アルツハイマー病の細胞内Aβ42によるストレス誘導性ニューロン死

文献情報

文献番号
199800036A
報告書区分
総括
研究課題名
アルツハイマー病の細胞内Aβ42によるストレス誘導性ニューロン死
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
大八木 保政(九州大学医学部脳研神経内科)
研究分担者(所属機関)
  • 中別府雄作(九州大学生体防御医学研究所生化学部門)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
アルツハイマー病(AD)は代表的な老年期の痴呆性疾患でる。現在最も一般的に考えられているその分子メカニズムは、脳に沈着している老人斑の主成分である4 kDのアミロイドβ(Aβ)という不溶性蛋白の神経毒性が中心となっている。老人斑沈着自体は高齢者の脳ではしばしば見られ、必ずしも臨床的に痴呆を伴わないが、AD脳では非常に多数の老人斑が見られ、その沈着機序がADの病態メカニズムの中心にあることは間違いない。アミロイド前駆体蛋白(APP)からAβが生成されるプロセスは最近明らかにされてきたが、APPの発現量やAβの生成量については、健常人と孤発性AD患者の脳組織や細胞で基本的に差がないことが確認されており、Aβの沈着には産生量以外の因子、即ちAβの生化学的な変化や関連結合蛋白の変化が考えられている。脳内における主要なAβ産生細胞は明らかにニューロンである。従ってニューロンの何らかの病的変化がAβの病的変化を引き起こし、Aβの沈着を誘導すると考えられる。Aβには大別して、アミノ酸数が40個のAβ40と42個のAβ42がある。老人斑に沈着しているAβはほとんどAβ42であるので、AD脳のAβ沈着機序として最も重要な問題は、ニューロン由来のAβ42がどのような病的メカニズムで沈着するかである。本研究の目的は、培養ニューロンを用いて、ニューロンのAβ42沈着の分子メカニズムを明らかにするとともに、その病的意義を検討することにある。
研究方法
モデル培養細胞として、モルモットの初代培養ニューロンを利用した。モルモットのAβ配列はヒトのそれと同一であるので、ヒトAβに対する特異抗体を用いて、ELISA、免疫染色、ウェスタンブロットにて解析した。特異抗体は、BAN50 (Aβ-16)、BNT77 (Aβ17-28)、BA27 (Aβ40end)、及びBC-05 (Aβ42end)を用いた。ELISAは細胞内Aβ40及びAβ42を特異的に定量し、ウェスタンブロットは改良を加え感度の改善を図った。種々の薬剤で、ニューロンのアポトーシス及びネクローシスを誘導した。アポトーシス誘導として、過酸化水素(H2O2)、etoposide (EP)、 melphalan (MP) を、ネクローシス誘導に、sodium azide (SA)、potassium cyanide、Triton X-100を用いた。
結果と考察
一般にどのAD患者にも共通することは、ADの発症には脳の加齢が必要であるということである。少なくとも小児脳組織においてADの典型的病理像を示した報告は無い。また家族性AD遺伝子変異導入マウスでも脳の発達は正常であり、Aβの沈着が始まるにはある程度の加齢が必要である。現在、脳の加齢に最も深く関わるのは酸化ストレスと考えられており、特に過酸化水素によるニューロン内の過酸化脂質の増加や樹状突起の変化はよく知られている。
我々はまず、培養ニューロンをin vitroで加齢化させるために過酸化水素で処理し免疫染色を行ったところ、ニューロン内に著明にAβ42が沈着することを見出した。対照的にAβ40は沈着しなかった。また過酸化水素だけでなくラジカル産生を伴わない他の核傷害性アポトーシス誘導薬剤(EP、MP)でも同様のAβ42沈着を認めた。一方、ミトコンドリア傷害性ネクローシス誘導薬剤(SA)ではAβ42は沈着しなかった。この事実は、核DNAに対する傷害及びそれに伴うアポトーシスプロセスが細胞内のAβ42の沈着を誘導することを示唆している。ELISAで細胞内Aβを定量すると、免疫染色の結果と同様に、アポトーシス薬剤処理にて細胞内Aβの選択的増加を認めた。これらの結果より、加齢に伴う大脳ニューロンのアポトーシス変化が、ニューロン内のAβ沈着に深く関わっていることが推察された(現在投稿中)。
