間脳下垂体機能障害

文献情報

文献番号
199700961A
報告書区分
総括
研究課題名
間脳下垂体機能障害
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
加藤 讓(島根医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 青野敏博(徳島大学)
  • 大磯ユタカ(名古屋大学)
  • 斉藤寿一(自治医科大学)
  • 寺本明(日本医科大学)
  • 橋本浩三(高知医科大)
  • 長村義之(東海大学)
  • 木村時久(東北大学)
  • 島津章(京都大学)
  • 巽圭太(大阪大学)
  • 田中敏章(国立小児病院)
  • 千原和夫(神戸大学)
  • 宮崎康二(島根医科大学)
  • 矢野公一(旭川医科大学)
研究区分
特定疾患調査研究補助金 臨床調査研究グループ 内分泌系疾患調査研究班
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
0円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究班は、昭和48年度に発足した「下垂体機能障害調査研究」班に始まり、その後昭和54年度より改称された「間脳下垂体機能障害調査研究班」として現在に至っている。平成8年度より開始された厚生省特定疾患研究班の新しい体系化に伴って、本研究班は4つの研究班より構成される内分泌系疾患調査研究班の一つとして新しく発足した。
間脳下垂体機能障害による疾患には、視床下部に障害がある場合と下垂体に障害がある場合とがある。いずれも下垂体ホルモン分泌過剰症または分泌低下症として臨床的に認識される。下垂体からは少なくとも7種類以上のホルモンが分泌される。視床下部からはこれらに対応する調節ホルモン分泌される。 
昨年度から発足した研究班では、1)プロラクチン分泌異常症、2)ゴナドトロピン分泌異常症、3)抗利尿ホルモン(ADH)分泌異常症の3種類のホルモン異常症を対象疾患とすることが定められた。しかしながら、これらの疾患は共通した原因、病態ならびに症状を有し、他のホルモン異常を合併することが多い。そこで、4)複合的な下垂体ホルモン分泌異常症についても合わせて研究を進めることにした。
本研究の目的は、対象とする抗利尿ホルモン (ADH) 分泌異常症、下垂体機能異常症(機能亢進症と機能低下症を含む)、免疫機序や遺伝子異常に起因する間脳下垂体疾患の病態の解明、診断と治療の確立である。各ホルモンに特異的な問題と共通した複合的な問題のいずれもが研究の対象となる。
研究方法
上記の目的を達成するために以下に述べる3つの研究課題を設定した。
1)抗利尿ホルモン(ADH)分泌異常症の疾患概念の再構築と診断基準の確立
2)下垂体機能異常症(機能亢進症と機能低下症を含む)の分子機能的分類
3)免疫機序や遺伝子異常に起因する視床下部下垂体疾患の病態の解明
各々の研究について分担研究と疫学的研究を併用した。
結果と考察
主要な研究成果の概要は以下のとおりである。 
1)ADH分泌異常症の疾患概念の確立
家族性中枢性尿崩症の原因と考えられる変異ADHと発症機序について実験的に検討した。ADHの作用と密接に関与する尿中アクアポリン排泄量や水負荷に対する反応性を指標とした新しいADH分泌異常症の診断法について検討を加えた。副腎皮質ホルモン分泌低下がADH産生に及ぼす影響について解明した。
