特定疾患遺伝子解析プロジェクト

文献情報

文献番号
199700995A
報告書区分
総括
研究課題名
特定疾患遺伝子解析プロジェクト
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
中村 祐輔(東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター)
研究分担者(所属機関)
  • 天野殖(滋賀医科大学)
  • 白澤専二(九州大学)
  • 名川弘一(東京大学)
  • 能勢眞人(愛媛大学)
  • 新川詔夫(長崎大学)
  • 田野保雄(大阪大学)
  • 二瓶宏(東京女子医科大学)
  • 福嶋義光(信州大学)
  • 平井久丸(東京大学)
  • 水木信久(横須賀共済病院)
  • 細田公則(京都大学院)
  • 福島邦博(岡山大学)
  • 田村和朗(兵庫医科大学)
  • 西森功(高知医科大学)
  • 古賀公明(鹿児島大学)
研究区分
特定疾患調査研究補助金 横断的基盤研究グループ 特定疾患遺伝子解析部門
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
0円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は遺伝子レベルでの疾患の原因あるいは素因を明らかにして、疾患の予防や新しい治療法の開発を目指すものである。ゲノム解析の進展に伴って遺伝子あるいはDNAマーカーが多数単離され、両親由来の染色体を区別することができるようになり、ポジショナルクローニング法が確立された。この成果によって、1980年代前半には全く手がかりさえつかめなかった原因不明の遺伝性疾患(主に、単一遺伝子の異常による遺伝性疾患)の原因が次々と単離され、その数はすでに100以上にのぼっている。さらに解析に必要な材料・道具や解析プログラムの改良・開発がなされ、現在では複数の遺伝子が関与するような多因子遺伝子疾患、あるいは環境要因などの外的な要因と遺伝的な要因が複雑に関与するような疾患における遺伝的背景をつきとめることも可能となっている。これらの研究は、新しい治療法・治療薬の開発や遺伝子診断による疾患の予防や発症を遅らせる方法の開発にむけて世界的に取り組まれているものであり、疾患の予防・治療の観点から最も重要な研究である。
研究方法
後縦靭帯骨化症・側頭葉てんかんについては疾患原因遺伝子をさらに限局化し、数百kb以内に特定された時点でその領域内に存在する遺伝子の単離と遺伝子異常の検索を行い、原因遺伝子をつきとめる。クローン病、潰瘍性大腸炎については外国のグループによって特定された領域内に存在する遺伝子から、疾患発症に関連する可能性のある遺伝子について患者と健常者との比較を行って疾患を起こしやすくする原因を特定する。全身性エリテマトーデス、Graves病、角膜変性症、遺伝性難聴、運動誘発型舞踏アテトーゼ、IgA腎症、血管炎症候群、慢性関節リウマチについては、多型性マーカーによる解析をすすめ原因遺伝子の染色体局在を明らかにする。遺伝子の部位が特定されたものについては、さらに多型性マーカーの単離と物理的地図の作製を進め遺伝子を追いつめていく。また、患者集団での遺伝子解析を行うためには、正常集団での多型性情報が不可欠であり、多型マーカーについて、正常集団について解析を行い、コントロールデータベースを作製する。
結果と考察
(1)ヒト多型性マーカーのデータベース:358種類のマイクロサテライトマーカーについてコントロールとなる64染色体分(計22912染色体分)の正常集団のサンプルの解析を行った。ヘテロの個体の割合に大きな相違のあるものがあり、いくつかのマーカーは日本人には全く利用価値のないことが明らかになった。また、ヘテロ接合性の頻度が類似していてもアレル別の頻度が、欧米白人のデータとはかなり開きのあるものが多く、アソシエーション解析・同胞罹患対解析を行う際にはこれらの点に十分に注意を払う必要があることが明らかとなった。すでに、これらの資料に基づきデータベースの作製を終え、東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター・シークエンス解析分野のホームページ(http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/nakamura/)を通して公開している。
