文献情報
文献番号
199700955A
報告書区分
総括
研究課題名
血液凝固異常症
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
中川 雅夫(京都府立医科大学)
研究分担者(所属機関)
- 松田保(金沢大学)
- 池田康夫(慶応義塾大学)
- 風間睦美(帝京大学)
- 坂田洋一(自治医科大学)
- 広沢信作(東京医科歯科大学)
- 福武勝幸(東京医科大学)
- 丸山征郎(鹿児島大学)
- 岡嶋研二(熊本大学)
- 岡村孝(九州大学)
- 垣下栄三(兵庫医科大学)
- 高橋芳右(潟東けやき病院)
- 寺尾俊彦(浜松医科大学)
- 出口克巳(三重大学)
- 宮田敏行(国立循環器病センター)
- 小嶋哲人(名古屋大学)
- 山西弘一(大阪大学)
- 辻肇(京都府立医科大学)
研究区分
特定疾患調査研究補助金 臨床調査研究グループ 血液系疾患調査研究班
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
0円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
特発性血小板減少性紫斑病(ITP)、血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)および特発性血栓症についての病態解明、診断ならびに治療法を確立するため、幅広く基礎的ならびに臨床的研究を実施することを目的とした。また、本分科会の前身である血液凝固異常症調査研究班では、主として播種性血管内血液凝固症(DIC)の成因・診断・治療に関する基礎的ならびに臨床的研究が行われ、1988年(昭和63年)には我国独自のDIC診断基準が提唱されたが、この診断基準の見直しを行うことも本分科会の目的とした。
研究方法
各分担研究者に本研究班の研究目的を明確にした上で、これまでの個々の研究経過をふまえて班研究の課題を解決すべく調査研究を進める。
結果と考察
1)ITP、TTP等関連の研究:日本人ITP患者のHLAクラス・遺伝子を解析し、同遺伝子とITPの疾患感受性、抗GP抗体、治療反応性あるいは全身性エリテマトーデス(SLE)との関連について検討した。ITPとHLAクラス・遺伝子の間には明らかな関連は認められなかったものの、抗GPIIb-IIIa抗体、抗GPIb-IX抗体とDQB1対立遺伝子の関連が明らかにされた。また、DQB1*0401または*0604は難治例、 DQB1*0601は無治療・治療反応性の良好な症例に関連していたことより、今後症例の集積とprospectiveな観察によりDQB1遺伝子が難治例の予測に有用な指標となりうるか否か、検討する必要性が指摘された。
巨核球の増殖・成熟と血小板産生調節に重要なサイトカインであるトロンボポエチン(TPO)のITPにおける調節機序を検討した。再生不良性貧血や化学療法後の骨髄抑制時などの血小板産生障害例、およびTTP、HUS、DICなどの血小板消費例では正常人に比して血中TPO値は著明に高値であった。しかし、ITPでは正常より僅かに高値を示したのみで、血中TPO値と血小板数の間に相関関係は認められなかった。ITP脾の光顕像では脾髄細小動脈の周辺に多数のcell debrisが、また電顕像でmacrophage内に貪食された血小板像が多数観察されることや、NF-E2ノックアウトマウスに関する報告から、ITPでは循環血中で破壊された血小板の処理に伴う脾でのTPO蓄積が血中TPO値の調節に関与していることが推測された。
TTPにおいては、生体内で血小板を活性化する因子が存在すると報告されているが、血小板の活性化状態を評価する方法が確立されていないため、詳細は不明である。そこで、TTP症例の血小板凝集活性の検出を目的として、患者血漿中の血小板活性化作用をレーザー散乱光凝集計により検討した。今後、同検査法を用いてTTPの血小板活性化機序が解明されることが期待される。
TTPに類似する血小板減少性疾患の一つである溶血性尿毒症症候群(HUS)の成因は未だ不明である。臓器移植後のHUSの発症にシクロスポリン(CsA)による血管内皮細胞傷害の関与が報告されるが、今回、ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)を用いた実験で、CsAは細胞周期をG1で停止させる効果があることが明らかとなった。血管内皮細胞は血液凝固調節機構に中心的役割を担うものと考えられるが、傷害を受けた内皮細胞の細胞周期とその機能との関連については不明であり、今後の解明が待たれる。