家族性中枢性尿崩症では下垂体後葉において変異バゾプレシン(ADH)が産生され、その結果としてADH分泌低下症状を示す。本症に認められる変異AVPの細胞内生合成機序を解明する目的で、培養下垂体細胞株AtT-20細胞を用いて変異AVP前駆体の細胞内輸送について検討した。正常のAVPを合成をするWildTypeおよび家族性尿崩症を来す変異ADH cDNAをそれぞれAtT-20細胞に導入した。ADHとADH生合成前駆蛋白に含まれるニューロフィジン(NP)の培養液中への放出をみると、WildTypeでも変異型のいずれにおいても、8-Brmo-cAMPの添加はADHとNPの放出を促進した。従って、変異型でもWild Typeと同様に細胞内情報伝達系を介する調節性分泌の存在が示唆される。蛋白合成阻害薬cycloheximideと糖鎖作動酵素 Endoglucosidase Hを用いた実験では小胞体からGolgiへの輸送に障害が存在することが明らかにされた。変異AVP前駆体の一部は小胞体に蓄積し、一部はGolgi体を通った後、成熟したADHやNPが調節性に分泌されることが示唆される。小胞体に蓄積した一部の変異ADH前駆体は、神経細胞の死を招き、家族性尿崩症の成因に関与している可能性が想定される。
下垂体後葉から分泌されたADHは腎集合尿細管に作動してADH依存性の水チャネル、アクアポリン2(AQP-2)AQのmRNAを増加させ、同時に管腔側細胞膜下へのAQP-2顆粒の移動をもたらして、管腔側細胞膜の水透過性を亢進させる。管腔側細胞膜下のAQP-2顆粒は一部尿中へと放出される。 AQP-2の尿中排泄量測定の臨床的意義について検討を加えた。健常人(7例)と低ナトリウム血症を認め水利尿不全をもつ患者(10例)を対象として、早朝空腹時に20ml/kg体重の水を経口的に負荷し30分毎に採血、60分毎に採尿して血漿ADH濃度、尿の浸透圧とAQP-2排泄量を測定した。水利尿不全のある患者では健常者に比較して尿中AQP-2排泄量は水負荷前から2.8倍高値を示した。低ナトリウム血症患者の血漿ADH濃度は、水負荷の前後いずれにおいても、血漿浸透圧に対比して健常人より相対的に高値であることが明らかにされた。水負荷後4時間の尿量は健常者では負荷量の70.2%に達したが、水利尿不全患者では29.9%であった。尿中AQP-2排泄量は水負荷後に低下するが、水利尿不全患者では健常者に比較して3.6倍の高値に止まることが明らかにされた。従って、尿中AQP-2排泄量の測定は、ADHの腎作用の指標となること、低ナトリウム血症状態の解析に有用な臨床的指標となることが示唆される。
副腎皮質機能低下症における水利尿不全には、ADHの分泌亢進が関与し、副腎皮質ホルモンの補充によって速やかに血漿AVP濃度の低下と水利尿の改善をもたらされる。その機序を解明する目的で、ラットを用いて下垂体後葉のAVP含量と視床下部のADHmRNAの発現について検討した。正常ラットに投与したグルココルチコイド拮抗薬RU-38486 (RU)は視床下部ADHmRNAを増加させた。2日間の脱水処置によって生じるADHmRNAの増加は、デキサメサゾン投与によって抑制され、RUはその反応を増強した。下垂体後葉のADH含量は正常ではデキサメサゾン投与によって減少し、RUの投与で増加した。この傾向は脱水操作後においても同様であり、グルココルチコイドが視床下部におけるADH生合成の抑制因子として作動している可能性が示唆される。従って、副腎皮質機能低下症で観察されたADH分泌亢進はグルココルチコイドのADH生合成抑制作用の減弱に由来することが示唆される。T1強調MRI像の下垂体後葉輝度は下垂体後葉のAVP含量を反映する。このような下垂体後葉の輝度は、グルココルチコイド過剰状態(Cushing病患者4例、Cushing症候群患者3例)では減弱または消失しており、グルココルチコイド欠乏状態(Addison病患者2例、ACTH単独欠損症患者2例)ではむしろ増強していた。従って、グルココルチコイドの分泌異常を示す患者においてAVPの生合成・分泌に影響していることが示唆される。
2)ゴナドトロピン分泌異常症の機能的分類と治療
