胸腺内免疫寛容誘導法における信号伝達経路の解析と大動物への応用

文献情報

文献番号
199700950A
報告書区分
総括
研究課題名
胸腺内免疫寛容誘導法における信号伝達経路の解析と大動物への応用
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
中房 祐司(九州大学第一外科・腎疾患治療部)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(免疫・アレルギー等研究分野)
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
2,700,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我々は、抗リンパ球血清(ALS)の一回投与でレシピエントの成熟した T 細胞を一過性に抹消すると同時にドナ-脾細胞をレシピエント胸腺内へ投与(IT)することにより、ラット同種心移植におけるドナ-特異的寛容を誘導することに成功した。
最近の研究技術の進歩により、T細胞における信号伝達経路、特に、成熟T細胞活性化や不活化に関与する細胞内蛋白や細胞膜表面分子はかなり解明されてきた。しかしながら、胸腺内での各発達段階の未熟T細胞における信号伝達は成熟T細胞のそれとは異なっており、未だに不明な点が多い。
本研究では前述のドナー特異的寛容誘導モデルを用いて胸腺内未熟T細胞のアロ抗原認識における信号伝達系の解析することを目的とした。また、これにより効率的な寛容誘導法の開発し、胸腺内免疫寛容誘導法の大動物への応用することを最終目標とする。
研究方法
心移植モデルには、ドナーにLEW(RT1l)、レシピエントにBUF(RT1b)、およびサードパーティーとしてACI(RT1a)によるラット同種異所性(腹腔内)心移植を用いた。胸腺内免疫寛容誘導のため、LEW心移植の21日前に25x106個のLEWドナー脾細胞をBUFレシピエント胸腺内に、また、同時に1mlのALSを腹腔内に投与した(IT+ALS)。
胸腺細胞内の信号伝達経路を解析するため、チロシンキナーゼ阻害剤としてゲネスチン(20mg/kg/day,ip)を、カルシニューリン阻害剤としてタクロリムス(1mg/kg/day,sc) あるいはサイクロスポリンA (5mg/kg/day,sc) を、いずれもIT+ALS処置の前日より7日間レシピエントに投与して心移植片生着日数に及ぼす影響を調べた。
ゲネスチン、タクロリムス、サイクロスポリンAのALS投与効果に対する影響を調べるため、ALS単独投与時とこれらの薬剤併用時の末梢血リンパ球、胸腺細胞数の推移を観察した。
結果と考察
無処置のBUFレシピエントではLEWドナー心は全例8日以内に拒絶された。IT処置単独では8日以内、ALS処置単独では9日以内に拒絶されたのに対し、IT+ALS処置のレシピエントでは10例中9例においてドナー心は120日以上生着した。また、サードパーティであるACI脾細胞を胸腺内投与したIT(ACI)+ALS処置後のレシピエントではLEWドナー心は9日以内の早期に拒絶された。これにより、IT+ALS処置によるドナー特異的心移植片寛容誘導が確認された。
次に、IT+ALS処置による同種心移植片生着延長効果に対するゲネスチン、タクロリムス、サイクロスポリンAの影響を調べた。ゲネスチン投与群では10例中8例が12日以内の早期に拒絶され、ゲネスチンによりIT+ALS処置の心移植片生着延長効果が有意に抑制された。これに対し、タクロリムス投与群では6例中5例は120日以上の長期生着を示し、サイクロスポリンA投与群でも6例中3例が120日以上生着し、IT+ALS処置による心移植片生着延長効果に対する有意な影響は認められなかった。なお、ゲネスチン処置したLEWドナーの脾細胞を胸腺内投与した群では5例全例が120日以上の長期生着となり、IT+ALS処置による心移植片生着延長効果抑制に関するゲネスチンのドナー脾細胞への影響は否定された。以上の結果より、IT+ALS処置による同種心移植片生着延長効果はチロシンキナーゼ阻害剤(ゲネスチン)により抑制され、カルシニューリン阻害剤(タクロリムス、サイクロスポリンA)では抑制されないことが明らかとなった。
ゲネスチン、タクロリムス、サイクロスポリンAのALS投与によるリンパ球減少効果に対する影響を調べるため、レシピエント胸腺内と末梢血内のリンパ球数の推移を調べた。胸腺内リンパ球数は、ALS単独投与時とこれらの薬剤併用時とはほとんど同様に変化した。また、末梢血内リンパ球に関しては、21日目にこれらの薬剤併用時にはやや少ないものの、14日目までは同様に推移した。したがって、これらの3剤は少なくともALSのリンパ球減少効果に関しては障害していないことが示された。
我々は、以前、IT+ALS処置を行ったレシピエントではドナ-特異的な細胞障害性T前駆細胞の著明な減少が認められ、胸腺を介したアロ抗原特異的クロ-ンの除去、あるいは、機能的不活性化がこのドナー特異的寛容のメカニズムであることを報告した。また、この寛容誘導にはドナー脾細胞上のMHC分子からの信号伝達が必要であり、胸腺細胞上のT細胞レセプターからの信号伝達が必須であることも報告した。
本研究では、IT+ALS処置によるドナー特異的ラット同種心移植片寛容の誘導は、チロシンキナーゼ阻害剤であるゲネスチンでは阻害され、カルシニューリン阻害剤であるタクロリムスやサイクロスポリンAでは阻害されないことが示された。一般に小動物臓器移植モデルにおける寛容誘導は、大動物におけるそれよりはるかに容易であることが知られている。今後、当モデルを大動物等に応用していくためには、寛容導入時のより強力な免疫抑制が必要と考えられ、一般の臨床臓器移植に使用されるタクロリムスやサイクロスポリンAなど免疫抑制剤の併用が可能であることが推察された。
結論
ドナー脾細胞胸腺内投与及び抗リンパ球血清腹腔内投与処置後に胸腺内で起こるドナー反応性T細胞クローンの除去あるいは機能的不活性化には、レシピエント胸腺細胞内でのチロシンキナーゼを活性化を必要とするが、カルシニューリンの活性化は必須ではないことを示唆していると考えられた。

公開日・更新日

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