治療抵抗性分裂病の発症機構と新しい治療法開発に関する研究

文献情報

文献番号
199800039A
報告書区分
総括
研究課題名
治療抵抗性分裂病の発症機構と新しい治療法開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
山形 要人((財)東京都神経科学総合研究所)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
分裂病様の幻覚、妄想症状を引き起こす methamphetamine (MAP)、cocaine などを反復投与すると、これらの薬物に対する反応性が増強し、ヒトでは精神症状、動物では異常行動が出現する。これは、薬物による異常な可塑的変化であり、逆耐性現象と呼ばれ、分裂病の再燃モデルとも考えられている。また、phencyclidine (PCP) が、分裂病の陽性症状だけでなく、陰性症状も引き起こすことから、興奮性アミノ酸受容体と分裂病との関連も提唱されている。そこで、 MAP や PCP によって発現が活性化される遺伝子を脳から単離し、それを解析することによって、病的遺伝子産物による分裂病発症のメカニズムを明らかにしようと試みた。
研究方法
ラットを電撃痙攣刺激し、4 時間後の海馬から cDNA ライブラリーを作製した後、differential cloning によって、脳内で誘導される遺伝子群を単離した。クローニングした遺伝子断片をプローブにして、MAP や PCP によっても発現変化する遺伝子を Northern ブロット、in situ hybridization で選び出した。クローン #1 が、薬物によって最もよく発現制御されていたので、このクローンの全長 cDNA をライブラリーから単離し、データベースをサーチした。また、GST との融合蛋白質を免疫することによって、ポリクローナル抗体を作製し、Western ブロティング、免疫組織化学を行った。また、このクローン #1 (arc と命名)の機能を調べるため、two-hybrid system を用いて、Arc 結合蛋白質 (SH3P13s) を同定した。また、得られた cDNA 断片を用いて、ライブラリーを再度スクリーニングし、SH3P13s と結合する蛋白質の cDNA (dynamin、synapsin など) も単離した。
結果と考察
電撃痙攣刺激によって脳内で誘導される遺伝子群を differential cloning によって単離した。そして、この遺伝子群の中で、電気痙攣刺激だけでなく、MAP や PCP の投与によっても誘導される遺伝子をスクリーニングし、 arc 遺伝子を見出した。arc mRNA は、MAP(4 mg/kg)投与によって、線条体・大脳皮質(全層)を中心に誘導され、その誘導は、D1 受容体の選択的阻害剤 SCH23390 の前投与によって抑制された。また、arc 遺伝子は、PCP の投与後、特徴的な発現変化を示した。すなわち、PCP (10 mg/kg) を投与すると、一過性(約 2 時間をピーク)に、大脳皮質の II-III 層・VI 層、前障で 誘導され、その後、発現量が減少した。そして、投与後、4-8 時間ではほとんど発現が認められなくなったが、24-48 時間後には、再び投与前のレベルに戻った。また、抗精神病薬の clozapine は、arc の発現を皮質および線条体の両方で減少させたが、他の D2 ブロッカーである risperidone、nemonapride は、線条体で arc を誘導した。そこで、これらの抗精神病薬を用いて、PCP による異常行動および arc 遺伝子発現活性化に及ぼす影響を調べたところ、risperidone、nemonapride は、PCP による異常行動を抑えず、また、皮質での arc の一過性誘導にも影響を与えなかった。しかしながら、clozapine の前投与は、PCP による異常行動を抑制するとともに、皮質での arc の一過性の誘導も抑制した。この結果から、PCP による異常行動と皮質での arc 発現との関連が示唆された。