下垂体腺腫においてゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)およびGnRH受容体(GnRH-R)のmRNAの発現を明らかにした。思春期早発症(FMPP)の病因と考えられる(LH/CG)受容体遺伝子受容体の異常構造のおけるフェニールアラニン576の重要性を明らかにした。思春期早発症の最終身長の改善に有用なGnRHアゴニスト(GnRHa)療法の機序と方法について検討した。
下垂体腫瘍における視床下部ホルモンの影響を解明する一端として、各種下垂体腺腫(PRL産生腫瘍4例、GH産生腫瘍4例、ACTH産生腫瘍4例、ゴナドトロピン産生腫瘍10例、ホルモン非産生腫瘍11例)におけるゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)およびGnRH受容体(GnRH-R)のmRNAの発現を、RT-PCR法、in situ RT-PCR法を用いて検討した。全例においてGnRHmRNAの発現が認められた。GnRH-RmRNAはPRL産生腫瘍以外の腺腫でも認められたことから、下垂体腺腫において視床下部ホルモンのautocrine/paracrine作用の存在が明らかになった。 
ゴナドトロピン非依存性で男子のみに発症する(常染色体優性遺伝形式)思春期早発症(FMPP)の病因としてluteinizing hormone/choriogonadotropin (LH/CG)受容体遺伝子の第6細胞膜貫通領域のpoint mutationの存在が報告されている。 コンピュータ解析予測とトランスフェクション法実験を用いて、第6細胞膜貫通領域のmutationがあるとフェニールアラニン576の変異が起こり、受容体の二次構造が変化するとともに、受容体のリガンド結合能、cAMPやイノシトール燐酸系のシグナル伝達機構が変化することを明らかにした。LH/CG受容体のcAMPやイノシトール燐酸産生能、受容体の構造にフェニールアラニン576が重要であることが示唆される。放置すれば最終身長が低い思春期早発症に対して、GnRHアゴニスト(GnRHa)療法により最終身長が改善する機序およびGnRHaの使用方法について検討した。GnRHa療法により骨年齢の進行は抑制され(0.48歳/年)、骨年齢相当身長SDスコアは平均1.15SD改善したことから、GnRHaによる最終身長改善の機序は性ホルモン分泌抑制による骨年齢の進行停止が重要であることが示唆される。GnRHaの必要最小限量を使用し、6歳未満で治療を開始した方が予後が良いことが明らかにされた。
脂肪細胞から分泌される肥満遺伝子産物レプチンは、視床下部に作用して食欲やエネルギー代謝を調節すると考えられる。視床下部―下垂体―卵巣系においてもレプチン受容体が存在し、肥満が生殖機能に悪影響を及ぼすことからレプチンが生殖機能にも影響を及ぼす可能性が想定される。ラットの下垂体初代培養系を用いて、レプチンのホルモン分泌に及ぼす影響について検討した。レプチンの添加は、FSHおよびPRLの分泌に影響を与えなかったが、LHの分泌を濃度依存性に促進させた。さらに、思春期前後の女児の血中レプチン濃度を測定し、年齢の増加とともに血中レプチン濃度が上昇することを認めた。従って、思春期の発来と血中レプチン上昇との間に関連性が示唆される。
3)プロラクチン分泌異常症の病態解明
プロラクチン産生腺腫の機能形態学的新分類を確立した。プロラクチンの新しい生物学的測定 bioassay 法を確立するとともに、高プロラクチン血症において免疫学的活性は高いが生物活性の低い症例の存在することを明らかにした。さらにプロラクチン産生腺腫におけるプロラクチンの合成や分泌ならびに細胞増殖に神経栄養因子、神経ペプチド、一酸化窒素(N0)の関与することを明らかにするとともに、作用機序の一端を明らかにした。
