脳虚血障害の防御機構の解明

文献情報

文献番号
199800034A
報告書区分
総括
研究課題名
脳虚血障害の防御機構の解明
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
稲垣 暢也(秋田大学)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
4,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
脳梗塞による障害を未然に軽減する予防的処置あるいは発症後の障害を軽減する治療が可能になれば、我が国の保険医療の向上に大いに貢献すると期待される。
脳において一時的虚血を起こした後に、再び虚血が起きると、その虚血障害が遅延あるいは軽減する現象がよく知られている。このような虚血時の細胞保護作用はischemic preconditioningと呼ばれ、心臓でも同様に認められる。最近では、心筋や脳のischemic preconditioningにATP感受性カリウム(KATP)チャネルが深く関与していることが示唆されている。本研究では、世界に先駆けてKATPチャネルの分子構造を明らかにした申請者らが、KATPチャネルの調節機構を明らかにするのと同時に、脳のKATPチャネルを同定し、脳虚血におけるKATPチャネルの意義を解明することを目的とした。
研究方法
我々はこれまでにKATPチャネルがABC蛋白質であるスルホニル尿素受容体SURと内向き整流性K+チャネルKir6.2の2種類のサブユニットの複合体であることを明らかにした。膵β細胞型KATPチャネル(SUR1/Kir6.2)と心筋型のKATPチャネル(SUR2A/Kir6.2)は抗糖尿病薬として知られる代表的なスルホニル尿素剤グリベンクラミドやチャネル開口薬であるジアゾキサイドに対する反応性が大きく異なるが、これはSURサブユニットの相違による。従来より、脳におけるグリベンクラミドの結合実験から、黒質にKATPチャネルが多量に発現することが知られていた。しかし、神経細胞が膵β細胞型あるいは心筋型のいずれのKATPチャネルを発現しているかについては不明である。そこでマウス脳より黒質神経細胞を単離し、その電気生理学的ならびに薬理学的特性を検討することにより神経細胞のKATPチャネルの同定を試みた。また、Kir6.2遺伝子を破壊することによって作成したKATPチャネルノックアウトマウスの黒質細胞を用いて、同様の検討を行った。このマウスでは膵β細胞型KATPチャネル(SUR1/Kir6.2)と心筋型のKATPチャネル(SUR2A/Kir6.2)に共通のKir6.2遺伝子を破壊することによって両方のKATPチャネルが同時に破壊される。さらに、対照ならびにノックアウトマウスから単離した黒質神経細胞をグルコース無添加液にて潅流時の細胞膜電位を記録した。細胞膜電位は、パッチクランプ法にてwhole-cell記録を電流固定モードにて行った。細胞はギガシール形成後、グルコース無添加の標準液にて潅流した。さらに、スルホニル尿素剤であるトルブタミドならびにジアゾキサイドを含む標準液にて潅流し、これらの薬剤に対する反応性について検討した。
一方、神経細胞では様々な神経伝達物質がG蛋白質に共役する受容体を介してシグナル伝達を行っている。特に虚血時にはグルタミン酸を始めとする種々の神経伝達物質が放出される。しかし、G蛋白質によるKATPチャネルの調節機構に関しては不明な点が多い。そこで、本研究では、COS1細胞に膵β細胞型KATPチャネル(SUR1/Kir6.2)あるいは心筋・骨格筋型のKATPチャネル(SUR2A/Kir6.2)を再構成し、再構成チャネル電流に及ぼすG蛋白質の効果をパッチクランプ法を用いて電気生理学的に検討した。
結果と考察
対照マウスの単離黒質神経細胞は、ギガシール形成直後大部分に自発放電が認められた。潅流液をグルコース無添加標準液に置換した後、多くの細胞に膜電位の過分極方向へのシフトが認められた。膜電位の変化は大部分8分以内に認められ、同時に自発放電の頻度が低下した。単離黒質細胞の大部分で、トルブタミドによる脱分極やジアゾキサイドによる過分極が認められた。
再構成系の実験系によれば、膵β細胞型KATPチャネル(SUR1/Kir6.2)はジアゾキサイドに反応するが、心筋型KATPチャネル(SUR2A/Kir6.2)は反応しない。したがって、KATPチャネルのジアゾキサイドに対する反応性はSUR1によって決定される。今回の結果ではマウスの単離黒質細胞でジアゾキサイドによる反応性が認められた。また、黒質にはグリベンクラミドが高親和性に結合することや、SUR1のグリベンクラミドに対する親和性がSUR2Aに比して著しく高いことから、黒質神経細胞にはSUR1が発現していることが強く示唆される。最近のin situ hybridization法を用いた研究では、SUR1はKir6.2と脳内で共在することが報告されており、黒質神経細胞のKATPチャネルはSUR1とKir6.2からなる膵β細胞型のKATPチャネルが発現している可能性が強いと考えられた。今後、単一チャネルの電気記録を行うことにより黒質神経細胞のKATPチャネルの電気生理学的特性をさらに詳細に検討する必要があると考えられる。また、本研究によってグルコース無添加の潅流液中にて黒質細胞の細胞膜が次第に過分極することも明らかとなった。この、過分極がトルブタミド添加によってもとの膜電位に復帰することから、この過分極はKATPチャネルの開口による可能性が強い。この結果は神経細胞においても、心筋細胞と同様にKATPチャネルが虚血時に開口し細胞の興奮を抑制することによって細胞保護作用を有している可能性を示唆するものである。
最近のKir6.2ノックアウトマウスの単離黒質神経細胞を用いた検討によれば、トルブタミドやジアゾキサイドに反応する細胞は存在せず、しかもグルコース無添加液で潅流しても細胞膜の過分極は認められなかった。この結果は、以上の考察を強く支持するものであり、今後このノックアウトマウスを用いた虚血実験を行う予定である。次に、再構成KATPチャネル電流に及ぼすG蛋白質の効果に関してであるが、抑制性G蛋白質のαサブユニットであるGα-i1は膵β細胞型KATPチャネル(SUR1/Kir6.2)を200%活性化したのに対して、心筋型のKATPチャネル(SUR2A/Kir6.2)は30%活性化したにすぎなかった。一方、Gα-i2は膵β細胞型KATPチャネルを活性化せず、心筋型のKATPチャネルのみを30%活性化した。また、Gα-i1あるいGα-i2由来のβγサブユニットはいずれのKATPチャネルに対しても効果は認められなかった。これらの結果は、G蛋白質の特にαサブユニットがKATPチャネルを直接調節していることを示している。さらに、その調節様式が膵β細胞型KATPチャネルと心筋型のKATPチャネルとの間で異なることから、G蛋白質の作用はSURサブユニットを介する効果であることが示唆された。
結論
黒質神経細胞には膵β細胞型KATPチャネル(SUR1/Kir6.2)が発現し、虚血時の過分極はこのチャネルによる。また、KATPチャネルはG蛋白質の特にαサブユニットによって直接制御されていることも明らかになった。

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