塩基配列の解析から、Arc 蛋白質は、396 個のアミノ酸からなる分子量 45,365 kDa、等電点 4.5 の可溶性蛋白質と予想された。ホモロジーサーチを行ったところ、膜の裏打ち蛋白質であるα-Spectrin と低い相同性(19.2 %)が認められたが、他の蛋白質との相同性は認められず、機能を推測することが出来なかった。そこで、two-hybrid system を用いて、Arc と相互作用する蛋白質の同定を試みた。長さの異なる二個のクローン(abp12 および abp15)が、同一の遺伝子に由来する cDNA であったので、この遺伝子断片をプローブにして、完全長の cDNA を単離した。塩基配列の解析から、この cDNA は、278 個のアミノ酸からなる、分子量 31.6 kDa、等電点 4.7 の可溶性蛋白質をコードすることが予想された。データベースを検索したところ、この蛋白質は、C 末端側に一個の SH3 ドメインを持つ、SH3P13 蛋白質と最も相同性が高かった。さらに、この遺伝子は、すでに報告されている SH3P13 遺伝子から、alternate splicing によってできる、 splice variant であると予想されたので、この蛋白質を SH3P13s と名付けた。SH3P13s は、SH3P13 の N-末端側 69 個のアミノ酸を欠くが、他のアミノ酸配列は SH3P13 と完全に一致していた。SH3P13s と Arc との結合を確かめるため、in vitro で転写・翻訳した Arc を GST-SH3P13s 融合蛋白質と反応させた。その後、グルタチオンビーズを加えることによって、GST 融合蛋白質を沈降させ、結合蛋白質を電気泳動した。Arc は、GST 単独では、ビーズにほとんど結合しなかったが、GST-SH3P13s と反応させると、ビーズとともに沈降した。これは、Arc が、SH3P13s 蛋白質部分に結合することによって、ビーズと一緒に沈降したためと考えられる。また、SH3P13s mRNA の組織分布を調べるために、各組織の RNA を用いてNorthern 解析を行った。SH3P13s mRNA は、精巣に最も多く発現しており、続いて脳、そして肝臓にもわずかの発現が認められた。
多くの SH3 蛋白質は、SH3 ドメインを介して、他の機能蛋白に結合し、その活性を制御すると考えられている。そこで、SH3 ドメインを介して結合する蛋白質を解析するため、SH3P13s の SH3 ドメイン を bait にして、もう一度、海馬のライブラリーをスクリーニングし、dynamin を見出した。Dynamin は GTP 結合蛋白質の一種で、エンドサイトーシスの小胞生成時に、小胞茎で四量体を形成する。そして、GTP を加水分解することによって、小胞を形質膜から切断することが知られている。そこで、まず、SH3P13s 蛋白質の dynamin GTPase 活性に及ぼす影響を解析した。脳から精製した dynamin に、大腸菌で発現させた GST-SH3P13s 蛋白質を加え、GTP 水解活性を調べたところ、SH3 蛋白質を加えることによって、dynamin の GTPase が活性化された。また、SH3P13s の SH3 ドメインのみを加えても、GTPase 活性が亢進した。さらに、同じ反応系に、大腸菌で発現させた GST-Arc 蛋白質を加えたところ、添加した Arc の量に応じて、dynamin の GTPase が活性化された。この結果から、「薬物によって誘導された Arc 蛋白質が、SH3 蛋白質を介して、dynamin の GTPase を活性化し、受容体の internalization を促進することによって、脱感作(陰性症状)が生じる」という、分裂病発症に関する新しい仮説が考えられた。
結論
MAP、PCP によって発現調節される遺伝子をスクリーニングし、転写因子以外の IEG 産物として初めて、Arc を見出した。Arc は、これらの薬物投与や電撃痙攣刺激によって脳内で誘導され、特に PCP 投与によって、皮質での一過性の増加の後、減少するという特徴的な発現変化を示した。さらに、PCP による陰性症状を抑える clozapine が、arc の一過性の誘導も抑制したことから、陰性症状と Arc 発現との関連が示唆された。次に、Arc 蛋白質の機能解析のために、Arc 結合蛋白質をスクリーニングし、新しい SH3 蛋白質 SH3P13s を見出した。そして、この SH3P13s が、SH3P13 の splice variant であり、その結合蛋白質が、endocytosis に関わる dynamin 分子であること、さらに、dynamin の GTPase が、SH3P13s によって活性化されるだけでなく、Arc によって、より活性化され、endocytosis が促進されることを示した。以上の結果から、MAP や PCP によって誘導された Arc 蛋白質が、SH3P13s を介して、 受容体の sequestrationを促進し、分裂病症状が出現するという、分裂病発症の新しいメカニズムが考えられた。