2)血液凝固異常症の成因・治療に関する研究:動脈硬化病変において、酸化LDLによって組織因子(Tissue factor; TF)の発現が亢進することが知られる。今回、酸化LDLにより血管内皮細胞の外因系凝固インヒビター(Tissue factor pathway inhibitor; TFPI)がリソゾームにおける分解の亢進によって、またトロンボモジュリン(thrombomodulin; TM)が転写抑制によって発現が抑制されることが明らかとなった。すなわち、動脈硬化病変部の血管壁では、酸化LDLによって血管内皮細胞の発現する抗血栓因子と血栓形成因子のバランスが破綻し、血栓形成に優位な状態に誘導されていると推察される。また、動脈硬化において血管内膜にPAI-1の発現が増加しており、動脈硬化の進展および同部位での血栓形成の一因になると考えられている。一方、血小板のa顆粒に存在するPAI-1は血小板の活性化により放出され、血小板血栓の溶解を阻止するとされるが、PAI-1のa顆粒への蓄積機序は不明である。今回の研究では、トロンボポエチン(TPO)受容体(c-mpl)を介する巨核球の成熟分化がPAI-1の発現誘導に必須であることを明らかとなった。
妊娠時の過凝固状態は深部静脈血栓症や妊娠中毒症の発症と関連すると報告されているが、過凝固状態の成因については不明の点が多い。内因性トロンビン産生能(endogenous thrombin potential; ETP)測定系を用いた検討で、正常妊婦において妊娠周数が進むにつれて後天的APC抵抗性が増加することが明らかとなった。正常妊娠例におけるAPC抵抗性をもたらす因子の詳細、さらにこれが後天的凝固異常の予知指標と成りうるか今後の解明が期待される。
DIC診断基準については1988年に改訂されて以降、臨床検査法の進歩により、新しい診断基準の作成が求められている。総合臨床検査システムHIPOCLATESを用いた仮説演繹法による「早期DIC診断支援システム」の開発の試みが行われ、早期DICの診断を目的として1993年に提唱された松田試案に血小板減少速度を加えることで、より確実な診断ができると考えられた。しかしながら、病態により血小板減少速度は異なることより、今後の臨床成績の蓄積が望まれる。
臓器障害の有無やその治療がDICの予後に大きな影響を及ぼすことが知られる。DICの治療には従来よりヘパリンが用いられてきたが、未分画ヘパリンに比して低分子ヘパリンが敗血症において誘導される血管透過性亢進の抑制作用を有することが明らかとなった。肺水腫やARDS等を併発したDICの治療に対する低分子ヘパリンの有用性を示唆する所見であると考えられる。一方、ヘパリンによる治療のみでは敗血症時の凝固異常は改善されても臓器障害の治療にはならないが、比較的大量のアンチトロンビン(AT) を用いると、白血球の活性化抑制により肺血管内皮細胞傷害が軽減されることが明らかとなった。
ヘパリンやAT製剤のみならず、より有効な抗DIC治療剤の開発が求められている。昨年度、ビタミンA誘導体のレチノイドや活性型ビタミンD3が特定の型の骨髄性白血病に対してTFの発現低下、TMの発現上昇をもたらし、有効な抗凝固作用を有すると報告したが、本年度は、レチノイン酸レセプター(RAR-a)特異的アゴニスト、砒素化合物(As2O3)及び新規D3誘導体であるoxacal-citriol (OCT)の作用につき検討を行った。また、All-trans retinoic acid (ATRA)とD3の効果をラット敗血症モデルを用いて検討し、DICの凝血学的改善のみならず臓器障害の改善にも有効であることが明らかとなった。
3)特発性血栓症:先天性アンチトロンビン(AT)欠損症では、常染色体性優性遺伝性疾患で、深部静脈血栓症を始めとする種々の血栓塞栓症を発症する。本邦におけるType II AT欠損症の遺伝子解析を行い、海外における報告と同様の機能部位における変異であることを明らかにした。
