文献情報
文献番号
199700970A
報告書区分
総括
研究課題名
難治性水痘症
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
森 惟明(高知医科大学)
研究分担者(所属機関)
- 石川正恒(北野病院)
- 大井静雄(東海大学医学部)
- 佐藤潔(東海大学医学部)
- 白根礼造(東北大学医学部)
- 森竹浩三(島根医科大学)
- 宮下光太郎(国立循環器病センター)
- 大河原重雄(自治医科大学)
- 竹内東太郎(東松山市立市民病院)
- 武田雅俊(大阪大学医学部)
- 古川昭栄(岐阜薬科大学)
- 三宅裕治(大阪医科大学)
- 橋本正明(国立能登総合病院)
- 松田博史(国立精神・神経センター武蔵病院)
- 千葉康洋(神奈川県総合リハビリテーションセンター)
- 桑名信匡(横浜共済病院)
- 堀部邦夫(聖友病院)
研究区分
特定疾患調査研究補助金 臨床調査研究グループ 神経・筋疾患調査研究班
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
0円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
特発性正常圧水頭症(以下NPH)の診断基準と治療指針の設定。高齢者にみられる原因不明のNPHは、30年前にAdams とHakimがシャント手術により症状が劇的に改善することを報告し、老人性痴呆として放置される患者群のなかに治療可能な痴呆が存在することで大きな注目を浴びたが、その後世界中での追試の結果、シャント術の有効率は約30%と低く、10-50%という少なからぬ合併症がおこることがわかった。高齢社会が急速に進行する現在、痴呆、歩行障害、尿失禁というNPHに見られる症状は、高齢者ならいわば当たり前のように持っている症状であり、シャント術という比較的容易な脳外科手術で治療可能なNPH症例を選び出すことは、極めて重要な今日的課題である。NPHにおいて、これまであまり研究されてこなかった脳循環代謝を中心に病態を解析し、術前に高率にシャント有効性を予測できる新たな診断基準の確立をめざした。また同時に、治療の上で最適のシャントシステムの選定を試みた。
研究方法
術前診断の検査指標、シャントシステムの検討、を行った。
結果と考察
(I)術前診断の検査指標(1)脳血流のDiamoxに対する反応:桑名は、NPHに対するshunt術の有効性を脳槽CT及び脳血流量と脳血管反応性により検討した。対象は52例。99mTc-HMPAO SPECTにより全脳平均脳血流量CBF(ml/100g/min)をPatlak Plot法を用いて測定し、Diamox500mg静注後のCBFの増加(%)により脳血管反応性を評価した。その結果、著効群23例では、CBFは術前40.2±4.7が術後44.1±5.6と増加。無効、軽度改善群では、32.3±2.9→32.8±2.5と変化を認めなかった。脳槽CTでNPH patternを示した11例のCBFは39.2±3.2で、軽度改善群の30.9±1.7より有意に高値。non NPH patternを示した14例は著効はなく、CBFは32.6±2.9と低値。shunt有効でNPHの3主徴を呈した群(10例)は、術前CBF39.4±5.3と良好だが、CBF増加率は-1.1±1.8と不良。術後CBFは43.5±5.5、CBF増加率は8.5±5.0と改善。一方、3主徴の内、1~2徴候しか呈さなかった群のCBF増加率は術前10.9±5.9と良好で、術後さらに14.0±5.1に改善した。
(2)PETによる検討:宮下は臨床症状からも特発性NPHと病態の類似性が推察されるBinswanger型血管性痴呆(BVD)症例に髄液採取を行い、PETによる血行動態の変化を検討した。対象は臨床的にBVDと診断した10例で、髄液採取後に認知機能、歩行障害の改善のみられた群(n=5)とみられなかった群(n=5)に分けて検討した。PETは髄液採取前と後1-2週間に施行し、改善群では局所脳血流量は小脳、大脳の皮質と基底核領域で上昇を示したが、脳局所酸素代謝量は小脳と基底核でのみ上昇していた。一方、非改善群では明らかな変化はみられなかった。また、改善群は非改善群に比べて明瞭な脳室拡大を示す例が多かった。以上から、BVDの症状発現にNPH類似の髄液循環障害による小脳、基底核の機能低下が関与する例が含まれることが示唆された。
