胎児期に骨髄移植を施行した特定ドナーに対する免疫寛容の導入に関する研究

文献情報

文献番号
199700952A
報告書区分
総括
研究課題名
胎児期に骨髄移植を施行した特定ドナーに対する免疫寛容の導入に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
星野 健(慶應義塾大学医学部外科学教室 助手)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(免疫・アレルギー等研究分野)
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
2,700,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
現在、先天性代謝異常症の多くは、胎児期に診断が可能となってきており、そのうち肝臓移植のよい適応疾患と考えられている代謝異常症も少なくない。ところで、胎生期の免疫系が未熟な時期に外来抗原が侵入すると、それをも自己と認識するメカニズムが既に知られている。そのため、我々はこの胎児期の胎児の免疫系の未熟性に着目し、この時期にドナーのhematopoietic stem cellを移植することによって、そのドナーに対する免疫寛容を成立させ、出生後に免疫抑制剤非投与下で臓器移植を可能とすべく、その基礎研究としてラットおよびヤギを用いたIn Utero Hematopoietic Stem Cell Transplantation モデル作成のための種々の検討を行った
研究方法
実験1:ヤギにin utero hematopoietic stem cell transplantationを行い、レシピエントヤギの皮膚および肝移植の生着率の検討を行うことを目的とするが、それに先だって、腹腔鏡を用いた胎児内視鏡法の確立、および腹腔鏡下臍帯静脈穿刺法手技の確立のために、以下の基礎的実験を行った。
対象は妊娠ヤギ(妊娠80~100日)(N=5)、方法としては1)痲酔;ケタミン1mg/kg静脈内投与にて痲酔導入を行い、気管内挿管の後、イソフルレンにて維持とした。 呼吸回数10~12回、最大気道内圧15cmH2Oとした。2)腹腔鏡を用いた胎児内視鏡法の確立: 腹部超音波装置にて胎仔の体位を確認した後、下腹部正中切開にて子宮を露出、羊水を吸引し、10mmのトラカールを挿入。斜視型硬性鏡にて子宮内を観察した。3)腹腔鏡下臍帯静脈穿刺手技の確立: 子宮内視鏡の観察下に、2~5mmのトラカールを2本挿入、細経把持鉗子をここより挿入した。21GのPTCD針を臍帯静脈に刺入。生食10mlの注入を行った後にこれを抜去し、クリッピングにて止血した。  
実験2:ラットにIN UTERO FETAL LIVER CELL TRANSPLANTATIONを行い、レシピエントラットの末梢血におけるdonor phenotypeの発現率、すなわちchimerismの成立の有無について検討を行う。 1)fetal liver cell、の採取:妊娠18日目のACIラット(RT1a)の胎仔肝を摘出、homogenize後、fetal liver cellを採取。PBSにて洗浄後、1x107cells/20μlPBSのfetal liver cell suspensionを作製する。viable cellの確認にはメチレンブルー染色による鏡検法を用いた。 2)fetal liver cellのinoculation:妊娠18日目のLewisラットの胎仔にACI fetal liver cellを腹腔内投与(200μl/body)し、術後は出産に至るまで慎重に管理する。3)chimerismの検討:新生ラットの末梢血を採取し、赤血球除去後、FITC 標識された抗ラットRT1a抗体を用いて、FACSscanを行い、donor phenotypeの発現程度を検討する。
結果と考察
実験1:1)生存、堕胎について:5例(No.1~No.5)のうち、2例に術中操作中に子宮壁の損傷がみられた(No.1,2)。胎仔の体位を矯正するために行った術中の過度のmanipulationや、CO2ガスの注入過多によるものと考えられた。他の3例では、胎仔全体、胎盤、臍帯動静脈といった子宮内の観察は十分に可能であった。静脈穿刺については、No.2~5の4例に試みた。No.2は穿刺針抜去後のクリッピングの際に静脈裂傷にて出血をみた。No.3は静脈穿刺手技は完了し、術後生存したが、3日目に母体死亡となった。胎仔は皮下気腫を認め、子宮内視鏡の際のCO2注入に伴う子宮内圧の過上昇による可能性が考えられたため、それ以後の実験では子宮内圧6mmHg以下で維持し、皮下気腫の発生は回避された。