SH3P13 蛋白質は、N 末側の coiled-coil ドメイン、C 末側の SH3 ドメイン、そして、それらに挟まれる variable region から成るが、SH3P13s は、短い coiled-coil ドメインを持つことになる。arc mRNA は、電撃痙攣刺激や長期増強(LTP)に伴って海馬歯状回顆粒細胞で誘導され、テトロドトキシンの眼球内注入によって反対側の一次視覚野での発現量が減少した。また、脳の発達期においても、シナプス形成とともに発現量が増加した。arc 遺伝子発現の特徴としては、mRNA が樹状突起にソーティングされることであり、電気ショック後の海馬歯状回分子層で特に顕著であった。この現象は、MAP2 や CaMKII の mRNA でも見られるが、他の最初期遺伝子の発現パターンとは明らかに異なっていた。これは、Arc 蛋白質が神経活動によって速やかに突起内で合成され、シナプス後ニューロンの細胞内可塑的変化を引き起こすためと考えられる。
Arc に対する抗体を精製し、ウエスタンブロットを行ったところ、Arc 蛋白質が約 55 kDa のバンドとして認められ、電気ショックや MAP の急性投与によって、それぞれ海馬、線条体分画で誘導された。また、同じ抗体を用いた免疫組織化学では、Arc 蛋白質が、樹状突起だけでなく、核内や核周囲細胞質にも誘導されることが明らかになった。
=Immediate early genes (=IEGs) が、脳内でも神経活動によって発現調節されることがわかって十年になるが、これらの遺伝子産物は、神経活動によって誘導され、最終的にはシナプス、すなわち神経回路網を変化させることで、学習・記憶などの脳の高次機能が成立すると考えられる。そして、薬物依存や逆耐性、覚せい剤精神病なども、この脳の可塑的性質が、薬物によって病的に歪められた結果、生じてくると考えられる。そこで、 Arc mRNA は、MAP 投与によって線条体・大脳皮質の神経細胞で誘導され、その誘導は SCH23390 によって消失したことから、arc 遺伝子発現は D1 受容体を介して活性化されると考えられた。また、PCP 投与によって、Arc mRNA および蛋白質が、大脳皮質の II-III 層・VI 層、前障で 2 時間後をピークに誘導された。
また、誘導された arc mRNA は、細胞体だけでなく、樹状突起にもソーティングされることから、Arc 蛋白質が突起内で合成され、シナプス後ニューロンの細胞内可塑的変化を引き起こすと考えられる。実際、PSD (post-synaptic density)分画を用いた Western 解析からも、Arc が PSD 分画に多量に存在することを確認している。
今回のスクリーニングで、唯一複数のクローンが得られたことから、シナプス後細胞における Arc 結合蛋白質として、SH3P13s が、まず第一に考えられる。SH3 蛋白質には、数多くの種類が知られているが、SH3P13 蛋白質と同じファミリーに属する蛋白質には、SH3P4、 SH3P8 がある。これらは、すべて C-末端に一個の SH3 ドメインを持ち、N-末端側は coiled-coil ドメインで構成されている。Yale 大学の De Camilli のグループは、これらの SH3 蛋白質が、synaptojanin に結合することを報告している。彼らは、シナプトゾームを用いた免疫電顕によって、dynamin がシナプス前終末にあることを証明した。しかしながら、PSD (post-synaptic density)分画を用いた Western 解析では、dynamin、SH3P13s、Arc のすべてが、PSD 分画に存在することが確認されている。さらに、SH3P13s 抗体を用いた免疫電顕でも、SH3P13s がシナプス後ニューロンに存在することを確認している。
De Camilli らは、シナプス前終末の小胞のリサイクリングを研究しており、このエンドサイトーシスの過程に SH3 蛋白質、dynamin、synaptojanin などが重要な役割を果たしていることを明らかにしてきた。しかし、前述したように、このエンドサイトーシスは、シナプス前終末に特異的な機構ではなく、後細胞でも同様の現象が観察されている。すなわち、受容体を介したエンドサイトーシスの過程にも、dynamin やある種の SH3 蛋白質が関与していることが、最近、明らかになってきた。特に、三量体 G 蛋白質に couple した受容体の internalization が、dynamin 依存的であることが報告されている。そして、この考えは、薬物依存研究にも応用できる。すなわち、薬物依存に関与する受容体として、ドーパミン受容体が知られているが、これもリガンド刺激によって、Sequestration される。そして、この過程が、dynamin-dependent であることから、「MAP や PCP によって誘導された Arc 蛋白質が、SH3 蛋白質を介して dynamin GTPase を活性化し、ドーパミン受容体およびグルタミン酸受容体の down-regulation(endocytosis)を促進する」という、分裂病発症に関する新しいモデル(作業仮説)が考えられる。今後は、arc 遺伝子を培養細胞に導入することによって、この仮説を検証していく予定である。