(3)脳酸素摂取率と心拍出量:森は、脳酸素摂取率(OEF)および心拍出量が、シャント手術の有効な症例を術前に見極めるための有用な指標となりうるか否かを検討した。慢性期脳梗塞(n=85)において、OEFは0.39±0.06、心拍出量を体表面積で割った心係数(cardiac index)は2.78±0.60であったのに対して、特発性NPH(n=8)ではOEFは0.42±0.04、心係数は2.79±0.54で、続発性NPH(n=9)ではOEFが0.45±0.02(p<0.02)、心係数は2.96±0.68であった。続発性NPHではOEFが明らかに上昇していたが、特発性NPHではバラツキが多く、発症からの経過が長い症例に低値が認められた。一方、心係数は3つの群で差が認められなかった。特発性、続発性ともにOEFが0.44以上の症例でシャント術が著効を示し、シャント術後に測定し得た5例のOEFは全て術前に比べて低下を示した。OEFはシャント術の有効症例を術前に判定する上で、有用な指標となる可能性を秘めている。
(4)臨床経過および症状の特徴、血中α1-アンチキモトリプシン値、脳血流:竹内は、V-Pシャントを施行したNPH65例(平均年齢:63.8歳、男女比=39:26)を、シャント有効群(n=36)と無効群(n=29)に分け、臨床的特徴、術前血清α1-アンチキモトリプシン値(α1-ACT)、術前および術後(平均施行時期:2.2±0.8ヶ月)の平均脳血流量(mCBF)につき比較検討した。その結果、発症-来院期間は、有効群は平均8.7ヶ月、無効群は平均19.1ヶ月であった。症状として、有効群は自発性減退(91.7%)、反応遅延(88.9%)、歩行障害(50%)が多く、無効群には活発(82.8%)、徘徊(79.3%)、落ち着きのなさ(79.3%)、易怒性(72.4%)が多かった。症状経過を、急激増悪型、進行型、変動型の3つに分類すると、それぞれの有効例は、55.5%、13.9%、30.6%であった。α1-ACTは有効群で46.21±7.29mg/dl、無効群は63.92±9.44mg/dlであった。mCBFは有効群(n=27)は術前24.65±4.16ml/100g/min 、術後46.58±7.39ml/100g/minで、無効群(n=13)は術前21.77±5.12ml/100g/min、術後24.82±4.97ml/100g/minであった。以上の検討結果より、シャント術有効群は、発症-来院期間が短く、自発性減退・反応遅延を主徴とし、歩行障害を伴う症例で、症状経過として急激増悪型や変動型に多かった。また、有効群では術前のα1-ACTは有意に低値であり、mCBFは術後有意に増加を示した。
(II)シャントシステムに関する研究(1)サイフォン効果を防ぐ装置:立位で脳脊髄液が急激に流出するサイフォン効果を防ぐ目的で、ASD (Antisiphon device) または SCD (siphon control device) が開発されている。千葉は、髄液の流量過多を防止し、かつ、適した流量を確保するために低圧差圧バルブ を用い、併用するASD をモンロー孔より10cm下位に設置することを提唱した。37例中91.9%に症状が改善し、かつ、流量過多を認めなかった。
(2)圧可変式バルブの有用性の検討:橋本は、NPHに対して Medos Programmable Valve (MPV)を用いて治療した。対象は、痴呆、歩行障害、尿失禁等の症状を示す特発性水頭症8例(年齢 59-73才、mean±SD =68±5)に対しMPVを用い脳室-腹腔シャント術を施行した。特発性NPHでは、画像診断とともに緩除進行性の症状増悪経過が特徴とされた。RI 脳槽造影ではventricular reflux, 循環遅延などが5症例において陰性であった。MPVの初期設定圧は60-80 (mean = 66±9.2) mmH2O とした。術後、全例において症状の改善が得られた。4症例において圧変更を行った。2例にoverdrainage による硬膜下水腫の発生を見たが、圧変更により対処可能であった。最終的にMPVの設定圧は40-140 (mean = 73±32) mmH2Oであった。以上の経験から、特発性NPHにおけるshunt systemの至適設定圧は低圧から高圧まで種々に及び、MPVによる治療は極めて有用であると考えられた。