先天性プロテインC (PC) 欠乏症も四肢の深部静脈血栓症、肺梗塞・脳梗塞を高頻度に発症する血栓性素因であり、特発性血栓症の基礎疾患の一つとして知られる。I型PC 欠乏症であるProtein C Nagoyaの分子病態解析を行い、異常PC分子においてはCOOH末端構造が欠如するため分泌異常および細胞内分解がひき起こされて欠乏に至ることを明らかとした。また、 国立循環器病センターの受診患者約26、800人のPC活性を測定し、PC欠乏症の発端者43人とその家族51人を同定し、その頻度は約500人に1人であったと報告した。さらに、日本人においてはプロテインC欠乏症が心筋梗塞の発症年齢を早めるとの興味ある所見が示された。
先天性プロテインS (PS)欠乏症の一つであるPS (Lys155→Glu)は、1993年に機能異常を伴わないpolymorphismとして報告されたが、in vitroでAPC補酵素活性がほとんどなく、臨床的にもPS欠乏症を呈するとも報告されている。同変異(Lys155→Glu)の初めてのホモ接合体例の解析を行い、比較的PS活性が保たれていることが示された。本変異は日本人では0.82%と比較的高頻度に見られると報告されるが、これが血栓症の危険因子となりうるか否かの検討は、今後の課題である。
巨核球の増殖・成熟と血小板産生調節に重要なサイトカインであるトロンボポエチン(TPO)のITPにおける調節機序を検討した。再生不良性貧血や化学療法後の骨髄抑制時などの血小板産生障害例、およびTTP、HUS、DICなどの血小板消費例では正常人に比して血中TPO値は著明に高値であった。しかし、ITPでは正常より僅かに高値を示したのみで、血中TPO値と血小板数の間に相関関係は認められなかった。ITP脾の光顕像では脾髄細小動脈の周辺に多数のcell debrisが、また電顕像でmacrophage内に貪食された血小板像が多数観察されることや、NF-E2ノックアウトマウスに関する報告から、ITPでは循環血中で破壊された血小板の処理に伴う脾でのTPO蓄積が血中TPO値の調節に関与していることが推測された。
TTPにおいては、生体内で血小板を活性化する因子が存在すると報告されているが、血小板の活性化状態を評価する方法が確立されていないため、詳細は不明である。そこで、TTP症例の血小板凝集活性の検出を目的として、患者血漿中の血小板活性化作用をレーザー散乱光凝集計により検討した。今後、同検査法を用いてTTPの血小板活性化機序が解明されることが期待される。
TTPに類似する血小板減少性疾患の一つである溶血性尿毒症症候群(HUS)の成因は未だ不明である。臓器移植後のHUSの発症にシクロスポリン(CsA)による血管内皮細胞傷害の関与が報告されるが、今回、ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)を用いた実験で、CsAは細胞周期をG1で停止させる効果があることが明らかとなった。血管内皮細胞は血液凝固調節機構に中心的役割を担うものと考えられるが、傷害を受けた内皮細胞の細胞周期とその機能との関連については不明であり、今後の解明が待たれる。
2)血液凝固異常症の成因・治療に関する研究:動脈硬化病変において、酸化LDLによって組織因子(Tissue factor; TF)の発現が亢進することが知られる。今回、酸化LDLにより血管内皮細胞の外因系凝固インヒビター(Tissue factor pathway inhibitor; TFPI)がリソゾームにおける分解の亢進によって、またトロンボモジュリン(thrombomodulin; TM)が転写抑制によって発現が抑制されることが明らかとなった。すなわち、動脈硬化病変部の血管壁では、酸化LDLによって血管内皮細胞の発現する抗血栓因子と血栓形成因子のバランスが破綻し、血栓形成に優位な状態に誘導されていると推察される。また、動脈硬化において血管内膜にPAI-1の発現が増加しており、動脈硬化の進展および同部位での血栓形成の一因になると考えられている。一方、血小板のa顆粒に存在するPAI-1は血小板の活性化により放出され、血小板血栓の溶解を阻止するとされるが、PAI-1のa顆粒への蓄積機序は不明である。今回の研究では、トロンボポエチン(TPO)受容体(c-mpl)を介する巨核球の成熟分化がPAI-1の発現誘導に必須であることを明らかとなった。