ヒト下垂体腺腫の機能的病理組織分析に基づいて、GH産生腺腫のほぼ全腫瘍細胞にGHとPRLがびまん性に共存している症例が多いことに注目した。GH産生腺腫38例において上記に該当するもの(diffuse somatomamotroph adenoma = DSAと略)は31例(82%)であり、acidophil stem cell adenoma 3例、mixed GH cell -PRL cell adenoma 4例であった。DSAでは血中GHの平均値35.9 ng/ml、血中PRLのそれは32.1 ng/mlであり、免疫組織染色上PRLが強陽性であるにも拘わらず軽度な高PRL血症を示した。その他に免疫染色上高率に陽性であった下垂体前葉ホルモンとしては、a-subunitが(24例,77%)、TSHbが(43例, 13%)が注目された。これらのDSAにおいてPit-1およびestrogen receptor (ER)は全例に陽性所見を認めた。ERはPit-1と共同してPRL転写活性作用やPRL細胞の増殖作用を有することから、その発現機序を考える上で興味深い。DSAは末端肥大症腺腫の大半を占めることが明らかにされ、そのPRLの局在様式、分泌形態が検討された。この新しく提唱されたsubgroupを対象とした研究の今後の発展が期待される。
高PRL血症を呈しているにも拘わらず、無月経・乳汁分泌などのPRLの過剰分泌に特有な症状を伴わない症例が稀に存在する。このような血中PRL高値と臨床像が解離する理由として、生物学的に不活性なPRLの存在、PRLに対する抗体の存在、PRL受容体への結合を阻害する抗体の存在などが考えられる。このような症例における血中PRLの生物活性を詳細に検討するために新しいbioassay系を確立した。PRLの生物活性はNb2細胞を用いる系とBa/F3-hPRLR細胞を用いる系の2つの異なったPRL反応性細胞を用いる測定系で検討した。後者はBa/F3細胞にヒトPRL受容体を強制発現させた細胞で、PRLによって濃度依存性に細胞増殖が促進される。高PRL血症を示した大半の症例においては、血清PRL測定値値はimmunoassay(IRMA)とbioassayとでよく相関した。Nb2細胞系とBa/F3hPRLR細胞系の測定値も良く相関し両者の比は1であった。しかし、この比率が26と例外的に高い症例が見い出された。本例においては血中PRL値は常に30ng/ml以上であるにも拘わらず、排卵性月経が認められ妊娠が成立した。この症例の血中PRL測定値がNb2系とBa/F3-hPRLR細胞系で解離した原因として、血中に存在するPRLが自己抗体と結合したマクロPRLであるのか、PRL分子の異常であるのかについて検討が必要である。
ヒト下垂体腺腫における神経栄養因子とその受容体の遺伝子発現について検討した。PRL腺腫を含む下垂体腺腫10例全例にtrkBの発現を、8例にtrk Cの発現を認めたが、trk Aの発現は検出されなかった。PRL産生腺腫3例中2例、GH産生腺腫4例中1例にはBDNFの発現が見られた。しかし、培養ヒトPRL産生腺腫細胞に添加したNGF、BDNF、NT-3はPRL分泌および細胞形態に影響を及ぼさなかった。GH3細胞においてもBDNFの添加はPRl分泌に影響しなかった。従って、PRL腺腫の一部においてtrk BとBDNFの発現がみられリガンドと受容体の共存が示唆されたが、生理的意義についてはさらに今後の検討を要する。
GH/PRLを産生するGH3細胞におけるPRL分泌調節機序を明らかにする目的で、細胞内情報伝達物質について検討を加えた。GH3細胞のMAPkinase活性は、TRH添加後5分でピークに達し約3倍に増加した。この反応は protein kinase Cによって約70%抑制され、tyrosin kinase 阻害剤 calphostin Cで約30%抑制された。一方cAMPのアナログであるCTPcAMPとTRHの同時添加はMAP kinase性を5分後に30%増強した。細胞外Ca2+の除去はTRHによるMAP kinase活性上昇を有意に抑制した。従って、TRH刺激によるMAP kinase活性化には、大部分に protein kinase Cが、一部にtyrosin kinaseが関与すると考えられた。cAMPはMAP kinase活性を増強させ、その効果発現に細胞外Ca2+の存在が必要である。MAPkinaseは直接的には分泌に関与せず、CaMK2, 4, MLCKのようなcalcium-calmodulin 依存性のprotein kinaseの関与が示唆されるののでさらに検討する必要がある。