この一過性の arc の誘導は、PCP の効き目の早さに対応しているとも考えられる。電撃痙攣刺激でも、arc の発現のピークは約 2 時間であることから、PCP の投与によって、ある特定のニューロンが興奮し、異常行動を引き起こすとともに、arc の遺伝子発現も活性化した可能性がある。この仮説の根拠として、PCP の異常行動を抑える clozapine が、皮質での arc の一過性誘導もよく抑えることがあげられる。逆に、異常行動を抑えない risperidone や nemonapride は、皮質での arc 発現も抑制しない。すなわち、PCP による皮質での arc の発現を抑えることによって、分裂病の陰性症状が抑制されるとも考えられる。この仮説を検証するためには、ノックアウトマウスや in vivo 遺伝子導入系を用いて、arc の発現を抑えたときに、PCP による異常行動が出現するかどうかを確かめる必要がある。 その Arc 蛋白質の機能であるが、アミノ酸配列からは、α-Spectrin との低い相同性が認められるだけで、特別なドメインは認められなかった。そこで、Arc の結合蛋白質を探すことによって、Arc の機能を明らかにするため、two-hybrid system を用いて、Arc 結合蛋白質が SH3P13s であることを明らかにした。そして、SH3P13s が、SH3P13 の splice variant であること、精巣や脳に多く発現していること、突起を含む細胞質に局在していることを示した。さらに、SH3P13s のシナプスにおける機能的役割を明らかにするため、 SH3 ドメインを bait にして、その結合蛋白質をスクリーニングし、dynamin を同定した。そしてさらに、dynamin の GTPase 活性が、SH3P13s によって活性化されること、さらに、Arc がその活性化を亢進させることなどを明らかにした。 コカインやアンフェタミンに対する依存性・逆耐性、精神病様症状は、ドーパミン受容体の慢性的な刺激による、異常な遺伝子発現の結果、生じてくると考えられる。我々は、昨年、依存性薬物の投与によって活性化される遺伝子発現プログラムを解析し、Arc (Activity and developmentally regulated protein associated with cytoskelton) と名付けた遺伝子産物が、薬物の投与によって、線条体を中心に誘導されることを報告した。
arc 遺伝子は、電撃痙攣刺激によって、脳内で誘導される、immediate early gene (IEG) の一つとして、我々が、世界に先がけて発見した12)。arc mRNA は、電撃痙攣刺激だけでなく、カイニン酸投与、長期増強などによっても誘導され、脳の病的および正常可塑性に関与していると考えられる。また、コカインやアンフェタミン、ハロペリドールの投与によっても、arc mRNA が誘導され、ドーパミン受容体を介する arc 遺伝子発現の活性化も明らかにした3)。
arc 遺伝子発現の特徴は、mRNA が細胞体だけでなく、樹状突起にもソーティングされることであり、その遺伝子産物も樹状突起に局在する。そこで、薬物によって誘導された Arc 蛋白質の、シナプス(特にシナプス後部)における機能を明らかにする必要がある。我々は、以前、Arc 蛋白質が、細胞骨格(F-アクチン)に結合することを報告した13)が、アクチンを完全に精製すると、Arc が結合しなくなることから、別の蛋白質を介して細胞骨格に結合していることが予想される13)。本研究では、two-hybrid system を用いて、Arc 結合蛋白質を同定・解析することによって、Arc のシナプスにおける機能的役割の解明を試みた。Two-hybrid system を用いて、覚せい剤・麻薬によって誘導される遺伝子産物 Arc と相互作用する蛋白質の同定を試みた。約 20 万個の海馬ライブラリーをスクリーニングし、15 個の陽性クローンを得た。