脳虚血時の脳内グルタミン酸再吸収機構に関する研究

文献情報

文献番号
199800033A
報告書区分
総括
研究課題名
脳虚血時の脳内グルタミン酸再吸収機構に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
浅井 聡(日本大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 趙恒(日本大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
4,948,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国の疾病構造の現状によると、脳血管性疾患の占める割合並びに、かかった医療費は上位を占め、今後高齢化によりますますその割合は上昇していくとされている。(平成7年度人口動態統計)。特に、脳血管性疾患のなかで大部分をしめる脳卒中は、近年その死亡率は減少しているが、死亡を免れても後遺症として障害が生じたり、長期臥床などがきっかけとなり寝たきりの状態となる場合が多く、脳卒中後遺症による寝たきりの克服およびその対策は老人保健事業の重要課題となっているように、年々すすむ高齢化社会の懸案の一つとなっている(平成9年度厚生白書)。現行で行われている、脳卒中の予防、発症後の早い時点からのリハビリテーションなどの対策はもちろんではあるが、発症直後数時間の処置が、極めてその後遺症の軽減に重要な役割をもたらすことは、近年の研究から明確になっている。今回我々の行う基礎的研究は、近年、救急医療で効果を上げている低体温療法の臨床データを踏まえ、脳損傷後の高脳温による脳障害の機序や低体温療法の脳神経細胞保護効果の機序を研究することで、超急性期の脳卒中の応急処置を確立する一助となるべく行なった。また、今回の研究によって、後遺症軽減発症後の脳障害軽減する薬物をグルタミン酸再吸収機構の活性化を指標にして探索検討することで、以前とは異なった観点で脳卒中発症後の後遺症の軽減に役立つ薬剤などの情報を提供出来ると考える。以上のような事を研究の礎とし、長期臥床や寝たきりの方々の数を減らすことは、微力ながら、国民医療福祉への貢献が出来ると考え研究を行った。
研究方法
今まで行われてきた微量透析法の時間分解能では、虚血中のグルタミン酸放出と再灌流後のグルタミン酸再吸収という現象を明確に区別が付けにくいために、その変化は、単位時間あたりの放出量(濃度変化)として論じられてきた。我々は、微小透析電極法 とフェロセンを用いた、酸素非依存性グルタミン酸のリアルタイム測定系を開発し、ラットを使った虚血再灌流実験系で、虚血中に起こる二相性のグルタミン酸放出機構と再灌流後に起こるグルタミン酸再吸収機能を区別して評価することを可能にした。近年、救急医療で効果を上げている、低体温療法の臨床データを踏まえ、この微小透析電極による測定系を利用し、超急性期の脳温と脳障害の病態生理を細胞外グルタミン酸濃度の変化を中心に検討する。具体的な計画は、脳温上昇による虚血再灌流後のグルタミン酸再吸収能の障害と虚血後の脳組織障害の程度が密接な相関を示すかどうか、虚血中並びに直後からの再吸収機構の賦活化が脳組織障害の進行を軽減するか、この脳温変化による虚血病態モデルは、グルタミン酸再吸収能を賦活化させる薬物が、in vivo のスクリーニング系に利用できるか、などの仮説を確かめる研究を行った。
結果と考察
今日まで蓄積されてきた、脳温の上昇時に細胞外液中のグルタミン酸の濃度が増加するという定説を再考察した結果、個々の実験モデルにおいて、脳血流量とグルタミン酸放出の関係が明確ではなく、さらに脳温の要因を含んだ検討はなされていないので、脳温上昇と共に脳血流が変化した場合にグルタミン酸放出閾値も変化する可能性があり、虚血中の脳血流を測定することは重要であると考えた。実験の結果、虚血時の脳温とグルタミン酸濃度の上昇の関係は、基準値の20%以下まで脳血流が下がると、グルタミン酸濃度の上昇は脳温に影響しない事がわかった。一方、脳血流が基準値の20%以上保持されると、脳温の上昇と共に細胞外液中のグルタミン酸濃度の上昇がおこりやすいこと、特にに虚血最中のグルタミン酸再吸収機構の働きが重要な役割を果たしていることがわかった。したがって、脳の