GH3細胞においてホルモン産生分泌と内因性一酸化窒素(NO)との関連性について検討した。Ca依存性NO合成酵素(NOS)はラット下垂体前葉に発現する。GH3培養細胞に添加したTRHはNO特異性電流ならびに培養液中NOS濃度を用量反応的に増加させた。この作用はNOS拮抗剤L-NAMEによって抑制された。NOを結合・除去するオキシヘモグロビンやNOS拮抗剤の添加は、ホルモン分泌(GH/PRL)を用量反応的に増加させた。cGMP拮抗剤の添加は基礎ホルモン分泌に影響を与えなかったが、TRHのホルモン分泌促進作用を増強した。従って、TRHはGH3細胞のNOSを活性化すること、内因性NOはautocrine/paracrine 的に作用して、cGMP依存的にホルモン分泌を抑制することが示唆される。
4)下垂体ホルモン複合分泌異常症の病態解明
自己免疫性下垂体炎の発症が予測される産褥婦人の免疫機能や内分泌機能について解析した。中枢性尿崩症と下垂体前葉機能低下症に関する前回の実態調査結果について統計的手法を用いて再検討を加えた。先天性下垂体ホルモン複合欠損症の原因と考えられる未知の遺伝子の検出について検討を進めた。
下垂体ホルモン複合欠損症の原因のうち、自己免疫性のものや遺伝子異常によるものは解明が不十分である。これらの病態について研究がすすめられた。自己免疫性と考えられるリンパ球性下垂体炎の発症が妊娠末期から産褥期に多いことや、自己免疫性甲状腺疾患の増悪が産褥期に多いことを考慮し、産褥婦人(55例)を対象として、分娩後1週間後に採血し、血中ACTH、コルチゾール、TSH、FT4、PRLならびに抗下垂体抗体、抗甲状腺抗体を測定した。血中ACTHは11例が低値、血中コルチゾールは51名が高値を示した。妊娠末期には血中corticosteroid binding globulin (CBG)の上昇があり、この状態が産褥期にも持続していることがコルチゾールの上昇に関与していると考えられる。血中ACTHの低値傾向には、妊娠末期に胎盤性CRHが増加して、下垂体のCRHタイプ1レセプターが負の調節を受けていることや、視床下部性CRHの分泌不良が関与している可能性が推定される。血中TSHはほぼ正常、free T4は低値傾向を示した。PRLは全例高値で、妊娠末期のPRL分泌過剰が継続していると考えられる。抗甲状腺抗体は4例に陽性であり、そのうち1名では下垂体性甲状腺機能低下が考えられた。ラット下垂体前葉組織のcytosol分画を抗原としてWestern blotting法で測定した抗下垂体抗体検査では、抗下垂体抗体の抗原蛋白として以前に報告されている22kDaや49kDa蛋白に対する抗体を認めなかった。
家族性中枢尿崩症、自己免疫性下垂体炎、Kallmann症候群については、本年度より改めて全国疫学調査を開始した。今回の調査では従来に比較しより詳細な統計的検討と解析が行われるのが特徴である。今回の結果解析の参考にする目的で、前回の平成5年度疫学調査のうち、中枢性尿崩症と下垂体前葉機能低下症に関する調査結果を統計的手法を用いて再検討した。