これらのシークエンスを行ったところ、長さの異なる二個のクローン(abp12 および abp15)が、同一の遺伝子に由来する cDNA であることがわかった。そこで、この遺伝子断片をプローブにして、海馬のライブラリーをスクリーニングし、完全長の cDNA を単離した。塩基配列解析から、この cDNA は、278 個のアミノ酸からなる、分子量 31.6 kDa、等電点 4.7 の可溶性蛋白質をコードすることが予想された(Fig. 2A)。データベースを検索したところ、この蛋白質は、C 末端側に一個の SH3 ドメインを持つ、SH3P13 蛋白質6)と最も相同性が高かった。さらに、我々が単離した遺伝子は、すでに報告されている SH3P13 と同じ遺伝子から、alternate splicing によってできる、 splice variant であると予想された(Fig. 2B)。そこで、新たに見出した SH3 蛋白質を SH3P13s と名付けた。SH3P13s 蛋白質は、SH3P13 蛋白質の N-末端側 69 個のアミノ酸を欠くが、他のアミノ酸配列は SH3P13 と完全に一致していた。SH3P13 蛋白質は、N 末側の coiled-coil ドメイン、C 末側の SH3 ドメイン、そして、それらに挟まれる variable region から成るが、SH3P13s は、短い coiled-coil ドメインを持つことになる。
SH3P13s 蛋白質と Arc との結合を確かめるために、in vitro で転写・翻訳した Arc を GST-SH3P13s 融合蛋白質と反応させた。その後、グルタチオンビーズを加えることによって、GST 融合蛋白質を沈降させ、結合蛋白質を解析した。Arc は、GST 単独では、ビーズにほとんど結合しなかったが、GST-SH3P13s と反応させると、ビーズとともに沈降した(Fig. 3)。これは、Arc が、SH3P13s 蛋白質部分に結合することによって、ビーズと一緒に沈降したと考えられる。
また、SH3P13s mRNA の組織分布を調べるために、各組織の RNA を用いてNorthern 解析を行った(Fig. 4, top)。SH3P13s mRNA は、精巣に最も多く発現しており、続いて脳、そして肝臓にもわずかの発現が認められた。脳内では、大脳皮質、海馬、線条体、視床、小脳、脳幹で mRNA が見られ、各部位の量的な差は、認められなかった。また、細胞内局在を調べるために、EGFP と arc を融合させ、ニューロブラストーマとグリオーマの雑種細胞 NG108-15 に遺伝子導入した(Fig. 4, bottom)。細胞質全体に EGFP の蛍光が見られ、細胞体、突起でも融合蛋白質の発現が認められた。
多くの SH3 蛋白質は、SH3 ドメインを介して、他の機能蛋白に結合し、その活性を制御すると考えられている。そこで、SH3 ドメインを介して結合する蛋白質を解析するために、SH3P13s の SH3 ドメイン を bait にして、もう一度、海馬のライブラリーをスクリーニングした。約 30 万個をスクリーニングし、21 個の陽性クローンを単離した。この中で、シナプスに局在する蛋白質として、dynamin I と III、synapsin を見出した。Dynamin は GTP 結合蛋白の一種で、エンドサイトーシスの小胞生成時に、小胞茎で四量体を形成し、GTP を加水分解することによって、小胞を形質膜から切断する2)。Grb2 という SH3 蛋白質は、dynamin の GTPase を活性化することが知られている4)。そこで、まず、SH3P13s 蛋白質の dynamin GTPase 活性に及ぼす影響を解析した。脳から精製した dynamin に、大腸菌で発現させた GST-SH3P13s 蛋白質を加え、GTP 水解活性を調べたところ、SH3 蛋白質を加えることによって、dynamin の GTPase が活性化された(Fig. 5)。また、SH3P13s の SH3 ドメインのみを加えても、GTPase 活性が亢進した(杉浦ら、未発表)。さらに、同じ反応系に、大腸菌で発現させた GST-Arc 蛋白質を加えたところ、添加した Arc の量に応じて、SH3P13s による dynamin GTPase 活性化が、さらに亢進した(Fig. 6)。この結果から、誘導された Arc 蛋白質が、SH3 蛋白質に結合することによって、dynamin の GTPase 活性をさらに上昇させることが考えられた。我々は、本研究において、覚醒剤や麻薬によって誘導される遺伝子産物 Arc の結合蛋白質が SH3P13s であることを、 two-hybrid system を用いて明らかにした。そして、SH3P13s が、SH3P13 の splice variant であること、精巣や脳に多く発現していること、突起を含む細胞質に局在していることも明らかにした。さらに、SH3P13s のシナプスにおける機能的役割を明らかにするため、 SH3 ドメインを bait にして、その結合蛋白質をスクリーニングし、dynamin を同定した。そして、dynamin の GTPase 活性が、SH3P13s によって活性化されること、さらに、Arc がその活性化を亢進させることなどを明らかにした。