No.4およびNo.5は予定の手技が完了し、母体は順調に回復したが、それぞれ術後3日目、4日目に胎児死亡、流産となった。2)子宮内の観察:術前に行った超音波検査の結果をもとに子宮露出後に触診にて頭部の位置をまず確認する。これに沿って体部の走行を見極め、この直上より10mmトラカールを挿入(オープン法)、10mm硬性鏡を(30度斜視型硬性鏡)用いて子宮内観察を行った。最初の2例は腹部の露出に難渋し、臍帯の確認が不十分となったが、N0.3以降は2本の5mm鉗子を用いつつ、子宮外より頭部を軽く把持することによってこの観察はより容易となった。3)臍帯静脈穿刺:4例に臍帯静脈穿刺を施行した(No.2~5)。No.3~5において穿刺は成功し、血液採取、穿刺針からの注入(生理食塩水)は手技的に可能であることが確認された。クリッピングにはEndoclipR(5、10mm)を用いた。No.2~4は穿刺部を欠陥に平行に再クリッピングすることによって血管内腔の確保を図った。これらの血管径は4~5mmであった。No.5では手技を簡便化するために、胎盤が複数存在し、それらから多くの臍帯動静脈が胎仔側に向かって集ぞくしているヤギの胎盤構造の特殊性を利用して、胎盤側の血管径2~3mmの臍帯静脈に直接穿刺し、クリップにて血管全体を閉塞させ、止血せしめた。胎仔側の臍帯動静脈の拍動および血管壁の緊張性に変化はみられなかった。
実験2:1)6匹の妊娠ACIラットより合計42胎仔を摘出し胎児肝を切除し、fetal liver cell suspensionを作成した。トリパンブルー染色によるdead cellの確認で当初は48%であったが、現在は75%まで上昇した(48,55,51,68,75,72%)。2)妊娠Lewisラット(n=6、No.1~6)への胎仔腹腔内細胞移入(n=49)を行ったが、先の2例(胎仔20匹)は翌日母体死亡。3例目は胎仔死亡(妊娠20日目)であった。これらは麻酔および細胞注入の際の技術的な失敗であると考えられた。N0.4~6ではそれぞれ3,7,3匹の出産を認めた。胎仔数はそれぞれ6,8,7匹であり、この3例の堕胎率は平均33%(12~57%)であった。3)Chimerismの検討:成長を待ってchimerismの検討および肝移植による生着率を評価するために慎重に管理したが、No.4の新生ラット3匹は生後4日目に、No.5のラットは生後9日目にそれぞれ死亡した。No.6の新生ラット3匹は生後4日目の時点で犠牲死させ、血液を採取し、donor phenotypeを示す細胞が検出されたが、chimerismの成立を証明できるだけの所見は得られなかった。
結論
我々は胎生期に診断可能な先天性代謝異常症患児に対する免疫抑制剤非投与下の出生後の生体部分肝移植を可能とすべく、その基礎研究としてラットおよびヤギを用いたIn Utero Hematopoietic Stem Cell Transplantationモデル作成のためのその手技的な検討を行った。臨床応用としては来るべきfetoscopeを用いた胎児手術の技術の一環として、内視鏡下静脈穿刺がなされることが予想され、この方法を用いることによって穿刺後の出血などの合併症を回避することができると考えている。そのため、我々はヤギを用いた胎児内視鏡下の静脈穿刺術の手技的な検討を行った。その結果、子宮内内視鏡にて胎仔の観察、臍帯動静脈の微細な走行も容易に観察することが可能であることが明らかとなった。また臍帯静脈穿刺も径3mm程度の血管でも安全に施行でき、出血という合併症を回避できるようになった。現在、手術時間、子宮の乾燥の問題、術後の子宮収縮などの問題に関して検討を行っている。また、今後はドナーとなるヤギの骨髄を臍帯静脈内に投与し、出生直後に同一ドナーからの皮膚移植、また生後3ヶ月の時点で同一ドナーからの肝移植を行い、免疫抑制剤非投与下におけるグラフトの生着率について検討する予定である。
ラットにおけるfetal liver cel innoculationモデルでは安定した手技が得られるようになており、現在、細胞移入用の器具の開発、環境整備を行い、実験を継続中である。新生ラットを十分に成育させられる環境を整え、生後約8週の段階で、ACI->Lewisの同所性全肝移植(Kamada法)を行い、chimerismとの相関について検討する予定である。
我々が行っている研究は臓器移植医療において、わが国のように生体肝移植が積極的に行われ、ドナーが事前に限定されている特殊な状況下では特に意義のあるものと考えている。

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