(3)シャントシステムのおける腹圧の関与:三宅は、体位変化に伴う頭蓋内圧(ICP)、腹腔内圧(IAP)、シャント流量の変化を測定し、坐位でのサイフォン効果を検討した。臥位から坐位への体位変化に伴って、ICPは5から-15mmHgへ低下し、IAPは5から15mmHgへ上昇した。シャント流量は圧可変バルブの設定によらず20~30分で、0.6ml/分程度に安定した。IAPと患者の肥満度には明らかな相関関係を認めた。坐位ではICP低下、IAP上昇によりサイフォン効果が約1/3程度に相殺されていた。また、体格によりサイフォン効果の程度に差を認めた。
(2)PETによる検討:宮下は臨床症状からも特発性NPHと病態の類似性が推察されるBinswanger型血管性痴呆(BVD)症例に髄液採取を行い、PETによる血行動態の変化を検討した。対象は臨床的にBVDと診断した10例で、髄液採取後に認知機能、歩行障害の改善のみられた群(n=5)とみられなかった群(n=5)に分けて検討した。PETは髄液採取前と後1-2週間に施行し、改善群では局所脳血流量は小脳、大脳の皮質と基底核領域で上昇を示したが、脳局所酸素代謝量は小脳と基底核でのみ上昇していた。一方、非改善群では明らかな変化はみられなかった。また、改善群は非改善群に比べて明瞭な脳室拡大を示す例が多かった。以上から、BVDの症状発現にNPH類似の髄液循環障害による小脳、基底核の機能低下が関与する例が含まれることが示唆された。
(3)脳酸素摂取率と心拍出量:森は、脳酸素摂取率(OEF)および心拍出量が、シャント手術の有効な症例を術前に見極めるための有用な指標となりうるか否かを検討した。慢性期脳梗塞(n=85)において、OEFは0.39±0.06、心拍出量を体表面積で割った心係数(cardiac index)は2.78±0.60であったのに対して、特発性NPH(n=8)ではOEFは0.42±0.04、心係数は2.79±0.54で、続発性NPH(n=9)ではOEFが0.45±0.02(p<0.02)、心係数は2.96±0.68であった。続発性NPHではOEFが明らかに上昇していたが、特発性NPHではバラツキが多く、発症からの経過が長い症例に低値が認められた。一方、心係数は3つの群で差が認められなかった。特発性、続発性ともにOEFが0.44以上の症例でシャント術が著効を示し、シャント術後に測定し得た5例のOEFは全て術前に比べて低下を示した。OEFはシャント術の有効症例を術前に判定する上で、有用な指標となる可能性を秘めている。
(4)臨床経過および症状の特徴、血中α1-アンチキモトリプシン値、脳血流:竹内は、V-Pシャントを施行したNPH65例(平均年齢:63.8歳、男女比=39:26)を、シャント有効群(n=36)と無効群(n=29)に分け、臨床的特徴、術前血清α1-アンチキモトリプシン値(α1-ACT)、術前および術後(平均施行時期:2.2±0.8ヶ月)の平均脳血流量(mCBF)につき比較検討した。その結果、発症-来院期間は、有効群は平均8.7ヶ月、無効群は平均19.1ヶ月であった。症状として、有効群は自発性減退(91.7%)、反応遅延(88.9%)、歩行障害(50%)が多く、無効群には活発(82.8%)、徘徊(79.3%)、落ち着きのなさ(79.3%)、易怒性(72.4%)が多かった。症状経過を、急激増悪型、進行型、変動型の3つに分類すると、それぞれの有効例は、55.5%、13.9%、30.6%であった。α1-ACTは有効群で46.21±7.29mg/dl、無効群は63.92±9.44mg/dlであった。mCBFは有効群(n=27)は術前24.65±4.16ml/100g/min 、術後46.58±7.39ml/100g/minで、無効群(n=13)は術前21.77±5.12ml/100g/min、術後24.82±4.97ml/100g/minであった。以上の検討結果より、シャント術有効群は、発症-来院期間が短く、自発性減退・反応遅延を主徴とし、歩行障害を伴う症例で、症状経過として急激増悪型や変動型に多かった。また、有効群では術前のα1-ACTは有意に低値であり、mCBFは術後有意に増加を示した。