arc mRNA が、他の最初期遺伝子 mRNA と異なり、樹状突起にソーティングされることを昨年報告したが、本年に入ってから、arc mRNA が、樹状突起の中でも、特に刺激されたシナプス後部に集積することが示された7)。すなわち、刺激を受けたシナプス後細胞で、極めて早期に Arc が合成され、シナプス後細胞の機能を変化させると考えられる。我々のスクリーニングで、唯一複数のクローンが得られたことから、シナプス後細胞における Arc 結合蛋白質として、SH3P13s が、まず第一に考えられる。
SH3 蛋白質には、数多くの種類が知られているが、SH3P13 蛋白質と同じファミリーに属する蛋白質には、SH3P4、 SH3P8 がある6)。これらは、いずれも C-末端に一個の SH3 ドメインを持ち、N-末端側は coiled-coil ドメインで構成されている。Yale 大学の De Camilli のグループは、これらの SH3 蛋白質が、synaptojanin と dynamin に結合することを報告している6)。彼らは、シナプトゾームを用いた免疫電顕によって、dynamin がシナプス前終末にあることを証明した。しかしながら、我々の PSD (post-synaptic density)分画を用いた Western 解析では、dynamin、SH3P13s、Arc のすべてが、PSD 分画に存在することが確認されている(杉浦ら、未発表)。
De Camilli らは、シナプス前終末の小胞のリサイクリングを精力的に研究しており、このエンドサイトーシスの過程に SH3 蛋白質、dynamin、synaptojanin などが重要な役割を果たしていることを明らかにしてきた。しかし、前述したように、このエンドサイトーシスの機構は、シナプス前終末に特異的ではなく、後細胞にも存在する。すなわち、受容体を介したエンドサイトーシスの過程にも、dynamin やある種の SH3 蛋白質が関与していることが、最近、明らかになってきている。特に、三量体 G 蛋白質に couple した受容体の down-regulation が、dynamin 依存的であることが報告された5, 8)。そして、この結果は、薬物依存研究にも適用できると考えられる。つまり、薬物依存に関与する受容体として、ドーパミン受容体が知られているが、これもリガンドによって、down-regulation する。そして、この過程が、dynamin-dependent であると考えられることから、「覚せい剤などによって誘導された Arc 蛋白質が、SH3 蛋白質を介して dynamin GTPase を活性化し、ドーパミン受容体の down-regulation(endocytosis)を促進する」という、薬物依存のメカニズムに関する新しいモデル(作業仮説)が考えられる。今後は、arc 遺伝子を培養細胞に導入することによって、この仮説を検証していく予定である。
我々は、覚醒剤や抗精神病薬によって、脳内で誘導される新しい遺伝子 arc を見出し、解析してきた。本研究では、Arc 蛋白質の機能解析のために、Arc 結合蛋白質をスクリーニングし、新しい SH3 蛋白質 SH3P13s を見出した。そして、SH3P13s が、SH3P13 の splice variant であり、その結合蛋白質が、endocytosis に関わる dynamin 分子であることを明らかにした。さらに、dynamin の GTPase が、SH3P13s によって活性化されるだけでなく、Arc によって、より活性化され、endocytosis が促進される可能性を示した。以上の結果から、覚せい剤などによって誘導された Arc 蛋白質が、SH3P13s を介して ドーパミン 受容体の down-regulation を促進するという、新しいモデルが考えられる。

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