虚血再灌流実験を行う際には、特に虚血操作時の脳血流量を直に測定しながら行うことが不可欠であると考えられた。脳温の変化によるグルタミン酸の細胞外液中の上昇を論じるために、上記虚血時の脳血流の要因を考慮し、脳温とグルタミン酸濃度の関係を研究した。脳血流が急激に低下する内頚動脈切断による完全虚血モデルを用い、脳温の二相性のグルタミン酸放出への影響について検討したところ、なだらかな上昇を示す代謝プールのからの放出は、ほぼ虚血操作開始10分後には32、37、39℃の脳温間で変化がなかった。すなわち、完全虚血モデルにおいては、脳温の上昇に伴ってグルタミン酸の放出量は上昇しなかった。次に、虚血再灌流モデルで、虚血時の脳血流を正常時の5%以下の強い虚血をかけた時、脳温変化時の脳虚血中のグルタミン酸濃度の上昇の変化は、上記の完全虚血のモデルとほぼ同じ様な値を示し、一定以上の強い脳虚血状態では、虚血時グルタミン酸の放出量は脳温の影響を受けないことがわかった。この様な一定以上の強さの虚血状態を負荷し脳温の変化を加味すると、約10分ほどのごく短時間の脳虚血が起こっても、再灌流後のグルタミン酸濃度の変化は、虚血中の脳温が高いほうが、濃度上昇の遷延化が起こり、その再吸収機能が抑制されていることがわった。また、再灌流後のグルタミン酸濃度は、虚血中の放出量よりも遙かに多量であり、脳温上昇時の再灌流傷害のとの関連も示唆された。したがって、以前から言われていた脳温上昇による虚血中のグルタミン酸の放出の増加は、虚血再灌流後のグルタミン酸の取り込み機構が障害され、その結果としてグルタミン酸の上昇が遷延する可能性を示唆した。さらに、虚血再灌流条件で脳の組織傷害の程度を検討したところ、2時間後の線条体での組織傷害の程度は、虚血中の脳温に比例して強くなり、わずか10分間の虚血であっても脳温が2度ほど上昇すると、2時間後には重度の細胞傷害を誘発することが明らかになった。低体温療法は、現在最も確実な脳卒中治療法として注目されているが、今回の我々の研究を通して、低体温療法の作用機序にグルタミン酸再吸収機構が関与している可能性を示唆した。そこで、グルタミン酸再吸収機構の活性化が、脳温上昇時の脳の組織傷害を軽減しうるか、いくつかの薬物を用いて検討を行った。NO(一酸化窒素)関連薬物は、我々の虚血再灌流実験系では、虚血時、再灌流時どちらのグルタミン酸動態にも影響を与えず、組織傷害についても有意の改善は認めなかった。脳血管代謝改善薬のニセルゴリン前投与群は、明らかに脳温39℃時のグルタミン酸濃度上昇の遷延化を抑制し、ラットの致死率及び組織障害も有意に改善した。non-NMDA受容体遮断薬(NBQX)は、虚血後の投与により、虚血再灌流後傷害を軽減する数少ないグルタミン酸受容体拮抗薬物の一つとして知られているが、我々の研究結果では、NBQX投与群は明らかに、再灌流後の投与でグルタミン酸再吸収能を活性化する。したがって、グルタミン酸再吸収機構を活性化させる薬物は、組織傷害も軽減させたことから、グルタミン酸再吸収機構は、脳虚血再灌流障害に密接に関わっており、グルタミン酸再吸収を促進する薬物の脳虚血性疾患治療薬としての可能性が示唆された。
結論
本研究において、超急性期、脳虚血時の細胞外グルタミン酸の上昇の病態には、その再吸収機構が重要な役割を果たしていることが示唆され、再吸収機構の主な役割を担っているグルタミン酸トランスポーターの阻害薬が虚血再灌流時の細胞外グルタミン酸濃度の上昇を抑えることから、今後再吸収機構の活性化を促すような薬剤が、神経障害の軽減に役立つ可能性が示唆された。本研究を含め、近年の研究成果から、脳卒中後の超急性期の低体温の治療効果については、確認されている。したがって、虚血性心疾患の発症数時間内の超急性期集中治療法の確立をめざした厚生行政の実績を踏まえ、脳卒中治療においても、ブレインアタック(brain attack)やストロークケアーユニット(stroke care unit)といった概念を念頭に置き、超急性期の治療確立に向け、基礎的、社会医学的を含めた
包括的な研究が必要となろう。

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