中枢性摂食異常症

文献情報

文献番号
199700963A
報告書区分
総括
研究課題名
中枢性摂食異常症
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
中尾 一和(京都大学医学部第二内科)
研究分担者(所属機関)
  • 芝崎保(日本医科大学医学部第二生理)
  • 野添新一(鹿児島大学医学部心身医療科)
  • 春日雅人(神戸大学医学部第二内科)
  • 葛谷英嗣(国立京都病院臨床研究部)
  • 久保千春(九州大学医学部心療内科)
  • 斉藤昌之(北海道大学大学院獣医学研究科生化学)
  • 坂田利家(大分医科大学医学部第一内科)
  • 名和田新(九州大学医学部第三内科)
  • 松尾宣武(慶應義塾大学医学部小児科)
  • 松沢佑次(大阪大学医学部第二内科)
  • 家森幸男(京都大学大学院人間・環境学研究科)
  • 細田公則(京都大学大学院人間・環境学研究科)
研究区分
特定疾患調査研究補助金 臨床調査研究グループ 内分泌系疾患調査研究班
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
0円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は中枢性摂食異常症の病因を解明し、有効な治療法を開発することにある。そのために本症を臨床的に明確に分類することと、その成因となる中枢の摂食機構の異常を最新の研究手法を用いて明らかにする必要が生じる。
そのために本年度は研究の内容を、1)本症の臨床像の解析、2)本症の中枢性摂食機構異常の解明、3)本症の成因におけるレプチンの病態生理的意義の検討、4)末梢における脂肪・エネルギー代謝異常の解明、に分けそれぞれの分野において以下の如く目標を設定した。
1)疫学調査により、最近の中枢性摂食異常症患者数の推移とその病型を明らかにし、我が国における中枢性摂食異常症の特徴を明確にする。また患者の局所脳血流を測定し、大脳の食物をイメージする機能が病型により如何に異なっているかを検討する。更に中枢性食異常症患者の脳萎縮の程度と特徴についても病像との関連を検討する。
2)中枢において摂食調節に重要な役割を果たしていると考えられているCRHについては、その受容体遺伝子と本症の関連、免疫系に対する作用として脾臓リンパ球に及ぼす影響を検討する。視床下部ヒスタミンについては蛋白摂取量の低下による血中ヒスチジンの上昇の影響と、末梢の脂肪分解、脳内糖代謝に対する作用について明らかにする。
3)代表的な肥満遺伝子であるレプチンについては、治療による本症患者血清レプチン値の変動と病型との関連、脂肪細胞におけるレプチン遺伝子発現調節機構を検討するとともに、レプチン受容体の遺伝子多型を解析する。更にレプチンを過剰発現するトランスジェニックマウスを開発し、全く新しい中枢性摂食異常症のモデル動物作製を目指す。
4)末梢の脂肪、エネルギー代謝の面からは、インスリン抵抗性と内臓脂肪の蓄積および肝臓でのVLDL合成、分泌の関連、および脂肪組織におけるPPARg1と新たにクローニングされたPPARg2の発現量を検討する。更に脱共役蛋白質(UCP)についても新たにクローニングされたUCP3とUCP2遺伝子の全身組織における発現を観察する。また連鎖分析を用いて糖尿病に合併する肥満遺伝子座位の検索を行う。
研究方法
(略)
結果と考察
(略)
結論
本研究班の研究成果は研究の目的で示した様に、1)本症の臨床像の解析、2)本症の中枢性摂食機構異常の解明、3)本症の成因におけるレプチンの病態生理的意義の検討、4)末梢における脂肪・エネルギー代謝異常の解明、の四つに分けられる。
以下、その成果の概要を述べる。
1)本症の疫学調査は調査票を用いた定点モニタリングにより行った。病型の内訳は、神経性食欲不振症制限型28.1%、同むちゃ食い/排出型24.4%、神経性過食症排出型34.1%、特定不能の摂食障害13.4%であった。1992年と比較すると1997年の患者初診数は6.4倍、再診+入院数は5.5倍と、急激に増加していた。また摂食障害(ED)患者をBinge/ Purge 習慣化の有無に分けて、食物摂取に関するイメージを行う前後での局所脳血流を比較すると、右脳頭頂葉と側頭葉においてED-BP群が有意に高い血流を示し、Binge・Purgeの有無が大脳の食物イメージに関する機能に深く関連している可能性が示唆された。(野添)