(2)疾患遺伝子の解析:twy疾患マウス(OPLLモデル)についてはマウス第10染色体に存在することを明らかにし、この情報をもとに原因遺伝子近傍の詳細な物理的地図およびYAC(酵母人工染色体)・コスミド・BACによる整列化地図を作製した。最終的には、この領域に存在したヌクレオチドピロフォスファターゼ(軟部組織の骨代謝に関係する酵素)遺伝子に蛋白の合成が中断する遺伝子変異の存在することを明らかにした。したがって、twyマウスではこの酵素異常により、カルシウム代謝異常がおこり、その影響で靭帯に骨沈着が誘発されることが病因であるものと推測された。
膠原病疾患群を自然発症するMRL/lpr マウスの疾患感受性遺伝子座を、非発症マウスC3H/lpr との戻し交配系にて解析した。染色体を約20cM 断片レベルでカバーする多型性マイクロサテライトマーカーでゲノムワイドスキャンを行ない、個々の疾患(血管炎、腎炎、関節炎、唾液腺炎)に対応する感受性遺伝子座をマップした。遺伝性てんかんラットにみられる白内障遺伝様式の解析ならびに染色体マッピングを行い、白内障は複数の遺伝子により支配されており、8番染色体上のApoc3より3.6cMにcry1、15番染色体上のCyp1a1より7.1cMの位置にcry2のふたつの遺伝子が存在することを明らかにした。cry1は優性で白内障の発症に関与し、cry2は劣性で白内障の発症時期を規定すると考えられた。クローン病については原因遺伝子のマッピングを目的とし、罹患同胞対法による連鎖解析を行った。全国より同胞発症例30組の血液を収集し、343のマーカーで解析を行った。D6S276、D7S657において同胞間のアレル共有率は正常日本人のアレル頻度に基づく予測値より高い傾向がみられ、連鎖の可能性が示唆された(P<0.01)。肢中部短縮型骨格異形成(MDP)と発作性運動誘発性コレオアテトーシス(PKC)家系で連鎖解析を行い、前者は第2染色体q31 (lod score 4.82, q=0)に原因遺伝子の存在することを明らかにした。後者では未だ原因遺伝子座位を特定できていない。格子状角膜変性症III型、及び、膠様滴状角膜変性症については、患者におけるβig-h3遺伝子の変異を検索した。格子状角膜変性症III型の患者においてはβig-h3遺伝子の501番目のコドンがプロリンからスレオニンに変異しておりこれが疾患の原因と考えられた。一方、膠様滴状角膜変性症についてはβig-h3遺伝子に病因と考えられる変異は認めなかったため、homozygosity mappingを行った。
IgA腎症については組織学的確定診断を受けた臨床症例について、リレーショナルファイルにより各症例の検査成績、組織所見の入力をした。集積症例は個別発症例で家族例は1例のみであった。現時点で42症例の登録とgenomic DNAを採取し、症例の集積と検体の保存体制を整え、今後も継続する予定である。Graves病及び橋本病は臓器(甲状腺)特異的な自己免疫疾患群であり、さらに両者の混在する多発家系も存在することから共通の遺伝要因が関与することが推定される。罹患同胞対法を用いた連鎖解析により、自己免疫性甲状腺疾患の発症を規定している遺伝子座を同定するために、これまでにGraves病同胞発症例32組、Graves 病と橋本病の混在する症例12組及び橋本病同胞発症例6組の家系図の収集及び患者末梢血よりのDNA抽出を終了させ、約400個のDNAマーカーを用いた遺伝子解析を行っている。
後縦靭帯骨化症のモデルマウスであるtwyの原因が軟部組織の骨代謝に関係する酵素であるヌクレオチドピロフォスファターゼ遺伝子の異常であることを明らかにしたことは、後縦靭帯骨化症の原因解明に向けての大きな一歩となるものと期待される。また、連鎖解析を用いてヒトにおける膠様滴状角膜変性症・潰瘍性大腸炎の遺伝子座位の決定、マウスでの血管炎・腎炎・関節炎・唾液腺炎などの自己免疫疾患、てんかんなどに対応する遺伝子座を決定したことは、原因解明に向けて大きな成果であった。358種類のマイクロサテライトマーカーについて日本人集団におけるヘテロ接合性頻度やアレル別の頻度のデータベースを作製したことは、今後のヒト疾患遺伝子解明に向けての重要な基盤ができたものと考えている。
結論
複数の疾患についての原因遺伝子座位が特定され、遺伝子単離と病態解明に向けての道が開けた。しかしながら、DNAシークエンスなどの支援体制の強化がなければ、遺伝子を見つけるためのハードルはかなり高いものと思われる。

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