損傷脊髄の機能回復に関する研究

文献情報

文献番号
199800038A
報告書区分
総括
研究課題名
損傷脊髄の機能回復に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
永野 隆(福井医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 佐藤真(福井医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、交通手段の高速化や建物の高層化などにより高度な脊髄損傷例をみることも少なくないが、多くの場合神経機能の回復は見られず、患者・医師の双方にとり対応が難しい場合も多い。現在の医療技術では損傷脊髄の機能的縫合は難しく、この実現に向けた基礎研究の進展が待たれている。臨床的応用に際しては、傷害された回路のみを特異的に再生させることと、傷害部位周囲の神経組織をさらなる死より保護する二つの側面からの対策が求められるものと考えられる。基礎研究のレベルでは、現状では中枢神経系の回路再生は一定の条件下では可能であるとされるが、目的とする回路の効率的修復は依然困難である。我々は以上の点を鑑み、(1)脊髄損傷時に損傷され影響の大きい錐体路を対象とし本回路の特異的再生を目指す。(2)損傷部位の神経組織を保護するため効率的な神経栄養因子・保護因子の投与法を検討するという2つの実験を計画した。即ち橋組織より分泌される錐体路特異的化学誘引因子をクローニングし、その因子を傷害側遠位に局在させることにより傷害部位を越えた錐体路の特異的修復が可能であるかどうかを探る実験を計画した。同時に、最近報告された脳血液関門の通過能を有するマイクログリア細胞(の亜株)に着目し、マイクログリア細胞が本来神経傷害部位に集積する性質を有することと併せ、本細胞を担体とし傷害部位への神経栄養因子、保護因子の効率的投与の可能性を探る基礎実験も併せて行うことを計画した。
研究方法
本研究は橋由来の化学誘引因子のクローニングとならびにその因子を傷害脊髄に応用するものと、マイクログリアの応用の可能性を探る実験に分けることができる。実験に際しては、本年度実施した橋組織由来因子のクローニングとマイクログリア細胞への遺伝子導入実験の項目について以下に記す。
(1)橋由来因子のクローニング
ラットをモデルシステムとし、Differential display法を用い、化学誘引活性の確認されている生直後ラット脳の橋組織に発現し、バイオアッセイ上活性の確認されていない同時期の大脳皮質組織に発現しない因子を検索した。同法のみでは、候補遺伝子が絞りこめなかったため、in situ hybridization法も併用した。
(2)マイクログリアを用いた実験系
最近、藤田保健衛生大の澤田らにより確立された脳血液関門を通過する能力を有するマイクログリアのセルラインを用い、CMVプロモーターを有する発現ベクターとElongation Factorプロモーターを有する発現ベクターを用いその発現量の検討ならびに、Transfast、DOTAP試薬による遺伝子導入効率の検討を行った。
結果と考察
(1)錐体路に対する化学誘引因子の検索
我々は上記の目的を達成するため、differential display法を応用し、回路形成期の橋に発現する因子の検索を行った。その結果99クローンを候補遺伝子断片として取得した。それらに対してin situ hybridization法による回路形成期の橋での発現を検討した結果、40クローンの橋における発現が確認されたが、それらの多くは橋組織由来因子の活性をバイオアッセイ上示さない大脳皮質においても明瞭に発現していた。そこでin situ hybridization法での検討の結果、大脳皮質での明瞭な発現が観察されない8クローンを候補クローン(1次)として選定した。
我々が、橋由来因子の活性の有無を嗅球と小脳組織でバイオアッセイにて検討したところ、その活性は確認されなかった。この事実は橋由来因子がこれらの組織には発現していないか、その発現量が少ないことを意味するものと考えられた。そこで、我々は候補8クローンのmRNAが嗅球や小脳にて発現しているか否かをin situ hybridization法にて検討した。その結果、8クローンのうち5クローンが嗅球もしくは小脳において強い発現を示したので、橋由来因子の候補から除外し、結局3クローン(便宜上#1、#2、#3とする)に対し、全長cDNAの取得・活性検討を目指し実験を進めた。
以下#1-3についての現在までの結果をまとめる。
#1:in situ hybridization法による発現を検討したところ回路形成期(生直後)の橋において強い発現が観察された。さらに橋内では内側部に発現が強く、外側部では発現が弱いというgradientが観察された。in situ hybridization法では同時期の大脳皮質には明瞭な発現は観察されなかったものの、Northern blot解析では大脳皮質においてもその発現は確認された。このことは、本遺伝子は大脳皮質において瀰慢性に広く発現している、もしくは我々がin situ hybridization法にもちいた切片では発現していないが大脳皮質のある部位に局在して発現している可能性を示している。現在この点について検討中である。又、Northern blot解析では2本のバンド(約9.5kbと5.6kb)が観察されている。この遺伝子については、ほぼ全長と思われるcDNAをすでに取得しており、解析中である。
#2:in situ hybridization法によって回路形成期での脳内発現を検討したところ橋と下オリーブ核に強い発現が観察された。下オリーブ核は橋と同様に大脳皮質(錐体路)軸索が側枝を伸ばす部位として知られているが、本発現の意義は現在の所不明である。Northern blot解析の結果では、その長さは約7kbであり、大脳皮質での発現は確認されなかった。我々は、ほぼ全長と思われるcDNAをすでに取得しており、現在解析中である。
#3:in situ hybridization法では回路形成期の橋に強い発現を示した。Northern blot解析の結果では、その長さは約7kbであり、大脳皮質での明瞭な発現は確認されなかった。現在、全長cDNAの取得を目指し、実験を行っている。
(2)マイクログリアの応用
本年は特に、実験開始の年でありマイクログリアの脳血液関門の通過能の確認と、マイクログリアにどのように目的とする遺伝子を発現させることができるかの基礎実験を行った。その結果、藤田保健衛生大の澤田氏により供与されたマイクログリアのセルラインには通過能があることが確認されたが、脳内にて確認できた数は少なかった。初代培養のマイクログリアの方が通過能が高いとの報告もあり、この点が今後の課題と考えられた。また、遺伝子導入法に関してはマイクログリアは貪食能があるため、遺伝子導入操作の結果多くの死細胞が生じるようであると、死細胞を近傍のマイクログリアが貪食し、その結果マイクログリアの活性が変化し、通過能(運動活性)が低下することが観察された。CMVプロモーターを有する発現ベクターとElongation Factorプロモーターを有する発現ベクターをもちいた実験では、後者がより高い活性をもたらす結果が予備実験の結果得られているが、トランスフェクションに用いるベクターの濃度の検討とあわせ現在実験を重ねている。
結論
残念ながら、実験はいまだ途中であり最終的な結論は得られいない。今後取得した遺伝子の性質を検討するとともに、マイクログリア細胞への遺伝子導入を含め、そのより一層の効率化を進めていく予定である。

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