MRIおよびSASを用いた摂食障害患者の脳萎縮の検討では、中に溝をはさむparacentral areaに特徴的な萎縮を見い出した。その程度にはeating altitude test (EAT)で示される食へのこだわりや過食の強さと有意の相関が認められ、paracentral cortical atrophyが過食行動の発現、維持に関係することが示唆された。(春日)
Prader-Willi症候群患者の成長に関しては252名を対象に本邦における成長曲線の作成が完成した。(松尾)
2)神経性食欲不振症患者の家族内発症を有する10名の本症患者の白血球からゲノムDNAを抽出後、CRF1受容体遺伝子を制限酵素切断片長多型により解析したが、健常女性との間に差異は認めず、本症の病因としてのCRF受容体遺伝子異常の可能性は低いと推測された。(芝崎)
10 - 100ng/ratのレプチンを側脳室に投与すると、摂食抑制と同時に脾臓リンパ球の増殖活性が大幅に抑制された。この抑制効果は、脾臓交感神経の外科的切除やCRH抗体の脳室内投与によって解除されることから、CRH-交感神経系の活性化を介することが示唆された。(斉藤)
蛋白摂取量の低下がもたらす血中ヒスチジンの上昇が神経ヒスタミンの賦活化をおこし、交感神経を介して末梢の脂肪分解を促進することが示された。また、神経ヒスタミンは絶食状態において脳内GLUT1mRNAの発現を促進し、脳内糖代謝を亢進させることも明らかとなった。(坂田)
3)神経性食欲不振症制限型の血清レプチン値は、治療開始初期に急速に増加したが、神経性食欲不振症排泄型 のレプチンは徐々に増加した。消化器系心身症患者では、絶食によりレプチンは低下したが、復食開始後 BMI増加に先行してレプチンは有意に増加し、食行動とレプチン産生の関連が示唆された。(久保)
培養3T3L1細胞においてcAMP, PMA, DJ2 はともにレプチン遺伝子の発現を、転写因子C/EBPa蛋白の低下を介して抑制することが明らかとなった。(葛谷)
日本人高度肥満者でレプチン受容体遺伝子の7個の遺伝子多型を同定したが、非肥満者と高度肥満者で有意な頻度の差を認めなかった。(細田)
肝臓においてレプチンを過剰発現するトランスジェニックマウスの体重増加と累積摂餌量は対照マウスと比較して約70%に減少しており、肉眼的に全身の脂肪組織が認められず、著しい痩せを呈した。更に組織学的にも全身の脂肪組織が完全に欠損していることが明らかになり、レプチントランスジェニックマウスは中枢性摂食異常症のモデル動物になると考えられた。(中尾)
4)内臓脂肪蓄積肥満動物モデル(OLETF)において、インスリン抵抗性発症前から内臓脂肪の蓄積と門脈血中のFFAの増加が認められ、肝臓でのVLDL合成、分泌に重要なACS, MTP mRNAが増加していることが明らかとなった。(松沢)
脱共役蛋白質(UCP)についてはUCP2遺伝子発現が全身組織に広汎に観察され、白色脂肪組織で高濃度であるのに対し、新たにクローニングしたUCP3遺伝子は骨格筋に特異的に高濃度発現していることを見い出した。(細田)
Zucker obese ratの皮下脂肪、腸管膜脂肪のPPARg1と新たに単離したPPARg2 mRNAをZucker ratと比較したが有意差を認めなかった。(名和田)
OLETFラットから作製したF2ラットを対象に連鎖分析を行った結果、肥満に関係する遺伝子はLETOラットと作製したF2では第2染色体上に、F-344ラットと作製したF2では第7染色体上にマップされ、後者は耐糖能異常とも強く連鎖した。(家森)
以上、本年度は本症の臨床像と脳機能の相関、本症の中枢摂食調節機構、末梢の脂肪・エネルギー代謝異常の解明に進展が見られ、肥満遺伝子の過剰発現動物も開発されたことから、今後の研究方向がより鮮明となった。しかし、報告にもある様に本症患者数の急激な増加は、これらの研究成果の治療への応用を強く求めるものであり、目標に向かって更に研究を進めて行きたい。

公開日・更新日

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