社会保障の法理論に関する研究

文献情報

文献番号
199800005A
報告書区分
総括
研究課題名
社会保障の法理論に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
堀 勝洋(上智大学)
研究分担者(所属機関)
  • 小島晴洋(川崎医療福祉大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
1,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
社会保障の法理論を研究し明確にすることは、行政の遂行や立法政策上、① 現場における社会保障各行政の円滑な実施、② 行政争訟(審査請求等)への対応・訴訟の遂行、③ 行政解釈における法理論的整合性の確保、④ 社会保障各制度における随時の制度改正の際の法理論的整合性の確保、⑤ 社会保障制度改革における体系的な立法政策の確立などの諸点において有意義かつ不可欠である。
そこで、本研究においては社会保障法に係る判例を体系的に収集、整理、分析することを通じて、社会保障法理論の体系化を試みる。
研究方法
本研究の主眼は、判例の蓄積から理論を抽出することにある。そのため、判例の収集、整理、分析を体系的に行い、さらに、収集した判例は一覧表化し、必要に応じてすぐに検索できるようにする。次いで、判例の蓄積をもとに、社会保障の法理論の研究を行う。具体的には、ドイツ社会保障法典との比較を通じて、現行社会保障法制の整合性の検討や問題点の解明、社会保障法の総則規定の検討等を行う。
結果と考察
平成10年度の研究は、判例の収集・整理・分析・データベース化作業を継続するとともに、確立された判例理論を明らかにした。さらに、判例研究を通じて明らかにされた社会保障法制および法理論から、ドイツにおけると同様の社会保障法の総則規定の可能性について研究を行った。
Ⅰ.判例整理・収集・分析
引き続き、国民健康保険法および生活保護法について、判例研究を行った。
1.国民健康保険法関係判例
検索作業の結果、国民健康保険法関係の判例で確認できたものは、事件数 40、存在を確認できた判決数 72(うち判決文入手 64)であった。そのうち、最高裁判所の判決数は 11(うち判決文入手 10)である。その他、存在が推測されるが確認できなかったものが 4 判決である。
①保険者・被保険者間の法律関係に関するもの
まず、被保険者資格に関する判例としては、被保険者の住所地、不法滞在外国人の被保険者資格、被保険者証の交付等に関するものなどがある。また、保険料(税)の賦課徴収に関する判例としては、租税法定主義、擬制世帯主への賦課に関するもの、国保制度自体の憲法違反が主張されたものなどがある。さらに、保険者による被保険者に対する直接の給付に関する判例として、高額療養費、柔道整復士の療養費に関するものがある。
②保険者・医療機関間の法律関係に関するもの
減点査定に関する判例、診療報酬債権の譲渡についての判例などがある。
③医療機関・被保険者間の法律関係に関するもの
自由診療と保険診療との関係に関する判例がある。
④療養取扱機関等の監督について
療養取扱機関申出受理の取消処分等の執行停止に関する判例などがある。
⑤その他
損害賠償との調整に関する判例、国民健康保険審査会の性格に関する判例、被保険者証の不正交付についての刑事事件に関する判例などがある。
2.生活保護法関係判例
検索作業の結果、生活保護法関係の判例で確認できたものは、事件数 56、存在を確認できた判決数 86(うち判決文入手 76)であった。そのうち、最高裁判所の判決数は 7(うち判決文入手 4)である。その他、存在が推測されるが確認できなかったものが 11 判決である。
①保護決定等の処分等に対する抗告訴訟
申請に基づく処分に対する取消訴訟、職権による変更・停止・廃止処分に対する取消訴訟、その他の行政訴訟が多く提起され、判決の集積がある。
②国家賠償訴訟
行政訴訟と同時に提起されるものも含め、国家賠償請求訴訟に関する判例も多い。
③損害賠償との調整に関するもの
交通事故の被害者などが医療扶助等を受けた場合の加害者の損害賠償の範囲につき、最高裁判所は、積極説(生活保護給付額も含めて全損害が賠償範囲となる)の立場をとった。
④訴訟の承継に関するもの
生活保護受給権は一身専属の権利であり、相続の対象とはならない、ゆえに訴訟の承継は認められないというのが、朝日訴訟の最高裁判所判決による確立した判例理論である。
⑤外国人に対する適用に関するもの
外国人には生活保護法が適用されないことについて、最高裁判所の判断はまだ示されていないが、下級審では、憲法等には違反しないという判断が一貫して示されている。
⑥親族扶養に関する家事審判
生活保護法の親族扶養優先の原理が、扶養裁判において問題とされた判例も多い。
⑦その他
過去の保護費用を請求するもの、不正受給に関する刑事事件、住民訴訟、医療扶助における減点査定などに関する判例がある。
Ⅱ.社会保障法の総則規定の法制化の可能性
ドイツ社会保障法典では、「第1編 総則 Allgemeiner Teil (1975)」、「第4編 社会保険法総則
Gemeinsame Vorschriften fuer die Sozialversicherung (1976)」、「第10編 行政手続 Verwaltungsverfahren (1980-82)」という、社会保障法の総則規定が、いずれも初期のうちに法典化され、取りまとめれている。
これらの中に規定されているのは、たとえば、説明、教示、申請の提出、適用範囲、守秘義務、行為能力、裁量、仮払金、仮の給付、付利子、時効、差押・相殺、受給権者の協力義務、使用従属関係の意義、労働報酬の意義、現物給付の取扱、社会保険料の徴収手続、保険者組織の運営方法、聴聞、書類閲覧、救済の教示、行政行為の取消・撤回の制限、償還請求権、損害賠償請求権との調整、データ保護の方法などである。 一方、判例研究作業を通じて、我が国において立法によって解釈を明確にする可能性が考えられる事項として、外国人に対する適用、給付決定などの行政処分性や争訟方法、損害賠償との関係、罰則などの諸点があることが示唆された。
結論
ドイツの例も参考にすれば、我が国における社会保障法総則の内容としては、以下の項目が考えられよう:①被保障者、②保障者(給付機関)、③給付、④拠出、⑤利用者負担、⑥行政手続、⑦給付機関の相互関係・第三者との関係、⑧データ保護、⑨罰則。
判例研究作業を通じて示唆された諸点に加え、たとえば、併給の調整、利用者負担、債権譲渡、過去の給付などの諸点も含め、引き続き検討し、社会保障法総則に体系づけていく作業が必要である。本研究は、その重要性を再認識させるとともに、ドイツ法などに範をとった体系的研究と判例研究の両者の方向から、我が国の社会保障法総則のあるべき姿と社会保障法理論を明らかにする可能性を明確に示すものとなった。
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