次に細胞内のAβをウェスタンブロットで検出する試みを行った。Aβは微量であるので通常ウェスタンブロットは免疫沈降で回収後検出を行うが、ELISAの結果から細胞内Aβのエピトープが隠されている可能性が考えられたので、直接抽出蛋白をSDS-PAGEに流しブロットした。さらに検出の感度を改善する工夫を行い、これまでの検出限界より100倍程度の感度の改善があった。それに伴い一次・二次抗体の細胞内蛋白群に対するバックグラウンドを減弱せしめ、細胞内Aβの特異的検出を可能とした。面白いことに、BC-05は4 kDではなく24 kDの単一のバンドを認識した。従って、この24 kDの蛋白は6個のAβ42が重合した分子あるいは他の分子と結合した複合体である可能性がある。このバンドは細胞質分画にも核分画にも認めたが、細胞質分画に豊富であった。10% trifluoroacetic acid (TFA)で加熱処理すると、Aβ42特異抗体に反応する24 kD、20 kDと4 kDのバンドが出現した。24 kDから1個の4 kD(Aβ42)がはずれて20 kDが出現したと考えられ、この蛋白は少なくとも複数のAβ42分子を含む高次構造をとっていることを示している。4 kDのバンドは3種類の全ての抗体 (BAN50、BNT77、BC-05)で認識されたが、BA27には反応しなかった。この結果から、これまで考えられていたようにAβは正常細胞内で分解消失しているのではなく、通常の検出法で検出できなかった高次構造の生理的蛋白として存在している可能性が考えられた。従って、細胞内Aβの大部分はAβ42であると推察される。
これまでAβは細胞外蛋白と考えられていたため、その生理的機能は(もしあるとすれば)もっぱら細胞外からの作用と考えられていた。しかし細胞内にAβ42が相当量存在することより、我々は特に24 kDの複合体Aβ42 complex (Aβ42C)が細胞内における生理的蛋白である可能性を考えている。ある種のDNAに結合する転写因子蛋白はβシート構造を有し、また4量体等の高次構造をとることで生理的機能を発現する。我々は既に、Aβ42の高次構造物がp53プロモーター配列の熱ショック配列に特異的に結合することを見出しており、従ってAβ42Cの生理的機能はp53等のmRNA発現調節である可能性がある。p53は細胞分裂後の分化状態を維持するのに必要であり、ニューロンでは発現レベルが高い。ニューロンのAβ42Cは結果的に、細胞分化を調節している可能性がある。さらに初歩的データだが細胞の核DNAに傷害を加えると、あるいはPC12細胞のニューロンへの分化誘導を行うと、このAβ42Cの核への量的なシフトが見られた。従って、その核内での生理的機能は、核DNA傷害あるいは分化誘導した場合に増強される可能性がある。核DNA傷害に反応してAβ42Cが核へシフトし、それがp53のmRNA発現を増やすとすると、この細胞内Aβ42沈着は何らかのニューロンの自己防御反応であるかもしれない。そうであるならば、Aβ42は細胞防御分子であり、老人斑形成は単に酸化ストレスなどのアポトーシス刺激に対してニューロンが自己防衛を行った結果と見ることもできる。しかし一方、p53は細胞周期を停止し細胞の無制限な増殖を防いでいるが、その機能が過剰に働くとアポトーシスを誘導することはよく知られている。特にニューロンのような高度に分化した細胞ではp53の過剰発現はアポトーシスを促進するかもしれない。最近アポトーシス関連蛋白がADの神経細胞で過剰発現していることが報告されており、またAD脳で老人斑がまだあまり形成されていない部位でもアポトーシス核のマーカーであるTUNEL染色で陽性となるニューロンの多いことが報告されている。APPを過剰発現したマウスでは、その学習能力の異常は老人斑の沈着よりも前に見られる。従って、ニューロン内でのAβ42Cの機能過剰がアポトーシスに対する感受性を増加させる可能性もある。実際、家族性ADの原因であるプレセニリン-1、-2やAPP等の遺伝子変異はアポトーシス感受性を高めると同時に、Aβ42の産生を高めることが分かっている。我々は変異型プレセニリンを導入した細胞での細胞内外でのAβ42量の増加を確認している。このような遺伝子変異のアポトーシス感受性増強効果が細胞内Aβ42Cの量的増加あるいは機能亢進を介したものかどうか今後の検討が必要である。ADの原因分子であるアポリポ蛋白およびプレセニリンはともにニューロン内に豊富に存在しており、これらの蛋白の異常はAβ42Cの機能異常に直接関わるかもしれない。
結論
本研究にて、正常細胞内に豊富にAβ42が存在し、それが24 kDの複合体蛋白を形成していることを見出した。またニューロンのアポトーシス経路が刺激されると何らかのメカニズムによりニューロン内にAβ42の沈着が生じることも明らかにした。このAβ42複合体の生理的機能及び病的な沈着はADの神経細胞死において極めて重要と考えられ、そのメカニズムについてさらに検討を重ねる必要がある。

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