特発性中枢性尿崩症の初診時年齢は続発性より有意に高齢であったが、男女比には有意差を認めなかった。共分散分析法(ANCOVA)を用いて性年齢調節平均値を算出したところ、特発性中枢性尿崩症では続発性に比し、身長、体重が有意に低く、拡張期血圧は有意に高かった。自覚症状、合併症、検査所見に関して、conditional logistic modelにより両群間での有所見率の違いの大きさをオッヅ比で検討したところ、特発性中枢性尿崩症では続発性に比し、口渇、多飲、多尿などの尿崩症に特有な症状は有意に高率であり、続発性では原疾患によると思われる全身倦怠感、頭痛、肥満、血清Na低値、BUN、Crの高値などが高率であった。自覚症状や合併症と生命予後との関連を調べるため、続発性の例に於いてCoxの比例ハザードモデルを用いてハザード比を算出したところ、高年齢や糖尿病の合併、蛋白尿やBUN高値で示された腎障害の存在、体温上昇や低血圧で示された視床下部障害が死亡リスクを高くする要因であることが示された。
下垂体前葉機能低下症では、特発性と続発性で初診時年齢、男女比、発症年齢に差はなく、ANCOVAを用いた方法によると、特発性の方が続発性に比し、身長、体重、BMIが有意に低値であった。自覚症状、合併症、検査所見に関する検討では、特発性のものでは発育遅延、るいそう、低血糖、低血圧、食思不振、二次性徴の発現遅延、腋毛、恥毛の脱落などの前葉ホルモンの欠損症状の頻度が高かった。甲状腺腫やempty sellaの頻度も高く、特発性の中に自己免疫性下垂体炎が混入している可能性が考えられる。続発性では多飲、多尿、血中ADH低値などの後葉障害による症状や原疾患による項目が高率であった。続発性の症状で生命予後のハザード比を見ると嗅覚異常、皮膚乾燥、食思不振、るいそう、低血圧、高年齢が高い要因となった。これらはホルモン補充量が不足気味な症例で頻度が高い要因であった。本年度の調査に於いても、このような統計的な解析により、わが国に於ける家族性中枢性尿崩症、自己免疫性下垂体炎、Kallmann症候群の疫学の実態が明らかにされるものと期待される。
先天性下垂体ホルモン複合欠損症の原因として報告されているPiT1異常症、Kallmann症候群、TSH受容体異常による先天性TSH、PRL複合欠損症の他に、家族発症の下垂体ホルモン複合欠損症を呈する家系が存在する。これらの例では未知の遺伝子の異常が病因と考えられる。ヒト下垂体より抽出したmRNAからcDNAを合成し、二本鎖にしたあと4塩基を認識する制限酵素で切断て3'末端のcDNAライブラリーを作成した。そこから約1000個のクローンの塩基配列を解析して、下垂体のcDNAの3'末端の塩基配列の発現様式を明らかにした。約30種の主要組織、細胞での発現様式と比較するとともにデータベース検索を行い、6種の既知の下垂体ホルモンの遺伝子の他に18種の未知の下垂体に特異的な遺伝子を発見した。さらに、これら未知の18種類の塩基配列をプローブとして新たに作成した下垂体のcDNAライブラリーをスクリーニングし、cDNAの単離を行い、塩基配列の決定を開始し、現在までに7種類のcDNAのクローンを単離した。そのうちの1つについてはcDNAの全塩基配列を決定し、632アミノ酸をコードしていることが推定された。この蛋白はカエルの皮膚で発現しているP2/APEGという蛋白と262アミノ酸の領域において約32%の相同性を有する。残6種のcDNAや他のクローンについても解析予定である。
5)実態疫学調査
遺伝子異常に起因する視床下部下垂体疾患の病態の解明を目的として家族性尿崩症、Kallmann症候群の実態調査を開始した。さらに自己免疫機序による視床下部下垂体機能低下症の実態調査と病態の解明を目的として、自己免疫性視床下部下垂体炎の実態調査を開始した。いずれにおいても 一次アンケートの調査結果に基づいて、次年度においてさらに詳細な症例調査並びに解析の予定である。
結論
間脳下垂体機能障害は多彩な病態を有する。今回の研究ではADH分泌異常症における尿中アクアポリン測定の診断的意義を一層明かにした。さらにプロラクチンやゴナドトロピン分泌異常の病態を分子レベルで明かにするとともに、自己免疫機序の関与について興味ある成績を得た。疫学調査を加えてさらにこれらの実態をさらに解明することが可能になった。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)