(II)シャントシステムに関する研究(1)サイフォン効果を防ぐ装置:立位で脳脊髄液が急激に流出するサイフォン効果を防ぐ目的で、ASD (Antisiphon device) または SCD (siphon control device) が開発されている。千葉は、髄液の流量過多を防止し、かつ、適した流量を確保するために低圧差圧バルブ を用い、併用するASD をモンロー孔より10cm下位に設置することを提唱した。37例中91.9%に症状が改善し、かつ、流量過多を認めなかった。
(2)圧可変式バルブの有用性の検討:橋本は、NPHに対して Medos Programmable Valve (MPV)を用いて治療した。対象は、痴呆、歩行障害、尿失禁等の症状を示す特発性水頭症8例(年齢 59-73才、mean±SD =68±5)に対しMPVを用い脳室-腹腔シャント術を施行した。特発性NPHでは、画像診断とともに緩除進行性の症状増悪経過が特徴とされた。RI 脳槽造影ではventricular reflux, 循環遅延などが5症例において陰性であった。MPVの初期設定圧は60-80 (mean = 66±9.2) mmH2O とした。術後、全例において症状の改善が得られた。4症例において圧変更を行った。2例にoverdrainage による硬膜下水腫の発生を見たが、圧変更により対処可能であった。最終的にMPVの設定圧は40-140 (mean = 73±32) mmH2Oであった。以上の経験から、特発性NPHにおけるshunt systemの至適設定圧は低圧から高圧まで種々に及び、MPVによる治療は極めて有用であると考えられた。
(3)シャントシステムのおける腹圧の関与:三宅は、体位変化に伴う頭蓋内圧(ICP)、腹腔内圧(IAP)、シャント流量の変化を測定し、坐位でのサイフォン効果を検討した。臥位から坐位への体位変化に伴って、ICPは5から-15mmHgへ低下し、IAPは5から15mmHgへ上昇した。シャント流量は圧可変バルブの設定によらず20~30分で、0.6ml/分程度に安定した。IAPと患者の肥満度には明らかな相関関係を認めた。坐位ではICP低下、IAP上昇によりサイフォン効果が約1/3程度に相殺されていた。また、体格によりサイフォン効果の程度に差を認めた。
結論
これまでのNPHの研究は、脳脊髄液の循環障害に関するものが中心であり、NPH患者の中には、普段は正常圧でも間歇性に頭蓋内圧が上昇している症例が存在することが知られていたが、本研究により、NPHの病態には髄液循環障害だけでなく、脳循環代謝の障害も生じていることが明らかとなった。最近の疫学的研究により、NPH患者には、高血圧症の既往、MRIでの深部白質病変が、有意に多いことが報告されており、NPH病態における脳動脈硬化および脳虚血性変化の関与が示唆されていたが、本研究による定量的な脳循環代謝測定により、このことを確認することができた。従来の脳脊髄液の循環障害に関する検査法に加えて、脳酸素摂取率および血管反応性の測定を行うことで、術前にシャント術の有効性を高率に予測できる新たな診断基準を確立する道を開いたと言える。また、シャントシステムとして、手術後も皮下のシャントバルブ圧を磁力で変動させ、病態の改善をはかることが可能な圧可変式バルブは、合併症が生じる危険性の高い特発性NPHには、有用であった。
公開日・更新日
公開日
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更新日
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