妊娠時の過凝固状態は深部静脈血栓症や妊娠中毒症の発症と関連すると報告されているが、過凝固状態の成因については不明の点が多い。内因性トロンビン産生能(endogenous thrombin potential; ETP)測定系を用いた検討で、正常妊婦において妊娠周数が進むにつれて後天的APC抵抗性が増加することが明らかとなった。正常妊娠例におけるAPC抵抗性をもたらす因子の詳細、さらにこれが後天的凝固異常の予知指標と成りうるか今後の解明が期待される。
DIC診断基準については1988年に改訂されて以降、臨床検査法の進歩により、新しい診断基準の作成が求められている。総合臨床検査システムHIPOCLATESを用いた仮説演繹法による「早期DIC診断支援システム」の開発の試みが行われ、早期DICの診断を目的として1993年に提唱された松田試案に血小板減少速度を加えることで、より確実な診断ができると考えられた。しかしながら、病態により血小板減少速度は異なることより、今後の臨床成績の蓄積が望まれる。
臓器障害の有無やその治療がDICの予後に大きな影響を及ぼすことが知られる。DICの治療には従来よりヘパリンが用いられてきたが、未分画ヘパリンに比して低分子ヘパリンが敗血症において誘導される血管透過性亢進の抑制作用を有することが明らかとなった。肺水腫やARDS等を併発したDICの治療に対する低分子ヘパリンの有用性を示唆する所見であると考えられる。一方、ヘパリンによる治療のみでは敗血症時の凝固異常は改善されても臓器障害の治療にはならないが、比較的大量のアンチトロンビン(AT) を用いると、白血球の活性化抑制により肺血管内皮細胞傷害が軽減されることが明らかとなった。
ヘパリンやAT製剤のみならず、より有効な抗DIC治療剤の開発が求められている。昨年度、ビタミンA誘導体のレチノイドや活性型ビタミンD3が特定の型の骨髄性白血病に対してTFの発現低下、TMの発現上昇をもたらし、有効な抗凝固作用を有すると報告したが、本年度は、レチノイン酸レセプター(RAR-a)特異的アゴニスト、砒素化合物(As2O3)及び新規D3誘導体であるoxacal-citriol (OCT)の作用につき検討を行った。また、All-trans retinoic acid (ATRA)とD3の効果をラット敗血症モデルを用いて検討し、DICの凝血学的改善のみならず臓器障害の改善にも有効であることが明らかとなった。
3)特発性血栓症:先天性アンチトロンビン(AT)欠損症では、常染色体性優性遺伝性疾患で、深部静脈血栓症を始めとする種々の血栓塞栓症を発症する。本邦におけるType II AT欠損症の遺伝子解析を行い、海外における報告と同様の機能部位における変異であることを明らかにした。
先天性プロテインC (PC) 欠乏症も四肢の深部静脈血栓症、肺梗塞・脳梗塞を高頻度に発症する血栓性素因であり、特発性血栓症の基礎疾患の一つとして知られる。I型PC 欠乏症であるProtein C Nagoyaの分子病態解析を行い、異常PC分子においてはCOOH末端構造が欠如するため分泌異常および細胞内分解がひき起こされて欠乏に至ることを明らかとした。また、 国立循環器病センターの受診患者約26、800人のPC活性を測定し、PC欠乏症の発端者43人とその家族51人を同定し、その頻度は約500人に1人であったと報告した。さらに、日本人においてはプロテインC欠乏症が心筋梗塞の発症年齢を早めるとの興味ある所見が示された。
先天性プロテインS (PS)欠乏症の一つであるPS (Lys155→Glu)は、1993年に機能異常を伴わないpolymorphismとして報告されたが、in vitroでAPC補酵素活性がほとんどなく、臨床的にもPS欠乏症を呈するとも報告されている。同変異(Lys155→Glu)の初めてのホモ接合体例の解析を行い、比較的PS活性が保たれていることが示された。本変異は日本人では0.82%と比較的高頻度に見られると報告されるが、これが血栓症の危険因子となりうるか否かの検討は、今後の課題である。
結論
ITP、TTPおよび特発性血栓症についての病態解明、診断ならびに治療法の確立に有用な基礎的ならびに臨床的研究成果が得られた。
公開日・更新日
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