諸症状を抑制しながら、身体機能を向上させるというこれまでの抗精神病薬とは異なる特徴的な効果が認められている。抑肝散が示すこれらの特徴は認知症のBPSDに対する治療法として有用であるばかりでなく、身体機能を向上させることで、認知症患者のQuality of Lifeの向上にも寄与し、医療費の削減効果も期待される。
その他のインパクト
アルツハイマー病の神経細胞死が小胞体ストレスにより惹起することを世界に先駆けて報告していると共にドーパミン、セロトニンの作用機序の分子機序の関しては世界的リーダーでもある我々のグループが共同して、抑肝散が認知症や統合失調症に有効であるとの科学的証左を得た。さらに、有効成分の可能性を持った因子を抽出しており、今後の発展が期待される。

発表件数

原著論文(和文)
0件
原著論文(英文等)
2件
その他論文(和文)
4件
その他論文(英文等)
0件
学会発表(国内学会)
3件
学会発表(国際学会等)
1件
その他成果(特許の出願)
1件
その他成果(特許の取得)
0件
その他成果(施策への反映)
0件
その他成果(普及・啓発活動)
0件

特許

主な原著論文20編(論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限る)

論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限ります。

原著論文1
Hiratsuka T, Matsuzaki S, Miyata S, et al.
Yokukannsan inhibits neuronal death duringERstress by regulating the unfolded protein response.
PLoS one , 5 (10) , 13280-  (2010)
原著論文2
Ueda T, Ugawa S, Ishida Y, et al.
Geissoschizine methyl ether has third-generation antipsychotic-like actions at the dopamine and serotonin receptors.
Eur J Pharmacol. , 671 , 79-86  (2011)

公開日・更新日

公開日
2017-06-20
更新日
-

収支報告書

文献番号
201208004Z