母子保健事業の評価に関する研究

文献情報

文献番号
199701018A
報告書区分
総括
研究課題名
母子保健事業の評価に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
久繁 哲徳(徳島大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 神田孝子(愛知県総合保健センタ-)
  • 田中美郷(帝京大学文学部)
  • 白木和夫(鳥取大学医学部)
研究区分
心身障害研究費補助金 分野名なし 事業名なし
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
0円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国においては、健康診査から医療援護まで多様な母子保健サ-ビスが提供されている.とくに、スクリ-ニングの領域では、国際的にも類を見ない、多様な内容が全国的な規模で実施されているが、その効果と効率の評価は、導入前のみならず導入後もほとんど実施されていない.しかしながら、根拠に基づく保健医療を保証することが社会的に求められているため、今回、母子保健サ-ビスの中から、1) 神経芽細胞腫スクリ-ニング(久繁)、2) 三歳児健康診査時における視覚検査(神田)、3) 三歳児健康診査時における聴覚検査(田中)、4) B型肝炎母子感染防止対策(白木)の4つのプログラムを取り上げ、その効果と効率に関する評価を実施したいと考えた.
研究方法
スクリ-ニング・予防の評価については、米国予防サ-ビス特別委員会の包括的な評価枠組みを利用した.そして、まずわが国および諸外国の既存の情報を収集し、系統的吟味を実施した.具体的な評価に際しては、臨床疫学の批判的吟味の方法を適用した.つぎに、上記の批判的吟味と並行して、スクリ-ニング・予防の効果に関する根拠を確立するために、各専門分野において個別の調査研究を実施した.
結果と考察
 1.神経芽細胞腫(以下、NB)スクリ-ニングの評価
1) NBスクリ-ニング導入後、1400症例が発見されたが、予後良好な腫瘍が75%を占めていた.NB発生数は急増したが、1歳以上例(進行例)の減少は認められなかった.発見症例の90%は予後良好,逆に陰性幼児発見例の75%は予後不良な染色体・遺伝子構成であった.
2) NBスクリ-ニングの検査法として1980年代後半からは定量法(HPLC)が用いられていた.近年のHPLC法は、感度約80%、特異度99.9%と優れていることが認められた.
3) NBスクリ-ニングの効果については、カナダの研究と異なり,わが国の時系列的研究が肯定的結果を示しているが、研究設計などいくつか問題が認められた.したがって,後ろ向きコホ-ト研究を設定したが,標本数などを検討した結果、実行可能であることが示唆された.
4) スクリ-ニング発見NB症例の治療は軽減化され、早期症例には無治療観察が増えてきていた.スクリ-ニング前後で治療効果が改善しており,とくに軽症例で顕著であった。
2.三歳児健診時における視覚検査の評価
1) アンケートは視力異常の検出に有効ではなかった.立体視検査は検診に不適と考えられた.視能訓練士による視力検査は感度、特異度ともに優れていた.ただし可能率は74%と低かった.眼位眼球運動検査は、斜視の検出が優れ、検査時間も短くかった.
2) 健診導入後に、外来受診の3歳児に弱視や屈折異常などの診断例が増加した.健診導入後、学童の視力不良の頻度が低下したが、統計的有意差は認められなかった.
3) 斜視は、健診の導入により受診者数が増加したが、健診時に既に発見されていたものが多く認められ、さらに早い時期での検診が望まれた.
4) 健診により治療を開始した弱視、屈折異常では、小学校入学までに良好な視力が獲得されたが、治療開始が遅れたものでは入学後も治療が継続されていた。
3.三歳児健診時における聴覚検査の評価
1) 聴覚検査の普及率は、80%以上に達していることが認められた.しかし難聴検出率に著しい地域差が認められた.
2) 厚生省方式の原案となった東京都案はパイロットスタディにより有効性が認められ、その後、愛知県、埼玉県においても実証された.
3) 検者が保護者の場合、その個人差が成績に反映されたが、その場合でも子供の異常に気付いた例が少なくなかった.
4) 一次検診での難聴見逃しは非常に少なく、見逃し例の半数以上は保健所の責任であることが認められた.誤判定、誤措置は、研修により大きく減少した.また,聴覚検診の見逃し難聴児の24%は精検機関によることが認められた.
5) 難聴と滲出性中耳炎が混在するなど、診断名に問題が認められた.
4.B型肝炎母子感染防止対策の効果と評価に関する研究
1) 妊婦のHBs抗原スクリーニング率は約95%であり、検査の感度、特異度が99%以上であった.ハイリスク妊婦からの出生児に対する感染防止処置により95%の児はHBVキャリア化を免れていた.また,学童・生徒のHBs抗原検査陽性率は,事業開始前0.3%前後であったが、開始後はその約10分の1に減少した.
2) 1986年以前では生後2~3か月にB型劇症肝炎のピークが見られたが、最近3年間の乳児B型劇症肝炎は3例のみであった.
3) 予防対策により、慢性肝疾患を減少させることが可能となり、直接医療費のみでも年間5~9億円の便益が生じるものと推計された.
4) 感染防止の実施状況を把握するシステムの構築を数か所で試み、その実行可能性が示された.
5) HBワクチン接種の出生1週間以内について検討した結果、遺伝子組換えHBワクチンでは、生後5~6日の接種でも良好なHBs抗体上昇が得られることが明らかとなった.
結論
 1.神経芽細胞腫スクリ-ニング: わが国のNBスクリ-ニングの効果には、科学的な根拠が確立されいないことが明かとなった.したがって、研究設計の質が良く、実現可能性も高い方法(前向き、後ろ向きコホ-ト研究)による評価が必要であることが指摘され.その実施可能性が示された.また,スクリ-ニング発見症例の多くは予後が良く、治療は軽減化の方向へ進んでいることが明かとなった.それに対応して、臨床指針を勧告する必要があることが指摘された.
2.三歳児健診時における視覚検査: 国際的には、視覚障害のスクリ-ニングについては、入学前(3-4歳)に弱視、斜視を対象として、実施が望ましいと勧告されていたが、最近では中止を勧告する評価も認められる。わが国の視覚検査については、実施内容・状況が明らかにされておらず、対象疾患の自然史および障害、検査有効性、スクリ-ニング効果についても、極めて不十分な評価しか行われていない.したがって、今後,質の高い評価研究を十分に実行することが必要と考えられる.
3.三歳児健診時における聴覚検査: 国際的には、聴覚障害のスクリ-ニングについては、新生児あるいは3ヵ月までに、誘発耳音響放射検査ないし聴性脳幹反応を用い、高危険群ないし全員にスクリ-ニングの実施が勧められている.一方、わが国では3歳児における聴覚スクリ-ニングが実施されており、国際的な評価とは大きなズレが認められる.その意味では、現行のスクリ-ニングについては、明確な根拠に基づき有効性を評価するとともに、今後のあり方を検討することが必要と考えられる.
4.B型肝炎母子感染防止対策: 国際的には、B型肝炎のスクリ-ニングについては、全妊婦にHBs抗原を用い是非実施すべきと勧告されている.わが国においても、こうした勧告と対応したスクリ-ニングが実施されており、その効果についても評価が進められている.今後さらに,B型肝炎感染状況調査、感染防止実施状況モニタリングシステムの構築をさらに進めることが求められる.治療指針が国際的なプロトコ-ルと異なっており、内容的な検討が求められる.

公開日・更新日

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